新たなルームメイト

 編入してからようやく生活にも慣れてきて、九月の第三日曜日を迎えた今日は朝から家中バタバタと忙しなかった。


「なんでこうなる」

「俺が聞きたい」


 俺は開けっ放しになった向かいの部屋の扉に寄りかかり、腕を組みながらとある人物を見下ろす。段ボールだらけの室内でベッドに横になっているのは壇林太郎である。


 なぜか元々この部屋に住んでいた生徒と交代し、うちへ引っ越してきたのだ。


「嫌がらせか」

「こっち来たら罰則なくしてやるって言われたから仕方なくだよ」


 壇は自宅謹慎が明けてから一週間、放課後に島のゴミ拾いをするという罰則を課せられていた。それがどうして引っ越しにつながったのかは謎だが、少なからず俺に監視役をさせようという目的を含んでいるのだろう。


 先日起こったプチ騒動以来、俺たちは先生たちから友達という括りで認識されていた。


 あのときにいた女教師・佐伯さえき先生もそのひとりで、壇のことを何かと俺に頼んでくるようになった。おかげで昨日も『学校サボったりしないように注意しててよ』なんて学級委員みたいな役回りを押し付けられ迷惑している。


 それもこれも桜井月に巻き込まれたせいだ。


「なあ、海。ずっと気になってたんだけど、いつの間にふたりは友達に……」

「なってねーわ」


 俺たちが話しているのを覗きにきた熊が変なことを言うもので、思わず言い返したらふたりで声が揃ってしまった。


「凄い息ぴったりだけど」


 苦笑いを浮かべる熊を睨みつけながら出かけようとしていたのを思い出し、部屋に自転車の鍵を取りに戻る。

 

「そうだ。これから港の市場行くんだけど壇もどう?」


 基本的に誰に対しても壁を作らない熊は、なかなか初対面では誘いずらいであろう壇にまでいとも容易く声をかける。

 

 しかし当の本人は一瞬こちらを見ただけですぐに視線を手元の携帯に戻してしまう。きっと休日はひとりで居たいタイプだろうと想像した。


「来ねえよ」


 俺は少し残念そうにする熊の背中を押し、家を出ようと促す。そして外に置いてあった自転車にまたがり、出発しようとした。


 すると、途端に玄関の扉が開いて意外な人物が顔を出す。


「暇つぶしだから」


 低い声で囁く壇が俺たちの横に自転車を持って並んだのだ。


 面食らう俺の隣では、よしっと嬉しそうに笑う熊が先頭になってペダルをこぎ始める。壇は絶対来ないと思っていたから、ふたりが一緒に自転車をこいでいる光景が信じられなかった。数秒後、ワンテンポ遅れて後についていった。


「壇ってさ、その髪染めてんだよな」

「そうだけど」

「結構色抜いてるっしょ。痛くなかった?」

「別に」


 冷たい塩対応を受けると分かっていながらめげない熊は壇を質問攻めにし、ふたりで俺の前を走りながらそんな会話を繰り広げていた。


 港に商船がつくのは毎週日曜の午前九時から午後二時までと決まっている。


 急に港が賑わいを見せるからある種お祭りのようになっていて、数量限定でゲームや漫画などの娯楽品も販売されるからそれ目がけて朝早くから待ち構えている人も少なくなかった。


「海!これやろう」


 港について早々、何かを見つけてきた熊が俺らの元へ駆け寄ってくる。手には花火のバラエティパックを持っていた。


「この夏やってなかったし、壇の歓迎会ってことで」

「俺はいいけど」

「そしたら月たちも呼んでさ」


 ちらりと壇を見てわいわい花火なんてやるタイプか?と疑問に思ったが、すぐに桜井月の名前が出てきて本当の目的を察する。


「本命はそっちか」

「ん?」

「いや、何でもない」


 壇の歓迎会とは言うものの、ただ単に彼女と花火がしたいだけだと心の内が読めてしまった。


「へえ、そういうこと」

「分かりやすいからな、あいつは」


 壇も察したようで、ひとり何もわかっていない熊だけが不思議そうに首を傾げていた。


「みんなー!」


 そこへタイミングよく桜井月がルームメイトと共に現れる。


「月!今日花火やろう」

「花火?やったあ、やりたいやりたい!」


 パッと表情を明るくするふたりは子供みたいに喜んで、その場にいた女子たちも誘い盛り上がり始めた。


「あ、誘ったら来るかなあ。桐島さん」


 すると桜井月がぼそっと呟いた声を耳にする。熊は知らない名前に首を傾げ、ルームメイトの女子たちは顔を見合わせる。


 俺は聞き覚えのあるその名前に反応し、頭にオレンジ色の髪が浮かんだ。


「ああ。いや、来ないだろ。あれは」


 初めて見た日の光景を思い出し即答したら、振り返った彼女は残念そうに眉を下げる。


「でも仲良くなれるチャンスだと思うんだけどなあ。一応誘ってみてもいい?」

「別にいいけど百パー来ないだろ」

「そっかあ」


 桜井月には桐島と似ていると言われたが、俺はあそこまで人を寄せ付けないわけではない。あれは完全に心のシャッターを下ろしている。簡単に心を開いてくれるようには見えないし、口説き落とすのはなかなかの体力がいりそうだと直感で感じた。


 そもそも話しかけても返事が返ってこないのだから、まずはそこからだ。


「そうだ、私サンダル探してたんだった」


 すると急に話題を変えて思い出したように言う桜井月がきょろきょろ辺りを見回し始める。衣類のコーナーは少しここから離れていると思いながら、ふとサンダルを履いている彼女を想像した。


「転ぶしか浮かばないんだけど」

「ちょっとそんなことない!」


 ムッとする彼女は頬を膨らませ俺の腕を叩いてくる。しかしそこでも大きめの石ころを踏んでまた俺の目の前でよろめいた。


「言ったそばから」

「これはたまたま」

「ほらまた転ぶから気をつけろって。なんなのそれわざとなの」

「ちがーう」


 おっちょこちょいなのか何なのか、桜井月を見ているといつも危なっかしい。彼氏がどこの誰だか知らないがこんなにしょっちゅう転ぶような彼女をほったらかしてどこにいるんだとため息が出た。


 しかしながら彼女が俺たち以外の異性と一緒にいる場面には遭遇したことがなかった。


 思い返せばキャンプの時も人目を気にするようにこっそりと会っていたし、どこかその関係を隠している節がある。それに普通のカップルなら登下校を一緒にしたり同じ授業を取ったりするものだろう。昼休みだって一緒にいるのはほぼ俺たちだ。


 どうして同じ学校に通いながら彼氏と一言も会話を交わさないのか。それが逆に不自然でならなかった。


「おふたりさん、なんか非常に仲良くなってない?」


 すっかり他のみんながいるのを忘れていた。言い合っていた俺たちを見て疑いの目を向けてくる熊にハッとして咄嗟に視線を逸らす。


「多分あの日からかな。ほら、壇くんのところに……」

「あーっと、熊。腹減っただろ。先に昼飯食べ行こう」


 そこで桜井月が話そうとし始め慌てて言葉を遮った。それは熊にバレてはいけないと隠していた話だ。


 俺は戸惑う熊を無理やりつれて、後ろからついてくる壇と共に岬の近くに一軒しかないレストランへと向かった。

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