動揺する心__桜井月side

「間に合ったあ」


 今日は今年最後の商船が島に着く日曜日。


 朝一番、市場に駆け込んだ私が安堵の声を漏らすと重なって同じセリフが隣から聞こえてくる。ちらりと横を見れば、熊くんが小さな段ボールを抱えてにやにや笑みを浮かべていた。


「何が間に合ったの?」


 私は家から届いた大きなバッグを胸に抱きしめながら、こちらに気づいていない様子の彼の顔を覗き込む。


「え、月!」


 驚いて後ずさる彼はなぜか慌てて荷物を背中に隠した。


「いや?別に」

「ふーん」


 怪しい挙動を疑いながら私はじわじわと近づいていく。


「何隠したの?」

「ん?あのー、そのー」


 しかし笑って誤魔化す熊くんは「じゃあな」と走っていってしまった。


「変なの」


 ひとりになってそう呟きながら、気を取り直し荷物を抱えて帰路に立つ。


 実力テストを終えた私たちは、昨日から冬休みに入った。


 熊くんも何とか補習を免れることができ、明日迎えるクリスマスイヴはみんなでパーティーをしようと盛り上がっている。

 

 しかし今一番楽しみにしているイベントは、そのあとすぐに控えている大晦日。常夏の島で神社や除夜の鐘もテレビもない生徒たちのためにと、〝カウントダウン花火大会〟なるものが開催される予定だ。


 そのための必需品を家から送ってもらった私はニヤつく顔をこらえながら玄関に飛ぶこむ。一直線に足が向いたのはナオミの部屋だ。


「ただいま!」

「お、おかえり。なに、笑って気味悪い」


 相変わらずの冷めた発言を浴びつつも、今の私は何を言われてもへこたれない。


「内緒!」


 ステップを踏みながら自分の部屋へ戻り、早速段ボールを開ける。慌てて扉を閉め、中身をベッドの上に広げる。


 今から花火大会が待ち遠しくて仕方なかった。



 翌日は朝早くからビーチに来ていた。それも砂浜に建てられた小屋の陰にひっそりと隠れている。


「なあにやってんの」


 私は背後から聞こえた声にビクッと反応しながらも、すぐに熊くんの顔が見え安堵する。


「ああ、熊くんか」

「ああ、じゃなくて。パーティーの準備に来るって言ってたじゃんか」

「だって気になるよ。一応、背中押したの私だしさ?」


 現れた彼は一緒になってしゃがみ込むと、ため息混じりにじわじわと近寄って私と同じ方向に目を向けた。


 隠れて見ていたのは、遠くで帆を動かしながら水上を進む海くんの姿だ。


 ウィンドサーフィンを始めてからというもの毎日のように練習を重ねていた。そしてクリスマスイヴの今日も欠かさずそこにいる。


 私は新たな道へと背中を押した手前、少なからず勝手に責任を感じていた。


「月が見てたからって何も変わらないのに」

「それでもいいの!」


 熊くんを無視してまた彼の方へと目を向ける。


 佐伯先生曰く、筋が良く上達も早い方だそうだ。

 始めてからすぐに板の上に立てたかと思うと、ものの数日で自由自在に帆を操り今では波にも乗れている。改めて、彼の運動神経の良さに驚かされていた。


「なあ、月」

「なあに?」

「その、あとでパーティーのときさ。見せたいものがあるんだけど……」


 隣から聞こえてくる声はほとんど右から左へと流れていき、遠くで海くんが波に攫われている姿を見て手に力が入る。心配でひやひやしながら壁に手をつくと、すぐに顔が出てきてホッとする。


「あ、ごめん。なんだっけ」

「いや、またあとででいいや」


 〝見せたいもの〟という言葉が聞こえた気がしたが、振り返って聞き直しても熊くんははぐらかして笑ってきた。


「そう?」

「あ」


 すると彼がどこかを見て声を出す。


 視線の先に顔を向ければ、いつの間にか砂浜に上がってきていた海くんが見え目の前にはナオミが立っている。


 ここからでは何を話しているのかは聞こえないが、水浸しの彼に大きなタオルを手渡すナオミの姿があり、目が離せなかった。


「へえ。あのふたりって意外と仲良いんだ」

「そう、みたいだね」


 その様子になんだか少しだけ心がチクッとした。


「やべ、こっちくる」


 焦る熊くんに引っ張られ、慌てて顔を隠す。


 私たちがいるのはマリンスポーツの用具が置かれている小屋の後ろ。サーフィンの板を片手にこちらに向かってくる海くんの声が少しずつ近づいてきた。


「なんで?そんなの聞いて桐島興味あるの?」

「そういうわけじゃないけど。海にとってこれが新しい夢なんでしょ?」

「んー、まだわかんないけど。まあ楽しいよ」


 何やら話している声がする。

 盗み聞きのようで少々後ろめたさがあるものの、気になって耳は大きくなっていた。


「歌手になるって言ったら、これは私の夢なのかな」

「なんで俺に聞くんだよ」


 物音がする奥から途切れ途切れに聞こえてくる会話。熊くんと肩をぴったりくっつけ壁に寄りかかりながら、バレないかとひやひやする。でも中の様子が気になって意識は耳に集中していた。


「歌っているときだけは楽しそうだったっておばあちゃんが言ってた。私になれるかな」

「さあな」


 ナオミは私にも語ったことのない夢の話を海くん聞かせていた。


「でも、なれるか分かんないから夢って言うんじゃないの?だからみんな夢を叶えようと必死で努力するんだよ」

「そういうものなんだ」


 海くんの言葉を聞いて彼女は静かにそう口にする。


 私はナオミの一番の友達になれたと思っていたから、最初に相談する相手が自分でなかったことにちょっぴり寂しさを覚える。


「わざわざそれ言いに来たの?なんで俺?」

「分からない。でも海の顔が浮かんだ。海だったらなにか教えてくれるような気がした。なんでだろう」

「聞き返すな」


 ふたりは並んで歩いていく。

 ナオミをあしらいながら遠のいていく彼らを横目に、私は膝を抱えてうずくまる。


「びっくりしたあ」


 ふたりの背中が遠くなると熊くんは肩で息をしながら胸に手を当てる。


「桐島、歌手とか考えてたんだ。知ってた?」

「えっと、知らなかったかな」


 私はその場凌ぎの空笑いを浮かべつつ、なぜだか心がざわざわと違和感を覚えていた。



「メリークリスマース!」


 日が暮れてから私はルームメイトたちとみんなで海くんたちの家にきていた。


 大きなクリスマスツリーと家中には煌びやかな装飾が施されている。テーブルの上には七面鳥を中心にして豪勢な料理が並び、みんなの手にはノンアルコールのスパークリングワインが握られている。


 クリスマスソングを流すマリアさんがキッチンの方で楽しそうに小躍りをする様子が見え、思わず笑顔が溢れた。


 私はチキンを口にしながら、ちらりとそばに立つナオミに視線を向ける。つんとした高い鼻にはっきりとした目元を見たら、改めて美しい横顔だと見惚れる。少しだけ嫉妬心も芽生えた。


「ん?」


 あまりにもじっと見過ぎたのか、ナオミがグラスを片手にこちらを向いた。


「いや?なんでもない」

「なによ」


 怪訝な表情で見られ、私は慌てて首を横に振る。

 そのとき、ふと周りを見回して気づいた。


「あれ、海くんは?」

「んー、いないね」


 さっきまで熊くんたちといたはずなのに、いつの間にか姿を消していて私は気になってもう一度辺りを見回す。


「月」


 そこへタイミング良く熊くんが現れた。


「あのさ、さっきの話だけど」

「ねえ、海くん見た?さっきから見かけなくて」


 また話の途中で先走ってしまった。すぐに熊くんが何かを言いかけたのに気づき口を押さえる。


「またやっちゃった。ごめん、なんて言ったの?」


 少し恥ずかしくなって笑うと、彼はなぜか顔を引きつらせ苦笑いを浮かべていた。


「月ってさ。海のこと好きだよな」

「へっ⁉︎」


 そして続いた言葉に変なところから声が出た。一気に顔が熱くなったのを感じ、慌てて頬を両手で押さえる。


「いや、いやいやいや。ないないないない」


 あまりに突拍子もない質問で笑い飛ばすしかなかった。


「だって、私失恋したばっかりだよ?別れてっていうか、捨てられて?一ヶ月も経ってないのに、新しい誰かとかまさか」


 しかしながら私は何を焦っているんだろう。


 必死に笑顔を取り繕っているが、自分でも自分の行動に訳が分からなくなる。


 私が一方的に話していて熊くんが黙っているのを見たら固まり、気まずく唇をかんだ。


「海なら外のデッキにいるよ」

「え?」

「サーフィン、上手くいかなくて悩んでるみたいだから。励ましてきてやんなよ」


 熊くんは私の肩を持ち体の向きをくるっと変えてくる。そのまま軽く背中を押されバタバタと前に進む私は、その場で固まって動揺していた。

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