第47話 パワー!

 早朝。

 残り人数を確認すると、残存『四十二人』まで減っていた。

 深夜に人を襲っている危ない連中がいるのか。


 バニースーツを捜すかどうか、少し考えたが、手掛かりがない以上は不可能だろうと結論付けた。

 円華がダブルスーツを見つけられたのは、事前に探せるよう手を打っていたからだ。


 ならば、とバニースーツからもらった封筒の中身を覗いてみたが、彼女の位置が分かるようなものではなかった。

 こればかりはしかたない。

 とにかく、このバトルロイヤルとやらを切り抜けることだけを考える。


 隆吾が「別々に登校してくれ」と提案したところ、愛羅は露骨に顔をしかめた。


「……なんで?」


「一緒に歩いてウワサとかされると恥ずかしいし……」


「あぁ、それは愛羅も嫌かも。乗り換えの早いビッチとか陰口言われたら、そいつのこと殺したくなるし」


「事実ですよね」


「リュウくんが初恋の人だから純愛だけど?」


 発言者が愛羅でさえなければ、可愛くてしかたのない発言なんだが……。


 結局、登校は別々になった。

 愛羅はふだん通っているルートまでわざわざ戻るらしい。嫌がるかと思ったが、偽装は徹底したいのだと。


 そして、隆吾は校門までやってきて、絶句した。


「三十人……」


 残り人数ではない。

 隆吾のセンサーに引っかかった、所持者の人数である。


「……ッ」


 スマホの画面に映る敵を示すマークが、隆吾のすぐ横をすり抜けていった。

 どこから襲ってくるか、ではない。

 どこからでも襲ってくる……。

 しかも、相手は催眠をかけて、複数人で行動もできる。その被催眠者はセンサーには映らないため、対処できない。


「なるほど……こりゃまずいな」


 しかも、相手にはこちらの特徴とレベルがバレている。この状況を利用して、優先的に襲ってくるだろう。


「タヌキ、どうしたの?」


 声をかけてきたのは美里だった。

 隆吾はちょうど、教室に入ろうとして扉の前で立ち止まってしまっていたらしい。


「あぁ……いや、ちょっと面倒なことになってるみたいでな」


「面倒?」


「ダブルスーツが新しいゲームを開始した……」


「え、でもできないはずじゃ……」


「ゲームの続きはできない。だが、ニューゲームはできる」


「屁理屈じゃない!?」


「おれも同じことを思っ……」


「タヌキ!」


 美里が後ろを指差して、反射的に振り返る。


「……ッ!」


 近くの教室から顔を出していた男子が、慌てて引っ込んだ。


「狙いに来やがったか」


 隠れて催眠をかけようとしたのだろう。

 隆吾にではなく、近くにいた美里を狙ったのだ。スマホを攻撃するために。

 親しそうな人間を狙えば不意がつけると思ったのだろうが、こちらはレベルも経験もはるかに上だ。

 このバトルロイヤルが始まった時点で、美里だけは守れるよう、昨日『友人』の催眠をかけてあったのだ。


「『兵士』……あいつを潰せ」


 廊下を歩いていた生徒数人に催眠をかけ、指示を出す。

 彼らは隣の教室に入っていくと、次の瞬間、


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫が響いた。

 覗き込むと、そこにはスマホを窓から投げ捨てられて、敗北の味を噛み締めている男子がいた。

 確認すると、いまので彼のスマホを破壊できたらしく、残り人数が減っていた。


「油断も隙もねえな」


 おちおち廊下で立ち話もできないとは……さっさと全滅させなければ、そのうち足元をすくわれるだろう。

 自分の頭の出来があまりよくない自覚があるだけに不安でしかたない。

 そして、敵を倒したおかげでレベルが『280』に上がっていた。もうここまで来ると確認する意味もあまりない。


「ふぅ……」


「すごい光景だったわね。一瞬で数人に襲い掛かられるって、ちょっと想像するだけで怖くて同情するわ」


 相手からしたらかなり理不尽に思ったことだろう。

 にしても、あの男子。背後を突いたのに催眠をかけられなかったとは、どれだけ操作に手間取っていたんだ。

 もしも美里に催眠がかけられていたなら、ブーッとエラー音がしたはずだ。すでに催眠がかけられている人間には催眠をかけられない。


「そうだ、美里」


「ん、なに?」


「もうレベルもかなりあるから、記憶を戻そうと思う。この先、もしかしたら手遅れになるかもしれない。おれが負ける可能性は十分にあるからな」


 レベルの差は実際かなりの力量差を生み出す。

 とはいえ、所詮は他人を操るだけの力。本人が強いわけではない。

 不意打ちされれば、レベルなどお飾りも同然なのだ。


「だいじょうぶなの?」


「あぁ。おそらくもう新しい催眠は手に入らないしな。ここだと邪魔になるし、少し移動するか」


 隆吾たちは廊下の隅にまで移動した。もちろん、人目につく場所だ。

 下手に人のいないところに行ってしまうと、負けが確定する。

 なぜなら、周りに誰もいない状況となると、相手は事前に人員を増やすことはできるが、こちらは増やせないからだ。

 これではせっかくの『催眠可能人数』も活かせない。


「よし……やるぞ」


 隆吾は『命令』から自由入力を加えた。

 さっそく、記憶を戻す――


「…………ッ!」


 瞬間、浮かび上がる記憶。

 いままで影のように塗りつぶされていた部分に、あるべき色彩が戻っていく。

 ……おれはいつも光輝と美里と一緒だった。誰かとケンカをしては美里に窘められ、たまに巻き込んで、そんな毎日だった。

 どうしてこんな当たり前の日常を忘れることなんかできたんだ?


「戻った……の?」


 不安そうに見上げてくる美里に、隆吾は戸惑いながらもうなずいた。


「あぁ……みたいなんだけど」


「じゃあ、覚えてる? 二年前の山登り」


「おまえがおれたちを追い越して、先に頂上に登ったんだけど、疲れたせいでゲロを吐いたんだったっけ」


「おお! って、忘れていいことまで覚えてるし……まあいいけど」


 と言いながらも嬉しそうにほくそ笑む美里を見て、少し安心した。

 記憶の中にある昔の彼女も、こんなふうに笑っていた。

 汚い話を出したにしてはきれいな顔だ。


「記憶を取り戻しても、あんまり変わんねえな」


「あんたがドライすぎるのよ……」


「そうか? でもまあ、これで円華の問題も解決だな」


 これで美里がこれ以上苦しむようなことにはならないはずだ。

 そろそろ授業開始だろう、とスマホで時間を確認する――


「――綿貫隆吾」


 背後からフルネームで呼ばれて良い出来事があった人間などいるだろうか。

 振り返ると、名前の知らない女子が虚ろな目で立っていた。いままでの経験からして、誰かに操られていると分かる。


「伝言です」


「誰だ?」


「それは言えません。ですが、ただひとつ……愛羅を預かっています。夜の十時、この学校に来てください」


「……マジかよぉ」


 家で別れてからずっと姿が見えないと思っていたが、どうやらこういう状況だったからのようだ。

 報告してきた女子はロボットのようにきびきびとした動作で去っていった。


「釣り餌にわざわざ猛毒を選ぶかね」


「毒というより、トゲだらけのゴミね。不法投棄されて、それを食べちゃった魚が苦しんでいるっていう……」


「しかも、これはかなり魚が寄ってくるぞ」


「どうして?」


「いまの会話、何人かに聞かれたはずだ」


「え……じゃあ、どうすんの?」


「マッチョ兵士を随伴させながら全力ダッシュ作戦だ。邪魔なヤツがいたらマッチョが叩き潰す」


「純粋な暴力すぎる」


 結局、土壇場で役に立つのは催眠や策略などではない。

 パワーだ。


          ◇


 参加者はゆるやかにだが減ってきている。

 それでも残り『37』人。まだ多すぎる。

 このうち何人と相手することになるのやら。


 ありったけのマッチョをかき集めている道中、車に乗った隆吾を追いかけようと自転車やら原付やらで追いかけている影がちらほら見えた。さながらサイドミラーに映るバカの見本市だ。

 たとえ追いついたところでマッチョたちによるジェノサイド・カーニバルが始まるだけだというのに。


「夜の学校かぁ。」


 午後十時。

 見慣れた校舎に明かりはなく、雲間から煌々と照らす月光だけが視野を確保してくれている。

 ついでにマッチョたちの鍛え上げられた筋肉もテカテカと照らしている。


「まごうことなき不審者だな、おれたち」


 自己防衛のためとはいえ、こんなことに付き合わせているマッチョたちに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 アプリのセンサーを確認すると、やはりというべきか結構な人が引っかかった。校内のいたるところに潜んでいる。

 この中のどれかが愛羅を襲ったヤツ、ということになるのか。


「しらみつぶしに行くか……」


 三手に別れて、愛羅の捜索に乗り出した。

 校舎内は狭い。隆吾含めて十人で一緒に行動しても、戦えない人員が出てくる。ならば、数を散らしたほうが効率がいいだろう。

 相手もそのつもりのはずだ。操れる人数に差がある以上、できるだけイーブンの状態で戦いたいと考えるに決まっている。


 暗い一階の廊下を歩きながら、窓から室内を覗き込む。


「誰かいるなら出てこい!」


 呼んで出てくるなら世話がないが、黙って進むのも怖すぎる。

 やけに静かな月夜の校内。

 濃い暗闇から死に神が出るなら絶好のタイミングだろう。


『こちらB班。二階、異常なし』


 スマホのグループ通話から聞こえてくる音声が、別動隊の安否を告げる。


『こちらC班。三階、異常……うああああっ!!』


 ノイズ音とともに、激しく交戦する音が鳴り響いた。

 上階から叫び声が聞こえてくる。

 なにかで殴り合っている様子だが、相手は武器を持っているらしい。こちらはふところに隠し持てる警棒ぐらいしかない。


『交戦中!』


「加勢は必要か?」


『いえ! 敵は六人。こちらで十分に対処できます!』


 よかった、無事だったか……。

 パワーのある人間に『態度:兵士』のパワーを与えたのだから、並大抵のパワーではやられないだろう。やはりパワーこそパワー。


 センサーに映った敵影が隆吾から離れていく。

 マッチョに恐れをなしたか。


「一階は探索完了。A班はこれより体育館に向かう」


『了解』


 B班の応答を聞き、進路を変更する。

 それにしても妙だ。

 お互いに自分たちが近くにいることが分かっているのに争いがまったく起きないなんて。

 全員が示し合わせたかのように隆吾を狙っているとしか思えない。


「…………」


 周囲を警戒しながら、体育館へと辿り着く。

 中から音はしない。

 扉を少しだけスライドさせて、ゆっくりと覗き込む。

 明かりのついた館内には、人影がひとつあった。


「あれは……まさか」

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