第23話 謎が謎呼ぶ

 誠人が事故。

 春義が行方不明。

 それを聞かされた生徒たちは、口々に雨音のようなざわめきを流し、教室をウワサの洪水で満たした。


 耳を疑っていた隆吾も、状況を把握しようと努めていた。


 昨日、あの後になにが起こったのか。

 誠人と春義は催眠にかかっているとはつゆほども知らず、しばらく取っ組み合いをしていたことだろう。

 体感時間でも、数分ていどか。

 それだけあればイレギュラーな事態が発生してもおかしくはない。


 しかし、かたや交通事故、かたや行方不明とはどういうわけだ?


 喧嘩のすえに誠人が逃げ出して、車に轢かれる。それを見た春義が自分のせいだと思いこみ、失踪。

 無難な発想だが、あの路地裏から車道までそこそこ距離がある。わざわざ車があるところに踏み込まなくても、逃げようはいくらでもあった。

 とはいえ、こちらの想像を超えた状況だった可能性もある。

 堂々巡りの思考は一向に結論を出してはくれない。


「静かに」


 教師の一喝でいくらか声はおさまったが、それでも人の口に戸は立てられない。

 渦中の人間がカーストのトップとなればなおさらだ。


「授業を始めます。みなさん、静かにしてください」


 それが最後の一押しとなり、ざわめきはやっと沈静化した。


 もちろん、隆吾は授業に集中などできなかった。

 相手がクズどもとはいえ、重傷を負わせた原因が自分かもしれないのだ。それなりに罪悪感は生まれる。


「ねえ、タヌキ」


 不安に苛まれていると、美里が頬杖をついてこちらを向いた。


「なにか知ってんでしょ?」


 今度はこちらが訊かれる番か。

 だが、この様子を見るに美里もほんとうに事情を知らないようだ。


「昨日、誠人に鉄パイプで襲われた」


「どこで?」


「帰り道。春義が一枚噛んでたらしく、しっかりと罠にハメられたんだな。なんとか逃げ出したけど」


「はぁ? それがどうしてこうなるのよ?」


「さっぱり分からん」


「分からんってことないでしょ。なにか思い当たらないの?」


「おれを追いかける途中で事故に遭ったとか?」


「それ、あんたが気づかないなんてことある?」


「ないわな」


 交通事故の現場に遭遇した身ゆえ、あの衝撃音の大きさはしっかりと覚えている。多少離れていても気づくだろう。

 事故はどこまで考えても不自然。


 これもまた所持者とやらの仕業では?

 いやいやいや、それなら誠人を潰す理由がないではないか。

 待て。

 そもそも、所持者が愛羅たちを援護しているというのはおれが立てた仮説にすぎない。

 だとしたら、余計に目的が分からなくなるぞ。


 脳内会議は堂々巡りを繰り返す。


 そして、昼休みになるまで悩みぬいたが、なにも思いつかなかった。

 いつもの別校舎の階段で、謎の声からの電話を待つ。

 かかってくるタイミングが分からない以上、配慮するしかない。まさか教室で堂々と話すわけにもいくまい。


 今回の事件で、謎の声も事態の急変を悟ったはずだ。

 きょうは必ずかかってくる。


 プルルルル――。


 やはり来た。


「もしもし」


『周りに人は?』


「いない」


『了解。事件の大まかな概要は知っているが、詳細までは知らない。

 教えてもらえるかな?』


 隆吾はできるだけ正確に昨日の一件を説明した。


『ただの事故である可能性は低いな。そして、春義が失踪した理由が不明だ』


「それなんだよな。事故だけならともかく、春義が消えたのが気になる」


『キミがかけたのは、あくまで守ってもらうだけの催眠だったんだな?』


「あぁ。それに、低レベルの『命令』だから、効果時間も短かったはずだ」


『所持者が噛んでいるかもな。けれど、理由が思いつかない』


 なんでもお見通し風な謎の声も、さすがに答えを断言できる段階にはないか。


『愛羅が階段から落ちたこと。誠人の交通事故。

 彼らを一時的に排除したかったのなら、もっとスマートなやり方があっただろう』


「やっぱ、所持者本人に訊くしかないんじゃねえか?」


 相手がいつまでも冷静沈着である、なんてことはない。

 入念に計画を立てようと、思わぬ邪魔で瓦解したり、一時の感情ですべてを放り出したりすることもある。

 今回も、そういう暴走によるものという気がしている。

 特に、愛羅の件は如実に出ている。

 わざわざあそこまで痛めつけて、記憶を消し、口封じまでした。

 どれもこれも、焦りを感じさせるものだ。


『おい、考えがあるなら口に出せ』


「あぁ、すまん。つまり、かくかくしかじかで……」


『かくかくしかじかで伝わるわけないだろ』


「そこは伝わっておこうよ!」


 考えを述べると、声は一拍の間を置いた。


『…………なるほど。一理ある』


「だろ?」


『一度、作戦を練る必要があるかもしれないな』


「まあ、それはどうでもいいんだけどさ」


『どうでもいい要素ひとつもなかっただろ。どこらへんに見切りをつけての言葉なんだよ』


 至極当然のツッコミを受けながら、隆吾はたずねた。


「アプリの好感度を調べるヤツ、使ったことあるか?」


『……あるが、それがどうした』


「これの上限っていくつか知ってるか?」


『いや? だが、おそらく『100』だろう。私の両親や友人に使ってみた限りでは、誰も『100』を超えなかった』


「おまえ好かれてないんじゃねえの」


『質問しといてナチュラルに見下してこないでもらえるかい? キミも使ったんだろう?』


「あぁ。クラスの何人かに使った」


『親には?』


「忘れてた」


『キミが目の前にいたらノータイムで殴り飛ばしてるよ』


「まあ、それはどうでもいいんだけどさ」


『会話を切り替える魔法の呪文かなんかだと思ってる?』


「そろそろ、あんたの顔が見たい」


 この顔も分からない相手に信頼を寄せることに抵抗があった。

 この声の相手こそ、このクラスを混沌におとしめている所持者本人であったとしたらどうだろう。

 自分はいいように利用されているだけかもしれない。

 そもそも、最初に「所持者を探すな」と命令してきたことからして怪しかった。理由はちゃんとあったとはいえ。


「おまえが誰なのか。目的はなんなのか。いい加減に話したらどうだ。誠人と春義の件を調べるにしても、おれひとりでは無理だ。だが、おまえと進めるにしても信用ができない」


『……そうだな。状況は刻々と変化している。私もじかに関わった方がいいかもしれない。会うとしようか』


「なら、場所と日時を決めよう。ただ、人目のない場所に行くつもりはないからな」


『了解した。駅前のショッピングモールの一階広場、噴水前はどうだ』


「それでいい」


『日時は三日後の午前十時ちょうどにしよう。それなら学校の生徒に出会うことはまずないし、平日の昼間なら適度に人目がある。学校はなにか理由をつけて休め』


 すべて了承すると、通話は切られた。

 どこまで信用できるか、見極めさせてもらおうか。

 武器も必要だろう。もし声の相手が所持者でなかったとしても、悪だくみをしている可能性はまだある。


「教室に戻るか」


 その後、隆吾はいくつかの調査をして放課後を待った。

 愛羅はまだ催眠にかかったまま。

 他にクラス内で催眠にかかっている人間は確認できず。


「大した進展、無し」


「タヌキくんっ」


 横から円華に話しかけられ、顔を上げる。


「なに?」


「誠人くんのお見舞いと、プリント届けに行くの。一緒に行かない?」


「いいよ。あいつに聞きたいこともあるしね」


 おそらく、誠人はまだ催眠をかけられたままだろう。

 隆吾の『命令』対策として。

 普通に話す以外にできることはない。口止めされているだろうと分かっていても。


「にしても、病院に行くの……今月で二度目か」


「愛羅さんに続いて誠人くんまで……。しかも、春義くんも家に帰ってないんでしょう?」


 彼女の言いたいことは分かる。

 クラスを牛耳っている中核的な人間が次々と不幸な目に遭っているのだ。何者かによる作為を感じるのは当然。


「タヌキくんは気をつけてね?」


「もちろん!」


 隆吾が病院送りになるであろう原因第一位が病院送りにされたので、目下のところ大した脅威はない。

 第二位は所持者だが、直接的な危害を加えるつもりならとっくにそうしているだろう。


「じゃあ、行こっか」


「そういえば、愛羅って退院してたはずだよな。あいつは行かないのか? 一応、誠人はあいつの彼氏だろ」


「誘ったけど、来ないってさ。友達とパフェ食べに行くんだって」


「パフェ、ねえ……」


 彼氏――というより奴隷か――が重傷だというのに冷酷な女だ。

 ほんとうに、誠人のことを便利な道具としか見ていないのだろう。人の心を母親のはらにでも置いて生まれてきたのか。

 いや、彼女の話を聞く限りでは母親もあまり人の心がなさそうだった。

 じゃあ、そういう遺伝子を持って生まれてきたのか。


 隆吾たちは病院に足を向けた。

 到着し、受付に部屋番号を教えてもらう。

 誠人がいるのは愛羅がいたような個室ではなく、一般部屋。つまりは他の患者と一緒の空間だ。

 名札を確認して、病室に入った。

 四つのベッドが並ぶ真っ白な空間だ。痛々しい包帯姿の患者の姿がいくつか見え、若干の居心地悪さを感じる。


「おい、誠人。いるか?」


 無遠慮に呼びかけても反応なし。

 隆吾は誠人に怒鳴られることを覚悟して、奥へと進む。患者たちがちらりと目を向けてきたが、それだけだった。


「まこ……」


 呼びかけようとして、右奥の隅に視線をやった瞬間、絶句した。

 誠人はいた。

 しかし、その様子にしばし戸惑い、硬直してしまった。


 包帯まみれの誠人は、茫然とした様子で己の左手を見つめていた。

 正気の目ではない。

 光はなく、瞳孔は物質を捉えているかも怪しい虚無。

 眼差しはただ、そこにあったはずの物を見透かそうとするように、じっと、


「……………………」


 なくなった中指を凝視していた。


「なにがあったんだよ……」


 隆吾の問いかけに、誠人は答えなかった。

 心神喪失している状態の誠人は、虚ろな瞳でなくなった中指を見つめている。


 隆吾と円華はベッドわきにあったイスに腰を下ろすと、彼の正気を取り戻すために話しかけた。


「おい。なにがあった? 聞こえるか?」


「誠人くん?」


 眼前で手を振ってみせたが、反応する様子がない。

 これは完全に意識がどこか遠くへ行ってしまっているタイプだ。

 いくら声をかけようと、脳を通り過ぎて反対側に抜け出ていくだけだろう。


「おい!」


 肩を揺さぶったが手ごたえはなかった。

 魂のない人形のようだ。

 普段なら顔面に一発パンチでも食らわせてやるところだが、病院は病人を増やすところではない。それに、円華に止められるだろう。

 隆吾自身も、こうなってしまったことの責任と負い目を感じている。


「どうしようっか……」


 円華も困惑しきっている様子。

 催眠アプリならば、正気に戻せるだろうか。

 誠人は所持者に狙われている人間だが、今回はかなりのイレギュラー。催眠をかけるタイミングがない、もしくはかける必要がないと所持者が判断していても不思議ではない。


 どうせほかにやることはないのだ。試すか。

 円華の視界に入らないようにスマホを操作し、催眠を実行する。


『態度』『まじめ』


 命令にしようかと思ったが、訊くべき質問がまだ把握できていない以上、まず安牌を切るのが先だ。

 まずは『態度』で精神状態を上書き。

 そして『まじめ』ならば下手な嘘はつかない。

 先に『命令』を下しても、すでに催眠中だった場合、無駄にレベルを消費するだけになってしまう。


「誠人! 聞こえるか!?」


「……なぁ、タヌキ」


 蚊が鳴くようなか細い声で、誠人は言った。

 どうやら催眠が効いたらしい。

 やはり、所持者も急な事態だったせいで手が回らなかったか。


「……どうした?」


「“experimentエクスペリメンツ”って……なんだ……?」


「なに?」

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