出会いと再会

「今日こそ絶対会えるはずなんだよ」

「もう面倒くさいから連絡しちゃえよ」

「海!お前、それじゃあまるで俺が追いかけてきたみたいだろ?」

「みたいじゃなくて実際そうじゃん」


 島に来てから五日が経った。

 何が楽しくて男ふたりでこんなところにいるのか、浮き輪と共に波に揺られながらもう何時間も砂浜の先を見つめている。


「本当に来てんの?実は編入やめたとか」

「それはない。だって友達に見送られてる写真とかのっけてたし」

「ほら、しっかりストーカーやってんじゃん」


 熊がここへ来たたったひとつの理由に付き合わされ、俺は島に着いた翌日からずっととある人物を探すのを手伝っていた。

 はじめは港、その次は岬の近くにあるレストラン。昨日は支給されたクロスバイクのような自転車でぐるりと島を一周し、それでも見つからずに今日に至る。


 探しているのは熊の幼馴染みで片想い中の桜井月さくらいつきという女の子。俺は会ったことがないが、中学のころから散々話を聞かされたせいで嫌でも名前を覚えてしまった。


「えーなんでどこにもいないんだろ」

「学校始まれば嫌でも会うっしょ。ほら、その子家から出てないかもしんないし」

「それからじゃ遅い。勝負はこの夏休み期間なんだ」


 俺はよく分からない理屈に首を傾げながら、退屈でたまに辺りを見渡すと周りにいる女子と目が合ってしまい若干の居心地の悪さを感じていた。


「どこかには絶対いる。絶対会える」


 自分自身を納得させているのか、ひとりでぶつぶつと呟きながら諦めずに目を凝らす。必死な様子を見ながら何をするでもない時間を過ごす俺は、大きな欠伸が出た。


 桜井月とは小さいころ家が隣同士で、美容院を営んでいる熊の店によく髪を切りに来ていたそうだ。しかし小学校卒業と同時に東京から横浜へと引っ越してしまい、それっきり会っていないらしい。


 でもその恋心は冷めなくて中学三年間は耳にタコができるほど〝桜井月〟の名前を聞かされた。その上、共通の友人がSNSで繋がったのを知ると密かに彼女の同行をチェックしていて、俺はずっと『ただのストーカーだ』と言っている。


 熊は桜井月が編入すると聞きつけて島まで追いかけてきた。


 一途でこうと決めたら真っ直ぐな性格はいいところだと思うが、彼女と再会すること以外なんの目的も理由もない熊には一抹の不安を感じている。


 俺は実際のところ、ここへくれば気を使う親の顔や心ない記事を見なくて済むし、環境も変わるいい機会だと思ったから誘われたときに迷いはなくふたつ返事だった。だから余計に親友の無謀とも言える行動は心配でしかなかった。


「なあ、海もちゃんと探して……、あっ」


 すると熊がまっすぐに指をさし何かに気づいた様子だった。


「うわっ」


 しかしその直後で後ろから来た高い波にふたり揃ってさらわれた。頭からびしょ濡れになりながら、それでも熊の指さす先は変わらずつられて視線の先に目をやる。

 テトラポットの脇を歩く淡い水色のワンピース姿の子がちょうど見えた。


「やっと見つけた!」


 沖に向かって慌てて進んでいく熊を追いかけ、濡れた砂浜に足がかかると一歩一歩を踏みしめながら耳に入った水を抜くため頭を振った。


「月―っ!」


 十年間想い続けた淡い恋心をのせて熊の叫び声が飛んでいく。


 彼女はびくっと足を止めて振り返り、こちらに顔を向けた。熊は嬉しそうに彼女に手を振り、なんだか後ろ姿を見ているだけでこちらが恥ずかしくなってきた。


 ハッとして進路を変えた彼女は、堤防から続く小さな階段を軽やかに降り嬉しそうに砂浜へ足を踏み入れる。そこで初めて名前と顔が一致した。さらにはその姿を見た瞬間、ここへ来た船の展望デッキにいたカモメの子だと記憶の中の人物と繋がった。


「熊くん?熊くんだよねえ?」


 俺は明るく弾むような声を聞く。その間、駆け寄ってくる彼女に少しずつ近づきながら熊の表情が緩んでいくのが分かり、隣を歩きながら一瞬笑いそうになった。


「すごい偶然!ねえ、どうして」


 そう言いかけ俺たちの目の前までたどり着いたところで、ずるっと砂に足を取られたのか滑るようにしてバランスを崩したのが見えた。


 一瞬のことで自分でも何をしたのかわからない。ここは親友に譲るべきだったのだろうが体が勝手に動いてしまい、気づいた時には咄嗟に彼女の体を支えている自分がいた。


 目の上で短く切りそろえられた前髪が風でふわりと持ち上がり、こちらを見上げる大きな瞳がはっきりと見えた。驚いたように目を見開いたあと恥ずかしそうに顔を赤らめた彼女が俯いてしまい慌てて手を離した。


「ごめん。てか、もしかして服濡れた?」

「大丈夫です。あの、ごめんなさい。ありがとうございました」


 さらに自分が全身ずぶ濡れでいるのを思い出し、一気に申し訳なくなった。


 びしょ濡れになった髪の毛は後ろにかき上げたが、それでも顎から滴り落ちる水滴が乾いた砂浜に吸収されていく。なんとなく気まずい沈黙が流れ、一瞬ふたりの空間が出来上がった。


「あのぉ、久しぶりー」

「あ、そうだった!ごめん熊くん」


 忘れ去られそうになっていた熊がたまらず声を出すと、彼女はあからさまに思い出したような言葉を発する。少々悲しそうな表情を浮かべる熊がじろりとこちらを見ているのが分かり、俺は自分の出る幕ではなかったと重々分かっていただけに目を見れず視線をそらした。


「いやあ、でもいるとは聞いてたけど本当に会えるとは感動した!」


 気を取り直して元気な声を出す熊は、島に来てから必死に探し回ったことなど全てなかったことにしてとにかく偶然を装う。


「知ってたの?」

「月の母ちゃんがうちに来てたとき話してるの聞いて。俺も気になっててちょうど申し込むところだったから会えたりしてって思ってたわけ」

「そんな偶然あるんだね!えーそれならもっと早く言ってくれれば良かったのに」


 聞いていると俺の知る経緯とは少し違う話になっていて遠い目をする。桜井月が編入すると分かり、後から慌てて申し込んだのは熊の方だ。

 しかし黙っていてくれと訴えかける目を見て、俺は仕方なく口をつぐんだ。


「でも良かったあ、熊くんがいて。私何日経っても友達できなくて、ほとんど家にいたんだよね」


「やっぱり」

「え?」


 考えるよりも先に声が出ていた。そこまで広い島ではないはずなのに出会わなかったのは正直疑問だった。でも思っていた通りの回答が得られたことに納得して、思わず口から出てしまったのだ。不思議そうに振り向いた彼女と目が合い、慌てて首を横に振って誤魔化す。今度は熊からレッドカードを突きつけられそうになり、しばらく黙っていようと口を固く閉じた。


「あ、そうだ。月にまだ紹介してなかった。親友の海。中学の同級生だったんだ」

「海くん。はじめまして、桜井月です」

「よろしく」


 これが、俺と桜井月の出会いだった。

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