48.『アズライト』
カイゼルベルク王が言っていたとおり、馬車は城の近くまで来てしまった。御者の人の話し声が聞こえたかと思うと扉が開かれカイゼルベルク王が真っ先に降りていく。流石にそこは騎士であるキャロラインさんが降りなきゃいけないんじゃ、と思っているとそのキャロラインさんの苦笑が目に入る。もしかしたら……常日頃こうなのかな。
続いてキャロラインさんが馬車から降りて、そして今度はそのキャロラインさんから手を差し出された。カイゼルベルク王の時はびっくりしすぎておっかなびっくりだったけれど、キャロラインさんだと素敵な騎士様に見えてちょっとときめきつつその手を取って馬車から降りる。
「キャロラインの方がお好みか」
すぐ目が合ったカイゼルベルク王にそう言われてしまって、考えが読まれているとウッと言葉に詰まりつつ私は目を丸くした。
サブノック国の時と同じ場所だったような気がするから、きっとこのお城もそのまま使っているんだと思う。でも、サブノック国の時に感じた威圧感みたいなものが今目の前にある城からはまったく感じられない。寧ろ爽やかで、誰でも受け入れるような清潔さがある。本当に同じ城なのかな、って疑っちゃうぐらい受け取るイメージがまったく違う。
「城は変わってねぇよ。ただ外観と内装が変わってる」
「そ、そうなんですね……びっくりしました。ここまでイメージが変わるものなのかなって……」
「王の性格がそのまま反映されてるみたいで面白いよな」
楽しげに笑うカイゼルベルク王の隣で新しい王様がいるんだ、ともう一度門に視線を向けた。いつも開けた状態でいるのか人の行き来が激しくて、門のところでは軽い持ち物チェックが行われている。でもフェネクス国の王様の馬車で来たからなのか、私たちは顔をパッと見ただけで通されてしまった。こんなところで顔パスを経験することになるとは。
「あれ? キャロラインさんは連れて行かないんですか?」
後ろを振り返ってみると馬車のところで一歩も動かず私たちを微笑んで見送っているキャロラインさんの姿が見えた。護衛だから城の中にも連れて行くのかと思っていたけれどどうやらそうじゃないらしい。
「ああ、俺は護衛は不要って言ったんだけどな。念の為にってイェルナーが連れて行けってうるさかったから連れてきただけだ。キャロラインは馬車でお留守番だな」
「お、お留守番……」
「この城の中で護衛なんて必要ねぇよ」
カラカラと笑うカイゼルベルク王に、今ここはサブノック国ではないとは言えほんの二年前までは冷戦状態だったわけで。そんな場所にそんなにも警戒心なく入っていいものなのかと心配になってきた。つい不安げな顔になってしまった私に対して王はただ笑うだけだし、ちょこっとだけキャロラインさんに付いてきてほしいなと思ってしまった。
一応王の付き添いというか、ついでというか、そういう立ち位置だろうからカイゼルベルク王の少し後ろをついていく。あれだけ厳かだった廊下も今は内装をガラリと変わっているせいか印象がまったく違う。あんなコテコテのきらびやかな装飾なんて何一つない。寧ろ、花や観葉植物が多く飾られていてとても目に優しい。
「ははっ、城がそんなにも物珍しいか? フェネクス国の城にだって来たくせに?」
「へっ? え、いえその! 本当にここまで変わるなんてすごいなって、思ってしまって……」
「色々と驚くにはまだ早いぜ?」
あちこちキョロキョロ見過ぎてちょっとお上りさんみたいな反応をしてしまったと恥ずかしく思いつつ、カイゼルベルク王の意味深な言葉にドキドキする。まさか王座がなくなったとか? そういえば聖女の部屋はどうなったんだろうとか色んなことを考えてしまう。
中の造りはほとんど変わっていないからどこを歩いているのかわかるけれど、だからこそどれだけ変わったのかよくわかる。今までアルフレッド王の趣味ってすごかったんだなと思っていると急に前を歩いていたカイゼルベルク王が立ち止まったものだから、ぶつかる前になんとか踏み止まった。
「ようこそおいでくださいました、カイゼルベルク王」
「おう」
なんだか聞き覚えのある声。カイゼルベルク王の後ろからひょっこりと顔を出してみて、そして私は目を丸くした。そんな私と視線が合った相手は緩やかに頭を下げる。
「お久しぶりです、サヤ様」
「フェデルタさん……?!」
「こちらへどうぞ」
どうしてここに、とかもしかしてお手伝いに来ているんですか? とか色々聞きたかったけれど、それよりも先にフェデルタさんがカイゼルベルク王を案内してしまった。状況がうまく飲み込めていない私に対してカイゼルベルク王は特に疑問に思っている様子はなく、すんなりと促された部屋に入って行こうとする。
開かれた扉の向こうにカイゼルベルク王の背中に続いて一緒に中に入る。壁にあるのは大量の本、もしくは資料もあるのかもしれない。あのお城にこういう場所あったんだと思いながらも再びカイゼルベルク王の足が止まってしまい、前を見ていなかった私は今度こそその背中に激突した。
「よう、王としての仕事はどうだ?」
「こんにちはカイゼルベルク王。やることが多く相変わらず毎日目が回りそうです」
「そう言うわりには無難にやっているようだがなぁ?」
聞き覚えのある声にぶつけた鼻を擦りつつハッと顔を上げる。私の目の前には相変わらずカイゼルベルク王の広い背中だ。
「そう言うお前に、今日は土産だ」
両肩を掴まれてぐるんと視界が回る。さっきまで目の前にあった背中はなくて、の代わり綺麗な瞳と目が合う。私の目がどんどん丸くなっていくのが自分でもわかった。だって、目の前にいたのは。
「サヤ」
久しぶりに聞いた声色は全然変わっていない。でも着ているものや、佇まいが二年前のものとは違っていた。
「それじゃ俺はちょいと城内を見て回ってくるわ」
「案内はいりますか?」
「いやいらねぇ。俺が一人歩いてもここは安全だろう?」
楽しげに口角を上げたカイゼルベルク王は「あとは若いん同士ゆっくりしてろ」とだけ言い残してすぐに部屋を出て行ってしまった。扉の向こうにフェデルタさんの姿が見えたけれどカイゼルベルク王と共にその姿は見えなくなる。この見知らぬ部屋にぽつんと私と彼だけが残されて、妙に心臓がバクバクと音を立てた。
どうしよう、久しぶりって言うべきなのになんでこんな緊張してるんだろ。何か言おうとしてみたけれど口の中がカラッカラでうまく言葉にできない。
戸惑っている私の耳に、サラリと布が擦れた音が聞こえた。無意識に視線が目の前にいる彼に向かう。
「改めて自己紹介を――リクルス・アズライトと申します」
リクの、本当の名前なんだ。そう思うとなぜか涙腺が緩んだ。
胸に手を置きお辞儀してくるリクは二年前に着ていた動きやすい服装じゃなくて、ちゃんとした正装だ。白をベースとしていて装飾などが青の刺繍で施されて爽やかで清楚な印象を受ける。アルフレッド王の黒をベースとして如何にも王様と言ったコテコテのきらびやかさなんて一切ない。寧ろその正反対。
「驚かせてしまいましたね」
何も言えないでいる私を気遣ってリクが穏やかな声色でそう言葉を紡ぐ。その優しさは二年前と何も変わってはいない。
「……ううん、確かに驚いたけど……でも、納得した部分が大きいかな」
「納得ですか?」
「うん……だって今まで、リクの所作とか佇まいとか綺麗だと思っていたから」
それはそういう教育を受けていてどんな立場であってもそれが滲み出ていたのだと納得した。そういうものはきっと隠そうと思って隠せるものじゃないんだろう。だからリクが素敵な服を来てお辞儀しても違和感なんてまったくない。寧ろまるでパズルのピースがぴったりとはまったような感覚があった。
それよりも、私何か重要なこと忘れてないかなって必死に頭の中から引っ張りだしてみる。リクが、というよりもカイゼルベルク王の方が何か大切なことを言っていたような……と、そこまで思い返してバッと頭を上げた。
「リク、王様なの?!」
「え? えっと、まぁ……色々と話したいことがあるので、ちょっと場所を変えませんか?」
「そ、そうだね」
ここはどうやら書斎のようで机の上にも色んな資料のようなものが積んである。仕事場で落ち着いて話できないよね、とリクの言葉に頷いて部屋から出て行くその背中についていく。扉を開けばフェデルタさんがさっきと同じようにそこに待機していた。
「少し出ます」
「ごゆっくりどうぞ」
堂々としているリクに頭を下げるフェデルタさんを見ていると、本当にリクが王様なんだなってじわじわと認識し始める。物腰が柔らかいからカイゼルベルク王のような圧は感じないけど、なんとなく隣を歩けるような気がしなくてそのまま後ろを歩けばスッと背中を押された。視線を上げると隣でにこっと笑うリクの顔が目に入る。
その笑顔が二年前と変わらなくて、隣にいるのがリクだっていうことはわかるのに。安心したような、緊張するような色んな感情がぐるぐると回る。そのせいでどこに行くのか全然検討がつかない私の隣でリクは歩みを止めない。途中色んな人とすれ違ったけれどほとんどの人がリクに軽く頭を下げて、そしてリクも笑顔でそれに応えていた。
気付けば目の前に大きな窓ガラスが現れてそれが開け放たれる。先に見えたのは綺麗なバルコニーだった。手すりのところまで歩いて外を見てみると、丁度中庭が目の前に広がっている。綺麗な景色に感嘆の声をもらした私の隣にリクもやってきた。
「色々と黙っていて、すみませんでした」
真っ先に言われた言葉にゆっくりと頭を左右に振った。
「リクにとって、大切なことだったんでしょ?」
「そうですね……長くなりますが、俺の話を聞いてくれますか?」
「もちろん」
真っ直ぐ見つめてすぐに頷いた私に、リクは一瞬だけ目を丸くしてすぐに緩く微笑んだ。手すりに凭れかかってそれからポツポツと話し始めてくれた。
自分の祖国がクロセル国だということ、周りの人たちの助けで逃げ果せてメリーさんのところでお世話になっていたこと。カイゼルベルク王との出会い、サブノック国の先代の王であるアレキサンドル王の話。ゆっくりと、たまに懐かしむような表情をしながら話をするリクに、私はあまりの壮絶な過去に口に手を当て息を呑んだ。
カミラから聞いたことがある、『兵器』によって滅ぼされたクロセル国。ハルバやメリーさん、カイゼルベルク王から聞いた話、リクがたまにこぼしていた言葉。それがリク当人に起こっていたことなんて私は何一つ思ってもみなかった。
そんなつらい目に合っていたことなんて、リクは何一つ表に出すことはなかったから。
「……すみません、重い話ですよね」
「……ううん」
「それと、俺が王になった経緯なんですが」
まるで場の空気を和ませるように少しだけ声のトーンを上げて苦笑を私に向けた。
「最初はこの国の復興を手伝っていただけなんです。アレキサンドル王が愛したこの国をそのままにしておくことはできないと。今こそ王やスクワイア様に対する恩返しができると思ってカイゼルベルク王と協力していたんですが……」
「……何かあったの?」
「……ある日、カイゼルベルク王が『この国をまとめる主が必要だろう』と。最初俺もこの地をフェネクス国のものにすると思っていたので何を突然と思っていたんですが」
「もしかして……カイゼルベルク王に、ゴリ押しされちゃった?」
「言い方は悪いですが、そうですね」
カイゼルベルク王が言うにはここもフェネクス国の領地にしてしまうとあまりにも管轄が広がってしまって把握するのに時間がかかる、ということでそれを拒否したとのこと。そしたらこの国は一体誰が治めるの、っていう話になって矢面に立たされたのがリクだったそうだ。
「一応俺もここの領地全体把握していましたし、政策にも少なからず携わっていたもので……状況を知らない王を迎え入れるよりも、知った者の方がいいだろうということになり……」
俺は時期尚早と言ったんですよ、と困り顔のリクに思わずクスッと笑みをこぼす。彼がこんな表情をするのはめずらしい。それから着々と外堀を埋められてしまったと彼は頭を下げた。
「なので、この国はサブノック国ではなくクロセル国となっています」
「……そしたらクロセル国の前の領地はどうなったの?」
「そこもクロセル国の領地です。フェネクス国ではなくこちらの領土が広がった形になってしまいましたね」
クロセル国は元サブノック国の北に位置していたらしく、統治に問題がなかったらしい。ただサブノック国の人たちからは移り住んでほしいと言われたけれど、クロセル国の人たちも元いた場所を移れない理由があるのだと説明してくれた。
ここがクロセル国となったことでサブノック国の時とまたガラリ仕様が変わったようで。まずサブノック国の民の人たちはそのまま自分たちが住んでいた場所に住んでいるということ。僻地で黒い霧の被害が大きかったところは廃村となってしまったからそこの整地。クロセル国の霧の対策はそのまま魔物と戦うという手段を取っていたものの、それは他国では通用しないためフェネクス国から碑石の管理のノウハウを習ったとのこと。
人材だけれど、サブノック国にいた人たち……神官の人たちはそのまま神官の職務に就いてもらっているらしい。他にも残っていて復興に協力的な人たちはそのままの職務で。前にハルバが滅ぶのは一瞬だけれど戻るのに時間がかかると言っていたけれど、リクの話を聞くとまさにその通りだった。
「クロセル国の民が元の領地に残っている理由ですが、実はあそこには魔法石が採れる山が幾つかあるんです。そのせいで他国に蹂躙されてしまったんですが……今でも乱用されないために守護しているので、そのために残っているんです」
「そうだったんだね……」
太陽の光に反射して、リクのピアスがキラリと光る。それは、私がお礼とリクにプレゼントしたピアスだった。私の視線がそこに向かっているのに気付いて、リクが軽く指でそのピアスを撫でる。
「今でも大切に付けています」
「あ、ありがとう」
「……藍銅鉱」
「え?」
「最初、これ貰った時実は驚いたんです。藍銅鉱もクロセル国の鉱山から採れますが、他よりも一番採れるんですよ。なのでこの魔法石の別名が代々クロセル国の王に受け継がれているんです」
手すりに凭れかけていた身体を起こし、真っ直ぐに私に向き合う。魔法石もだけれど、日に照らされた髪も瞳も……笑顔も、とてもキラキラと輝いていた。
「藍銅鉱の別名は『アズライト』。俺たちの名です」
顔が一気に熱くなる。それはその笑顔にときめいたっていうのもあるけれど。
「サヤが知っていたわけじゃないってことは知っています。だからこそ、貴女が俺のために選んだ魔法石が藍銅鉱でとても嬉しかった」
私の手を取ってぎゅっと握ってくる手が熱い。ふと見てみると手の甲まで真っ赤になっていて、私今見える部分真っ赤になってるんだと思うと更に恥ずかしくなってくる。
私、あなたのために何かしてあげたいってずっと思ってた。あなたに恩返しがしたいとずっと考えていた。でも、私あなたにそんな笑顔をさせること、できていたんだ。
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