島の真実

 朝倉は何も言わずに座ったままだ。


 俺たちを連れ戻しにきたのかと思いきや、なぜかいつまでも黙っている。不思議に思い、逆に何かあるのではないかと勘ぐり、じわじわと後ずさっていた。


「お前たちが一番厄介だと思ってた」


 突然朝倉が口を開く。


 しかしその言葉に眉をひそめた俺が怪訝な顔で睨みつけると、視線でも感じたのかゆっくり振り返りふっと笑った。


「怖い顔するな。厄介っていうのはそうだな。大人にならざるを得なかった奴らばかりでこっちが調子狂っちまうって話だ。まあ座れ」


 よく意味も分からず促されたままその場に座ると、朝倉はこちらに体の向きを変え深い息をはいた。


「何となく、お前らとはいつかこうやって話す時が来るんじゃないかとは思ってた。それが三ヶ月足らずでくるとは思ってもいなかったから、正直俺もどう話そうか準備ができてないんだけどな」


 すべてを分かったような口ぶりで、今度は俺たちひとりひとりの顔を見回したあと小さく頷いて見せる。


「全員ここに来る前に面接をしただろう。そのときに話した〝夢〟についてなんて答えたか言ってみろ」

「え?」


 驚く声が重なり、俺たちは顔を見合わせる。


 この学校へ編入するのに学力は見られなかった。だからテストもなければ内申の通知書も出さない。唯一あったものといえば面接で、それも自分のことと自分の将来について聞かれただけだった。


 少しだけ懐かしく思いながら視線を上げたら、ちょうど朝倉と目が合ってしまった。


「汐江、お前はなんて答えた」

「なんで……」

「いいから」


 俺は一瞬迷いながらもその目があまりにも真剣で、仕方なく口を開く。


「夢はない。競泳でオリンピックに出ることが叶わないと分かってから、二度と夢は持たないと決めました……とかだったかな」


 半信半疑で答えるが、こんなことを聞いてどうなるのか全く話が読めずにいる。


 答え終え何を言われるのかと身構えていたが、朝倉の視線はすぐに俺から移っていった。


「壇は」


 今度は林太郎に向けられた。だるそうに頭をかきながらも話さなくてはいけない空気感に負け、仕方なしに口を開く。


「俺に夢なんてない。家を追い出されたからここにいる。それがすべてだって答えたよ」

「そうか」

「なんなんだよ、これ」


 そしてキレ気味に小さな声で呟いた。


「じゃあ熊木は」

「え、俺?俺はその、美容師になって店を継ぐことだって普通のことなんですけど……」


 熊は答えながらキョロキョロと目を泳がせる。


「桜井、お前は」

「私は夢とか何にもなくて。でも、この島に来たら何かが見つかるような気がして楽しみだなって答えました」


 桐島にぴったりとくっつきながら、月も熊に続いて恐る恐る答える。


 ひと通り聞き終えた朝倉は何度も頷き、自分の中で咀嚼するようにしばらく黙りこむ。

 そのうち風が吹き始め、思わず目を細めた。


「この島はな、子供たちが夢を持つために作られた」


 するとやっと口を開いた朝倉が俯いたまま語り出す。


「汐江、壇、桐島のように夢や希望を失ったり、将来を諦めているような子供たちに未来を見せてあげることが目的だった」


 力強く言ったその言葉に俺たちは顔を見合わせるが、そのあと朝倉の口からこの計画に隠された真実を聞かされた。



 未来に希望を持たない者と未来に前向きな者。

 この計画への選考基準はそれぞれの未来への考え方だった。


 島という狭い世界の中で生活をすれば、自分の殻に閉じこもろうとする者もいつかは誰かと関わらなきゃならない時が来る。人の助けがなければ生きられない場面もでてきて、他人との関わりを避けては通れなくなる。


 誰かと関わることができれば、おのずと他人の考え方や価値観に自然と影響を受ける。そうなれば人は変わることができるのではないか。そんな狙いが込められていた。


 ランダムで選ばれたように見えた同じ家のメンバーも、二者の考え方が交わるように考えつくされていたと知る。



 そんな深い意味がこの島に隠されていたとは何も知らず、放心状態になる。打ち寄せる波の音がざわざわとやけに大きく耳に届いた。


 不意に見せられたタブレットには俺たちのデータが事細かに記録されている。この島で構築された人間関係や影響を受けた時期やものまで。


 言わば人体実験、新たな形のホスピタルのような印象も受けた。


 この計画に効果があるのか。実際現場でどのような化学反応が起こっているのか。すべては俺たちを観察するために始まったものなのだろうか。


 話を知り利用されたようにも感じるが、実際俺たちは心のどこかで自分たちの変化に気づいていた。林太郎も桐島も、そして俺さえもこの島に来る前とは何かが変わったような気がする。


「桐島」


 呆然と座り込む彼女を見て朝倉が声をかける。つられて、みんなの視線も集中した。


「この計画の発端はお前のためだったかもしれない。この島を所有していた桐島家が計画の中枢を担っていたのも確かだ。でもな、お前を一生閉じ込めておこうなんてものじゃなく、もっと前向きなものだったんだよ」


 しかしどうしたらいいか分からないといった表情で目を泳がせてしまい、目をぎゅっとつむって両耳を手で押さえた。


「ちゃんと自分の耳で聞いてきたらどうだ」

「え」

「ずっとこの島に来てから避けてるらしいじゃないか。心配してたぞ」


 途中から俺たちには何の話かまるで分からない。ちらちらと目だけを動かし様子を伺っていたら、熊と目が合ってお互い首を傾げていた。


 でもふたりの間では話が通じていて、朝倉をジッと見つめる彼女は気まずそうに唇をかむ。


「ほら、移動だ。授業さぼったんだ。最後までとことん俺に付き合え」


 俺たちは半ば強引に立ち上がらされる。そうして連れて行かれたのは岬にあるレストラン『ぽろにあん』だった。



 店の扉を開ければ、閑散とした店内にからんからんと低い鐘の音が響く。


「あら、いらっしゃい。こんなに早くどうし……」


 奥のカウンターからおばさんが顔を出すが、こちらを見た瞬間に言葉を詰まらせた。


 桐島の背中を押しながら先に中へと入っていく朝倉が軽く会釈をすると、おばさんは何かを察したようにこくりと頷く。


 俺たちも店内に足を進めたが、どこか緊張感のあるピリピリとした空気を感じていた。


「さ、みんな座ってちょうだい」

「おばあちゃん」


 桐島のぼそぼそと囁く声がその時ばかりは、やけに大きく聞こえてくる。


 おばさんも手を止めてこちらを見ていて、そのとき初めて『ぽろにあん』を営む夫婦が桐島の祖父母であると知った。


「嘘……」

「え、おばあちゃんって桐島の?」


 月と熊もひそひそ声を出しながら、驚きのあまり目を大きく見開いた。


「ナオちゃん聞いたのね」


 優しくそう言うおばさんが桐島を近くの椅子を座らせると、どこからともなく現れたおじさんは店の外に【準備中】との看板を出した。


 桐島を見守りながら少し離れた窓際の席に座る俺たちは、唾を飲み込む音さえ聞こえてしまいそうな店内で少しの物音にも気を使った。


 しばらくして桐島の鳴き声が聞こえた。


 子供のように泣きじゃくる彼女をおばさんは優しく抱きしめる。ずっとため込んでいたものを吐き出すように感情をあらわにしている姿を横目に、俺たちは一言も言葉を発することができなかった。



 桐島はずっと自分には未来がないと思い込んでいた。父親から逃げるためだけにここへ来て、この島からは出られないとばかり思っていたらしい。でも朝倉の話を聞いて全てが勘違いだったとわかる。


 これで彼女が救われたのかどうかはきっと本人にしか分からない。


 しかし少なくても桐島の閉ざされていた未来が切り開かれたに違いなかった。



「前に言ったことを覚えてるか」


 帰り際、俺はなぜか朝倉に呼び止められた。


「どうして壇みたいなやつに関わるのかって」

「ああ」


 前を歩いていく熊たちの後ろ姿を見ながら、不意に聞かれたのは自宅謹慎中だった林太郎と初めて会話を交わした日のことだ。


「あれはな、お前が壇と同じ側の人間だと思っていたからだ。夢を持たない、希望を持たない同士では共倒れになってしまう。そうはさせたくなかった」


 この島の真実を聞いて、少しずつだが林太郎を遠ざけたがっていた理由が分かったような気がした。


「でもお前は違うんだな。一度、本気で夢を追いかけた経験があるやつはまだ未来を見る力がある。夢を持つことを心のどっかでは諦めていないんだよ。だから影響を受ける側にも与える側にもなれた。少し特殊だよ」


 そう言って勝手に解決し、満足げに「がんばれ」と声をかけて去っていく。


「めんどくせえなあ」


 そうぼやきながら朝倉を見つめる。


 難しいことは分からないが、この島の環境が俺たちに影響を与えているのは確かでそれぞれが少しずつ変われているのも事実だった。


「海ー!」

 

 そのとき熊の俺を呼ぶ声が響く。


 応えるように軽く手をあげたら、他のみんなもこちらを振り返り笑顔を向けているのが見える。


 熊、月、桐島、林太郎。ぼんやりとみんなの顔を見ながらふと思う。


 この島にどんな真実が隠されていようとそれで俺たちの関係が変わるわけではない。そう思ったら計画なんてどうでもよくなっていた。


 俺たちはまた元の日常生活を送る。


 俺はあの四人と共にこの先もずっと同じ景色を見続けていたいと思った。

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