普通の暮らし、普通の生き方をするCの人生
最後の登場人物であるCは世界的に見て裕福な国に生を受けた。
Cの家庭環境はとりわけお金持ちでも貧しいわけでもない。いわば、その国に住む国民の大多数を占める、一般家庭にCは生まれた。
両親はCにたっぷりと愛情を注いだ。Cはすくすくと育ったようだ。
だが、ただ甘やかされていたわけではない。両親はCに厳しい態度で接することも忘れなかった。その場限りではなく、将来を見据えての行いであった。
両親はCに多くのことを求めたりはしなかった。人並みで良い。無理な背伸びをする必要もない。ただ、幸せな一生を送ってほしい。
Cに願うことはたったそれだけ。そう、それだけなのだ。
願うだけならば簡単だが、実現には多くの壁が立ちはだかる、我が子への複雑な思いであった。
両親の願いなどつゆ知らずにCは育っていった。
学校に通う年頃になると、Cと両親との間で起こる会話が増えていった。
Cが学校内であった話題を家庭に持ち込んでくるからであった。
友人との交流、最近の流行、思いを寄せる異性のこと等々。
家の中は以前よりもずっと賑やかな場所になった。
ただし、良い話題ばかりを伝えてくるわけではなかった。嫌がらせを受けた話、友人との仲が悪くなってしまった話など、ネガティブな話をCがするようにもなった。
両親の我が子への対応はどうであったか。
我が子に偏った判断をせず、かといって突き放した態度も取らなかった。
あくまでバランスを重視してCに接していくことに努めた。
Cの行動が悪いと思えば、Cを叱責した。
相手の行動が不和の原因と分かれば、相手方の親御さんを話し合いの上で解決に繋げていく。
どこまで突き詰めても両親は公平さを失わなかった。我が子をひいきしなかった。
それがCと両親の間に不協和音を育む原因にもなった。
Cが成長するのと並行して、両親との間は悪くなっていった。
「どうして私を大切にしてくれないの」
「私は血の繋がった子どもなんだよ。ほかの子どもたちとは違うのに」
心に不信、不満を秘めながらCは成長した。
徐々に成長しながらも、Cの精神はまだまだ未成熟な状態であった。
両親の思いを正しく理解できなかったと言ってよいかもしれない。
大きくなったCは家から少し離れた高校へ通うようになった。
交流範囲はより広くなった。地元出身ではない者との親しくなる機会を得た。
そうしていくうちにCはこう思うことが増えた。
「様々な背景を背負った人が、この世界にはたくさんいるんだ」
肉親を嫌う者、距離を置いて他者と付き合いをする者、学ぶことを忌避する者、仕方なく参考書を開く者、過去を引きずる者、今しか考えていない者、不明瞭な将来に向かって下準備に励む者……。
多数の人と話していくことで、新たな知見をCに授けてくれた。
「同じように見えて、実は皆違う人間なんだ」
一部分だけを見れば自分と同じように思えても、視野を広げて細かくみていくと違う人間が近くで暮らしている。
Cには公平な目線と、的確な判断力が芽を出していたようだ。
Cは着実に大人に近づいていた。生活の舞台は実家から学校、大学、社会へと変わった。世界は成長とともに広がった。
それは両親との距離が少しずつ、だが確実に離れていったことも意味していた。
しかし、問題はなかった。両親の庇護がなくても、Cは自分で考え行動できるようになっていたのだから。
Cの存在はどの環境でも受け入れられやすかった。誰に対しても同じ態度で接することができ、相手をしっかりと思いやれる。それでいて、厳しい対応も適切に行える。
簡単にできそうでできないことをCはこなせたのだ。
目立つタイプではなかったが、欠かすことのできない人間にCは成熟していた。
長い月日が過ぎた。Cは久方ぶりに実家へ戻ってきた。
Cには相談したいことがあった。両親からアドバイスをもらいたかったのである。
「間もなく自分は親になる。だけど、分からないことだらけで不安になった」
そう両親に告げた。人生の先輩からの返事はこうだった。
「それで良い。初めての出来事には必ず不安が付きまとうもの。私たちもお前を育てているときは分からないことが次々降りかかってきたんだよ。でも、お前なら大丈夫。不安に立ち向かう術と傲慢にならない術を身につけているのだから」
Cはそう聞いてハッとした。両親が自身に何を与えてくれたのか。それがやっと理解できたのだ。
「自己を正しく理解する能力」と「相手を正確に理解しようとする能力」を知らぬ間に贈られていたのだ。Cは両親の思いをようやく理解するに至った。
そして、最後にCは両親にこう伝えた。
「ありがとうございます。何か困ったことがあったらまた助けてください」
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