仮面に隠れて
大きな金属製の扉を開けて入る会場の奥には緩く伸びる太い螺旋階段が吹き抜けの二階に向かって続いている。窓から差し込む光を遮るように暗幕を下げ、中世ヨーロッパをイメージして仕上げた場内には薄暗い明かりが灯る。
十月三十一日のハロウィン当日、いよいよパーティー本番を迎えた。
まるでタイムスリップした世界。ドレスとタキシードに身を包む生徒たちは、鼻の先から顔の上半分を覆うシルバーとゴールドの仮面を男女それぞれ装着し、異国の地にでも迷い込んだかのような空間が広がっている。
「なあ海、これ絶対見つかんなくね……」
同じような風貌の男女がわんさかいる中、熊の口からはため息交じりの声が漏れる。彼は今日〝恋人の証〟を渡しダンスに誘おうと、必死になって桜井月の姿を探していた。
しかしながら、おおよその状況を知っている俺は心から応援できないでいる。
相手は想像でしかないが、そもそも桜井月に恋人がいるという事実は本人から打ち明けられてしまっている。その確実な情報を持っているのに知らないふりをして良いものかと悩みながら、結局当日を迎えてしまった。
もういろんな場面に遭遇しすぎて自分がどうすれば良いのか分からず、全て考えることを放棄したいくらいだ。
「海、まじで真剣に探して」
「分かってるって」
テーブルに並ぶ食事に手を付けながら、何の目印もなくどう探すというのか諦め半分に返事をする。彼女が桐島ほど分かりやすい髪色であれば見つけやすいものだが、黒髪ロングは山ほどいて全く区別がつかない状態だ。
「あ」
しかし、なぜだろう。
何となく行き交う人を観察していたら、その中に桜井月を見つけた気がした。
「え、なに?見つけた?」
「いや、似てるなって思っただけで」
そう話しながら目で追っていくと彼女は誰かを探しているように見えた。
今日は後ろで緩く一本の三つ編みをしていて、見覚えのある小さな白い王冠の飾りを頭に刺している。それをどこかで見たことがあるような気がしたが思い出せずに不意に視線を落とすと、熊が手に持っているものとよく似ていた。
彼女はなぜか〝恋人の証〟を身につけていた。
「なあ、海」
急に声のトーンが変わり、恐る恐る横を見れば熊の目はすでに桜井月をとらえていた。
「あの白い王冠つけてる子だよな」
「いや、見間違いだったかも……」
「あの歩き方と背格好、絶対月だよ。てか、あの王冠これと色違い?」
ぎゅっと力がこもる手には小さな青の王冠を握っている。必死に笑おうとしながらも引きつる笑顔を見たらひどく動揺しているのが分かった。
「さっきさ、会場入ってくるときにいたよ。同じのつけてるやつ」
「え?」
「俺と色違いだあって何となく目に入ったんだ。そしたら、なんだよ……」
俺は言葉が見つからなかった。
相手はおそらく星野先生だ。しかし、あれは男子生徒に俺が直接配ったもので先生が彼女に渡せるはずがない。それに校内のイベントで生徒とペアのものをつけるようなリスクをおかすだろうかと思ったら、あの白い王冠の説明がつかない。
彼女が他の男子生徒から誘われて簡単にそれを受け取るようなタイプにも見えず、不思議でならなかった。
「海、驚かないんだな」
すると静かにそう言う熊がから笑いを浮かべる。
「月にそういう相手がいるって知ってたんだろ」
「いや、俺は……」
「何年親友やってると思ってんだよ。それくらい分かる」
熊は怒って会場を出ていった。
俺は頭を抱えながらもいまだ歩き回っている彼女が視界に入り、大きくため息をつく。何でもかんでも余計なものまで見てしまう自分の運命を呪い、親友と桜井月、両方に秘密を抱えたまま板挟みにあっている気分だ。
一旦冷静になろうとしたが、人の波に飲まれそうな彼女の姿がちらちらと視界に入りどうしても放っておけなくなる。
「わざと転んでるだろ」
「もしかして海くん?どうして」
そして今、案の定足を踏まれて倒れそうになったのを抱き留めてしまった。
「ひとりだけちょろちょろ動いてて危なっかしかったから」
そのときダンスナンバーの一曲目が流れ始め、早速出会えた恋人たちが同じ印を身に着けながらシャンデリアの下で恥ずかしそうに踊り出す。
ひとまず壁際に寄ろうとしたが、なぜか彼女は急に固まってしまい動こうとしない。どこかを見ていてその視線の先が気になった俺は同じ方向に目をやる。
すると、螺旋階段の途中で白い王冠を胸につけた男が女の腰に手を回して寄り添っているのが見えた。
一瞬で相手は加賀美だと勘付く。
桜井月に視線を戻せば目を潤ませながら動揺しているのが仮面越しにも分かった。
俺は彼女の視界を遮るようにスッと間に入る。しかしそれでも放心状態の彼女はそのことにも気づかず、黙ったまま俯いた。
そのとき、無性にどうにかしなくてはと思った。俺はおもむろに自分の印をポケットから取り出して彼女の手をとり握らせる。びくっと反応してやっと顔を上げた瞳には今にもこぼれそうな涙がたまっていた。
「やっと顔上げた」
彼女の手に赤い薔薇のピンを握らせた。
困惑する様子を見下ろしながら、俺はそのまま何も言わず同じものを自分の胸元へ刺しこむ。そして彼女の手から薔薇のピンをそっと取り、髪の中へ忍ばせた。
「これ」
「ダンスに誘いたい人にはこうやって渡すって自分が言ったんだろ」
髪を触りながら戸惑う彼女の手を取ってホールの中央に連れ出す。
内心は心底恥ずかしかった。でもこうするしかなく見よう見まねでやってみる。白い王冠の男から遠ざけ、桜井月には背を向けさせた。
「海くん、あの」
「うるさい」
ムキになってそう言いながら、ちょうど俺の対角線上には何も知らずにのほほんと和んでいるふたりが見え苛立ちを覚える。
俺たちはそのまま音楽が鳴りやむまで、ぎこちなくゆっくり踊り続けた。
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