都市伝説のはなし
「なんかゲームでもする?」
アロマキャンドルの匂いにもだんだん慣れてきた。卓上コンロを引っ張り出し林太郎が作ったすき焼き鍋を囲んで、ちょうど食べ終えたところだった。
それぞれが自分の携帯に視線を落とす静かな室内で、熊が耐え切れなくなったようにそう提案する。
「せっかく俺たちだけなんだからさあ、なんかしようよ」
結局マリアからの連絡は来ないままだが、他のルームメイトふたりも帰ってこなかった。
ふたりは桜井月と同じ家に住む女子たちと一緒に、先生たちの住む社宅にいて復旧を待っているそうだ。なんでもキャンプで仲良くなって以来、いつの間にかカップルができていたらしい。
「ゲームって言ってもこれくらいしかないよ?」
桜井月は口を尖らせながら先ほど散々やったトランプを指して言う。電気が通っていなければテレビゲームもできず、遊ぶ手段をなくしていた。
「じゃあ、この雰囲気だし怖い話とか」
「却下」
熊の発言に即答したのは林太郎で意外な一面を見せる。
「へえ、林太郎って怖いのダメなんだ」
「別にダメじゃないけど、わざわざ聞こうとは思わない」
熊は顔をそむける林太郎ににやりと笑みを浮かべる。同じくにやにやと口元を緩ませる桜井月も彼をからかい始めた。
「この島に伝わる都市伝説」
そのときいつの間にかソファに移動していた桐島がキャンドルの前にわざとらしく顔を出す。今までの彼女と同一人物とは思えない行動に目を疑った。
「聞くの。聞かないの」
キャンドルと桐島という組み合わせは、ここがどこかの洋館にでも見えてきそうな勢いだ。
ハッとする桜井月と熊はいち早く楽しそうだとばかりに座りに行くが、俺はどうしても乗り気にはなれない。あまり迷信や伝説は信じない方だからだ。
しかしふたりの視線が、近づこうとしない俺たちに向けられ仕方なく立ち上がった。
怖い話が苦手だという林太郎は嫌々ながらも桐島から一番遠い場所に座り、俺も仕方なくソファへと腰を下ろした。
みんなの視線が集中する中、桐島は大きく深呼吸する。
「無人島だったこの島は元々とある金持ち夫婦が持っていた資産だった。その夫婦にはかわいい一人娘がいて大事に大事に育てられた。でも彼女は大人になると恋をして、両親を置いて駆け落ちをする。でもその男の正体は連続殺人鬼だった」
唾を飲み込む音が聞こえてきそうなほど、その話にみんなは真剣に聞き入っている。表情ひとつ変えずにどこか一点を見つめながら話す桐島の姿はムードを漂わせ、より一層恐ろしく見せた。
「それでも女はその男を愛し、元気な女の子を産んだ。殺人鬼であることは知っていたけれど、きっと男が変わってくれると信じてた。私が変えてあげるとさえ思っていた。だから可愛い娘のことも愛して良い父親になってくれると。でも違った。男は取りつかれたように自分の娘すら殺そうとしたの」
その瞬間、近くに置いていたキャンドルの火が意味ありげにふっと消える。
「女は娘を抱いて必死に逃げたけれど、見つかってしまう。そして男は妻である女を刺した」
目の前では体育座りで聞き入っていた桜井月がびくっと反応し、じわじわ俺の足元に近づいてくる。それからソファに座る俺の足にぴったりと背中をくっつけてきた。
「それで、その女の子は?」
恐る恐る尋ねる彼女を見て、桐島はすっと肩の力を抜く。
「さあ。そのときに殺されてしまったのか、殺人鬼とは知らず大人になっていったのか。でも一説によるとこの島は大きくなったその娘が殺人鬼の父親から逃げるために使われた、いわば要塞だっていう話。森の奥のどこかに彼女が匿われていた檻があるとかないとか」
どういう風の吹き回しか。きっと前のふたりは何の疑いもなく聞いているが、俺はなぜ突然こんな話をし出したのか疑いを持ってしまう。
淡々と話す桐島の心が今何を思っているのかまるで読めなかった。
「そしてこうも言われている。この島の所有者だった夫婦が孫娘を守るために同じ年の子どもたちを集めた。そしてその中に紛れ込ますように檻からその女の子を解き放ったの」
「それってアメリカンアイランド計画の話?」
「まじかよ。俺らは利用されてたってこと?」
桐島の話にどっぷりとつかるふたりは顔を見合わせながら驚きを隠せずにいる。斜め前でクッションをぎゅっと抱えながら一言も話さずにいる林太郎は単純に怖がっているようだ。
「ふっ、馬鹿ね。ただの都市伝説よ。さっき裏サイトに書いてあった趣味の悪い書き込みをそのまま話しただけ」
桐島はそう馬鹿にしたように笑ったが目は何も笑っていない。
ぼんやりと見つめ返していたら一瞬視線が交わる。すると桐島は何も言わずにスッと表情を消した。
「なんだよ、こええよ。だってそれが本当だったら、この島に殺人鬼の娘がいて父親がその娘を殺しにこの島に来てるかもとか……」
熊がそう言いかけたとき、外でガタガタッという大きな物音が聞こえてきた。
びくっと反応した四人が一気に俺の周りに集まり、固まったまま音のする方を見つめる。しかし何も聞こえなくなり、隙間風の甲高い音だけが鳴っていた。
「どうせただの風の音だろ」
「だよな。そんな殺人鬼の話したからってそれが来たわけないよな」
俺に続いて、自分に言い聞かせるように言う熊が無理やり笑って見せる。
しかし次の瞬間、今度は何かが倒れる音がした。
全員がぴたりと止まり息をのむ中、桜井月と熊が足にしがみついてきて俺は身動きが取れなくなる。
「海くん、ちょっと見てきてよ」
「そうだよ、海。猫でもいないか見てきてよ」
ふたりはそう言いながらも俺の足をがっしりと掴んで離さない。固まる林太郎と若干おびえている様子の桐島も俺を盾にするように背後に回りこんでいた。
「分かったよ。行きゃあいいんだろ、行きゃあ」
幽霊の類は信じておらず怖い話や恐怖映画も結構真顔で見られるタイプ。でも殺人鬼となると話は別だ。さすがに怖い。でもそれ以上に怖がる四人がいるせいで、逆に冷静でいるしかなくなってしまった。
俺はふたりを引きはがし玄関に向かった。
「海、大丈夫。俺らがついてるから」
「いつでも来い」
熊と林太郎も後ろからついてくるものの、距離を取ってまるで頼りにならない。林太郎に関しては人よりも幽霊や亡霊をおびえていた。
三人でバッドや鍋を片手にゆっくり音のする方へ歩み寄っていく。ちょうどウッドデッキの裏手にマリアが置いていた鉢植えの辺りで音はした。
壁伝いに足音を立てぬようゆっくりゆっくり進んでいくと、やはりガサゴソと音がする。俺は恐怖心を必死に抑え、家の角に差し掛かったら思い切って大声を上げた。
「うわあああ!」
「きゃああああ」
バッドを振り上げ立ち尽くすが、聞こえた声に目を開ける。
「きゃあ?」
不思議に思って駆け寄ってきた面々も集合し、全員がその人物を目撃する。
「はあい」
音の正体は殺人鬼でもましてや幽霊でもなく、マリアだった。
「いやあ、驚かせちゃってごめんなさいね。キャンドルなんてたいてたから何話してるのかなって聞き耳たててみちゃったんだけど」
マリアはそう言いながら申し訳なさそうに笑う。
港に行って帰れなくなっていると思っていたがとっくに家に帰宅していて、そのあとで台風の被害が大きかった二軒隣の家を手伝っていたそうだ。
「ああ、あったあった。携帯もここに置き忘れてて」
すべてが繋がりホッと胸を撫で下ろす。緊張の糸がぷつりと切れたようにみんなでソファになだれこんだ。
「あら、今日すき焼きだったの?まだ残ってるじゃない。食べちゃお」
そしてマイペースなマリアは俺たちの気も知らずに、ひとりで卓上コンロの火をつける。同時に電気が戻ってきたようで家中の明かりが一気に点灯した。
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