豊かな世界に生きるBの人生

 多くの人が羨む裕福な国があった。2人目の登場人物であるBは先進国に暮らす両親のもとに生まれた。

両親はともに裕福な家庭の出身で、衣食住に不自由することはなかった。

それだけでなく、かなりの額の資産も有していたようだ。

Bはそのような家庭に生まれただけで、世界の上位にいると言ってよかった。

不自由という言葉はBには似合わなかった。

Bは幼い頃から両親に厳しい教育を施された。家庭教師もつけられたようだ。その甲斐もあってか、学校の授業でつまづくこともなかった。知能の観点でいえば、Bは優秀と断言してよいだろう。


 ただし、教師や同級生からの評価はお世辞にも良いとは言えなかった。

Bは心の教育を施されてはいなかった。そのため、周囲の人々に高圧的な態度を常々とっていた。それが周囲に見えない壁をつくらせているとも知らずに。

Bのこの態度は両親の思想に原因があった。

両親にとって、心の教育はさほど重要ではないと考えていた。

同級生との生活で心が磨かれていくだろう。そう信じて疑わなかった。

しかし、それは明らかな誤りであった。Bは適切ではない人物から内面の教育を、意識せずに施されていたのだから。


 Bの両親もその親から高等教育を授けられていた。その甲斐もあって、勉学は難なくこなしていたようだ。

そこだけ見れば、両親も優秀な子ども時代を過ごしてきたと言ってよい。

一方で、協調性の点では両親もBも変わらなかった。

Bから見た祖父母が両親を甘やかして育てた、というのではない。

祖父母は自身の子どもにしっかりとした情操教育を施していた。

「周りの人たちとは喧嘩をしてはいけません」

「他人を傷つけてはいけません」

「思いやりをもって生活しましょう」

協調性を身につけてほしい、との思いであっただろう。しかし、その試みは失敗に終わっていた。それはなぜか。

祖父母がその模範となる行動をとっていなかったからである。

情操教育と座学を同じように考えていたのかもしれない。だが、心の構築はそう簡単なものではなかった。


 祖父母が普段とっていた行動には傲慢さが常に伴っていた。

自らのステータスを周りに見せつけるために高価な衣服やアクセサリーを身に着け、豪華な食事をとり、広大な住居を保有していた。

自身のみならず、子どもにもきらびやかな衣服を着させ、食べきれないほどの食事を与えていた。

「あなたはその他大勢とは違う」

「あなたは特別な存在」

祖父母の振る舞いは確実に子どもへと受け継がれていった。

そして、今度は孫に引き継がれていくこととなった。


 Bの周辺には自由が当たり前のように存在していた。

わがままが常に許されている状況にあったものだから、それが失われることを極端に嫌がる癖がついてしまっていた。

不自由という環境は、Bにとっては憎き敵に見えていたのだろう。

自由が制限される学校での生活は、一般人が考えるよりも窮屈なものに思えてならなかった。

「係りの仕事をしっかりとやりましょう」

「朝は早く起きて、登校時間に間に合うように学校へ向かいましょう」

「食事は好き嫌いせずに、残さず食べましょう」

「早めに学校から家に帰宅しましょう」

これらの文言はBの耳に不快感をもたらすものでしかなかった。

聞きたくもない、呪いの言葉に感じていたのかもしれない。


 家に戻れば、両親が自分を可愛がってくれる。自分のことを悪く言わず、自分のしたいことをやらせてくれる。

Bにとっては、自宅だけが居心地の良い楽園であった。

気分が悪くなる出来事は発生しないからだ。もし、起こりそうになっても、周りの者たちが対処してくれる。自分は何もしなくていい。

Bは両親に感謝した。一方、両親の思惑はどうだったのか。

両親は自分たちのことを思って、Bの環境を整えたに過ぎない。血の繋がりがあるBをアクセサリーくらいにしか考えていなかった。

外聞を良くするためにBを利用していただけで、それ以上の感情は持っていなかった。そう、あくまでも「可愛い自分たち」のための道具。それが子どものB。


 そのような環境がBを子どものままに押しとどめることに貢献した。体は一人前の大人になっても、心は自分を上手く制御できない幼子だと言えた。

両親もBを見てまずいと気付いたのだろう。子どものせいで自分たちの評判が下がることを恐れ、それまでの態度を改めることにした。

だが、もう遅かった。Bの人格は完成されているのだ。今更になって創り直すことはもう不可能であった。

甘やかされたBは忠実な両親のコピーであった。ひたすらに自分を大事にし、周りのものは自分未満の扱いにする。物心がつく前からそれが「当たり前」の認識と刷り込まれている以上、修正は困難を極めるに違いない。









 



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