第25話 ストーキング
人ごみのド真ん中で、バニーガールが信号待ちをしている。
奇妙な光景だった。
誠人が言っていた特徴と完全に一致している容姿。
完璧な配列ゆえの薄気味悪さがある顔貌。
異様さをびんびんに放っていながら、誰ひとりとして異常として捉えていない状況に驚きを覚えた。
二年前ぐらい前にセーラー服を着てるオッサンが駅前を歩いていたのを見たことがあるが、そのときも誰も目を合わそうとしていなかったし、今回もそういう現象が働いている可能性がある。
「追いかけてみる?」
円華の提案に、隆吾はうなずいた。
信号は赤から青に変わり、まばらな人の群れが往来をはじめる。
ミス・バニースーツという名の少女は風でスカートをなびかせながら、すぐ近くのショッピングモールへと入っていった。
あそこは謎の声と待ち合わせのために選んだ場所だ。
「なにしに行くんだ……?」
「行ってみましょう」
モール内はクリーム色を基調とした、やわらかい雰囲気の空間だ。店の看板も、それを崩さないよう配慮されている。
三階まで吹き抜けのロビーには、上階へとつながる階段とエスカレーターが並んで設置されている。
どこを見ても人で溢れているが、バニースーツは簡単に見つけられた。特徴的なウサ耳が人々の頭の上にぴょんと飛び出している。
どうやら彼女は二階へと上がるらしい。
そちらには噴水はないはずだ。
待ち合わせ場所の確認ではないのか。
「おもちゃ売り場に行ったみたいだよ」
「ありゃあパズル見てるのか?」
「もっと近づこう」
「そうだね」
屈みながら、こそこそと商品棚に隠れた。
ここには子供用のヒーローおもちゃが並べられており、色とりどりのソフビフィギュアと、変身アイテム、おもちゃの武器などが揃っている。
どうやらバニースーツはその中にあるものを物色しているらしい。
あの恰好でおもちゃ探しとは。
「ねえねえタヌキくんっ。これ見てっ」
と、円華が目を輝かせてひとつのソフビを手に取った。
アームドロイドと呼ばれている、変身ヒーローだ。
ツノが生えており、全体的な見た目は鬼のようであるが、まっとうにかっこいいフォルムをしている。
「タヌキくんは知ってる?」
「あ、あぁ。たまに気が向いたときに見てるよ」
引き気味になりつつ、話を合わせた。
こんな状況なのにテンションを高くするなんて、能天気なのかそれともオタクなのか。
「じゃあさ、ネットで話題になってた二十話知ってる?」
「あぁ、トレンドに上がってたよな」
「そう! 味方のヒロインが第三勢力としてあらわれて、他のアームドヒーローたちを一掃! 最後に残った主人公の早沢敬に『おまえが変身するたび、街の人間がひとり死んでいる』って告げたシーンはぶわっと鳥肌立ったよ! 一話で謎の変死を遂げた親友とか、悪夢とか、そこまでの伏線をキレイに回収してさ! あれでもう名作だって確信したね」
「ダークなテーマだよな。変身するのに民間人ひとり犠牲にしてるって」
「だよね。アームドでないと魔人を倒せないのに、変身する早沢乾がそもそも死んでいて、心臓を動かすためのエネルギーを他者から供給するしかないって。でも、それなのに一言も相談しない博士もちょっとアレだよね~。でもそっからの展開が本当に熱くてさ~。その事実を知った市民がアームドを非難して、早沢敬が耐えかねて自ら消滅を選ぶシーンで仲間たちが……」
もはや本来の目的を忘れて熱弁する円華の言葉を右から左へと受け流す。
地蔵のように動かないバニースーツを見ていると、ふいに視界の端に気になるものが映った。
ショルダーバッグを抱えた挙動不審な男だった。キャップを目深にかぶり、マスクをつけている。
せわしなく視線を動かしてはいるが、注意は明らかにきょう発売されたばかりの限定ミニカーに向けられていた。
「……なんだ?」
じっと睨んでいると、男はこちらに気づかなかったのか、フィギュアをバッグの中に突っ込んだ。
万引きだ。
突然のことに、隆吾は我が目を疑った。
――ウソだろ、なんでこのタイミング!?
盗むにしたって、明らかに変だ。まるで盗むところを見られることが目的だったかのような……。
考えているうちに犯人は売り場を離れた。さらに奥へと向かっている。怪しまれないようにうろつくつもりだろうか。
やはり、店員に言うべきだ。
たとえ勘違いでも、見過ごすわけにはいかない。
「円華はバニースーツを見張っててくれ」
「いいけど……どうしたの?」
「万引きだ。店員に通報する」
「え!? ちょ、こんなときに!?」
「……イベントが多すぎる日だな。盆と正月とクリスマスが同時にやってきたソシャゲか?」
犯人を見失わないように気をつけながら、店名の入ったエプロンを着た若い男性に声をかけた。
「すみません。さっき、万引きをみました」
「え……どのお客様か分かりますか?」
犯人のもとへと案内し、やや離れた位置から指で示す。
ヤツはこちらの店員の姿を見るなり、ビクッと肩を震わせると、
「あっ! 逃げた!」
脱兎のごとく駆け出し、出入口へと疾走した。
この判断の早さはこうなることを予測していなければできない。
急いで追いかけたが、いかんせん他の客が障害となってあと一歩が届かない。
犯人は出口へと到達しようとしていた。
どう見ても間に合いそうにない。
催眠『命令』を使うか?
しかし、こんなことでレベルを消費したくない。
ほんの二、三秒の余裕しかない状態で決断など出せるはずもなく……。
タイムリミットまで逡巡していた、そのときだった。
いつの間にか、バニースーツが出口で立ちはだかっていた。
彼女は仁王立ちで腕を組み、駆けてくる万引き犯を睨んでいたが、
「
瞬間、視界を
直視することすらままならない、空間を白一色に染め上げるフラッシュ。
肌にビリビリとした感覚があり、まぶたを閉じて暗としていた目に常識的な光量が戻ってくる。
「ん……? え?」
目の前にはすでにバニーの姿はあらず、犯人だけが取り残されていた。
ともすれば幻覚とすら思える一瞬のことだが、変化だけはハッキリと残されていた。
「あ……あぁ!?」
犯人のバッグの底が裂け、そこから盗んだらしいフィギュアがゴロゴロと転がり出てきたのだ。
慌てて隠そうとするも時すでに遅し。
一部始終は隆吾、店員、客、そして監視カメラが余さず見ていた。
ことが終わると、若干の疲労を覚えた。
すぐに解放されたのは幸いだったが、バニーは完全に見失ってしまった。というか、おそらく消失した。
目を離したのは一瞬だけだというのに、忽然といなくなっていたのだ。
やはり、超常的な力を持っているのだろうか。
あのバニースーツという女。
万引き犯の逮捕を手伝ったということなのだろうか。
目的が分からない。が、警戒したほうがいいだろう。誠人のように指を詰められたくない。
万引きの逮捕には貢献できなかったが、レベルが少し上がったのはよかった。
現在『レベル57』。
「おーい、円華?」
現在、彼女と別れた場所へと戻ってきたが、姿が消えていた。
バニーが移動したから追いかけたのだろうが、すれ違うような位置でもなかったはずだ。
電話をかけようかと考えていると、
「タヌキくんっ」
円華がレジの方向から駆けてきた。手には膨らんだレジ袋を持っている。なにか買ってきたようだ。
「ごめんなさい。探させちゃった?」
「うん。まあね。なにしてたの?」
「バニーはいなくなっちゃったし、万引きの話も長引いたみたいだから、そのあいだにタヌキくんにプレゼントをあげようかな、って思って」
「プレゼント?」
「はい。これ。アームドヒーローのフィギュア」
取り出したのは、先ほど話題にしていたおもちゃだった。
「腕とか足も自由に動かせるんだよ? すごくない?」
「たしかに稼働する部分多いね。いくらしたの?」
「お金なんていいの。タヌキくんとアームドヒーローのお話ができて嬉しかったんだから。ほかに欲しかったら、なんでも買ってあげるよ?」
「え……いいよ別に」
子供の時分では泣いて欲しがっただろう。
成長したいま、同級生の女の子に買わせてまで欲しいとは思わない。
「あ、えっと……」
断ったせいか、円華は恥ずかしそうに眼を伏せた。耳まで真っ赤になっている。
「ご、ご、ごめんなさい……ひとりで勝手にテンション上がって……うざかったよね……ごめんね……」
「いや、そこまで謝らなくてもいいよ!」
「こういうお話できる人ってあんまりいないから、つい舞い上がっちゃって……えへへ」
「おれも似たようなところあるから分かるな~」
「そう……なの?」
「サウナについて語りだすと止まらないんだよね」
「へえ。サウナ好きなんだ? たとえばどこが好きなの?」
「まずは――」
◆
一時間後。
そこにはサウナの話を聞きすぎて魂が抜けている円華と、まだ話し足りないとばかりに口を動かす隆吾の姿があった。
のちに彼女は「口は災いのもとという言葉を実感しました」と語っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます