最終回 三者三様
すっぴんになるからヤだ! とごねる愛羅を引っ張って、四人で目的のサウナがあるスパ施設にやってきた。
施設内は和風の内装にはおもむきがあり、木造の温かみを感じさせてくれる。
入る前、美里は怪訝な顔をしながら言っていた。
「タヌキ……まさか、汗かいたからサウナに入りたかっただけってわけじゃないでしょうね。っていうか、あんたが男湯にいたんじゃ愛羅の世話は私たちがやることになるじゃない」
「いや、一緒に入る」
「はぁ? もしかして、アプリを使って……」
「バカ! まあ、見てろって」
そんな言い合いから数分後。
現在、四人はドーム状のうすぐらい空間の中に寝そべっていた。
全員がサウナ用の服を着こんでいる。見た目は民族衣装と運動着を足して二で割ったような感じだ。汗をよく吸収する素材でできており、肌触りもいい。
「ねえ、これって……」
円華がぼーっと天井を見上げながらつぶやいた。
「チムジルバンだが?」
「ち、チム……なに?」
「混浴のサウナだ。ドーム状の空間で、炭による遠赤外線を浴び、寝転がりながらじっくりと蒸されてると気持ちがいいんだ」
そこに、美里が口を挟んだ。
「……誠人が少しだけ改心したからって同じことをする気?」
「悪人こそ、一回なにも考えない時間ってのは必要なんだ」
誠人の心からわずかにでも悩みが消えたのは、考えることを一時的にやめられたからだろう。思考の切り替えとは、平時ではできないものだ。サウナならば嫌でも熱さに集中させられるから都合がいい。
「愛羅ぁ、どうだ。悪さする気も失せていくだろ」
「この服がダボっとしてるせいでデブに見えるのがめっちゃ嫌なんだけど」
「いくら胸でかいからって……いや、おい、ちゃんと下着つけてきてるよな?」
「ないけど?」
ブフッ、と三人で噴き出す。
「だって! 汗かくって分かっててつけるわけないじゃん! 蒸れるし! リュウくんも見てよほら!」
愛羅が立ち上がって、汗だくになっている胸元をがばっと開いた。慌てて女子ふたりが飛び掛かって止めに入る。
静かだった室内はとたんに大混乱になった。
「待って待って待って!」
「放せってふたりとも!! リュウくん!! こいつらどうにかして!!」
「おまえらいったん外! 外行こう外!」
「愛羅! あんたまたタヌキにセクハラする気じゃないでしょうね!?」
「あわわわ……」
「ねー、くっつかれると熱いんだけど!」
「円華が目を回してんぞ! そういやこいつエロネタに弱いんだった!」
「頭も弱いでしょ」
「替えの下着持ってきてたはずよね!?」
「ねえ、リュウくん……胸、拭いてくれる?」
「見ちゃダメですタヌキくん!!」
「やめて出禁になる! 出禁にされるから!」
どうにか出禁は免れて、隆吾たちはドッと疲れを覚えながらスパを出た。休憩用の部屋に入って、ふらりと倒れ込む。
ひと一人を風呂に入れるだけでタイヘンってどういうことだ。赤ちゃんの世話か、もしくは老人の介護でもしてるのか、おれたちは……。
肝心の愛羅はというと、
「お騒がせして超ごめんなさいでございます」
邪悪な心をサウナに洗い流された結果、おかしくなっていた。
「言語に問題が見られるんだけど……」
奇妙な日本語を話す愛羅に、美里が青ざめていた。
「脳になにかしらダメージを負ってんじゃないんでしょうね……?」
「まいりましたなぁ。敬語は超難しいでございますね。とりあえず、腹も減ったことだし、ちゃちゃっと飯食って帰るでございますよ」
「ねえタヌキ! やっぱヤバイってこれ!! 人格から変わってるって」
見るからに異常事態だ。愛羅はたとえふざけていたとしてもここまでおかしな演技はしないだろう。
熱で頭をやられたのだろうか。
隆吾は腕を組み、しばし悩んだ末……、
「まあいいか。前よりマシだし」
「いや、よくはっ……いや、いいのかな? これ、いいのかな?」
「いいでしょう」
悪事ばかりするようなヤツと、言語がおかしいヤツ、どちらがマシかと言われれば絶対的に後者だ。
「でも、すぐ戻るんでしょ?」
すっかりのぼせてしまっていた円華が、顔を赤くしたまま言った。
「戻ったら戻ったで、またサウナにぶち込もう」
「連続で入れたらなにかのビョーキになりそうだけど……」
「キサマ……我らがサウナを愚弄するのか?」
「殺意のみなぎり方が戦ってるときと同じで怖い」
「あと数日で夏休みが終わるが、それまでにまともな性格に矯正すればいいんだ。サウナに入れながら道徳の本で道徳を叩きこむしかない」
「それはだいぶ無理じゃないかな……」
「信じろ、サウナを」
「道徳の本に信頼を寄せてほしいんだけど」
結局、愛羅が元の性格に戻ったのはそれから五時間後のことだった。
◇
夏休み最終日。
まだまだ激しい日照りが大地を焦がすなかを、人々が汗だくになって歩き回っている。太陽はそんな光景を見下ろしても、恬として顧みてはくれなかった。戦いが終わっても暑さは終わってくれないらしい。
誰もいない教室は、窓からの涼風のみが通っている。照明はついておらず、カーテンの隙間から差す光線が床を照らしていた。
生徒にのみ校内が解放されており、隆吾たちはそれを利用しているのだ。
「暑いわね、相変わらず」
机に座っている美里が言った。
事件の関係者全員で集まろうと招集をかけたのだが、誠人は「二度と愛羅に関わりたくない」と言って拒否された。当然だろう。
光輝はやることがたくさんあると言われた。天才的なプログラミング技術を持っているのだから、こんな些事に労力を使うべきではない。
「ってことは、またこの女子三人か」
「タヌキ、愛羅はどうなったの?」
「ん、まあ……」
隆吾が歯切れ悪く答えようとした矢先に、
「リュウく~んっ」
甘ったるい声が飛んできて、左手を握られた。指が絡みついて、抵抗する間もなく恋人繋ぎにされる。
指先から伝うようにゆっくりと体温が伝わってきて……あつい。
「きょうこそデートするでしょ?」
「……美里、見てのとおり矯正は
ルドビコ療法の一歩手前ぐらいのやり方をしたが、まったく効果はなかった。暴力シーンを見て顔をしかめたりはするものの、嫌悪には至っていない。
逆に子供の情操教育に役立つビデオを見せてやっても無駄だった。自分たちで作ったおもちゃで遊んでいる子供たちに「ゴミがゴミ作って地球汚してる」などと心のない罵詈雑言を飛ばす始末だった。
「もうダメだ……こいつはおれが一生面倒見るしかない……放っておいたら、いずれ世界を脅かす……」
「ってことは、リュウくんと結婚だよねっ」
「内縁で」
「籍入れろよ」
「内縁の……別居で」
「それただの他人だろ!」
「親の遺産だけもらっていい?」
「結婚詐欺でも憚るぐらいの大胆さだよ!!」
最初のあまり知らなかった頃なら少しは考えたかもしれないが、悪意の底知れなさを知ったあとでは女どころか人としてすら見れない。
これで性格がまともだったら、かなりクラッと来るのだが……。
「タヌキくん!!」
そこに飛び込んできたのは円華だった。
「言ったよね!? 私と結婚してヒーロー活動するって!」
「まだ諦めてなかったのかよ」
「愛羅、ダメだよ。タヌキくんは私のものだから。もう二度とあらわれない、私のヒーローなんだから。愛してるんだからっ」
ふたりに引っ張られて、気分は綱引きの綱だ。こんな古典的なやりとりに挟まれるとは。
「美里、助けて……」
「……このふたりに好かれるって前世でどんな悪行を積んだのよ」
それはごもっとも。
「まったくもう……」
美里がため息をつきながら、
「…………っ」
――不意にくちびるを重ねてきた。
ほんの一瞬だったが、感触はハッキリと残っている。夏よりも熱いのに、少しも嫌に感じない、奇妙な感覚だった。
耳まで真っ赤になった美里が、口をもにょもにょさせながら離れた。
「……はい、ファーストキス」
「「……………………は?」」
愛羅と円華の眼の色が変わった。
「ふたりとも、悪いわね。タヌキ……隆吾は誰にもあげないから」
「「……………………はぁっ!?」」
ふたりが叫ぶと同時に、隆吾を美里に思いきり引っ張られた。勢いに負けたふたりの手が隆吾から離れて、廊下へと連れ出される。
そして、人の少ない校舎で追いかけっこがはじまった。
「って、またかよ!!」
「これで三度目だっけ!?」
後ろから「待てーっ!」とふたりの追いかけてくる声が響いてきた。
「美里、なんでいきなりっ……」
「あのまま黙ってるとさ、ほんとにあんたが盗られそうでイヤだったのよ! っていうか、あいつらにさんざん好き勝手されたんだから、これぐらいはしないと気がすまないっての!」
「ひとりだけマシなヤツに好かれてたってことか……」
「そう! そのとおり!」
「でも、おれを好きなヤツはみんな愛の伝え方がおかしいな! ……うおっぷ!?」
手を引かれながら無理な体勢で走っていたせいだろう。足を滑らせて、床にバタリと倒れてしまった。
「隆吾!?」
「いてて……」
「「追いついた!!」」
「あわわわっ」
そこに鼻息を荒くした異常者ふたりが追いつき、隆吾に覆いかぶさってきた。
「リュウくん、ファーストキスは取られちゃったけど下はまだだよね? 美里はあとで殺しておくから」
「だ、だ、だいじょうぶだよ。タヌキくん、私は優しくできるもん。それなりに勉強したし……」
ふたりの眼が飢えた獣のように血走っていた。
肉食獣に捕まった野兎の気分だった。
「こわいよーっ!」
「ちょっ、隆吾から離れろって!」
「タヌキくん、私のファーストキスも……」
「ほら、リュウくん。ちゅー」
「どわーっ! んっ、やめ、舌入れようとしてくるな愛羅! 円華、おい!」
「あんたら! 隆吾が嫌がってるでしょうが!!」
「え? リュウくん、嫌がってないよ? ね? 愛羅とエッチなことできてうれしいよね?」
「え、え、エッチなことはまだタヌキくんには早いよ!?」
「だから……!」
アプリを起動して『命令』を声の入力でおこなった。
「おまえら全員正座しろ!!」
女子三人がきっちりとした姿勢で、廊下に座った。
彼女たちは抗おうともがいているが、肉体に対する命令への対抗手段はない。
このままではこちらの身がもたない。さっさと決着をつけるべきだろう。
「はぁ……いつまでも争っているおまえらに、おれがこの場で告白の返事をしてやるから心して聞けよ」
すぅっと息を吸い、高鳴っている心臓の音に耳を傾ける。
ごくり、と三人が喉を鳴らす音が聞こえた。
きっとバニースーツがいれば笑うか呆れていることだろう。
この催眠アプリを使えば、こんな些末な問題はかんたんにクリアできるはずだ。どうして面倒な道を選ぶのか、と。
けれど、彼女たちの好意が本物であることは、好感度で知ってしまっていた。
ならばこちらも道具を介してではなく、本心で応えなければならない。それが礼儀というものだ。
……まあ、これぐらいで彼女たちが止まる気がしないということを加味しなければの話だが。
「いいか……」
静寂のなかで、隆吾は声を張り上げた。
「おれが好きな人は――――!!」
綿貫隆吾。
彼は生涯にわたって、アプリを人助けのために使った。
私用をすることも少々あったが、重ねた善行に比べれば微々たるものだ。それも、十分に取り返しのつく。
最期は家族と彼を慕っていた人たちに見送られて、同時にアプリも役目を終えて消失した。
これが最後のエクスペリメンツ被験者の記録である。
「バニー、僕らは人をみくびりすぎていたんだろうねぇ」
「奇妙なことだ。私たちは人の持つ欲望について知りたがっていたのに、選んだ人間がああも変なヤツばかりとは」
「でも楽しかっただろ? 私利私欲に走ってばかりの人間より、正義感を持って戦ってくれるほうが気分がいい」
「……そうだな」
「え!? バニーが共感してくれるなんて……もしかして僕を元通りに」
「貴様はあと千年はそこで大人しくしていろ……」
「えーっ!? そんなぁ……」
「…………楽しかった、か」
「バニー、笑ってる?」
「うるさい」
「いや、笑ってたよね?」
「うるさいと言っているだろ! だいたい、おまえは……………………」
それから数時間、ガミガミと説教する声が響いた。
◇次回、おまけ
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