サマーキャンプ

 九月に入り、とうとう光の島アカデミーは開校した。


 授業は通常の基本科目に加えて課外活動が多く組み込まれていて、スキューバーダイビングのライセンスがとれるという南の島ならではの特権もある。さらには放課後に週三日、島の公共施設でアルバイトをするというのが義務づけられており、交代制であらゆる職業体験ができるのもこの学校ならではだろう。


 そして今日から一泊二日のサマーキャンプが始まる。生徒たちの親睦を深める目的で午前十時校舎の裏手に広がる森の中に集められた。


「これって近づくチャンスだよな。かっこいいところ見せるチャンスだよな」

「そんなこと言って空回りすんなよ?」


 熊がちらちらと目をやる視線の先を見ながら俺は呆れたようにため息をつく。


 キャンプ中はルームメイト同士力を合わせて行動するようにと言われており、俺たちは今用意されていたテントを建てているところだ。そして少し離れた先の広場では桜井月のグループがせっせとテントを組み立てていて、熊の視線もそこにばかり向いていた。


「なあ、海。あれさ女の子だけじゃ大変だよな。手伝いに行く?」

「まずは俺らが建てられないと、行っても恥かくぞ」

「うん、たしかに」


 素直に聞き入れた熊だったが、俺が必死にテントを固定するペグを地面に打ち付けている中、隣ではただただ紐に手を添えるだけで手伝いもしない。視線ばかり忙しそうだ。


「でもさ、海。終わったら一緒にやるから待っててって、それくらい言いにいっても」

「手を動かせ」

「ほい」


 向こうが気になって仕方ないようで、もう一度呆れる俺は力いっぱいハンマーを振り下ろした。


「月!」


 自分たちのテントの設営を何とか終えたあと、他の三人には断りを入れどうしてもという熊のために桜井月のグループを訪れた。


「ああ、熊くん!それに海くんも」

「どーも」


 二度目の対面になる俺は小さく会釈し、軽くあいさつを交わす。彼女もまたぎこちなくぺこりと頭を下げた。


「ふたりとももう終わったの?私たち全然で」


 月の言葉に右にならえというように何度も頷く彼女たちを見下ろす。すると一歩前に歩み出た熊が鼻息荒くして何かを言い出そうとしていた。


「そうだろうと思って手伝いに来た!貸して」


 得意げな表情を見せながら月からペグを取り上げると、他の女子からも「おお!」という声が上がり期待が集まった。しかしながら俺は少々不安だった。


 ペグを持ったはいいが固まる熊は地面に力なく横たわるテントの前で立ち尽くし、こちらを見て苦笑いを浮かべる。早速、俺の不安は的中してしまった。


「海、これ最初どうすんだっけ」


 近づいてきたかと思うと小声でそう耳打ちしてきて、もう何も言えなかった。


「だから言ったろ……」


 結局、俺がもう一度同じものを建てる羽目になった。


「海くんって器用なんだねえ。熊くんも良かったね、同じ班に頼れる人がいて」

「あーまあなぁ」


 こうなると何をしに来たのかわからない。

 熊がかっこいいところを見せつけたいと言って来たはずなのに、当の本人は桜井月と一緒になってしゃがみ込んで見守っているだけ。必死に汗をかいているのはなぜか俺だけだった。


「汐江くんってさあ、東京の人?」

「まあ」


「汐江くんと月ちゃんは元々知り合いなの?」

「いや、別に」


「じゃあさじゃあさ、汐江くんってさあ」


 挙句同じように周りにしゃがみ込んで見ているだけの女子たちに囲まれ、質問攻めにされる。だんだんとエンドレスで聞こえてくる『汐江くん』に耳を塞ぎたくなり、手元のスピードを一気に早めた。


 最後のペグになったときは心底ホッとして、俺は思いっきり打ち込んだあと即座に立ち上がり汗をぬぐった。


「ほら、熊終わった。戻るぞ」


 熊の肩からタオルを奪い取り、抜かしてさっさと歩いていく。


「じゃあなあ、月」

「あ、うん!本当ふたり共ありがとう!」


 背後ではのほほんとした会話が聞こえてきて、汗を拭いたタオルを突き返しながら軽く睨みつけた。


「やったの全部俺だけどな」

「まあまあまあ、相変わらず海は女子からモテていいよな。イケメンは羨ましいよ。俺なんて〝海くんがいて良かったね〟なんて月に言われちゃってさ」


 しかし隣でぶつくさ言いながら俺の苛立ちを上回るいじけっぷりを見せてきて、なんだか面倒になりもう放っておくことにした。


 ルームメイトの元に戻ったのは、ちょうど十五時を過ぎた辺りだった。


 先生たちが用意してくれた焼きそばを昼食に食べて以来、ずっと動いていたからかもうへとへとだ。広めのテントになだれ込み疲れた体を休めていると、アナウンスで次の行動を指示される。


「そろそろ夕食の準備に入ります。グループごとに食材を用意しているので、テントの設営が終わったところから順番に取りに来てください」


 お腹の音とともに起き上がった俺は〝夕食〟という言葉につられて少しやる気を出す。


「腹減った。行こうぜ」


 熊を連れて配給用のテントへと向かう中、辺りがいつの間にかにぎやかになっているのが分かった。始まってすぐのときはみんな個々のグループで固まってルームメイト同士ですら探り探りだったのに、今は男女一緒になってみんなでやろうとする団結感が見て取れる。どこも楽しそうだ。


「君たちがきっかけよ?ああやって協力し始めたの」


 テントに来て何食わぬ顔で食材を受け取ろうとしたら唐突にそう言われた。


「女の子たちだけでテントの設営なんて大変だし、逆に男の子たちだけで料理は難しい。わざわざ男女のグループを作らなかったのはね?自主的に君たちが協力して、助け合ってくれればいいなあって意図があったの」


 ぺらぺらと話し出す黒髪ボブのボーイッシュな女教師はにこっりと微笑みながら、お米の入った袋をどんと俺の手の中に落とす。


「出かした。君たちのおかげでいい光景になって、幸先よしだよ」


 熊と顔を見合わせ、何が何だかわからずに「はあ」と気のない返事をした。

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