ここにきた理由__桜井月side

「みんな、ありがとう」


 その日、五人揃って学校を休んだ。


 私の登場は予想外だったようで場はしんと静まり返ってしまい、慌てて出てきた熊くんがビーチにでも行こうと言ったのを機にみんなで移動した。


 他の生徒たちは授業中で、当たり前のように外へ出ている人なんていない。珍しく誰ひとりいない閑散とした景色を見た。


「いいなあ、俺たちだけのビーチって感じ?」


 砂浜に座り込み様子を伺いながら探り探りの状態の中、真っ先に声を出したのは熊くんだった。


 いつもの調子で明るく振る舞う彼だったけれど、なぜか重い空気が流れる。海くんを見ると気まずそうに顔を背けているのがわかり、キョロキョロとみんなの顔を見回しながらいつもとは違う不自然さを感じていた。


「海」


 すると熊くんが声をかけながら彼の前にしゃがみ込む。


「ごめん!本当ごめん!」


 何がなんだか分からないが頭を下げて謝っていた。状況を理解していないのは私だけのようで、林太郎くんも桐島さんも微笑みながら見守っている。


「俺も悪かったよ。言い過ぎた」


 戸惑う私の前でふたりは仲直りしたが、今初めて喧嘩していたことを知る。引きこもっている間に何があったのかと混乱し瞬きが多くなった。


「月」

「ん?」


 私の方へと急に向きを変えた熊くんと目が合った瞬間、彼はにかっと歯を見せて笑う。


「学校行こう。月がいないと俺つまんないよ」


 みんなの視線が私に集中する。でも苦笑いを浮かべるだけで上手く答えることができずにいた。


 私がこの島に来たのは誠くんと一緒にいるため、ただそれだけだった。だから彼だけがここにいる理由でそれがなくなってしまった今、心にぽっかり穴が空いたようで虚無感に襲われる。


 四人が私を立ち直らせようとしてくれているのはひしひしと伝わっていたけれど、自分がここにいる理由すらわからなくなっていた。


「私、退学して家に帰ろうかなって」


 いろんなものが耐えきれず自分の中にある不安をはきだしていた。


「この島に来たのは彼と離れたくなかったから。でももう私がここにいる意味ってなんなんだろうって」


 無理やり笑顔を作ってみるが、みんなは私を見て言葉を探しているようだ。


 海くんみたいに夢を絶たれて苦しんでいる人もいる。桐島さんみたいに死にたいとまで追い込まれている人もいる。


 その中で恋愛に人生左右されているような私は周りから見たら呑気なものだろう。きっとみんな呆れているに違いない。


「双子の弟はさ、俺より優秀で一〇〇倍出来がよかった」


 すると、突然林太郎くんが話し出した。


「札幌の壇総合医療センターっていうそこそこ大きい病院があって、父親はそこの院長と日本医師会の会長をしてる。将来は病院を継ぐんだぞ、長男の役目だぞってそればっかり植えつけられてきた」


 林太郎くんは初めて会ったときから一匹狼のような人で、自分から周りにいる人間を突き放してばかりいた。


「でも蓋開けてみたらいつの間にかそれは全部優秀な弟の役目に変わってて、俺は邪魔だけはするなよって、そう言われるようになった」


 自分だけが悪者になって全部責任を背負い込もうとするところがある。


 キャンプで私と誠くんとの関係がバレそうになったときも、自宅謹慎中の林太郎くんと外に抜け出していたのがバレそうだったときも。


 わざと悪く見られがちな自分を犠牲にして、私たちを守ろうとしてくれていた。


「正直、病院も医者も大して興味はなかったからどうでもよかった。代々医者家系でみんなその道に進むんだぞって言われてきたから勝手にその道を進もうとしてきただけだった。でも弟の出来がいいと分かったらコロッと態度は変わって俺は用済み。誰からも必要とされなくなった」


 初めて聞く過去が彼の行動を物語っていたような気がした。


 自分は用済みだから、誰からも必要とされていないからどれだけ犠牲になってもいいと思っている。


「俺がここにきた理由は、追い出されただけ。弟への反発心からグレてこんな見た目になったら、出来の悪い兄貴はあの家に出入りするだけで恥の上塗りだって。そもそも俺の存在は恥だったんだ」


 辛そうに顔を歪める林太郎くんが歯を食いしばりながら必死に話そうとしてくれている。


 そこには誰も入ることはできない。みんな黙ったまま俯いて耳だけを傾けていた。


「俺は自分の意思でここへきたんじゃない。なんの目的もなかったし、親父に送り込まれただけだ」


 私があんなことを言ったから、また自分の身を削ろうとしている。それが分かったから余計に辛かった。


「林太郎くん、もういいよ」

「違う」


 しかし彼は私の目を真っ直ぐ見て、首を横に振る。


「でも、お前たちがそれを変えてくれた」


 そう言った表情からはつらさなんて一ミリも感じなくて、照れ臭そうに頭をかきながら微笑んだ。


「今までどこにいても煙たがられて自分の居場所なんて一度もなかった。人から嫌われようともどうでも良かったし、むしろその方が楽だった。だけどお前らが受け入れてくれて、そこにいるのが当たり前って顔で居場所を作ってくれた」


「林太郎くん……」

「だからこの四人がいるってことがここにいる理由になった。月だってそれでいいんじゃん」


 全身に鳥肌が立つような感覚が走り、胸にどーんと響いてくる。


 私がここにいる理由はちゃんとあるんだと言われているようで体の力が抜けていくのが分かった。


「月、わかってる?」

「え?」

「それってさ、林太郎は俺らがいないと居場所がなくなっちゃうって言ってんだよ」


 優しく微笑む熊くんの言葉に一筋の涙が溢れた。


「お前本当うざい」

「なんだよ、遠回しで分かりづらーい林太郎の気持ちを」

「ああ、はいはいはい。もう終わり」


 いつもの調子で言い合うふたりの声を聞きながら、溢れ出す涙は止まらない。


「月はここにいていいんだよ」


 最後に静かに言った海くんの言葉がトドメをさし、嬉しくてたまらなくなった。


「うわあ、何今の。全部持っていきやがって」

「別にそんなんじゃ」


 涙を拭いながら熊くんと海くんが目の前でじゃれ合うのを見て自然と笑顔になる。私は心底、人に恵まれている気がした。


 自分がここにいるばかり探していたけれど、みんなが私を必要としてくれることで私にもここにいる意味があるように思えてくる。


「ごめんなさい」


 しかし、そんな和やかなムードの中でひとりだけ怖い顔をしている人物がいた。


「桐島さん?」


 声をかけると笑っていたみんなの声が静まり視線が集中する。彼女は唇を震わせながらギュッと自分の腕を掴んで、険しい表情を見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る