第54話 消えた男
バリバリと崩壊していく空間。
これはバニースーツの時と同じだ。
「……ポケットディメンション!」
バラバラになった景色が後ろへと飛ばされていき、代わりにあらわれたのは、
「街……?」
どこか分からない、奇妙な違和感を覚える住宅街だった。
その正体に、数秒遅れて気づいた。
建物の並びが規則的すぎるのだ。本来は不規則であるはずの日本の街並み。しかし、ここはヨーロッパの国々で見られるように、まるで右にならえと言わんばかりに一列に並んでいる。
「まるで、街づくりゲームみたいだな……」
いや、あのダブルスーツが作ったのだから、実際にゲームなのだろう。
問題は、どうやってここから脱出するか、だ。
「しばらくキミをここに閉じ込めさせてもらうよ」
どこからかダブルスーツの声が聞こえるが、近くにはいまい。
一度催眠でしてやられたのだ。警戒して姿を出さないだろう。
「しばらくだと? いつまでだ」
「ゲームが終盤になってからなら解放してあげよう。キミはすばらしいプレイヤーだからね。ただし、バニースーツを助けるなんて考えてはダメだ」
「いやだ」
「そう言うと思ったよ。ま、どちらにせよ反省するまでここに――」
『舐めるなよ、ダブル』
と、そこに割り込んできたのはバニースーツの声だった。
『おまえが私のポケットディメンションに入れたように、封じられているとはいえ私もおまえのポケットディメンションに干渉ぐらいはできる』
「まあ、そんな気はしてたさ」
『綿貫隆吾。私が出口を作る。走れ』
すると、道の終点がぐにゃりと歪んだ。それはうずとなっていき、空間が収束していく。そのまま円を描いて、光輝く白い穴を生み出した。
あれが出口か。分かりやすくて助かる。
走り出そうとしたところで、住宅からぞろぞろと人影があらわれた。
誰も彼もがよろよろと足をふらつかせて、首を垂れさがらせている。操られている人形のようだった。
そうやすやすと逃がしてくれるとは思っていなかったが……。
あれらはバニースーツのところにいたウサギのようなものだろうか。
「考えを改めるよ」
先ほどよりも落ち着いた口調で、ダブルスーツの声が響いた。
「これもゲームだと思えばいいんだ。タヌキを止められればボクの勝ち。タヌキが脱出できればキミたちの勝ち。実にシンプルだ」
『おまえ、最初からエクスペリメンツを私物化するつもりだったな?』
「なあに、どうせやるなら楽しいのがいいってだけさ」
『ふざけおって……これが終わったら、二度とその口がきけないようにしてやる。綿貫隆吾、いけるな?』
無理です。
一瞬にして道を埋め尽くすまでに増えた人の群れは、ただ突破するにも骨が折れそうなほどだ。
全員、生気のない目でこちらを見つめている。人の姿をした人ならざるものの殺意を感じて、身が震えた。鳥肌が立つ。
動く死体、ゾンビを連想させた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
枯れた喉を潰すような勢いで叫んだゾンビたちが、手足を振り乱しながら一斉に向かってきた。
「おぅおぅマジかマジか!」
慌てて逃げ出すと、バニースーツが『逆だ!』と怒鳴ってきた。
「つってもどうすりゃいいんだよ!」
『なにも問題ない!』
「問題しかないように見受けられるが!」
『マスターであるダブルスーツに効いたんだ。あいつらにもエクスペリメンツのアプリは効果があるはずだ』
「……ウソだったら泣くぞ」
『おまえは泣くよりも怒るタイプだろう』
振り返り、祈る気持ちでアプリを操作する。
催眠可能な最大人数……『9人』に『兵士』の催眠をかけた。
「…………!」
対象にしたゾンビたちは動きを止めると、先ほどまでとは違うキビキビとした動きでほかのゾンビたちを攻撃しはじめた。
にわかに乱闘がはじまったが、兵士たちの強さはやはり信頼に足るものだった。ゾンビたちがおもちゃのように投げ飛ばされている。
『泣かずに済んだな』
「おー、ありゃあ見ていて気持ちがいい」
『ぼけっと眺めてる場合か! 投げ飛ばされたヤツらを見ろ! すでに起き上がっているぞ!』
バニースーツの言うとおり、倒されたはずの連中はダメージもないようで、すぐさま兵士たちへと向かっていった。
数を減らしたりはできない、か。
「どうすんのこれ」
『突っ込め』
「……了解」
これ以上ぐだぐだしていても、出口が遠ざかるだけだ。
横道を探そうにも住宅のあいだに隙間は見当たらない。この様子では、たとえあったとしても狭すぎて、通る前に捕まるだろう。
「『無理やり道を開けろ』!!」
命令を聞いた兵士たちは、ハデに暴れながらもゾンビたちを脇へと吹っ飛ばしていく。
隆吾も加勢に入り、群がる敵を片っ端から殴り倒した。どうせ人間ではないのだから、気兼ねなく殴れる。
やっと人垣を抜け出すも、さらに左右の住居からゾンビたちが出てきていた。巣穴を行き交うアリのごとく、絶えることがない。
「あぁ、クソ!!」
ただでさえ疲労しているというのに、さらに走らされるうえに面倒なゲームまでやらされるとは。
もう後ろの兵士は必要ない。催眠を解除だ。
そして、
「『どけ』!!」
邪魔をするゾンビたちに片っ端から『命令』をかける。
命令レベルの高さゆえに、このていどならばレベルを消費しない。だが、前進するごとにいちいち催眠と解除を繰り返していかなければならず、とてつもなくめんどうだ。
歩きスマホならぬ走りスマホをしながら、必死に出口を目指す。
「あと……少し……!」
光が目の前に見えたところで、
「ぐっ……!!」
後ろから肩を強く掴まれた。
続けて、足、腰、頭にガツガツと手が襲い掛かり、あと一歩を進ませることすら許してくれない。
「ふざ……け……!!」
このままではカンゼンに身動きを封じられてしまう。
ダメだ。負けるわけにはいかない。
『命令』をしたいが、頭を後ろに向けられないようしっかりと固定されてしまっていた。
ズリズリと後ろに引っ張られ、出口が遠ざかる。
このまま終わるのか?
「なめて……んじゃねえ!!」
隆吾は前進をやめた。
逆に体を後ろへと思いっきり倒した。
予想外だったのだろう。ゾンビたちはふいに力の均衡を崩され、体が傾いた。同時に、隆吾の体は地面へと落ちていく。
彼らはとっさに態勢を持ち直したが、すでに遅い。
仰向けになった隆吾の眼に、ゾンビたちの姿はしっかりと映されている。
「『どけ!!』」
発動した『命令』がゾンビたちを散らせていく。
体をしたたかに地面に打ち付けたが、痛みを噛み殺して即座に立ち上がる。そして、光の穴へと飛び込もうとした。
「させるか!!」
横から飛び出してきたダブルスーツのこぶしを間一髪でよける。
「……くっ! 出てくるのが遅かったな」
「まだだ。ゲームは……!」
「終わりだ」
「なに……うっ!?」
ダブルスーツの背中に、突如としてゾンビがタックルをぶつけてきた。そのまま、腰を掴んで身動きを止める。
すでに布石は打っていた。
さきほどの『命令』を与えていたひとりに、『どけ』ではなく任務を与えていたのだ。もしダブルスーツが出てきたなら行動のジャマをすること。
隆吾は笑いながら彼の横を駆け抜けた。
「どうせゲームマスターだからプレイヤーに攻撃とかできないんだろ!? できるんならさっさとおれを殴り倒してるはずだしな」
振り返ると、図星といった苦い顔をしたダブルスーツが見えた。肉体的なパワーも人の範疇から超えていないのか、しがみつくゾンビを振り払うのに苦労しているようだった。
スカッとするようなブザマっぷりだ。
「マヌケ! とっさの思いつきで作戦を実行しておきながら、失敗したから土壇場で軌道修正しようったってうまくいくわけねえだろ!」
「タヌキ……!!」
そう、勝負自体はここに飛ばされる前からとっくについていたのだ。
ダブルスーツの行動は決着を先延ばしにしていただけ。
つまりは無駄な足掻き。
光る白い穴に飛び込むと、重力が反転するような感覚に陥り、続いて空中へと放り出された。
「うげっ」
そして地面に叩きつけられる。
手から滑り落ちたスマホもこんな気分なのだろうか。
「寝ている場合か! 来い!」
痛がっているところにバニースーツの怒声が飛んできた。
そうだ、早くしないとダブルスーツが戻ってきて、またあの空間に送られてしまう。二度目ともなれば、別の手を打ってくるだろう。
縛られている彼女に駆け寄るも、ロープに結び目がないことに気づいた。
「な、なんだこれ!?」
「見た目に騙されるな。コードを入力するタイプだ。縛られている人間には不可能だが、それ以外の者がコードを口にすれば解除される」
「どうすんだよ」
「コードなら知っているぞ」
「なんで知ってんだよ」
「めんどうだからダブルスーツと共通にしたからな」
「おまえらみんなバカか?」
「それじゃあ、教えるぞ。かなり長いがだいじょうぶか?」
「やるしかないだろ。一応、録音はしておく。さあ、言え」
「わかった。いくぞ」
すぅ、とバニースーツが深く息を吸った。
「寿限無、寿限無、
「あ、もういいです。分かったので」
「なにっ!? こんな長いコードをすでに覚えているというのか!?」
「おう……」
「恐ろしい記憶力だ……私でさえ覚えるのに一年はかかったというのに」
「それはおまえがアホなだけでは……」
コードを早口で言い終えると、ロープは光の粒子に変わって消えていった。
それにしても、なぜ落語をパスワードに……。
バニースーツがほこりを払いながら立ち上がった。
「よくやった、隆吾。あとで褒賞をくれてやる」
「そんなのいいから、さっさとダブルスーツをどうにかしてくれ」
「欲のない男だ」
バニースーツは肩をすくめたかと思うと、隆吾の背後に視線を向けた。
「……戻って来たか」
振り返ると、ぶわっと黒い穴が開いてダブルスーツが出てきた。
ひたいに汗がにじんでいる。よほど脱出に苦労したと見える。
「ハァ……いやあ、まいったまいった……」
「遅かったな。強制送還される準備はいいか?」
「タヌキ……どうやら僕の負けみたいだ……ハハハ」
自虐的に笑うダブルスーツ。
「うぐぅ……!?」
突然、彼の体が硬直した。
バニースーツが彼に向かって手を伸ばしている。なにがどうなっているか分からないが、終わらせる気らしい。
「ダブル。もう許容はできん。度重なるペナルティに、所持者への攻撃、そして私にまで妨害だ。万劫の時を鳥籠で過ごす心の準備はいいか?」
無期懲役の判決を出されていながらも、ダブルスーツは愉快そうだった。自分の死など、どうでもいいかのように。
「でも、ゲームは楽しかっただろ?」
「ゲームではない。エクスペリメンツだ」
「ゲームだよ。サポーターとしてプレイヤーを操り、戦わせて、決着を期待する。これは紛れもなくゲームだ」
「黙れ、ダブル。いますぐ消え――」
――グサッ
ダブルスーツの手が、彼自身の心臓を貫いた。
「アハッ……」
深く抉り込んだ手を意に介さず、まるで苦痛などないかのように失笑した。その奇怪さに、思わず眉をひそめてしまう。
「なにしてる……?」
動揺する隆吾に、彼は言った。
「最後だ。タヌキ。キミたちに、ほんとうに最後のゲームをあげるよ」
そこに生物らしさはなかった。ロボットか、あるいは神か。
死の瀬戸際でありながら、恐れも痛みも苦しみもない、穏やかな表情。
血も流れず、顔には生気が残ったままで、死の気配などない。
「この最終ゲームを飾るラスボスを!」
「させるかッ!!」
バニースーツがグッと手を握った瞬間、
「――――――――ッ!!」
バァァァァァァン……。
ダブルスーツが花火のように爆発して消えた。
宙にちりちりと燐光がまたたき、余燼すら残さず消えていく。
幻想的ではあったが、浸れるような心境ではなかった。
「クソ……!!」
状況を理解したであろうバニースーツが、歯を剥いて唸っていたからだ。
「ダブル……!! よくもやってくれた……!!」
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