第46話 悲願の達成
帰宅した隆吾は、夜空をボーッと眺めながらダブルスーツがいったいどんな思惑を持ってこんなことをしているのかを考えていた。
他の所持者とレベルに圧倒的な開きがある以上、きょうのような蹂躙が発生するのは目に見えていたはずだ。
それが面白いのだと言われればそれまでだが……。
「……いや、もういい」
なんにせよ、さっさとゲームを終わらせるだけだ。
これでラストゲームにしてやる。
「光輝や美里にも連絡しておかないとな……」
そう思ってメッセージを送ろうとしたが、ほぼ同時に通知が入ってきた。
『愛羅が接近しています』
それを送ってきたのは、家の周囲を巡回している警官だ。
下手な言動は取らせないように『態度:部下』で、家の周りを警備するように命令をしているのだ。
『兵士』にしてもよかったが、あれは佇まいが明らかに常人のそれと異なってしまうこと、そして柔軟性がないこともあってボツになった。
「なにしに来た……? 一人か?」
『一人のようです』
念のために確認したが、所持者ではないらしい。
ピンポーンとチャイムが鳴り、二言三言の話し声がして、足音が近づいてきた。
「タヌキ、いる?」
と言いながら、遠慮なく扉を開けて入ってきた愛羅。
髪を長く伸ばして、涼しげな白いキャミワンピを着ている。ふだんとは違う、清楚な風体だった。
なんとなく、いつもより大人しい表情をしている気がする。
「いるじゃん。返事しなよ」
「返事する前に開けただろうが……用は?」
「約束を守ってもらってない」
「まだ言ってんの!? あれから一か月だぜ!?」
「命を救ってあげたのに、反故にする気満々なんだ」
それを言われれば弱い。
実際、あそこで応援がなければ、隆吾はともかくとして光輝のほうがどうなっていたか分からない。
……そろそろ腹をくくるか。
「言えよ。どんな願いだ?」
「フフッ……」
愛羅は気味の悪い笑みを浮かべると、ベッドに腰かけて、足を組んだ。が、すぐに足を組みなおした。
落ち着かない様子だ。
しかし、頬が上気しており、大きな瞳に艶を感じる。ほんのわずかに微笑んでいる表情は、以前にも見た気がする。
彼女は楽しそうに目を細めて、言った。
「付き合って」
「なにに?」
「は?」
きょとんとした顔の愛羅に、隆吾は首をかしげた。
「いや、だからなにに付き合えって……」
「彼氏になれって意味なんだけど」
「やぁだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
隆吾はあまりの拒否感に床に転がってジタバタと暴れまわった。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「そこまで嫌がる?」
「おめぇ、誠人にしてきた所業を忘れちまったんかァ!? あれでなりたくなる奴なんかいたら頭の病院を紹介すんぞ!」
「愛羅がなにしたっていうの」
「親の形見のギターを破壊したり、奴隷扱いしたり、みんなの前で土下座させたり、金玉蹴ったり、指を折ったり、指を欠損させたり、サウナに連れて行ったり」
「身に覚えないっつーか半分タヌキじゃねえか!!」
「どーしておれなんだよ! 家の前で死にかけてたセミじゃダメなの!?」
「比較対象おかしくない?」
「そうだよな……セミが可哀想だよな……」
「もうツッコまないからね。愛羅ね、欲しいものは全部手に入らないと気が済まないの」
蠱惑的に細められた目が、隆吾を見下ろす。
「もちろん、タヌキにも損はさせないよ? だって、前にババアの勧誘を止めてくれたお礼になんでもしてあげるって約束したもんね。あ、ちゃんと誰も理不尽に虐げないって約束は守ってるし」
愛羅はするりと腕を伸ばして隆吾の首に巻きつけると、唇をキスしそうになるほどの距離まで近づけた。
「……なんでもしてあげるよ。付き合ってくれるなら。だから、お願い。もうタヌキ以外に愛羅が頼れる人がいないの」
それは自業自得だろ。
にしても……なんでも、か。
「だったら、光輝に謝罪しろ」
「……へ?」
「おれがこのアプリを使おうと決めた当初の目的は、それだ。おまえたちのやったことが許せなくて……だからこんなものに手を出したんだ」
裏で円華が手を引いていたとはいえ、あれは愛羅の意思に間違いない。
「心の底から謝ってくれ。それができなかったら、付き合えない」
「したら、付き合ってくれるの?」
「やるのか、やらないのか」
こちらがあえて明言を避けたことに愛羅は不満げな顔をしたが、埒が明かないと判断したのだろう、うなずいた。
「いいよ。で、いまから会いに行くの?」
「いや、ウェブカメラを繋ぐからパソコン越しに謝れ。だいたい、いまから行ったら時間が遅いし、明日は学校があるだろうが」
「えぇ……でもそれって……うーん……まあ、いいなら、こっちもいいけど」
愛羅は腑に落ちないといった様子だ。実際に対面しないと気持ちが伝わらないと言いたいのだろうか。
殊勝なことだが、時間がたって気が変わられても困る。
その後、カメラ越しに「ごめんなさい」と頭を下げた愛羅に、光輝があごが外れそうになるほど驚いたのを見て、隆吾は爆笑した。
「どうやったんだ、タヌキ!?」
「あぁ、それは企業秘密」
とりあえず謝罪は受け入れてくれたが、光輝はずっと首をかしげていた。
そりゃ疑問だらけだろうな……。
カメラを切っても、愛羅は反省をした表情のままだった。
すぐにいつもの調子に戻ったら「反省してないから付き合わない」と突っぱねるつもりだったのに。
「これでいいの?」
「あぁ、いい」
「じゃあ、付き合ってくれる?」
「あぁ……」
答えようとした瞬間、どういうわけか美里の顔が浮かんだ。
なぜ、あいつのことを思い出したんだ?
その一瞬の疑問は露と消えて、隆吾は答えた。
「……付き合う」
「リュウくん、って呼んでいい?」
「もう好きにしろよ……」
「リュウくんっ」
抱きつきながら嬉しそうにしている彼女の姿は、以前『恋人』の催眠をかけたときとほとんど同じだった。
……だとしたら、本気でおれのことが好きなのか?
未だになにか裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうのは、愛羅という人間の信頼度が皆無だからだ。
突然、パシャッ、とスマホで写真を撮られた。
「おい、愛羅。なにして……」
「あぁ、いいの。これはねぇ」
彼女はあまりにも可愛らしい、邪悪な笑みを浮かべて言った。
「円華に送ってあげるんだ」
「おまえ、まだ……」
「全身を殴られたお返し、まだだったでしょ? だから、リュウくんが愛羅のものになったって分かったら、あの女すごく悔しがりそうじゃない?」
付き合うと決めた瞬間に、他人への報復を始めるとは。
やはり、こいつはどこかイカれている。頭のネジが数本、いやすべて外れているのではないか。
「また面倒なことになるかもしれないぞ」
「もうアプリがないんだから、なにもできないってば。あ、もちろんこれ以上は手を出さないから安心しなよ?」
疑わしい。
「誠人の謝罪はいいの?」
「あいつは十分にひどい目に遭ったし、光輝も許したってさ」
「ふぅん。まあいいけど。それより……泊まってもいい?」
「母親とまたケンカしたのか」
「まあ、それもある。あの女と顔を合わせたくないし、パパも無関心だし……リュウくんのご両親のほうがよっぽど暖かみがあるよ」
愛羅の家庭を壊してしまった、ということか。
遠からずこうなる運命だったのだろうが、少し胸が痛い。
「一緒に寝よ?」
パジャマに着替えた愛羅が、ベッドに寝転がり、手招きをした。
横向きに寝ている彼女の大きな胸が重力でやわらかいモチのように広がっており、目が吸い寄せられる。
「来てってば」
若干ドスの効いた声で言われて、背筋が凍った。
怖すぎる。
いざなわれるままベッドに横たわると、愛羅が抱き着いてきた。
またこれか。
彼女の巨乳が腕に当たっているのも、そろそろ慣れてきた気がする。
「リュウくん、あったかいね~」
「……よくくっついてくるが、人肌が恋しいのか?」
「愛羅ね、小さいころからパパにもママにも抱いてもらった記憶がないんだ」
あの両親なら納得だ。
そして、そんな育てられ方をすればこの性格にも納得だ。
愛に餓えていながら愛羅と名付けられるとは、ひどい皮肉。
「だからかな。リュウくんにくっついていると、すごく落ち着くの」
親のせいでねじ曲がった根性を、この機会に戻すチャンスかもしれない。
ただの悪人ならそこらへんで野垂れ死んでくれればいいが、愛羅は学校をほぼ占領している。野放しにはできない。
「リュウくん、愛羅のこと好き~?」
「きら~い。グフッ!」
脇腹にジャブを食らわせられ、隆吾は咳き込んだ。
しょせんは女子の力。しかも、鍛えるなんて言葉とは無縁の女だ。こちらは腹筋を鍛えているおかげで大して痛くない。
とはいえ、本気でびっくりした。
「好き?」
「きらブヘッ!」
「好き?」
「きバフッ!」
「好き?」
「オボッ! まだなにも言ってねえだろうが!!」
「ここで答えを曲げるようなヤツが愛羅に何度も盾突くわけないじゃん」
「よく理解してらっしゃる……」
「でも、それでいいんだ」
愛羅は妖艶な笑みを浮かべて、頬杖をついた。
「リュウくんには愛羅に歯向かってもらわないと。ね?」
奴隷では誠人と変わらない、ということか。
命令に従うのではなく、己の意思で愛羅と向き合う存在。それでいて、愛羅を決して軽視しない。
誠人でも、両親でもない、愛羅をひとりの人間として見る男こそ、彼女が求めているものなのか。
……思い返せば、最初に『恋人』の催眠をかけたときに愛羅がおれのことを好きになり始めていたのは当然だったのかも。
本気で楽しかったから、催眠を解除したあとも「綿貫くん」」と呼んでしまったのだろうか。
対等な関係でいて、身を挺して庇って……好意が芽生える理由としてはひどく月並みだけれど、愛羅にとって一番大切な要素だった。
部屋の明かりが消えて、愛羅はゆっくりと目を閉じた。
「おやすみ~、リュウくん」
「えっ!?」
「なぁに? 期待しちゃった? ダメだよぉ。愛羅がいつかその気になったら、もしかしたらあるかもね」
なんだよもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!
「触りたいなら触ってもいいよ?」
「マジ!?」
「ただし、少しでも痛くしたら殺す……」
「すみません遠慮しますごめんなさいね、ほんとごめんなさい」
誠人が逆らえなかったら理由がよく分かる。怖すぎ。
しかも実行に移す可能性があるのがなお怖い。
その後、恐怖でぶるぶる震えながら、できるだけ愛羅を刺激しないようにまぶたを閉じていた。
眠りに落ちる寸前、隣から「……いくじなし」というつぶやきを聴いた気がするが、それは意識の闇の中に溶けて消えてしまった。
◇
どこかの部屋。
暗く、さびついていて、人の気配もない。寂しい空間。ビルなのか、廃墟なのか、室内の様子だけでは判然としない、奇妙な場所だった。
そこにダブルスーツと、もうひとり……。
「尊敬するよ。たった一日でレベルを『100』も上げるなんて」
そうダブルスーツが褒め称えている相手は、影の中でじっと彼のことを睨んでいる。敵意か、それとも観察か。
「なのに、残念だ……ほんとに残念だよ。それだけやっても、キミが倖せになれることなんてないっていうのが……。こんなにも必死に頑張っているのに、キミの理想は叶わない……だって――」
「……うるせえ。テメェにそんなこと言われる筋合いはねェんだよ……!」
影の中の声は、苛立ちで声を震わせていた。
いますぐにでも誰かを殴り殺しそうな、ピリピリとした瞋恚を感じる。
「代わりに最大級の賛辞を送らせてもらうよ」
ダブルスーツは彼の前に立ち、暗い影を落とした無邪気な笑いを浮かべながら言った。
「誠人」
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