第4話
君は誰、と聞く前に彼は答えた。
「僕は君だよ。当然さ」
彼は当たり前のように答えたけども、その答えにはなんの意味もない。それにいまの質問にも多分意味なんてないんだろう。
「忘れるところだった。お誕生日おめでとう」
彼は小さく何度か拍手して立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
彼は僕の手を引っ張って玄関まで連れていく。後ろからもう一人の僕が歩いて追いかけてきた。
玄関には僕の靴しか出ていない。彼らは下駄箱から勝手に僕の靴を取り出して、三人並んで靴を履いた。ここに並んで座るなんて初めてのことで、少しだけワクワクした。
玄関のドアを開けて外に出る彼に続いて僕も外へと歩き出す。後ろの僕のためにドアを押さえて待つと、その人は小走りで外に飛び出して小さくありがとうと言った。僕は会釈を返すだけだった。
家の鍵を閉めて周囲を眺めると外はもう完全に夜になっていた。電灯のないだだっ広い荒野は僕の家から漏れ出す光で周囲がほのかに照らされている。街の明かりに邪魔をされない純粋な星の瞬きを見て、初めて僕はそれを綺麗だと思った。
「ほら、こっちだよ」
彼は少し離れたところから僕を呼ぶ。どこに行くのだろうか。僕は暗闇で彼を見失わないよう急いでついていく。
彼は何も無いはずの真っ暗の荒野の中にポツンと置かれて眩い光を放っている自動販売機の前で僕を待っていた。
「君は何を飲む?」
彼はペットボトルの炭酸飲料を片手に持ち、もう片方の手に乗せた小銭を僕に見せながら聞く。家に帰って飲むからいらない。僕は首を横に振った。
「今日も飲まないんだ」
彼は小銭をポケットにしまった。自動販売機には赤、黒、青、白、緑、様々な色の容器が並びライトアップされている。僕はこの自動販売機を知っている。僕の通学路にある自動販売機だ。
僕はその自動販売機で飲み物を買わない。だからここに並んでいるジュースがどんな味をしているのか知らない。知りたいと思ったことも無い。だっていつも家に帰ってから飲んでいるから。
「あっ、あの……」
僕はその場を離れようとする彼を呼び止めた。振り返る彼の手にはペットボトルが無かった。
「どうしたんだい。気が変わって飲みたいジュースでも見つかったのかな」
心の奥を見透かされた僕は無言でただ頷く。
「でも残念。この世界に自動販売機は無いんだよね」
僕は横を、後ろを、周囲を見渡した。確かに自動販売機が無い。先ほどまであったはずなのに無くなっていた。
「それが君の世界だろ」
彼はそう言って笑った。
そうだ。僕の世界には自動販売機なんて無かった。今まで一度もそれを使おうなんて思わなかったんだから。
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