5
親友への怒り
「ずっとあの調子」
「そっか」
ハロウィンパーティー以来、桜井月はずっと部屋に引きこもったまま学校を休んでいた。
三日が経っても様子は変わらず、心配する桐島が何度声をかけても以前のような彼女はいない。廃人のようになってしまった。
「じゃあ私はふたりと外にいるからなんかあったら」
「ああ、さんきゅ」
桐島がいなくなりひとりになった俺は、薄く開いた扉をノックしてゆっくり中へ入っていく。
「大丈夫か」
なんと声をかけていいか分からずにそんな在り来たりなセリフを言うが、返事は返ってこない。カーテンで閉めきった暗い部屋の中、俺はベッドの横に座りこみ背中を預けた。
しばらく沈黙が続くと、背後でもぞもぞと動き出したのが分かった。
「ごめんね、心配かけて」
やっと聞こえてきたのはかすれた蚊の鳴くような声だったが、言葉を発してくれただけで少しホッとしている自分がいる。
「謝るな」
「うん」
重たい空気が流れ、また沈黙が続いた。
学校での日常は当たり前のように進んでいて、あんなことがあった後でも星野先生は何食わぬ顔で過ごしている。
他の三人にはすべて事情を話した。
勝手に話すのはどうかとも思ったが、引きこもり状態の彼女を見たらそうも言っていられなくなった。それに俺自身ひとりで解決できるような問題でもなくて助けを求めた。
正直、あの男の顔はもう見たくない。いるだけで無意識に睨んでいる自分がいて、何度か林太郎になだめられている。
本当ならすべてを暴露して教師になれないようにでもしてやりたかったが、それはみんなに止められた。もし先生と付き合っていたと知られれば、彼女にまで処分が下りかねないと言われ渋々諦めた。
「いつから知ってたの?誠くんとのこと」
黙り込んでいた桜井月が静かに口を開く。
「キャンプのときになんとなく見かけて。相手があの先生だって知ったのは最近」
「そっか、全然気づかなかった」
必死に明るく振舞おうと、無理やり笑う彼女の声がとても痛々しかった。
「バカだなあ。何やってるんだろう、私」
「え?」
「あんな人のために編入までして、高校の友達みんな置いてきちゃった。こんなことなら追いかけてなんてこなきゃ良かった」
鼻をすする音がする。
でも涙をこらえながら心配かけまいと必死に笑顔を作っているのが伝わってきて、聞いているこっちが苦しくなった。
彼女の部屋を後にした俺は外のウッドデッキでみんなと合流する。
「どうだった?」
「うん、まあ」
結局ベッドからは顔を出さないままだった。最終的にひとりにしてほしいと言われてしまい、仕方なく帰ってきた俺は複雑そうな表情を浮かべる桐島と目を合わせた。
「じゃあ俺、先帰るわ」
全員で黙ったままただ時間だけが過ぎていくと、沈黙を破って唐突にそんなことを言い出したのは熊だった。
星野先生との間に起きたことを話したとき、一番気になっていたのは熊の様子だった。しかしパーティーでショックを受けて以来、どこか桜井月の話になると拒否反応を見せ口数も極端に減る。
あれから彼女に会おうともしなかった。
「なんか言えよ」
そんな親友の態度に耐え切れず、思わず口調を荒くした。
「なんかって……。月のことは海が一番よく分かってんだから、俺はいらないっしょ」
しかし、いつまでもうじうじと嫌味を込めた言い方でさすがの俺もカチンとくる。
「いい加減にしろよ。なんだよ、それ」
「なんで海がそんなムキになってんの」
あれから何かと突っかかってくるようになり、情けない姿には腹が立っていた。
「おい、お前がここに来た理由ってなんだったんだよ。俺巻き込んでこの島にどうしても来たいって。それあいつのこと好きだったからじゃなかったのかよ!」
気づけば胸ぐらをつかみ、始めて本気で熊に感情をぶつけていた。座ったまま静かに見守る桐島と林太郎は、そんな俺を止めようとはしなかった。
「月のことはかわいそうだと思うよ。でも、なんか違うっていうか。俺の知ってる月じゃないっていうか」
熊は震える手で俺の腕を掴むと、目を泳がせながら決まり悪そうに顔をそむける。
「どうしたんだよ。バカみたいに真っ直ぐ追いかけてた熊はどこいった」
「俺だって分かんねえよ」
悔しそうに唇をかみ辛そうに顔を歪める姿は、いつも底抜けに明るかった熊ではない。
「本気で好きだったんじゃないのかよ。お前の気持ちってそんなもんか?力になりたいって、昔の熊なら……」
「海、その辺にしとけって」
ようやく頭に上った血も冷めてきたころ、林太郎がゆっくり俺の手を熊から遠ざける。
「行くぞ」
肩を落とす熊の背中を優しく叩く林太郎は、任せろとこちらに目配せをしてふたりで帰っていった。
むしゃくしゃし、俺はひとりで歩いていく。たどり着いたテトラポットをよじ登り、ちょうど出始めた夕焼け空を見て大声で叫んでいた。
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