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ぽろにあん会議
「せっかくなら派手にいきたいよね」
「こういうのって雰囲気が大事だよな」
十月初旬、岬にあるレストラン『ぽろにあん』に集まる俺たちはとある会議中。
桐島も加わり、もう定番になってきたこの五人の放課後は見慣れたものだ。
しかし今日の俺は少し憂鬱だった。
つい三時間ほど前、佐伯先生に呼び出されとある頼みを引き受けてしまった。人使いの荒い先生にお願いされるときは今までも大抵ろくなことがなかった。
「なんでそんなに乗り気だよ」
今回もその勘は的中し、俺は十月三十一日に開催するハロウィンイベントの企画を引き受けることになってしまった。
メロンソーダを飲みながら、桜井月と熊が楽しそうに話すのを見てため息をつく。
正直こういうのは女子の方が向いているのにどうして俺が選ばれたのかと疑問だけが残る。でも佐伯先生は半ば強引に『いつものメンバーで考えていいのよ』なんて言って肩をポンポン叩きながら行ってしまった。
「ハロウィンの企画なんて楽しそうだもん!」
人一倍張り切っている桜井月は、そう言いながらノートまで広げてやる気満々だ。
「ハロウィンと言えばやっぱり仮装かなあ」
そして携帯で何やら調べている彼女を見て、俺も仕方なくその会話に参加することにした。
「一応、予算内だったら備品は勝手に発注していいって言われてる。日曜に来てる市場の人に頼めばやってくれるって。まあ、予算も結構おっきいしなんだってできそうだけど」
「えーじゃあじゃあまずは〝衣装発注〟だね」
そう言いながら書記のようにノートへ書きこんでいく。
「女子はそうだなあ。ナース、メイド、警官、ドラキュラ、魔女?」
「男は……フランケンシュタイン、狼男、ミイラ、ゾンビ、それこそこっちもドラキュラあり」
熊とともにアイデアを出し合いながらどんどん挙がっていく候補たち。ずらりと並ぶ衣装リストを見て思わず俺は苦笑いを浮かべた。
「これ全部頼む気?」
「いや、そうだよね」
改めて自分が書いたノートを見ながら納得する桜井月はハハッと笑って誤魔化す。
「しかも誰がどれ着るとかで揉めそうだよね。それこそ全員からアンケート取らなきゃいけないだろうし、サイズ感も違いそう」
眉間にしわを寄せながら早速そう悩みだす彼女を見て、道のりは長そうだと頭が重くなった。
「仮面舞踏会」
そのとき今日初めて桐島が声を出した。
最近はもう当たり前のように一緒に行動しているが、相変わらず口数が少ないのは変わっていない。
帰りに今日は声を発していただろうかと振り返る日もあるが、たまに見ると密かに笑っているときもあって、それはそれで桐島らしいのかもしれないと思うようになった。
そんな彼女に四人の視線が集中すると、一瞬目を泳がせながらも遠慮がちに話し出した。
「全員ドレスとタキシードにするとか。サイズの希望とるだけで済むし、色を変えればそれだけでも鮮やかになる……とか適当に思いついただけなんだけど」
黙って聞いている俺たちを見ながら、次第に自信なさげに声が尻つぼみになっていく。
しかし彼女の説明するイメージが頭の中にパッと浮かんできて、自分の中ではなんとなくしっくりきた気がした。
「いい!それ凄くいいよ!」
「なんか大人な感じ。かっこいい!楽しそう!」
桜井月と熊は口を揃えてそう言い、前のめりになる。そして同時にこちらに視線を向けてくるふたりの目は、これで決まりだと言わんばかりにわくわくしていた。
「それならテーマもわかりやすいし、備品も集めやすそうだな」
俺の言葉でなぜかハイタッチするふたり。桐島は照れた表情を隠すようにすました顔で背もたれに寄りかかり、無駄に自分の爪なんか見て意識を逸らしていた。
「よし決定!さすが桐島さん!……ってああ、ナオミちゃんだった」
「いいって言ったでしょ。今まで通りで」
桐島の下の名前が〝ナオミ〟であると知ったのはつい最近の話だった。
桜井月は『下の名前で呼んで仲良くなる!』なんて息巻いていたけれど、今みたくいつも忘れて元の呼び方に戻ってしまう。その度に訂正し、桐島も同じセリフを繰り返していた。
「おまたせー」
そこへ頼んでいたポテトがテーブルに届く。
このレストランは六〇代くらいの優しそうな夫婦が営んでいて、持ってきたのは妻の方だった。
「なにか決まったの?」
「はい。ハロウィンイベントのテーマが!桐島さんが良い案出してくれたんです」
最近になって頻繁に来る俺たちは顔を覚えられていて、よく話す桜井月は特に夫婦と仲が良かった。
「あらそう、良かった。五人は仲がいいのね」
「はい!」
そして満面の笑みで頷く。そんな彼女を見ながら、俺はモヤモヤしたままだった星野先生との問題を思い出す。
ずっとどこかでタイミングを見計らい聞いてみようと思っていたのだが、いざ目の前にすると躊躇してしまい聞けず仕舞いだった。
「ん?なに?」
「いや」
あまりにジッと見過ぎて、不思議そうにこちらを見る目と視線がぶつかる。俺は慌てて顔を逸らし彼女のノートを引き寄せた。
「あ、待って。この仮装はやめて〝ドレスとタキシード〟っと」
そう書かれた文字がぐるぐると丸で囲まれまずはひとつ、衣装の問題が一歩進んだ。
「次は内装かな。桐島さんなにかある?」
「なんで私に聞くの」
「そりゃだって発案者だから。背景のイメージも浮かんでるのかなって」
女子ふたりで頬杖をつきながらノートをじっと見つめる。端っこに落書きし出す桜井月は衣装のドレスらしきものを描き始め、結構それがうまかった。
「例えば『
そんな絵を見ながらぽろっと言葉をこぼす桐島の声に反応し、桜井月が顔を上げる。
「それってアニメ映画の?」
「うん。薄暗い明かりの中にシャンデリアがあったりして」
その瞬間、男三人で顔を歪める。
「それって、もしかして踊る?」
顔を引きつらせる熊の横で林太郎とふたり顔を見合わせていた。
たしかに舞踏会とは踊る場のことを言う。雰囲気につられてすっかり流していたが、それだけは避けなければならない。踊るなんて絶対に無理だ。
「でもほら仮面舞踏会ってみんな同じような仮面して半分くらい顔隠れちゃったりするんだよ?もう誰が誰だか分からないよきっと!」
桜井月はどうにかしてこの提案を進めようと必死にポジティブなワードを並べる。でも、どうにもこちらからが顔を縦に振るのは厳しかった。
「まあいいんじゃない?踊りたければ踊るも良し。豪華な食事を用意してお喋りするだけでも良し」
そこへ桐島がまた冷静な口調で割って入る。
「面白いかもよ。二〇〇分の一の確率で出会うのは、話すつもりもなかった新たな相手か。仮面をしていても引き合ってしまう運命の相手か」
悟ったような桐島の発言は不思議と聞き入ってしまう。どこか言葉に説得力を持っていた。
「カップルとかは示し合わせてお揃いの目印なんかつけてそうだけどね。あ、先生たちの分も用意してみたらどうかな!」
すると桜井月の口から思わぬ提案が飛び出したのを聞き、桐島そっちのけに声が漏れた。
「ん?どうかした?」
「ああ、いや。いいじゃん、楽しそうで」
慌ててそう言うが、内心は気になって仕方がない。それは先生と示し合わせて会おうという狙いあってのことだろうか。
自然と勘ぐってしまう自分がいる。
「うわ、もうバイトの時間じゃん。ごめん海、ここで俺ら抜けるわ」
ちょうど今月から全員のアルバイトローテーションが始まった。週に三日ペースで各々配属されたアルバイト先の仕事につき、二ヶ月ごとにいろんな仕事が経験できるよう入れ替えられる。
そして今日は港近くのコンビニへ熊と林太郎が行く日だった。
「じゃあ私も」
すると、ふたりが出て行ってすぐなぜか桐島も立ち上がる。
「あれ、桐島さんも今日入ってたっけ?」
「ううん。でも家で読みたい本がある」
「あ、市場で買ってたやつか。分かった、また明日ね」
「うん。じゃあ」
その会話に自由すぎると思いながら、桜井月とともにひらひら手を振り帰っていくのを見送る。
そして俺たちはふたりになった。
「そうだ、海くん。せっかくだから、ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど」
そして自由なのは桐島だけではなかった。
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