金髪の男

 放課後、俺は自転車をひきながら桜井月と共に金髪の男・壇の家へと向かっていた。


「なんで俺まで」


 前を歩く彼女の背中を追いながら家までの帰路を外れ、別の道を通っていく。


 噂していた女子の話によると、壇はつい三日ほど前にルームメイトと喧嘩になったそうで駆けつけた先生たちの手によって抑えられた。ことの経緯は不明だがそのあとなぜか壇だけが自宅謹慎を命じられている。


 桜井月は話を聞いた直後、険しい顔をして『とにかく会いにいきたい』と言い出した。そして今なぜだか俺まで付き合わされる羽目になっている。


 他に頼める友達はいないのだと無理やり引っ張り出されたが、正直彼女と友達になった覚えはなかった。


「あ、ひとつだけね。凄く勝手なお願いで、ついてきてほしいとは言ったけど話の内容は聞いてほしくないというか」

「そりゃ勝手だなあ」


 気のない返事をしながら、こんな状況を熊に知られでもしたら何を言われるか分からないと頭を抱える。


 そんな気苦労など知りもしない彼女はひたすら続く一本道を意気込んで進んでいき、俺はこのままペダルに足をかけ一目散に消えてしまおうかと思ったくらいだ。


 未来に感じる悪寒を想像し、熊には絶対黙っておこうと心に決めた。


「ひとまず一緒にチャイムを……あっ」


 ちょうど木々の隙間から家の外観が現れ始めた頃、タイミングよく壇らしき人物が出てくるのが見えた。桜井月も言いかけた言葉を飲み込み、声を漏らす。


 壇はこちらに向かって歩いてきた。その場で立ち止まり待ち構えていた俺たちに気づき、わずかだがピクッと体を反応させる。


「あのさ」

「言わないよ」


 通りすぎざまに低い声で一言。突然やってきた対面だったが食い気味にそう言って風のように去っていき、さすがの彼女も呆気にとられていた。


「もしかして話終わり?」


 『言わないよ』とそう言った意味は俺には分からないが、壇のセリフに驚いたような顔をしたあと少しムッと頬を膨らませているのが見えた。


 そして大きなため息をつく彼女は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。


「あれって話しかけてくんなって感じだったよね」

「俺はそう思うけど」


 そんな中、俺は早く帰りたいという気持ちが先行し壇とは反対方向へ歩き始めようとする。


 しかし頬杖をつきながら遠のく後ろ姿を目で追う彼女は動こうとせず、その様子をちらちらと確認しながらこっちがため息をつきたくなった。


 すると彼女が急に顔を上げてこちらを見た。


「自宅謹慎って家から出てもいいんだっけ」

「まあダメだろうな」


 反射的に冷静な言葉を返したら、若干楽しそうな笑みを浮かべて口元を緩ませる。

 

「行こう」

「どこに」

「壇くんのあと追うの。この前もキャンプさぼってて今もどっか行くみたい。何してるのか気になってたんだ」


 跳ねるように立ち上がったかと思うと、無理やり俺の進路を変えようとしてくる。どうして最初に断らなかったのかと後悔しながらも、ハンドルを握られてしまい仕方なく一緒に後をつけることになった。


 正直、一本道でどうやって隠れてついていくのかと思ったが、壇はすぐに脇道へそれ森林の中に姿を消す。最後にその背中だけが目に映った。



「見失っちゃった。どこ行ったんだろう」


 自転車を置き去りにし、木々がそこら中に根を張る足場の悪い山道を奥へ奥へと進んでく。


 当たり前だが携帯の電波は圏外になっていて、振り返ってみても同じような景色が広がっている。来た道を帰れる保証もなく〝遭難〟の二文字が頭から離れなかった。


 夕方で日もだんだんと落ちてくる時間帯に差し掛かり、彼女ひとりを置いていくわけにもいかずに歩き続ける。きっと帰ろうと言ったってすんなり引き返してくれるような性格ではないだろう。そんな気がして何も言わなかった。


 そのとき不意に遠くから聞き覚えのある音が聞こえ、思わず足を止めた。


「海くん?」

「シッ」


 あの時と同じだ。森の中を小さくこだまするバシッという何かをとらえるようなシャッター音が耳に届く。俺はゆっくりと音のする方へ進み、桜井月も黙って後ろからついてきた。


 間隔をあけて聞こえてくるその音に導かれるようにして道なき道を進む。そしてようやく音の中心にたどり着いたら、そこには壇の姿もあった。


 ふたりして木の陰に隠れながら目だけを覗かせる。


 そこで見たのは一眼レフのカメラを構え、服が汚れるのも気にせず這いつくばって何かを撮影する真剣な姿だった。


「何撮ってるんだろう」


 桜井月はその光景に興味津々でぐっと木に体を寄せている。


「気をつけろよ」


 俺は砂浜での記憶がよみがえり、なんとなく危なっかしさを感じて小声で忠告する。壇を観察しながら彼女のことも注意して見ていた。


「うわ」


 でも目を離した瞬間バランスを崩した彼女が目の前で倒れそうになっていて、慌てて腕をつかんだはずがあと一歩間に合わずに手の中を指がすり抜けていった。


 スライディングするように滑っていった桜井月が、すぐそばの地面で寝そべっているところを発見された。


「ばか」


 その場所はもう丸見えで、案の定ひとりの足音がこちらへ近づいてきていた。


「しつこい」


 壇は冷たくそう告げながら彼女を起き上がらせる。

 俺ももう出ていかないわけにはいかず、面倒だと思いながらその場から立ち上がった。


「変な恩売らなきゃよかった」

「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったんだけど、つい気になって」


 呆れたようにぶつぶつと言う声に桜井月は苦笑いを浮かべる。

 恩とかお礼とか言わないとか、ふたりの間に何があったかは知らないけれど壇も厄介な人と関わってしまったのだと少しだけ憐れんだ。


「なに撮ってたの?」

「見せるほどのもんじゃない」

「見たいなあ」


 それからはもう止まらない彼女の勢い。壁をもろともせず、汚れてしまった服を手で払いながら頬にまで土をつけてにやりと笑う。


 辺りを夕焼けが赤く染め始める。

 ちらちらと時間を気にしながら空を見上げる壇は、最後に彼女の方をちらりと見て諦めたように立ち上がる。


「あんたらのせいで予定が狂った」


 首から下げていたカメラはそっと地面に置かれた。

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