ハロウィンの悲劇__桜井月side


 私はふらふらと辺りを見渡しながら慣れないロングドレスの裾を持ちあげ、校内を走っている。普段なら堂々と会うことができない誠くんの姿を探していたのだ。


 昨夜、パーティーでもし会えたらダンスを踊ってほしいとこっそり連絡を入れていた。すると【逢えたらいいね】なんて希望のある返事がすぐに返ってきて、思わずベッドで飛び跳ねてしまった。


 でも実際に私が見たのは想定外の光景だった。



 パーティーが始まってすぐのときは、覆われていない口元がニヤついて仕方なかった。だって今日は確実に誠くんを探せるという秘策があったから。


 私は自分の髪に刺したと同じものを何も知らない誠くんの服につけて渡した。


 用意していた〝恋人の証〟を先生たちは何も知らない。だから胸元にブローチみたいなものがついていたって、その理由を勘繰ることはないはずだ。


 それに私は海くんにさえ少しだけ噓をついた。彼には生徒全員分用意したと言って紙袋を託したが、実際に注文した数は一〇一組分。私はこっそり誠くんとの分を用意してその中から抜いていた。

 これは誰にも話していない私だけが知る事実。


 しかし、その行為が仇になるだなんて思ってもみなかった。


 何度も人とぶつかりながらずれた仮面を必死に押さえ、白い王冠だけを探していた。なかなか見つからないと落ち込みながらぼんやり歩いていたら、誰かに足を踏まれその反動で前につんのめりそうになる。それを海くんが受け止めてくれた。


 仮面越しにでも分かる綺麗な二重の瞳が私を見下ろしていた。出ている部分だけを見てもきれいな顔立ちがよく分かり、呆れたような言い方も海くんそのものだった。


 背の高い彼を見上げるにはぐっと顔を上げなければならない。


 そこで私は見てしまった。螺旋階段にいる白い王冠の持ち主を。



「ごめん、海くん。やっぱり私……」


 シャンデリアの下で踊り終えると、私は海くんの手を離してすかさず走り出す。やはり誠くんのことが頭から離れなかった。


 でも螺旋階段にはもういない。ちらりとそれらしき後ろ姿が会場を出ていくのが見え、たまらず追いかけた。


 生徒たちはみんな大ホールに集まっていて、外へ出たら人の気配はまるでない。


 午後七時。暗闇の中に消えていくふたりの陰が校舎に向かったような気がして、私は必死に後を追う。夜の校舎にびくびくしながら、仮面をしたまま走り続けた。


 すると一階の保健室から明かりが漏れ出しているのが分かる。息を整えながらできるだけ足音を立てないよう近づいていった。


 心臓はバクバクだった。今にも飛び出しそうな勢いで、でもそこにいるのが誠くんではないことを願っていた。


 きっとあの白い王冠は誰かにあげてしまったんだ。きっとまだ彼自身はあのホールの中にいて、私を探していると。


 でも少しだけ開いていた扉の隙間からは声が漏れ出し、私はこの目で見てしまう。


「仮面っていいね、俺たちが堂々と一緒にいられる」



 そう言って仮面を外した彼は私の大好きな誠くんだった。そして彼と向かいあう女性も仮面を外すと養護教諭の加賀美先生が姿を現す。


 突然の状況をのみ込めずにいる私をよそに、ふたりは見つめあい次第にキスを交わす。机に体重をかける加賀美先生の上から私の彼が覆いかぶさるようにして両手をつき、ぴったりと体を寄せ合っていた。


 見たくもない光景から目を離したいのに足が固まって動けない。呆然と立ち尽くし、頭が真っ白になった。


「そうだ、あの子は?」

「ん?」

「あなたのことが好きすぎて追いかけてきちゃったって子」


 その瞬間、びくっと心臓がはねた。意地悪い顔をする加賀美先生が誠くんの瞳を見上げながらにやりと笑い、私の体には悪寒が走る。


「桜井さんだっけ?」


 そして自分の名前が出た瞬間、動揺を隠せずに後ずさった。


「ああ、とりあえず頭でも撫でて優しくしといたよ」

「ひどい。こんなところまでついてきた純粋な気持ちを」


 誠くんの言葉がぐさぐさと胸に突き刺さる。キャンプでこっそり私を抱きしめてくれた彼のぬくもりを思い出し、全身に鳥肌が立った。


 なんで。どうして。

 頭の中は混乱する一方でそんな言葉がぐるぐると回る。


 彼は私の知っている誠くんではない。別人のようだった。


「なんか俺と付き合ってるとでも思ってるみたいでさ」

「あら。本当に付き合ってたりして」

「まさか。俺が好きなのは君だけだから」


 何もかも信じられなかった。

 無意識に彼からもらったブレスレットを触り、ぎゅっと力がこもる。はっきり『付き合おう』と言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えているのに、彼の中で私はストーカーのように扱われていることを知る。


 愛おしそうに加賀美先生の長い前髪をすっと耳にかける彼の横顔が悪魔のように見えた。


「そういえば、あなたもあの子と一緒で私を追いかけてきた口だものね」

「そうだよ。だから俺の純粋な気持ちはもてあそばないでよ」


 冗談めいた顔で話すふたりの言葉にぞっとする。息の仕方を忘れてしまったかのように呼吸が浅くなっていき、視界までぼやけてくる。


 苦しい。助けて。

 心の中でそう叫びながら胸が苦しくなってきた。


「あいつ……」


 そのとき後ろからの声に驚かされる。いつの間にか真後ろに立っていた海くんと目が合い、気づけばその反動で自然と息が吸えていた。


「悔しくねえの?」


 海くんは怒っていた。あまりの衝撃に苦しさと悲しみがこみあげてくるだけで、怒りの感情はどこかに置いて来ていた。


 そんな私の代わりに、彼の握った拳に力がこもる。


「いいのかよ、あんなこと言わせといて」


 言葉に詰まる私は海くんの言葉にまた後ずさった。そこで運悪く扉にガシャンと足を当ててしまい、慌てて振り返ったらばっちりと目が合ってしまった。


「え、月ちゃん?」


 驚いたように私を呼ぶのをいつもと変わらない優しい声だった。


「あの、私」

「いやあ、参ったな」


 しかし苦笑いを浮かべる彼は焦る様子もなく、私に弁解などしようともしなかった。


「参ったなじゃねえだろ、何だよ今の」


 ショックのあまり言葉を失う私を押しのけて、勢い良く開けた扉が大きな音を立てた。


「付き合ってたと思ってるとかなんだよ。付き合ってたんだろ?」

「なに言ってるんだよ、まさか」

「このブレスレット。お前が誕生日にあげたものだよ。嬉しそうにおまもりだってずっとつけてんだよ」


 今にも殴りそうな勢いで詰め寄っていく海くん。私はそんなにも感情をあらわにする彼を初めて見て、思わず目を丸くした。


「ねえ。ちょっとそれ、どういうこと?」


 話に首をかしげながら入っていく加賀美先生は額に手を当てながら顔を引きつらせる。


「誠、私には昔の教え子に好かれちゃって困ってるって言ったわよね。島まで勝手についてきちゃったって」


 その様子から加賀美先生は私たちのことを何も知らなかったようで、軽蔑したような目で彼を見ると椅子に腰かけため息をつく。


「違う。違うよ。あれはたしか合格祝いかなにかに」

「合格祝いにブレスレットねえ」

「欲しいってせがまれたから仕方なく」


 焦ったように弁解する彼は私のことなんてろくに見ずに、加賀美先生の前にしゃがみ込む。


 私はそんな情けない姿に絶望し、もう何もかもどうでもよくなった。


「海くん、もういい」

「良くないだろ、まだ」

「もうどうでもいい」


 心にぽっかりと穴が開き考える気力もなくした私は海くんの袖を引っ張った。ふらふらと歩き出す中、肩にぬくもりを感じ気づけば黒いジャケットがかけられていた。 


 そのあとはどうやって帰ったのかも、どうやって歩いていたのかも分からずに、気づけばドレスを着たまま真っ暗な部屋の中にいた。



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