第61話 愛羅の改心……

「願い、か。たしか、前回と今回のやつで、ふたつあるんだったな」


「一回使っただろ、おまえ」


「まずはひとつ目の願いなんだが……」


「一回使ったと言っているだろ」


「ピザのデリバリー頼める?」


「死にたいなら素直にそう願え」


 からかっただけだが、ノリがいいな。

 それにしても、願いについてなにも考えていなかった。頭の中は愛羅をどうやってぶん殴るかしかなかったからだ。


「思いつかなければ、あとでもいい。私とおまえたち人間とでは時間の感覚も違う。百年ぐらい待ってやる」


「やだよ、百年もおまえに見張られ続けるの」


「だったら、さっさと言え」


 急かされたってなぁ……。

 ウンウン唸って、思いついたのは、


「じゃあ、さっきのゲームに巻き込まれた人たちのケガや事故をなかったことにしてやってくれ」


「なんだと?」


「バトルロイヤルで被害に遭ったであろう人たち。愛羅のせいでタイヘンなことになった人たち。そういや、マッチョの人たちも巻き込んだまま放置しちゃってたな。とにかく、アプリがなかったら不幸な目に遭わなかったであろう人たちを、元の生活に戻してやってほしいんだよね」


「……つくづく欲のないヤツだな」


「じゃあ、ついでに巻き込んだ謝礼として百万円くれ」


「わかった」


 ポン、と手元に分厚い札束があらわれた。


「おぉ、マジか……経済にわずかでもダメージとかないのか?」


「みみっちいことを考えるヤツだな……無い。それは簡単に言えば、行方不明になっている分の金だ」


「行方不明?」


「事情があって紛失したとか消失してしまったとか、存在はしているものの誰も手にしていない金ということだ。たぶん持っててもだいじょうぶだ」


「たぶんってなんだよ。貰うけど」


 隣で美里が「貰うんかい……」と呆れていたが、これぐらいもらってもバチは当たるまい。こちとら世界を救ったわけなのだから。


「では、私はそろそろ帰る。アプリによる被害状況とやらも調べねばならんしな」


「急だな。もう少しゆっくりしていけばいいのに」


「ダブルスーツを私が捕まえておくのは手に余るから、仲間たちに引き渡さなければならない。正直、思いもよらない方法で脱出されるのではないかと、戦々恐々としているのだ」


「ちょっとやりそうなのが……」


 油断できない男であることは間違いない。


「まあ、それだけだ……さらばだ。隆吾、美里」


「光輝にサヨナラはしたか?」


「先にしておいた。短いあいだだったが、あいつとおまえは見ていて退屈しなかったぞ。それと、円華の持っているアプリだが、アプリ側で移譲を可能にしておいた。あいつと話して、渡してもらえ」


「少し不安だが……」


「そうそう、ダブルスーツからおまえに言ってくれと頼まれていてな。『楽しかったか?』と」


「…………」


 楽しかったか?

 あちこち駆けずり回され、夏休みを潰され、死にそうな思いまでさせて、いままでのことが楽しかったか、だと?


「あぁ、楽しかった」


 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったものだ。

 あれだけあった事件も、いい思い出のように感じられるのだから。

 ただ、もう二度とやりたくはない……。


「では、またいずれ」


「あぁ、またな」


 バニースーツが白い穴に消えるのを見送って、のっそりと立ち上がる。

 彼女も事件の原因ではあったが、意地でも攻撃してやろうと思うほど深い恨みはなかった。助けてもらったせいだろうか。今度は、こんなアプリなど関係なく話でもしたいものだ。彼女がどういう存在なのか、とか。


「さて、そろそろ円華のところに行ってやるか。ひとりで愛羅を抑える役目をしてもらっているしな」


「あの子、アプリを返してくれると思う?」


「返してくれなかったら、ぶん殴るだけだ」


 催眠に抗う方法は分かった。たとえ円華が攻撃してきたとしても、必ず勝てる。

 ただ、返してくれないなんてことはないと思う。彼女はもうこちらと争う気はなさそうだし、なによりもわざわざ嫌われるような行動はとらないだろう。

 問題は、返してもらった後だ。


 一階に降りると、


「ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「静まりたまえ……静まりたまえ……」


 ロープで縛られた愛羅がビチビチと鮮魚のように跳ねながら、怒り狂った様子で暴れていた。

 それを見て、円華が半笑いで小馬鹿にしていた。


「さぞかし名のある魚と見受けられるが……」


「うあああああああ殺す!! テメェぶっ殺す!! んぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! ああああああああああああさっさとロープを解けこのクソブタああああああああああああああああ!!」


「は~静まりたまえ……かしこみかしこみ……」


「……なにやってんだ」


 隆吾が近づくと、円華が照れながら頭を掻いた。


「つい楽しくて……五分ぐらい」


「長すぎだろ……。ヘタに刺激すると、あとでなにされるか分かんねえぞ」


「できるならしてみてほしいな~」


 と、円華がパタパタと駆け寄ってきて、隆吾の腕に抱き着いた。もちろん、愛羅に見せつけるために。

 胸の感触がダイレクトに伝わってくる。もう篭絡されないぞと意気込んでいたが、人はそう簡単には変わらない。


「ほら、してみてよ愛羅」


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 愛羅の怒声がモンスターの鳴き声みたいになってきた。

 いや、そんなことよりも……。

 隆吾はやや緊張を覚えながら、たずねた。


「で、円華……」


「ん?」


「アプリを……返してくれるか?」


 もし断られたら、また戦いが始まる。勝つつもりはあるが、すでに手の内は彼女にも把握されている状態だ。だいたい――


「いいよ。はい」


 悩んでいる暇も与えられず、快諾された。

 彼女がスマホを操作すると、こちらの画面に見慣れたアイコンがあらわれた。

 一瞬呆けてしまい、慌てて表情を取り繕う。


「あ、ありがとう……」


「返さないと思ってた?」


「……可能性はあると考えていた」


「しないよ。だって、もう嫌われたくないし」


「助かった。また炎天下で追いかけっこはしたくない」


「だよね」


 ここで奪い合っても、お互いに利益がなさすぎる。しかも、決着の方法もないとなると、終わり時さえ見失うだろう。

 そこまでやる気はお互いにない。


「さて、愛羅」


 いまだに跳ねているクソ女の前に腰を下ろす。


「おまえ、これからどうする?」


「どうするって……なにが?」


 むすっとした顔で見上げてくる愛羅。

 自分がどういう目で見られているのか、まだ理解していないらしい。


「おまえの悪意には底がない。自分の利益のために人を平然と殺そうとするようなヤツだ。だから、永久効果の『命令』で二度と他人に害を及ばさないようにしたいが、それだと実生活に支障が出る可能性がある」


「もう悪いことはしないから! これ解いてよ!」


「証明できない。これから先、一生な」


 人に説教されたぐらいで変わるようなタマではない。

 よくいる高慢ちきなバカお嬢様ならどれだけ楽だったろう。殴って叩いて怒鳴りつければ、甘やかされた狂犬だって大人しくなるはずだ。

 しかし、愛羅にはそれが通用しない。

 隆吾とよく似ている。やられれば、どんな手を使ってでもやり返す。追い詰めて、地獄を見せて、そして「ざまあみろ」と笑い飛ばす。

 むかつくから。

 たったそれだけの理由で残酷になれるのだ。


「証明するから!」


「まともな人間になる気はあるのか?」


「もちろんめちゃくちゃあるよ」


「ちょっとバカにされてもすぐ報復に走らないか?」


「ん~……」


「なぜそこで悩むんだ……」


 やっぱりダメだ。こいつに人の情はない……。


「…………分かった」


 諦めのこもったため息を吐き、覚悟を決める。

 隆吾はアプリから『態度:まじめ』を選び、愛羅にかけた。


「愛羅がこれから悪さをしないように、おれが面倒を見る」


「「え!?」」


 すると、美里と円華が詰め寄ってきた。


「ちょっと待って! あんた、人生捨てる気!?」


「そうだよ! 死ぬよ!?」


 ふたりの言葉は至極もっともである。

 愛羅の性根がまともになる保証などないし、なにかをきっかけに殺しに来られても不思議ではない。

 だが、かといって放置はできない。


「最初の目標どおり、愛羅を改心させる方向で頑張るつもりだ」


 隆吾の言葉に、ふたりは言葉を失っていた。


「……え、じゃあリュウくんと一生一緒じゃん!」


 唯一、愛羅だけが嬉しそうに笑いながら跳ねていた。


「アハハハハハ! 円華! おまえの負けー! やっぱりリュウくんは愛羅のことが好きだったわけだ!」


「いいや、おまえは今日から道徳の本を読んだり、道徳教育を受けたりするんだ。誰にでもていねいな言葉遣いをして、困っている人がいたら率先して助けに行き、信号を守り、清く正しく生きるんだ。違反するたびに減点して、溜まったらボランティア活動をしてもらう」


「いやいやいや……そんな冗談……」


「おまえが改心するまで一生続ける」


「…………ウソ?」


「おれは本気だ」


 愛羅の顔からわずかに残っていた薄ら笑いが消えた。


「逃げようとは思うなよ。こっちには催眠アプリがあるからな。どれだけ嫌がっても強制させられるぞ」


「ちょ……ちょっ……」


「ロープを解いたらスタートだ」


「待って! 助けて! 無理! 無理だから!」


「解いたぞ。スタートだ」


 解放してやると、愛羅は起き上がるなり慌てた様子で叫んだ。


「ストップ! もう少しだけ待って!」


「なんだ」


「ほ、ほら……ね?」


 と、彼女はいきなり胸のボタンを外した。

 レース柄のブラに収まっているのが不思議なほどの豊満な乳房があらわれ、わずかに揺れる。

 そして、彼女はその胸を蠱惑的に持ち上げて、見せつけてきた。


「リュウくん……好きでしょ? 乱暴にしてもいいんだよ?」


「おまえ、なにかにつけて胸で誘惑してくるな。減点」


「ちょちょちょ……! なんで!? 前はあんなにウキウキしてたのに!」


「改心してからならいいぞ」


「改心しました!」


「なんのボランティアがいいかな~」


「やだー!!」


 駄々っ子のように暴れ始めた愛羅に、隆吾たち三人は頭を抱えた。


「こんなのどうすればいいのよ……叩いて調教できるだけ動物のほうが楽でしょ」


「美里。おれにひとつ良い案がある」


「はぁ? いや、まさか……」


「そうだ」


 隆吾は美里の眼をまっすぐに見据えて、答えた。


「サウナだ」

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