94.オーブンと冷蔵庫の魔術具
今後、どんな物が作れそうか確認の為に厨房の設備を見学していた時、私の視界に部屋の隅にある大きな物が入った。
近づいて、気付く。
「これ、もしかしてオーブン!?」
「そうだよ。私も初めてここの厨房に入った時は感動したよっ!
⋯⋯て、私たち平民には珍しいものだけど、上級貴族に仕えるアンタにとっては普通の物なんじゃないのかい?」
オーブンがあれば、レパートリーが増える!!
と思い、つい喜んでしまったが不思議そうな目で見られてしまった。
すると、リズが代わりに答える。
「ヴィリスアーズ家の屋敷にオーブンはありましたが当主夫人である奥様が選んだ専属料理人が居たので、私たちが厨房に行く機会はありませんでした。
普通は、貴族が料理する機会なんてありませんから」
「なんだかお貴族様も大変そうだねぇ。
⋯⋯でも残念ながらこのオーブンは、まだ使えないんだよ」
「まだ、使えない??」
どういうこと?
疑問を投げかけると、ミーナに代わりアンナが答えてくれた。
「この屋敷は長い間⋯⋯、クリスティーナ様が亡くなられた頃から、ほとんど使われてなかったそうです。
スティーブ様がこの屋敷の管理をされて、定期的に掃除をしたりはしてましたが、スティーブ様も普段はクリスディアの街中に住んでいらっしゃいます。
この屋敷で食事をする事は、まずありませんでした。
なので、このオーブンも何年も使われてなかったそうなんです」
⋯⋯使えない。じゃなくて
と言うことは、完全に壊れたとかではないのよね?
長く使ってないと、メンテナンスが必要ってこと??
問題点がよく分からないまま話を聞いていると、アンナはオーブン並みに大きな箱の前に立った。
そこに埋め込まれている、大きめの青く光る石に触れる。
「この冷蔵庫も止まってしまってたのですが、スティーブ様が魔力を補充してくださり使えるようになりました。
でもオーブンは、冷蔵庫の何倍も魔力が必要なようでして、スティーブ様も少しずつ魔力を入れてくださってますし、私と母も微力ながら魔力を込めているのですが、まだ稼働できないのです」
⋯⋯ふむ。なるほどね。
どういう事なのか、ジルティアーナの知識を探ると、理由が分かった。
この世界の魔術具は、基本的には使用者の魔力を使い動かすが、冷蔵庫やオーブンといった大型の物は、はめ込まれている魔石に魔力を込めて使えるようにするらしい。
いつも使っていれば、ある程度魔力がある貴族であれば定期的に魔力を少し追加するだけで問題なく使い続けられるが、今回のようにしばらく使わなかったりして、完全に蓄積された魔力を切らしてしまった場合は、1度満タンに魔力を込めないと稼働しないようだ。
リズがオーブンにはめ込まれている魔石、冷蔵庫とは違い光を失っている。
ほんのりピンク色に見えなくもないが、白っぽい魔石に触れるとため息を吐いた。
「冷蔵庫もオーブンも、元から魔力が多く必要な魔術具ですが⋯⋯。
この冷蔵庫もオーブンも、よりによってクリスティーナ様仕様になってますね」
「クリスティーナ様仕様??」
なんだ、それ? みんなが同じことを思ったのであろう。
それぞれ首を傾げたり、顎に手をやりながらリズを見た。
「この屋敷は、元々クリスティーナ様の別宅です。
住んでいらしたわけではないので、クリスティーナ様が生きておられた頃でも、何ヶ月も厨房を使わない事があったはずです。
なので、魔力切れを起こさないよう魔力の上限を大きくされたのでしょう」
魔力切れを起こさぬように上限を大きくしたが、その反面切らしてしまった時には、このように面倒な事になるらしい。
「クリスティーナ様は元王族ですから魔力量がとても多かったですし、クリスティーナ様の専属も上級の者が多く、魔力が豊富な為に魔力が足りない! なんて経験をあまりした事が無かったと思います。
なので、こんなとんでもない上限設定にしてしまったのでしょうね」
それを聞いて思う。
ジルティアーナも上級貴族だ。
当然魔力量も多い。⋯⋯だったら、
「ねぇ私が⋯⋯」
言いかけた所で先程、リズに迂闊な発言を注意すると様に言われた事を思い出し、言葉を止めた。
リズの袖を引っ張り、に小声で聞く。
「オーブンへの魔力って、私が込めたら駄目なの?」
リズは目を見開いた後、優しく微笑むと「大丈夫ですよ」と言ってくれ、アンナの方を向いた。
「アンナ。
オーブンの魔力は、私たちが補充します」
「え!? よろしいのですか?
有難いですが、専属の仕事に支障が出てしまうのでは⋯⋯?」
「支障が出るほどなら、何回かに分けるので大丈夫です。では、ティアナさん。よろしくお願いします」
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