第57話 不意打ち

 それからは比較的にラクな道中だった。

 さっき倒したヤツらを盾にして、飛び出してきた伏兵を一方的に殴る。相手は仲間を殴れないらしく、面白いぐらいに作戦にハマってくれた。


「ひ、ひどすぎる……」


 ドン引きしている誠人が、盾にされている男子を見ながら言った。

 敵が仲間を殴れないといっても、暗中なうえに出会いがしらとなれば、何発か誤って殴ることはある。それが重なり、盾になった彼は顔が変形するぐらいにボコボコになっていた。着ている服も血にまみれて、見るも無残な姿だった。


「……そろそろ死ぬんじゃないか?」


「敵が死なないていどに手加減してくれることを祈ろう」


「やめる気はないのかよ……」


「おれにケンカを売った時点で覚悟はできてるだろ」


「俺みたいに脅されてるタイプだったらどうするんだよ」


「それだったら言ってくれないと困るな。おい、脅されてるのか?」


 問いかけたが、気絶しているらしく白目を剥いたまま呻いていた。


「されてないらしいな」


「そいつなんも言ってねえだろ!?」


 と、そのときだった。


 パンッ


 軽い破裂音と同時に、盾にしていた男子の頭になにかが高速でぶつかった。

 ゴッ、と鈍い音とともに、彼の頭から血が舞う。どさっと受け身もとらずに倒れた姿を前にしておきながら、反応が送れた。


「……まずい!」


 慌てて鉄骨の裏に隠れて、様子をうかがった。


「い、いまのは……!?」


 円華の疑問に、隆吾は答えた。


「威力から見て、おそらくモデルガンだと思う。しかも、改造してあるな。当たったらめちゃくちゃ痛いぞ」


「――そう! 至近距離で当たったら骨が折れるぐらいね」


 声が工場内に響いた。

 だんだんと暗闇に慣れてきた目で、慎重にあたりを見回す。

 殺風景で、広い空間だった。以前、円華と敵対したときの空間に似ている。奥に二階へと通じる階段が見える。

 同時に、複数人の人影もうっすらとだが確認できた。


「愛羅か!?」


「早いじゃん」


「女の子を待たせる男はモテないっていうだろ」


「きょう一日ずっと走ったのに、まだジョークを言う余裕は残ってるんだぁ。っていうか、そんなにあいつが心配だった?」


「もうすでになんかしました、っつーオチだったら殺すぞ」


「……アハッ。マジじゃん。やるだろうね、リュウくんなら」


 愛羅が言葉に詰まりながらも、小さく笑う。

 楽しんでいるというより、興奮しているような声色だった。


「だけど、それぐらいしてもらわないと」


「質問に答えろ」


「まだなにもしてないよ。服を剥いで奴隷たちの前に晒しただけだからさぁ」


 脳の奥から熱く燃え滾る泥があふれ出してきたかのような、とてつもなく抗いがたい奔流に理性が飲み込まれていく。

 美里の心に一生消えない傷がついた。

 名前も知らない男たちに身体を見られて、平気な女の子なんてまずいないだろう。

 怒りが血管を焼き、沸騰するような錯覚をもたらす。


「……………………」


「次は写真を撮ってネットに上げてあげる」


「……………………殺す」


「来なよ。殺しに。二階まで上がってきてさ」


 挑発する物言いと同時に、階段を上がるカンカンという足音が聞こえた。

 早くいかなければ、早く……。


「タヌキ、冷静になれ」


 光輝が隆吾の肩に手を置いた。


「ヤツは怒りを煽っている。おそらく、まだタヌキのことをアプリの所持者だと勘違いしているんだろう」


 スッ、と血の気が下りていくのを感じる。光輝の言葉はむかしから隆吾を落ち着かせてくれた。彼の判断は信頼できると知っているからだ。

 だが、ここからどうすれば……。


「僕としては、速攻を仕掛けたほうがいいと思う。ただでさえこっちは疲れているんだ。まともに相手はしてられない」


「おれも同じ意見だ。階段まで、そう遠くない。だが、素通りはできない。モデルガンの射撃を滝のように喰らうことになるぞ」


「僕と誠人が囮を引き受けよう。おそらく、左右両方に射手がいるはずだ。その両方を僕たちがどうにかする。その隙に、タヌキと円華は先に進んでくれ」


「ふたつの意味で、そいつは骨が折れるぞ」


「なら、折るだけの価値があったことを証明してくれ」


 作戦は決まった。いや、作戦と呼べるほど緻密なものではない。シンプルに、突撃をかますだけ。

 しかし、それでいい。

 本筋さえしっかりと定まっていれば、あとはいくらでもアドリブが効く。

 誠人と円華も異論はないようだった。ここまで来たのだ。怖気づいている場合ではない。


「行くぞ。まっすぐに階段に向かって走れ」


 光輝の合図とともに、飛び出す。

 途端に、両の耳をつんざく破裂音が響いた。BB弾が床や壁、鉄骨に当たり、カンカンカンカンと耳障りな音を延々と打ち鳴らしている。

 当たれば激痛が襲う。

 打ちどころが悪ければ……ゾッとするような想像が脳裏をかすめる。

 立ち止まりたくなるほどの恐怖だった。


「行けッ!」


 誠人が弾の飛んでくる暗闇に突撃しながら叫んだ。

 すぐそばで弾が空気を切る音がして、背筋に寒いものを覚える。

 ふたりがどうなったかも見届けられないうちに、階段に飛びつき、必死に駆け上がった。


「あのふたり、無事で済むと思うか!?」


 円華に問いかける。


「わかんない! だけど、愛羅を止めないと!」


 戻って加勢するべきか、という問いだと彼女は解釈したのだろう。

 そうだ。気にしてられない。男が一度やると言ったのなら、背中を預けて前を向かなければ。


 疲労で痛む足を突き出して、二階の床を踏んだ。

 屋根はない。月明りが青白く、空虚な室内を照らしている。さっきまでの錆びのにおいもほとんどなかった。


「来た!」


 弾むような声が響く。

 愛羅の姿が、煌々とした明かりのなかで輝いて見えた。いっけん、場違いなほどの美しささえ感じる。

 奇妙なことに、彼女以外の姿はない。

 こういう場合、考えられるのは最悪の事態だけだ。


「ってか、なんで円華もいんの?」


「やっぱりおまけがあったほうが喜ぶでしょ」


「なにそれ。リュウくんと揃ってジョークの本でも読んだ? ゲロ吐くほどつまんないんだけど」


「ゲロ吐くほど殴ってやったのに、愛羅がいまだに元気で私も嬉しいよ」


「美里にやらせておきながら、自分でやったみたいに言うわけ? その図々しさはどの本に書いてあったの? 教えてよ」


 こいつら、放っておいたらいつまでも口喧嘩を続けそうだ。


「もういい」


 隆吾が声を張り上げると、ふたりは口を閉じた。


「愛羅。おまえひとりみたいだな」


「あれ、最初に美里の居場所を聞かないんだ?」


「すなおに教えるつもりはねぇんだろ」


「あるよ? ほら、ここにいる」


 そう言って、愛羅が向かって右側を指差した。

 その方向にある暗闇から、ぬらっと出てくる人影がある。

 美里だ。


「……?」


 なぜだ。

 隆吾の疑問は、彼女の表情で解消された。

 虚ろだ。


「愛羅、あいつにアプリで催眠をかけたのか?」


「ご名答~」


 愛羅が両手にピースサインを作って、蟹のようにチョキチョキと動かした。

 ダブルスーツがニューゲームを開始したことで、愛羅以外の所持者は消えた。もちろん、そこに美里も含まれるだろう。


「美里を使って、おれに攻撃を……」


「違うよ。あれは保険。まあ、いらないけどね」


 と、彼女はスマホを取り出した。

 アプリを使う気か? いったい誰に?


「リュウくん、ダブルスーツはこれをゲームって言ってたでしょ?」


「……あぁ?」


 いきなり、なんの話だ。


「だけど、ゲームってフェアじゃないとダメじゃない? たとえば、鬼ごっこ。逃げる側がこどもで、鬼が陸上選手だったら、つまらないのは目に見えてるよね」


「だから、なに言って――」


「蹴って」


「――がはっ!?」


 不意に、脇腹に衝撃が走った。

 蹴られた。

 そう認識すると同時に、床に身体ごと落ちる。


「ぐっ……な、なにしやがる……!」


 痛む腹を抑えながら、隆吾は睨んだ。


「円華……ッ!!」


「う、えっ……あれっ」


 攻撃の張本人は、蹴り上げた体勢のまま呆然としていた。


「なんで……私……」


 異常事態。

 なぜ、ありえないことが起きたのか。

 なぜ、自分はこんなことをしたのか。

 なぜ、なぜ、なぜ……。

 混乱によって生じた思考回路の混線が、次第にほどけて、ひとつの答えに到達する。


「まさか……」


 隆吾だけではない。円華にも、自分の身に起きた異常の理由が分かったはずだ。

 なぜなら、ずっと自分がやってきたこと。

 だが、絶対にありえないこと。


「アッハハハハハハハハ!」


 腹の底から愉快そうに愛羅がわらった。


「はーっ……そうだよね。もちろん、リュウくんたちは対策してきたんでしょ? 催眠にかけられたら終わりなんだもん。だから、そんなに驚いてるんだよねぇ」


「……テメェ」


「ざ~んねん。このゲームはね、出来レースなの。愛羅の勝ちで決まってるの。みじんも面白くない、一方的なリンチだよ」


「ふざけんな……」


 と、隆吾が立ち上がろうとしたとたん、


「這いつくばれ」


「うっ!?」


 体がかってに地面に這いつくばった。

 言うことを聞かないといけない。そんな強迫観念に苛まれる。とてつもなく、抗いがたい恐怖。


「が……あっ……!!」


「愛羅のアプリはね。特別なんだよ」


「う、ぐ、ぉぉぉぉ……ッ」


「被催眠者であっても、所持者であろうと催眠をかけられるチート仕様。すでにゲームじゃないんだよ、これは」


 誰であっても催眠をかけれられる、だって……?


「そんな……そんなの……」


 勝てるわけがないじゃないか……!

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