第2話 アプリの効果~反撃開始

 意味が分からない。

 いや、分かるには分かるが、頭が理解を拒んでいる。


「ま、まあ……消すのは後でできるし触ってみるか……」


 まず中央にある『催眠』と書かれたマークをタップした。ページが切り替わり、いくつかの項目が表示されていた。


『態度』『好感度』『命令』


 『態度』を選択してみると、次のページに飛んだ。


『友人』『恋人』『超愛してる』『大嫌い』


 そのほかにも項目がズラッと並んでいた。

 だが『友人』『恋人』以外はすべて暗くなっていた。

 押しても反応はない。

 なるほど。

 暗くなっている部分はまだ使えないということか。


 さらに『命令』には自由記載という書き込み欄がある。項目だけではなく、自由な設定ができるのだろう。

 そして、どういうわけか入力したわけでもない自分の名前が上の欄にあり、その横にはなんと『Lv.2』とあった。


 これがさっき書いてあったレベルか。


 しかし、レベル2とはどういうことだ?

 ふつうはレベル1からスタートじゃないのか?


 仕様が分からないが、とりあえず機能を先に見ておく。


「ボタンがあるな」


 赤いリンゴのマークに『催眠スタート』という文字が載せられている。それを矢印が四方から「ここを押してね」という文とともに差していた。


『設定を終えたら、催眠をかけたい相手と目を合わせた状態でタップ!』


 アプリを見せる、とかではないのか。

 まあその場合、最初にアプリを目にするのが所持者であるおれの可能性があるし、万が一にも間違えて視てしまったらアウトだ。

 こっちの方が安全か。


「タヌキく~ん?」


 保健室の女先生がベッドの前まで来て、顔を覗いてきた。


 二十代後半ぐらいの、やや疲れた顔。黒い髪のショートで、メガネをかけている。地味な印象だ。

 化粧は薄めで、チークがかすかに確認できる程度。

 よく利用する女生徒との仲は良いが、あまり顔を合わせない男子への対応の雑さはおれも聞き及ぶところだ。


「気分はどう?」


「えぇ、少しマシになりました」


「まあ、たかが鼻血だしね」


「そ、そうですね……」


「教室に戻れそう?」


「二限目が終わるまでここで寝てていいですか? 貧血気味で、いまも先生が三人に見えます」


「それはもう病院行ったほうがいいと思う。まあでも、ほかの子が来るかもしれないしなぁ……あまり症状も重くないし、授業には出ないとダメだし……」


 うーん、と先生が唸っている。

 二時間もここにいられたら迷惑だろうし、ほんとうにつらい生徒が来たときに邪魔になるだろう。

 だが、こちらとしても戻ったところでろくなことにはならない。


 隆吾は手元の催眠アプリに視線を落とした。


 これはおそらくウイルスかなにかが入り込んでしまったのだろう、詐欺アプリに違いない。

 どこか押したら請求が来たり、乗っ取られたり、おれの頭でも考えられる悪いことがひとつは起こるはずだ。


 ――もしも本物だとしたら?


 そんな囁きが頭に響いた気がした。


 ふざけるな。ありえない話だ。

 人を操るアプリなんて、非現実的だ。漫画の中だけにしてくれ。


 そう思いはしたが、どうせこのままでは保健室にいられなくなる。

 ならば、このくだらない詐欺を確認してから、ここを出て行ってやる。

 教室に戻って惨めな気分を味わう前に、くだらない未練は絶っておこう。


 ほんとうに、そんな軽い気持ちだった。


 隆吾は『態度』『恋人』にチェックを入れて、アプリの機能を発動した。

 使用法どおり、対象である先生と目を合わせる。


「……あれ?」


 突然、先生が虚空を見つめたまま固まった。


「…………………………」


 ほんの一秒ていどで、ハッと意識が戻ってくると、


「あ、えっと……そうそう。さっきの『ここにいたい』って話だけど、タヌキくんがどうしてもって言うなら、いいかな」


 そう言いながら、まるで甘えるようにしなだれかかってきた。

 隆吾の肩に頭を乗せて、蕩けた瞳で見つめてくる。


「せ、先生……?!」


 激しく困惑していると、彼女はおれの手に指を絡ませてきた。やや紅潮した様子で、指を艶めかしく這わせる。

 吐息もどことなく熱を持っているようだった。

 その蕩けるようなまなざしは、片時もこちらから離れない。


「やだなぁ……誰もいないんだから、名前で呼んでよ」


「聞いたことすらないんですけど」


「柏木ユカ。覚えた?」


「お、覚えました……」


 そんなことを言っている場合ではない。

 なぜ近寄ってきているんだ?

 なぜこうも豹変しているんだ?


「呼んで……ユカ、って……」


「ゆ、ユカ……」


 誘惑されているという事実に、興奮よりも恐怖が勝っている。


 まさか、催眠アプリは本物だったのか?


 にわかには信じがたいが、現にこうして起きていることを理解しようとするならば、信じざるを得ない。

 あまりにも唐突な変化。気が変わったとか、前から隆吾のことが好きだったとか、そういう類のものではない。

 先ほどまで興味すらなさそうな顔をしていたのに。


 間違いなく、このアプリの仕業だ。


「ねえ、きょうはうちに来ない……?」


「お、おれたちそんな関係でしたっけ……付き合ってる……とか……?」


 ひとまず、探りを入れた。


 ユカの中でどういう認識になっているのか確かめたい。先ほど入力した『恋人』とは、どこまでの効果があるのか。

 もしも設定にそぐわない会話をした場合、解除されることがあるのか。


「え?」


 すると、ユカはきょとんとした顔をした。


「先生と生徒は付き合っちゃダメでしょ?」


「はい?」


「おかしなこと言うわね……まあ、そう思ってくれてもいいけどぉ」


 ユカは上目遣いにこちらを見ると、いじらしく口を尖らせていた。


 どういうことだ?


 もしかして、ほんとうに“態度だけ”が変わっているということか?

 彼女は恋人とは思っていないが、こちらに対する接し方が恋人に対するになっているということなのか?


 ややこしい機能だ。

 認識は変わるが、前提や関係は変わらない。

 この微妙なズレは気味の悪さを増幅させていた。


「そんなことより。タヌキくん……意外とかっこいい顔してるわね……」


 ユカがベッドに潜り込んできて隣に寝そべってきた。

 期待するような潤んだ眼差しを向けながら、腕に抱き着いてくる。

 彼女のやわらかい胸の感触が二の腕を圧迫し、首筋にかかる吐息で心拍数が跳ね上がった。


「タヌキくんは、朝はお米派? パン派?」


「ぱ、パンですけど……」


「そうなんだ。じゃあ、昼はお米派? パン派?」


「え? お米……?」


「じゃあ、夜はお米派? パン派?」


「もういいわ! なんで三食分も質問するんだよ!!」


「私はラーメン派よ」


「どっちかで答えろよ!!」


「お風呂入ったらどこから洗うの?」


「質問多すぎるだろ!! トーク番組の司会かよ!!」


 ツッコミすぎて息が切れてきた。


 とにかく、確実に催眠が効いているということは間違いない。

 ユカはほとんど面識がなく、会話もろくすっぽしていないのにこのデレ具合は異常だ。


 すごい力を手に入れてしまった。

 どうしてこのアプリが手元に存在するのかがはなはだ疑問だが、それは後で調べよう。

 いまはまず、催眠の効果がどういうものなのかをもっと知りたい。

 これさえあれば……。


「ねぇ、タヌキくぅん……」


 ユカが覆いかぶさってきて、顔がどんどん近づいてくる。彼女の目はとろんとしていて、頬はすっかり紅潮していた。

 まずい。

 こんなときに、誰かが保健室に入ってきたら……。


 ――トントン


 突然ノック音がして、隆吾たちは飛び上がった。


「来た!? 来たって! ちょ、先生! 行って! 早く!」


「あわわわわ! えっと、いらっしゃいませええ!!」


 それは違うだろ。

 ユカは慌てて起き上がると、来客を迎え入れた。


「あ、あら、湊本みなもとさん」


「おはようございます、先生」


 隆吾はカーテンの陰からソッと出入り口を覗き込んだ。


 入ってきたのは長い、ほんとうに長い黒髪の少女だった。

 腰ぐらいまでありながら、艶にムラがない。まるで黒いベールのようだった。前髪はパッツンと真横に切りそろえられている。

 肌は泡立てた生クリームのようになめらか。手足はまるで少女漫画のキャラクターを思わせるほど細く長く、輪郭も美しい。

 身長も高く、おれより少し低いぐらいだろうか。

 憂うように切なげな目元と、まつげの奥で輝くルビーの瞳。ツンと高く小さな鼻。薄いピンク色のくちびるは瑞々しく、その隙間から覗く歯はキャンバスのように真っ白だった。


円華まどか……?」


 彼女はクラスメイトの湊本円華。

 カーストがあるあの教室でただひとり、どこにも属さない者。

 誰とでも仲が良く、しかし誰とも深く関わらない。

 そして、クラス委員長をやっているマジメな少女。


 人助けが趣味なのか、頼まれれば基本的に断らない。

 道を歩けばおばあさんの荷物を持ってあげて、迷っている人がいればその場所まで連れて行ってあげるらしい。

 聖人がいるとすれば、彼女のような存在だろう。


「先生、タヌキくんを迎えに来ました」


 円華がオルゴールのように繊細な声で言うと、ユカは目を丸くした。


「え? タヌキくんを?」


「はい。彼、ちょっと教室に居づらい事情があったみたいですが、私がそこをなんとか取り持ったので。安心して帰ってきていいよ、って伝えに来たんです」


「そ、そうなの……」


 ユカの目が泳いでいる。


 どうやら、愛羅が席を奪っている問題は円華が解決したようだ。だいたい、彼女が仲裁に入ると、傍若無人な愛羅も矛を収める。

 彼女の不思議な魅力がそうさせるのだろうか。


「タヌキくん」


 円華はベッドにいる隆吾にそっと手を差し伸べてきた。


「おいで。一緒に教室に入ってあげるから」


「あ、あぁ……」


 揃って保健室を出る。


「大変だったねぇ」


 隣を歩く円華が天使のように柔らかく微笑んだ。

 鈴の音を思わせる可憐な声に、胸がキュンとしてしまう。教科書を朗々と読み上げる声を聞いているだけで夢見心地になった覚えがある。


「また愛羅さんたちを注意したんだってね? もう、無茶しちゃダメだよ?」


「ありがとう。でも、あいつらのやってることに我慢ができなくなってきたんだ。いい加減にしてほしい」


「私からも言ってはいるんだけどね……今度、強く頼んでみるよ」


「それはダメだ!」


 隆吾が慌てると、円華はキョトンとした顔をした。


「どーして?」


「だって……キミが狙われる! あいつらってキミには甘いけど、だからといって敵対したらなにをしてくるか分からないんだぞ!?」


「心配してくれてるの?」


 円華は頬を桃色にすると、パッと花が咲いたような喜色満面を見せた。

 髪がふわりと揺れて、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 キラキラとした、この世のものとは思えない麗しい煌めきが彼女の周囲に散っているように錯覚した。


「ありがとね、タヌキくんっ」


 ざわっ、と風が窓から覗ける木の梢を揺らすと同時に、隆吾の心も彼女に大きく揺さぶられた。


 一瞬、呼吸を忘れてしまうほどに。


 こんなにも人を虜にする微笑みができる人を、誰が嫌えるだろう。

 彼女にはそう思わせてくれるだけの美しさがある。

 愛羅でさえ、この煌めきと清澄せいちょうの前では野蛮さが鳴りを潜めてしまうのだから……。


「でも、私はだいじょうぶだから。タヌキくんこそ、もしもまた困ったことがあったらなんでも言ってね。私がなんとかしてあげるから」


「そうしてくれると、こちらとしても頼もしいな」


 優しさの権化のような子だ。教室の生徒、いや学校の誰も彼女を嫌っていないだろう。むしろ好きな人ばかりのはずだ。


「いいの。だって、私たち友達でしょ?」


「……友達?」


 なぜか、ピンと来ない言葉だった。


 彼女との間に友達なんて呼べるほどの深い関わりはないはずだ。せいぜい一緒に何度か遊んだり、家にお邪魔したぐらいか。

 隆吾の返答に円華はポカンと口を開けたかと思うと、困ったように首を傾げた。


「あれ……えっと、ごめんなさい。変だった?」


「え? あぁ! い、いや、全然!」


「うん。でも、ちょっとショックだったなぁ。友達? なんて返されると、とても悲しいなぁ……」


 円華は眉を悲しげに下げて、涙を拭う仕草をした。

 下手な演技だが、こういうおどけ方も可愛らしい。


「何度か遊んだのに、友達じゃないんだ……」


「いや……その……」


 そうだ。言われてみればそのとおりじゃないか。

 なにを言っているんだおれは。

 家に何度か遊びに行っている時点で十分に友達だろ。

 ボケてるのか。


 隆吾は慌てて頭を下げた。


「ご、ごめん。ちょっとした冗談だよ」


「タヌキくん、もしかして私のこと嫌いだった?」


「そんなことないよ! キミを嫌いな人なんてこの学校にはいないって」


「それは褒めすぎ。でも許しましょう」


「ハハ……どうもありがとう。じゃあ、私は先生の手伝いに行くから。タヌキくんは先に教室に戻っててくれるかな?」


「うん。分かった。頑張って」


 円華はスカートを翻して、職員室の方向へと歩いて行った。


 教室に戻ると、たしかに愛羅は自分の席に戻っていた。

 誰もとやかく言っている感じはない。

 誠人もこちらに気づいたが、舌を打ち鳴らすだけだった。


 さすがはみんな大好き円華の力、といったところか。一声あげれば悪鬼でさえも手を出せなくなる。


 ホームルームは終わっていたが、一限目の授業はまだだ。

 これが終わったら、保健室に戻ってアプリについて調べなければならない。


 効果時間は?

 記憶は?

 解除方法は?

 一度に催眠できる人数は?

 このよっつは確実に知る必要がある。

 そして、これのどれかひとつにでも欠陥があれば、アプリを消す。


 隆吾にはひとつの野望があった。

 スクールカーストの崩壊と、かつて愛羅たちに陥れられた親友の仇。


 この世を正す。なんて大それたことはできないけれど、少なくともこの教室に居る悪を成敗できる。

 しかし、思わぬところに穴があった場合、おれは愛羅たちの手によって社会的に……いや、実際に死んでしまう可能性がある。

 だから、慎重に慎重を重ね、石橋を叩き割るぐらいのつもりで事を進める必要があるだろう。



 隆吾は少し警戒しながらも、窓際にある自分の席についた。

 隣に座っている美里はつまらなさそうにスマホをいじっている。


 とりあえず、次の授業の準備をしよう。


「あれ?」


 机の中に国語の教科書がないことに気づいた。

 二限目が国語だからすぐにでも必要だ。

 文章を読む時間があるのに、なかったら少々困ったことになる。


 隣にいる美里に訊くか?


 彼女とは中学からの知り合いだ。

 しかし、まともに会話したことなど一度もない。

 その頃はどうだったかまったく覚えていないが、高校からは愛羅とつるんで毎日のようにおれの神経を逆なでしてくるイヤな女だ。


 何条もってこの女に頼らねばならないのか。

 などという愚痴は飲み込み、拒否感を抑えて訊ねた。


「なぁ。ここにあったおれの教科書……国語の、知ってるか?」


 美里はスマホから目を離さないまま、鼻を吹いた。


「フン…………話しかけないでくれる?」


 氷の壁でも張られているかのような態度。


「知るわけないでしょ?」


「……そうかよ」


 隆吾はこれ以上の問答は不可能と判断し、口を閉じた。


「……ったく」


 一限目は滞りなく終わった。


 きょうは問題の解答で愛羅が当てられるはずだったが、教師がビビッて違う生徒を当てた以外は、なにも起きなかった。

 いつものことだ。

 愛羅の癪に障るようなことは極力避ける。

 あとあと面倒なことになるからだ。


「早く、保健室へ……」


 国語の教科書がないことが気にかかるが、催眠アプリの仕様さえ理解すればすぐにでも解決するどうでもいい問題だ。

 席を立って、スマホを片手に教室を出ようとすると、


「待てよタヌキ」


 横からヌッと誠人が出てきて、威丈高いたけだかに進路を塞いだ。


「おまえのさぁ、スマホ、貸してくんねぇ~?」


 ……最悪だ。


 隆吾はポケットに手を伸ばそうとして――止めた。

 スマホをどこに隠し持っているのか悟られてしまう。


「なぁ、中身見せてくれるだけでいいんだけどさぁ」


 ニヤニヤしながら誠人が近づいてくる。


 ここでスマホを取られるわけにはいかない。

 催眠アプリが見つかれば、かかる展開は間違いなく悪い方向に転がる。


 そもそも、どうしておれのスマホを見ようとするんだ?

 もしかして、アプリのことを知っているのか?


 いや、考えすぎか。

 ほんとうにただの偶然である可能性のほうが高い。

 格下に見ている相手のスマホを奪って覗き見るなんて、ゲスがよくやりそうなことだ。


「なにやってんの?」


 誠人の後ろから、髪を染めたクセ毛の男子がやってきた。


 名は蛇澤春義へびさわ はるよし

 彼もクラスカーストの高い位置にいるが、誠人とは違って積極的に他人を追い詰めたりはしない。

 けれど、止めるわけでもなく一緒に笑ったりしているので、つまりはクズであることに変わりない。


「あぁ? こいつにスマホ見せてって頼んでんだけどさぁ、見せてくんねえんだよ」


「なんで見たいの?」


「なんでって……」


 どうやって突破する?

 アプリを使うか? 


 無理だ。

 出そうとすれば即座に奪われるだろう。

 ポケットに入れたまま見ずに操作するなんて芸当はできないし、そんな余裕もない。


 そうだ。円華は?

 彼女なら助けてくれるはずだ。


 そう思って教室を見回したが、どこにもいない。

 授業が終わったばかりだというのにもう出て行ったのか?


 詰んだ。


 催眠アプリが見つかれば、間違いなくロクなことにならない。


 どうする?


 一歩下がった瞬間、かかとが何かとぶつかった。

 イスだ。

 木製の板にパイプのフレームがある、どこにでもある学校指定の備品。軽くて丈夫。おれでも持ち上げて振り回すぐらいはできるだろう。


 ……やるしかない。


 隆吾は即断し、傍にあったイスを掴むと、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお撲殺アタック!!!!!」


「なんだそのダサイ技名!?」


 腰を捻り、袈裟切りのごとく誠人の頭に全力で振り下ろした。


「ウギッ……!?」


 骨がきしむ鈍い音が響いた。

 誠人はとっさに腕を使って防御したが、衝撃で机に突っ込んだ。

 ガシャーンと大きな音をたてて、美里の机と中にあった教科書が吹っ飛ぶ。

 散らばったボールペンや消しゴムが他の生徒に当たり、騒ぎはさらに広がった。教室全体がパニックだ。


「きゃああああああ!!」


 美里はギリギリで当たらなかったが、悲鳴を上げて飛びのいた。額から血を流して呻く誠人を茫然と見つめている。


「ちょっ!? なにやってんの!? ふたりとも!?」


 不意打ちだったのに反応したのは、すごい反射神経だ

 受け身も取っている。傷も浅い。すぐに立ち上がってくるはずだ。


 どうせ後には引けないんだ。

 同じ道に通じているとしても、生き残れる可能性が高いほうを選ぶ。

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