第55話 勝手に死ぬな殴らせろ

「お、おい、なに言ってんだよ……ダブルスーツは死んだんだろ!?」


 叫ぶと、バニースーツは歯噛みしながら、苛立ち混じりに言った。


「あ、あいつ……私に捕まる前に、自身の命をすべて使いきったようだ……」


「……そういえば言ってたな。エネルギーを削ってるとかなんとか」


「さっきまでのバトルロイヤルを強制終了して、新たにエクスペリメンツを始めるため、命をすべて使ったらしい。あいつめ……責任を取ることすらせずに死におった……もとはといえば、あいつが始めたんだろうに……」


 つまり、ダブルスーツは好き放題やった末に、勝ち逃げしたということだろうか。

 あれだけさんざん好き勝手やって、最後にクソみてえな特大の置き土産を置いていきやがった。

 むかつくぜ……ぶちのめしてぇ……。


「なあ、バニースーツ。願いを叶えるって話だが、あれは文字どおり『なんでも叶う』のか?」


「あ、あぁ……。あれは私とダブルスーツが事前に設定したものだから、作動させれば私の能力以上のことが可能に……いや……おい、まさか……」


「ダブルスーツを生き返らせろ」


「待て待て待て! ヤツの始めたエクスペリメンツを終わらせるように願ったほうが良いだろ!?」


「そっちはおれが終わらせる。だが、ダブルスーツを好き放題にぶちのめすタイミングはこれしかない。叶えろ。おれの願いは『ダブルスーツを人間と同スペックで生き返らせろ』だ」


「おまえ……鬱憤を晴らすためだけに、世界すら変えられる願いを使うというのか?」


「あぁ、そうだ」


「もう理解しているだろ? ダブルスーツを生かしたところで、ろくでもないことが起きるばかりだぞ」


「うるせえ。おれが殴りたいんだ」


「い、イカれているな、おまえ……」


 人間的な倫理観のない上位者ですら、この選択を理解はできないらしい。

 こちらも最初から理解など求めていない。


「できるのか? できないのか?」


「……………………わかった、やってやろう」


 バニースーツは過去にないほどの動揺を見せながらも、祈るように両手の指を絡めて、すっと目を閉じた。

 ブワッ、と風が吹いた。

 風が体の内側を抜けていくような感覚が走り、後方へと流れる。


 瞬く、閃光。


 眼球に焼きつくような光が、白いモヤを生む。

 それは徐々に掻き消えて、


「……あ、マジか」


 ダブルスーツはひざをついた状態で復活していた。

 自身の身に起きたことを即座に理解したらしく、冷や汗をだらだらと流しながら、隆吾から距離を取ろうと腰を引いていた。


「ヨッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 隆吾は彼の襟首を引っ掴み、横っ面に大きく振りかぶったパンチを抉りこんだ。

 バコッ、と骨にまで響く音が静かな空間に鳴った。


「ぶふっ!!」


「ひとりだけ楽しんで消えようって? おれが許すわけねーだろうが!!」


「がはっ! ごっ……おぶっ! ぐ……げえ……!」


 殴られて口や鼻から血を噴き出すダブルスーツに、容赦なく殴りつける。落ちていた重たいガレキを掴み、彼の腹に叩き落とす。


「おごっ……!?」


 いままでのストレスのすべてをぶつけるために、倫理観も道徳もすべて頭から捨てた。

 怒りに任せて、殺す気でやる。

 ダブルスーツはこれぐらいやっても死にはしないだろう。だが、確実に苦痛は感じているようだ。


「最初から最後までおまえが余計なことしなきゃ、さっさと終わってんだよ、こんなクソみたいな遊びはよォ!!」


 顔面に蹴りを叩きこむと、彼の歯が折れて飛んでいった。

 血まみれで、あちこち腫れて、鼻も潰れて、見るも無残な姿へと変わっている。

 息を整えながら、苦痛に喘ぐダブルスーツを見下ろした。


「ハァ……ハァ……これでもまだゲームがどうとか言えるか?」


「い、い、いや……予想外……だったよ……そこまで憎まれていたとは……」


「ちょっとスッキリしたぜ。こっちは。むかついてたからな」


「き、キミのストレスがなくなったのなら……よかった……ハハハ」


 この状態でもまだ笑う気力があるとは。

 そろそろ本題に移ろう。


「さて、おまえが死に際にやったことについて、詳細に話してもらおうか」


「教えられない」


「教えないと後悔するぞ」


「楽しみはとっておかないと。だって、ネタバレしたら感動がなくなるだろ?」


「……あっそう。じゃあ『命令』だ。『永久に楽しいことへの興味が出なくなる』」


「……は?」


 ダブルスーツは目を大きく見開いたまま、数秒固まった。

 自身の身になにが起きたのか、よくわかっていないに違いない。

 彼の思考がまとまってきたのだろう。表情に変化があらわれた。


「ま、待ってくれ! それだけはやめてくれ! 僕の楽しみを奪わないでくれ!」


「もう押したから待つもやめるもねーよ」


「さっきのことを話すから!」


「あぁ、いい。おまえが苦しむ姿を見るほうが感動できるから話さなくていい」


「頼む……解除を……!」


「おまえが反省すれば、お仲間の誰かが解除してくれるだろうよ。だよな? バニースーツ」


 と訊かれたバニースーツはため息をつきながら答えた。


「……あぁ。私たちでも解除はできる。まあ、するヤツがいるとは思えんが」


 死刑宣告と同義の命令を受けたダブルスーツは、サーッと蒼褪めながら、口をわなわなと震わせていた。

 命を捨てるぐらいのゲームジャンキーだ。楽しみを奪われたまま生きていくのは地獄そのものだろう。

 しばらくそのままでいるがいい。


「隆吾よ」


 突然、バニースーツが深々と頭を下げた。彼女の長くて綺麗な髪がさらりと垂れさがる。


「すまなかった。今回の件は私の力不足が招いたことだ。共犯として、いずれ私にも大きな罰が下るだろう。言い訳はしない。最初にダブルの話に乗ってエクスペリメンツをお始めたこと、そしてヤツの蛮行を止められなかったことは事実だからな」


「おれはおまえのことも許しはしねえよ」


「エクスペリメンツで大きな被害があれば、私たちの力で修正する手はずだった。つまり、まず間違いなく現地の人間……プレイヤー以外はなにがあっても変わらず平和な日常を送るだけになる予定だったのだ」


「なのに、ダブルスーツのせいでもはや修正は不可能ってか?」


「そのとおりだ。ここまでおおごとになってしまっては、修正はできない。隆吾。頼む。最後のゲームとやらを終わらせてくれ。これが私が用意したエクスペリメンツならば強制的に終了できたが、どうやら外部からの干渉はできないらしい」


「いいだろう。最初からそのつもりだった」


「できる限りの支援はする。用があれば言ってくれ」


 バニースーツはダブルスーツを特殊なロープで縛りあげた。外部からのコード認証がなければ開かない。


「もといた高台に送ってやる」


「助かる」


 瞬間、光が周囲を真っ白に染め上げた。映像が移り変わるように暗転し、視界に現実感が戻ってくる。

 隆吾は高台にいた。

 周囲には誰もない。


「え? 美里と愛羅はどこ行った……?」


 センサーを確認したが、そもそもセンサーの項目が消えていた。おそらく、バトルロイヤルが終了したせいだろう。

 脳内に二択があらわれる。

 美里が自身の意思で愛羅を連れて、どこかに行った。

 予想外のなにかが起きて、ふたりが消えた。


「マジか……」


 電話をかけてみたが、美里にはつながらなかった。

 猛烈に嫌な予感がしてきたが、おそらくその予感は当たっているだろう。考えたくはないが……。

 ため息をついて、愛羅の連絡先に通話をかけてみた。

 プルルルと電子音が鳴る。無意識に呼吸を止めていた自分に気づき、鼻で深く空気を吸い込んだ。


「……はい」


 愛羅の声だった。

 彼女が自由に動けている。その時点で、おおよその顛末は分かった。

 ダブルスーツのパンチでもカンゼンに気絶しておらず、隙を見て美里を攻撃したのだろう。

 とはいえ、意識が朦朧としているであろう状態から、よく勝てたものだ。それだけが不思議だ。


「愛羅。おまえ……美里をどこへやった?」


「愛羅のところにいるよ? それより、さっさと走ったほうがいいんじゃない?」


「どこに?」


「人気のないところがいいでしょ。だから、円華が使った廃工場にいるの。さ、目的地が分かったなら走った走った。じゃないと……」


 通話口から聞こえる声が、ドス黒い邪悪なものへと変わった。


「周りに愛羅の手下たちがいるけど、あいつになにするか分からないよ? 二度と消えない傷が身体と心につくかもね」


 堪忍袋の緒が切れる音が耳孔で響いた。

 わざわざおれを怒らせるためにこんなことを言っているのだろう。と、わずかに残った理性が、あまり役に立たない推理をする。

 呼吸を震わせながら、抑えきれない怒りをどうにか噛み殺し、つぶやいた。


「……そうか。待ってろ。ぶっ殺してやるよ」


「うん。来てね。約束だからね」


 まるでデートでもするかのような浮かれた口調で告げて、愛羅は通話を切った。

 なにも聞こえなくなったスマホから顔を離して、ふぅとため息をつく。

 ここはいったん、アンガーマネジメントだ。

 怒りの原因を明確にして、なぜ怒っているのかを言葉にして、そして怒りを解消する方法を考え――


「ウオアアアアアアアアアアアアアアアア!! コロス!!」


 すぐに怒りがぶり返した。

 やはりアンガーマネジメントなんてクソだ。ストレスは怒って発散するに限る。


「タヌキ!」


 後ろから声をかけてきたのは、


「……光輝。それに誠人、円華も」


 背後のふたりはともかく、光輝は呼んですらいないのに、どういうわけか来てしまったらしい。

 そういえば、誠人は『奴隷』の催眠を愛羅にかけられていたはずだ。


「誠人、動けるのか?」


「理由は分からないがな。催眠が消えてるのがわかる」


 ダブルスーツが無理やりにニューゲームを始めたせいで、不具合でも起きたのだろうか。たとえば、催眠がすべて解除されるといったような……。

 どちらにせよ、人手が増えるのは喜ばしい。


「来るのが遅くなってすまない」


 光輝は皮肉じみた笑いを浮かべた。


「最初は傍観しておくつもりだったんだ。だが、円華から救援の依頼を受けてね」


 ボロボロになっている円華に視線を送る。

 彼女は病院にも行かず、血まみれでここまでやってきたらしい。だが、かろうじて動けているだけだろう。これから戦いとなれば、足手まといになるだけだ。


「……タヌキくん。私にできることはないかな」


「まず病院に行け」


「死ぬとしてもすぐには死なないよ。それに、タヌキくんの手助けができるなら、死んでもいいよ」


 円華の双眸に宿る決意。それは穏やかでありながら、たしかな明るい輝きを放っていた。

 思慕する相手のために役に立ちたい……それ以外の理由はないと見える。

 殴り合うことすらできないカラダと分かっていても、捨て身の突撃でもやらかしかねない。


「……キミを信用していいのか?」


「うん。いいよ」


「わかった。キミにアプリの権限を譲る」


 光輝と誠人が「はぁぁぁぁぁっ!?」と夜の街に響くほどの驚声をあげた。

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