6
気づかぬ気持ち
十二月に入りもうすぐ冬休み前の実力テストを迎えようとしていた。
「何でまた俺の部屋なんだよ」
「だって海くんのところが一番もの少ないから」
最近は休みの日に集まって試験勉強をしているのだが、なぜか決まって俺の部屋が使われた。
平然と言う月はすぐに逃げようとする熊の服を引っ張り、びしばしとスパルタ授業をする。そんな様子を側から見ている俺たちは教科書をぱらぱらとめくりながら苦笑いを浮かべていた。
「あー、もうムリ!ムリムリムリ」
しかし頭がパンクしたように叫ぶ熊がとうとう俺のベッドにダイブする。
中学の頃から勉強がめっぽう苦手で赤点ばかりとっていたのを思い出す。試験前はこうしていつも、うちに入り浸っていたのが懐かしかった。
「なんでみんなして余裕なわけ?てか林太郎とか授業さぼってたのに!」
熊は布団に潜りこみ、亀のようにひょっこりと顔だけ出して言う。
携帯をいじりながら余裕を見せる林太郎はぽかんとして顔を上げた。
「海にノート見せてもらったし。あとは授業聞いてれば六〇点くらいとれそうだけど」
「あー、やだやだ。これだから地頭の良いやつらは」
今回のテストは全教科六〇点以上をとらなければ冬休み中の補習が決定すると言われ、赤点濃厚な熊は焦って毎日のように大騒ぎしている。
そこで相変わらずのお節介を発揮した月が今まさに無理やり勉強を叩き込んでいるところだ。
「ちょっとそんなこと言ってないで!冬休み中ひとりで補習になっても知らないよ?」
「それはやだ!月ちゃん見捨てないで」
「いいからもう。はい、座って」
月はあれからいつも通りの元気を取り戻していた。
星野先生は一身上の都合としてあの後すぐに島を出ていったけれど、残された彼女は空元気がひどくてしばらくは見ていられないほど痛々しかった。
でも最近は少しずつ立ち直ってきたのかよく笑顔を見せてくれるようになった。
「みんなー、お昼にしない?」
そのとき遠くの方から聞こえてくるマリアの声がパッと熊の表情を輝かせる。
「よっしゃあ、休憩だあ」
ほとんど勉強が進まないままで呆れた様子の月は思いっきり大きなため息をつく。
「本当に補習になっても知らないんだから。ナオミ手伝いに行こ」
「うん」
そして桐島を連れてふたりで部屋を出て行ってしまった。
月と桐島の関係も近くなりお互い名前で呼び合う仲になる。桐島自身も過去をさらけ出したことによりずっと感情を表に出せるようになっていた。
「あー、本当に補習になったらどーしよ。月に呆れられて冬休みも遊べなくなって、そしたら告白どころじゃねえじゃん」
途端に床で寝そべりいじけ出す熊をまたいで、俺は自分のベッドに飛び乗った。携帯をいじりながら壁にもたれて座っていたら、熊がチラリとこちらを見てきた。
「何も言わねえの?」
「なにが?」
「いや。だって前は告白するって言うと、早まるなーって止められてたから」
勢いよく起き上がりそう訴えてくる様子に「ああ」と声を出し、花火をした日を思い出す。
しかしあの時は月に相手がいると分かっていたから止めただけであって、今となっては人の恋愛にとやかく言う理由なんて何もない。
「いいんじゃん、別に」
俺は一瞬考えたあとすぐにそう答えた。
「じゃあ本当にいいんだよな」
「だからいいって。なんで俺に聞くんだよ」
なぜか念を押すように確認をとってくるおかしな言動には、思わず眉間にしわが寄る。
「分かんないなら、いい」
終いには諦めたように言葉を濁され、余計に意味が分からなかった。
「海ってさ、自分からこの子好きだなって思ったこととかないの?」
今度は真剣な面持ちでじっと見つめられ、あまりに突然すぎて固まる。
「は?」
「いいから」
うーんと唸りながら考えてみても思い当たる節はなく首をひねっていたら、顔を見合わせるふたりに呆れた素振りを見せられる。
「海は結局いつも受け身だからな」
「受け身?」
「そっ。来るものを拒まずって感じ」
ベッドの上には野球のボールが転がっていた。おもむろにいじりながら、過去に付き合ってきた面々を思い出す。
確かに告白は全部向こうからで自分からは何の感情もなかった。だからか、相手は大抵耐え切れずつまらないと言って離れていき、ほとんど関係が続いた試しはない。
「なあ、海。マリアのことどう思う」
なんとなく天井に向かって軽くボール投げていたら林太郎からの質問が届く。つかみ損ねたボールがころころと転がり床に落ちた。
「元気だなあとか、ぶっ飛んでんなあ。とかそういうこと?」
「うん。じゃあ佐伯先生は」
林太郎は転がったボールを拾い上げ、軽くこちらに投げてきた。
「んー、パワフルで元気な人?てか、なんだよこれ」
「いいから。次、桐島は?」
弧を描くようなキャッチボールが続く中、なぜか林太郎からの質問も止まらない。
「桐島は、ちょっとめんどくさいな」
仕方なく頭をかいて答えながら、まず一番にその言葉が浮かんだ。
何を考えているかもわからなければ、良かれと思って言った言葉で睨まれたりする。とにかく感情が読みづらい面倒な性格をしていると思う。
「たしかに。じゃあ他には?」
「まあ、顔は美人だよな」
「じゃあふたりでいたらどんな感じ?」
終わらぬ問いかけを不思議に思いつつ、桐島との思い出を振り返る。でも記憶の中の彼女はひとつも表情を変えずにいつも一緒で、思わず首をかじけていた。
「あいつ、ちょっと俺と似てるからかな。ふたりは気まずいわ」
「じゃあ最後、月」
「あー、月は……」
ぽんぽんと答えていたはずが急ブレーキでもかかったかのように考え込む。
「海?」
あまりにも彼女との思い出が多すぎて、いろんな顔が頭の中をめぐっている。笑っているときも怒っているときも、悲しいときも。俺は彼女のそばにいた。
「危なっかしくてどっか抜けてて、わざとかよってくらいよく転ぶし。お節介で人のことばっかり考えてるお人よしだけど、意外ともろい」
一言では言い表せず、掴んだボールを持ったままぼーっと一点を見つめる。
「ふたりでいるときは?」
「一番、落ち着くかな。こう、ほしいところにボールくれるような」
そう言いかけたとき、熊と顔を見合わせて困ったように笑う林太郎が満足したように立ち上がった。
「なんだよ」
「今ので俺的には十分」
「はあ?」
何か分かったように微笑み合い、俺だけがもやもやとしたままで少し苛立ちを覚える。
「それじゃ意味わかんねえから……」
「もう食べれそうだよー!ってあれ、どうかした?」
急に扉が開いたかと思うと、隙間からひょっこり月が顔を出す。固まった三人の視線が集中し、不思議そうに俺たちを見渡した。
「いや?もう行くよ」
「え?あ、そう?」
そこで扉を開けた林太郎がよろける月の背中を強引に押し、部屋には熊とふたりになる。
「熊、さっきの」
「俺はちゃんと宣言したからな。後から文句言うなよ」
そして謎の宣戦布告を受け、部屋にひとり取り残された俺は口があんぐりと開いていた。
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