第48話 大・爆・発
「来たか、タヌキ」
「誠人……おまえだったのか」
館内の中心で待ち構えていたのは、すでに和解したと思っていた男だった。
誠人も容疑者だったが、隆吾の予想では円華か、もしくは愛羅の自演だった。こんなことができるようなヤツだったとは。
「タヌキ。愛羅のためにわざわざ来たのか?」
こちらから彼の表情は距離があるせいで見えにくいが、シブい面持ちらしいことは分かる。
獲物がまんまと罠にかかったと喜ぶ人間の顔ではない。
「助けないと寝ざめが悪いだろ」
「いじめられてるネクラ女を助けて、親友の仇をとるために何度やられても立ち上がって、実はすべての黒幕だった女も倒して、今度はその親友を転校に追いやったクソ女を助けようって? おまえ、自分の意思があんのか? まるで、円華の言っていた陳腐なヒーローそのものだぞ」
「おれの動機はいつだってコレだ」
隆吾はそでをまくり、怒りに震えるこぶしを胸に掲げた。
「むかつくヤツはぶん殴る」
「タヌキ……いまなら無傷で帰してやる。スマホを置いていけ」
「舐めてんのか?」
「イヤだっつーんなら、もう泣いて許しを請わせるしかねえよ」
「御託はいい。なにか罠があるんだろ。出してみろよ」
「わかった」
誠人がうなずいた途端、あちこちから足音が近づいてきた。慌ただしい雑踏とともに、体育館の裏口、倉庫、ステージ、二階。あらゆる扉から人がぞろぞろと溢れ出てくる。
一瞬のうちに、周りを囲まれていた。
人数はざっと数えて三十人はいるだろうか。
大して驚きはしない。センサーですでに確認はしてあった。
このうち、所持者はおよそ十人といったところだ。
「誠人、おまえほかの所持者と結託したのか」
「さすがにこの数は相手にできねえだろ」
「愛羅はここにいるのか?」
「教えてほしいか? だったら、こいつら全員に勝ってみな」
さっそく面倒なことになった。
一階にいる敵は徐々に近づいてきている。先ほど入ってきた出口からも、何人か入ってきていた。
二階にいる敵は「早く行けよ!」と押し合いながら階段のある場所へと進んでいる。そりゃあの高さからジャンプで降りることはできないだろう。バカかあいつらは。
「逃げるぞ。退路を開け」
隆吾のシンプルな命令に、マッチョたちが応えた。
出口に猛突進し、そこにいた邪魔な敵を弾き飛ばす。さながら、ボウリングのピンのように。
あっけなく脱出したところで、後ろから何十人もの敵が追ってきている事実に変わりはない。
誠人を倒さなければ愛羅が見つからない以上、この戦いを放棄するわけにもいかず。
だが、秘策がある。
学校でしかできない秘策が。
「いい考えがある。化学室まで進むぞ」
「了解」
化学室は本校舎の一階にある。
隆吾たちは全力で疾走しながら、昇降口を土足で駆けあがった。
背後から迫る圧に冷や汗をこぼしながら、化学室の扉をあけ放った。
「金属ナトリウムか金属カリウムを探せ!! ありったけな!!」
マッチョたちに下知を飛ばし、隆吾もまた手当たり次第に棚を掻きまわす。
ふだんこんな教室に来ないから、どこになにがあるのかさっぱりわからない。それでも、目的のものがあることは知っている。
授業中、教師がふざけておこなった実験のせいで、校舎内がしばらく騒然としたことがあった。
「ありました! 金属ナトリウムです!」
マッチョの持ってきた容器には、銀色のかたまりが大量に入っていた。金属とも石とも違う、鈍色の輝き。
これだけあれば十分だ。
「次はプールだ!」
「了解!」
と、そこに追手たちが侵入してきた。
さまざまな人間が集まってくる。一貫して高校生だったが、学年はバラバラだ。
やっとこさ追いついてきたのだろうが、遅い。
反対側の出口から脱出して、裏口を目指す。
相手もここまで長期戦になるとは思っていなかったのか、何人かバテている様子だった。
「見えたぞ! プールだ!」
戦いの鍵を握るオアシスに飛びつく。
侵入防止のために鍵がかけられているが、マッチョがなんとかしてくれ――
「いくら筋肉でも金属をどうにかするのは無理です」
――くれなかった。
「ど、どうすんの!?」
「分かりました。ふつうに金網をよじ登ります」
「なんだよ。筋肉じゃなくて頭脳を使うなんてマッチョの風上にもおけないな」
「今からあなたをプールに投げ込みます」
「すみません」
現実的な案を採用し、急いで金網の向こうへと辿り着いた。
そんな時間はなかったとはいえ、こんなことなら昼間のうちに鍵を盗み出しておけばよかった。
追ってきた敵が、ヘトヘトになりながら金網に手をかけていく。見ていて悲しくなるほどに無様だった。
ほぼ全員がプールサイドに降り立ち、隆吾たちを挟むように動く。
「も、もう逃げ場はないぞ!」
敵のひとりがカラッカラになった声で言った。
「逃げ場? ハッ」
隆吾は彼の言葉を一笑に付した。
「ここに来たのは……おまえらを一網打尽にするためだよ」
「負け惜しみを言うんじゃねえ! やれ!!」
ダッと駆け出した敵の群れに、マッチョたちが構える。
だが、隆吾だけは違った。
持っていたバケツの中身……金属ナトリウムをプールにすべて投げ込んだのだ。
ボチャボチャッと激しい水音を立てながら、かたまりが沈んでいく。
「伏せろ!!」
隆吾含めたマッチョたちは腹ばいになると、口を開けて耳を塞いだ。
「なにして――」
周囲の敵は一瞬困惑の色を見せたが、何人かはその後に起こることに気づいたような表情をあらわした。
が、遅すぎる。
プールの水がゴボッと大きく泡立つと……。
体が浮くほどの衝撃。
内臓にまで響く爆音。
隣り合った校舎よりもはるか高く吹き上がる水の柱。
同時に、音と衝撃によって窓ガラスがいくつかバリンバリンと割れた。
戦闘機による爆撃が起きたかのような、超大爆発。
プールの水のほとんどが空中へと舞い上がり、豪雨となって降り注ぐ。
ザーッ……という雨音が、どこか遠くに聞こえる。
鼓膜がバカになっているせいか。
「くっ……うぅ……」
意識が朦朧としていて、手足に力が入らなかった。
体がグラグラと揺れている感覚があり、まともに立てない。
「や……やりすぎたか……」
金属ナトリウムを水に入れると大爆発を起こすのは有名な話だが、どんな色と形をしているのかまで把握している人間は少ない。
だから、持ち出したところで警戒はされても、なにをしようとしているかまではバレないと踏んでいた。
しかし、隆吾自身、どれくらいあれば自分は無事で済むかという塩梅を知らなかった。
「だが……勝ったぞ……!」
周りを囲んでいた敵は軒並み、爆発に吹っ飛ばされて気絶していた。
おそらく轟音で耳もやられているだろう。
あれではしばらく目を覚まさないはずだ。
とはいえ、いまのは確実に大騒ぎになるだろう。
テロとして報道されてもおかしくない。
ダブルスーツがそこらへんはなんとかしてくれるらしいが、はたしてどこまで守秘してくれるのやら。
「た、タヌキ……テメェ」
かすむ視界の端で、動く姿がある。
「ま……こと……!」
「なにやってんだァァァァ……アァ!? マジに……びびっただろうがァ!!」
「クソ……!」
あのまま体育館で待っていてくれることを祈っていたが、遅れて追ってきていたとは。
完全に計算を間違えた……。
誠人が敵と一緒に追ってきていたなら一網打尽。
追ってこないなら隆吾が復活。その予定だった。
まさか爆発の被害に遭わず、そのうえこちらが復活すらしていないジャストタイミングでやってくるなんて。
誠人の私兵たちが、まだ動けないマッチョたちの手足をロープで拘束していく。
「自爆するとはな。イカれすぎだろうが。来い。タヌキ」
襟首を掴まれ、無理やり立たされる。ふらついたが、徐々に平衡感覚が戻ってきていた。
しかし、抵抗したところで誠人にはケンカで勝てない。
純粋な実力差ならば、彼のほうが一段上なのだ。
まさに俎上の魚。まな板の鯉。
「ぐ……っ!」
チャンスをうかがうため、あえて従う。
「な……なぜスマホを破壊しない?」
「黙って歩け」
引っ張られながら、隆吾は疑問に思っていた。
なにか……とてつもない違和感がある。
ここに誠人がいる、それ自体がおかしいという感覚だ。
別に彼の存在が夢やマボロシというわけではないが、彼がこうして隆吾と戦っていること自体に不自然さがあるのだ。
「入れ」
体育館に放り込まれ、受け身もとれずに床を転がる。まだ衝撃が抜けきっておらず、痛みもどこか遠くに感じた。
変わらず殺風景な館内だったが、唯一の変化があった。
ステージ上にポツンと立っている人影……。
「…………クソ」
隆吾は自身の浅はかな考えを呪った。
あぁ、そうだろうとも。分かっていたさ、無意識に、もしかしたらあるんじゃないかと……。
人影はゆらりと歩くと、嬉しそうに微笑んだ。
天使のように微笑む悪魔が……こちらを見下ろしている。
「すごい活躍だったね~」
その小さな口が嫣然とゆがめられた。
「リュウくん」
「愛羅…………!!」
このパーティの主催、そして黒幕。
宮野愛羅はむじゃきな笑顔を湛えながら、待っていた。
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