47.突然の来訪

 一つ一つのテーブルを綺麗に拭いていく。最初こそメリーさんから手伝いはしなくていいって言われてたけれど、正直私の仕事量に対してメリーさんの仕事量はとても多い。従業員さんたちを雇ってはいるけれど、食材調達に調理、宿の手配。それに対して私の仕事は修理をするだけだから空いた時間は少しでもメリーさんの手伝いをしたかった。

 お願いします、って頭を下げるんじゃなくて少しだけ困った顔で見上げてみれば、メリーさんは呆気なく折れた。しょうがないねぇもうそんな可愛い顔されたら許しちまうよまったくどこで覚えたんだい! って、物凄く嬉しそうな顔をしながら。

 顔を上げてふぅ、と一つ息を吐く。見渡してみればピカピカに磨かれたテーブルに、うんと自分でも納得した。これなら明日もお客さんたちは美味しくご飯を食べられるはず。

「掃除まで手伝わせて悪いね」

「いいんです、私がやりたくてやっているので」

「休む時はちゃんと休むんだよ」

「は――」

「おう」

「きゃあ?!」

 お客さんもいなくて私とメリーさんだけしかいないと思っていたから、突然聞こえてきた言葉に悲鳴を上げてしまった。恐る恐る振り返ってみるとそこには見覚えのある顔。ここ最近見ていなかったけれど、以前に比べてまた身体つきがよくなったような気がする。

「カ、カイゼルベルク王?!」

「あんた突然にやってくるんじゃないよ! まさか護衛もいないんじゃないんだろうね?!」

「いやぁ久々にあの秘密通路使ったぜ」

 もう色々とツッコミどころ満載だけど、まずは秘密通路ってなんだろと思っていたらカイゼルベルク王曰く、王になる前によくここにやってきていたとのこと。どおりでメリーさんが物凄く親しげだなとは思った。王様にこんな気さくに話しかけるなんてそんな簡単にできることじゃないし、ただメリーさんが鋼の心臓の持ち主なだけかもしれないけれど。

「え、でも王都からかなり距離が……」

「そこはほれ、転移魔法っていうもんがあんのよ」

「便利ですね……」

 バチーンッとウインクを決められても……とつい苦笑いをしてしまう。本当に魔法って便利だなと思いつつ、転移魔法があるのなら色んな人が使っていそうなものだけれど今でも長距離移動は馬車だ。すると王は「酔いが酷くて使い勝手が悪い」と説明してくれた。それと魔力の消費量も多くて多用できないと。やっぱり時空、と言えばいいのかな。そういうのを飛ぶからそういうのがあるんだと納得する。

「えっと、カイゼルベルク王はなぜこちらに……? 気分転換ですか?」

「おー、気分転換と言やぁ、そうなるかな。いやな、近いうちにちょっくら隣国に遊びに行こうと思ってな」

「はぁ……」

 そんなお散歩みたいな感じで隣国に行っていいものなのかわからないけれど、隣国と言うのであればもしかしてサブノック国の様子を見に行くのかもしれない。二年前に王が討たれてもう「サブノック国」という名前ではなくなってしまったけれど。でもこの宿屋に来るお客さんたちが話をしているところを少しだけ聞いたことがある。

 あれだけ濃かった霧はあの初代聖女の銅像を修復してから今のところまったく発生していないということ。霧が濃かった村などは廃村になってしまって、そこを立て直すためにフェネクス国からも手伝いに行く人もいるらしい。今は一体誰がまとめているのかはわからないけれどフェネクス国との関係は良好みたいで、あまり悪い話は聞かない。

「ということでだ! サヤ、ちょっと付いてきてくれ」

「……え?」

「なぁにお前も元サブノック国の聖女だっただろ? 今どうなってるか気になってると思ってな」

 確かに気にならないわけじゃないけれど、でも一応お客さんからどういう感じなのか聞いているし復興に向けて忙しい中私が行っても邪魔じゃないかなと思って遠慮しよう。と、したんだけど。断ろうとする前にカイゼルベルク王の顔がズズイと迫ってきて思わず小さく後ろに仰け反る。カイゼルベルク王の顔は、どこまでもにこにこと笑っていた――なんだか裏がありそうって思うほど。

「行く時は街の入り口に立っていてくれ。ああそれと、服もこれを着てくれると助かる。服はキャロラインに任せておいたから安心してくれ。お前のスリーサイズを俺は知らん」

「え、ちょ」

「そういうことで、よろしくな!」

 全然よろしくない。一方的に受け取った服は別にドレスというわけじゃなかったしきらびやかなものでもなかったけれど、肌触りからして上質な生地だということはわかる。ということはちゃんとした服装で行かなきゃいけないってこと。あと私のスリーサイズ知ってたらセクハラで訴えてもよかったかもしれない。

 いきなり言われても困る、って言う前にカイゼルベルク王はメリーさんと挨拶を交わしたあと颯爽と宿屋から去っていってしまった。まるで嵐が去っていったあとのようでぽつんと残された私はもう唖然とするしかない。服までしっかりと準備されていたということは、もう最初から私の意見なんて聞くつもりなかったってことじゃない。

 カイゼルベルク王にしては多少強引でめずらしいなとすら思ってしまう。もしかして、私が聖女として行かなきゃいけない理由があるのかもしれない。でも、服ぐらいはせめて自分で選ばせて欲しかったなと取りあえず手に持っているものを広げてみる。デザインは、私の好みだ。

「なんだい、いい服じゃないかい」

「……ですね。いい生地過ぎてプレッシャーです……」

「おや? その生地ってあれじゃないか、ハルバっていう子の故郷の生地じゃないかい? 手触りがよくて耐久性もあるから人気なんだよ」

「えっ? ……あ、本当だ!」

 前にハルバの故郷に遊びに行った時にそこで作っている生地を触らせてもらったことがあったけれど、確かにあの時の生地とこの服の生地は一緒だ。これって、どういう意味だろうか。カイゼルベルク王の遊び心なだけなら、別にいいんだけど。

「カイが……ああ、カイゼルベルク王があそこまでするってことは何かあるんだろうね。こっちのことは気にしなくていい、物は試しに行ってみたらどうだい?」

「でも私のお店が……」

「前にも長期で休んだだろう! あの時みたいに先行き不透明ってわけじゃないんだし、王も言ってたとおり遊びに行くっていう楽な気持ちでいいさ!」

 メリーさんにまでこう言われてしまったらもう「行きません」なんて言いづらい。聖女として行くのならそれなりの覚悟をしなきゃいけないような気もするし、でもカイゼルベルク王とメリーさんがここまで言うのであれば気軽な気持ちでもいのかもしれないし。ウンウンと悩んでる私の手から布巾を持って行ったメリーさんは「悩むことはないよ」と笑いながら肩にポンと手を置いた。


 自分で買ったわけじゃないから着慣れないかと思いきや、普段着ている服とあまり着心地が変わらない。これを選んでくれたと言っていたキャロラインさんの目はどうなっているんだろう。私別にメジャーか何かで測ってもらったわけじゃないのに。

 素材のいい服に身を包んで私は結局言われたとおりに街の入り口で立っていた。服を貰った次の日に手紙が送られてきてそこに書かれていたのは出立の日時。それとそんなに気負う必要はないとしっかりとしたたくまし字で書かれていたから、もしかしてこれってカイゼルベルク王の直筆なのかなと少し恐れ多くなった。色んな人と手紙のやり取りをするようになったとは言え、こういうのって側近の人が書くんじゃないかなと思いつつ。

 取りあえずハンカチとかティッシュとか、出かけるのに必要なものだけを持って大人しく待っていると何やら蹄の音が聞こえてくる。まさかね、と思っていたらそのまさかだった。如何にも豪華で厳かな馬車が目の前に止まって、ダッシュで逃げなかった自分を褒めてやりたい。だって、今まで乗ったことのある馬車は乗り合いの馬車で、こんな立派な装飾なんて施されていなかった。

「おう、待たせたな」

「ひぇ……」

 この間宿に来た時の服装がわりと身軽なものだったから、改めてこう『王様』と言った服装を見ると気後れしてしまう。

 豪華な馬車から現れたカイゼルベルク王に棒立ちしていると私の様子に気付いたカイゼルベルク王が楽しそうに笑ってみせて、一度馬車から降りたかなと思うと次に私の方に手を出しだしてきた。え、まさかこれって、よく漫画やアニメとかで見ていた、え、令嬢やお姫様にやるエスコートとか言うやつだろうか。

「おいおい、日が暮れちまうぞ」

「ハッ……! す、すみませんっ」

 いつまで経っても手を取らない私に王がからかっている声色でそう言ったものだから、急ぎつつ尚且つ遠慮がちに差し出されている手を取っておずおずと馬車に乗り込む。ふと前を見てみると騎士の格好をしているキャロラインさんと目が合った。多分カイゼルベルク王の護衛で同乗しているんだろう。カイゼルベルク王と二人きりじゃなくてよかったと思いつつ、空いている片方の席に座る。

 すぐにカイゼルベルク王も乗り込んできて空いているキャロラインさんの隣の席に座った。その時にちょこっとだけ揺れを感じつつ、扉は閉じられ馬車はゆっくりと走り出す。この街から国境まで歩ける距離だから、馬車に乗る時間もそうないんだろうなと思いながらしばらく揺られ続けていた。

「あの、キャロラインさん。お洋服ありがとうございました」

「礼を言われる程でもない。サイズは大丈夫だったか?」

「はい。驚くほどぴったりで……」

「ふふ、普段から『目』を鍛えているからな」

 どうしてこれほどぴったりなものを、という私の考えを読んだのか先にそう言われてしまい、流石は騎士と称賛した。その目がまさか服選びにまで発揮されるとは思っていなかったけれど。

 それから特に何か詳しい話をすることもなく、カイゼルベルク王が最近少し空いた時間ができるようになったとか騎士の訓練を厳しくしてもいいんじゃないかとか、私に聞かれても大丈夫な範囲で二人は会話をしていた。たまに私もその会話に入らせてもらったりと、わりと楽しく揺られていると窓の外に見える景色がそろそろ国境なのだと教えてくれた。

 最初はこの大きな橋でもびっくりした、と初めてここに来た時のことを思い出しながら降りる準備をしていたのだけれど……二人はなぜか微動だにせずそのままの体勢だ。え、もしかして降りたら危険なのかなと少し浮いていた腰を落とす。徐々に近付いてくる国境に少し緊張しながらも目の前のカイゼルベルク王に視線を向ければ、ただニヤッと口角を上げただけだった。

「……あれ?」

 減速したかなと思うと馬車は止まり、これって止められたのかなとそわそわしているとなぜか馬車は再び走り始めた。窓の外を見てみると国境を越えて、隣国へと入っている。驚いて思わずカイゼルベルク王に視線を向ければ腕を組んで楽しげに笑っていた。

「馬車での行き来ができるようになったんだよ」

 しかもこのまま城までこの馬車で行けるらしい。良好な関係を築けている、という話を宿屋で聞いてはいたもののこれは想像以上だった。外を見ればもちろん霧はないけれど、何より驚いたのが道が綺麗に舗装されていたこと。だから馬車の行き来が可能になったんだと思いつつ、そのためにフェネクス国から手伝いで行っていたのかもしれないとこの時初めて知ることとなった。

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