46.手紙
「はい、これで修理は終わりました。どうでしょうか?」
「……ちゃんと直ってる! ありがとうございます!」
お母さんから貰った手鏡を割ってしまったと半泣きの状態でやってきた中学生ぐらいの女の子は、綺麗に直った手鏡を両手で大事そうに抱えてお店から出て行った。「これだけしかないんです」と数枚出されたアゲートは修理するには十分だったけれど、あの子にとってはきっとそれ以上の価値のあるものだったんだろう。
女の子に笑顔で手を振って見送って、作業台に戻った私は帳簿をパラパラとめくる。フェネクス国に戻ってきてからというものの、修理屋の噂を聞きつけてやってくるお客さんが増えて今ではこうして予約まで入るほどにまでなっていた。だからと言ってさっきの女の子みたいに飛び込みはお断りなんてことはしない。みんな大切な物を直して持っておきたい、と思う気持ちは同じだから。
『聖女』でなくなった瞬間、急に肩の力がスッと抜けた。ある意味重圧から解放されたということだけれど、ただの「サヤ」に戻っては大変なこともあるけれど毎日を楽しく過ごしている。
つい先日もカミラと一緒にハルバの故郷に行ってきたばかりだ。ハルバも言っていた通り首都から離れている、っていうことだったから私たちがいる街からも結構離れていて、馬車を乗り継いでようやくたどり着けることができた。馬車から降りても多少歩いたけれど。
「おー! サヤ、カミラ! 来たか!」
家の手伝いをしていたのか羊に囲まれているハルバが真っ先に私たちに気付いて、その声に私たちも手を思いきり振る。ハルバが故郷の手伝いでしばらく帰る、と言ってから二ヶ月ぐらい経っていて久しぶりの再会だった。お互い元気でよかったとにこにことしながら会話をする。
二泊の予定の荷物を見て、ハルバは宿に泊まればいいとなぜかものすごく明るい表情でそう提案してきた。どうやら最近その宿屋ができて観光で来る人も増えてきているのだそうだ。来る人も増えれば、宿に止まるお客さんも増える、そしてお金も落とす。ハルバの故郷にとっては一石二鳥でほっくほく顔だ。
「ハルバ、お客さん?」
「おう、俺のダチ。遊びに来てくれた」
トテトテとやってきた女性はハルバの隣に立って私たちに小さくお辞儀をして挨拶をしてきた。私たちも同じように「こんにちは」と挨拶をして顔を上げて、そして次に隣にいるカミラと目を合わせてその次にハルバに視線を戻す。そしてもう一度、隣にいる女性を見る。別にそこまで鈍感でもなければ初心でもないから、二人の様子を見てどういうことなのか流石に察しがつく。
もう一度カミラと視線を合わせた私はハルバを見てついにこにこと笑顔を浮かべてしまった。隣にいるカミラはにこにこと言うよりも、ニヤニヤだったけれど。
「なに? そういうことなの? おめでとう」
「おめでとうハルバ」
「いやいや、お前らやめろよ~。まだ祝ってもらうことやってねぇんだからさぁ」
もう顔がデレッデレで雪崩れてる。ちょこっとだけ視線を下げればさり気なくお互いの指を絡めているんだから、これは惚気られている。でもハルバも隣にいる女性も、幸せそうに笑っているから見ているこっちもほっこりとした。
荷物を宿に置いてきた私たちはハルバの案内で村の中を色々と見て回った。羊飼いってこともあって自然豊かでとてものどかだ。この静けさがじんわりと胸に広がってとてもリラックスできる。歩いている最中にハルバも色々と教えてくれた。一緒にいた女性は幼馴染で小さい頃からずっと一緒にいたんだそうだ。
「あんな可愛らしい人を一人にするのはよくないと思うけど? ちゃんとしなきゃいけないところはしないと」
「いやぁ……返せる言葉もねぇなぁ。実際待ってもらってるし……」
「彼女がいいって言うんなら、呼んじゃえば?」
「それだ!」
ぽろっとこぼした言葉に思いきりぐるんっと反応されて思わず仰け反ってしまう。どうやらハルバは彼女が今まで一度も故郷から出たことがなかったから、今後も出ることはないんだろうなと思っていたらしい。それは彼女に聞いてみないと実際わからないことだから、聞いてみたほうがいいと思うんだけど。
「いやでもなぁ、人混みとか苦手そうだし、やっぱ大自然の方が……」
「それを彼女に聞いてみたほうがいいと思うんだけど……もしかしたらお洒落なお店に行きたいかもしれないし、ずっとハルバと一緒にいたいかもしれないじゃん?」
「ハッ……! そ、そうだよな」
「……やっぱりちょっと間抜けなところあるわよね、ハルバって」
私ちょっと無理、って小さくこぼしたカミラに苦笑をもらす。ハルバの耳に届いていなくてよかった。ギルドで一緒に仕事をしているときはいい相性だとは思ったんだけれど、それは仕事上であって私生活となるとまた違ってくるのかもしれない。
「カミラのタイプってどういう人?」
「私? やっぱり第一に私より強い人かな」
「うわぁ、探すの大変だろ。理想高いと苦労すんぞ~?」
「うるさい」
確かに元いた世界でも理想が高くて中々彼氏ができない子はいたけれど。でも自分より強い人っていうのがまたカミラっぽくていいと思うし、探すのは大変だろうけれどきっとそんな人いると思う。私はカミラを応援するよ! とグッと握り拳を作ればカミラからはハグを貰ってしまった。
ちなみに、二人が私に対して理想のタイプを聞いてくることはなかった。ちょっとした恋バナだったから私にも聞いてくれるかと思ったんだけど。それとなく「聞かないの?」と自分から言ってみたらなんだか二人から生暖かい目を貰ってしまった。
「今後に備えておかないとね」
「だな~。今から腹一杯になってたんじゃこれから先大変だからな~」
「……? どういうこと?」
私の疑問に二人は生暖かい目のまま、答えを返してくれることはなかった。
後日にまだ故郷にいたハルバから「彼女と相談してみる」と言った手紙が送られてきて、もしかしたら連れてきてくれるかなってカミラと楽しみにしていると今度はそのカミラがまた別の日にお店の方に駆け込んできた。ご飯を誘いに来たにしても時間が早いなぁとか思いつつ、目を丸くしながら肩で息をしているカミラにお茶を渡そうとした時だった。いきなり顔がバッと上がってびっくりしてひっくり返りそうになったところ助けてもらいながら、どうしたんだろうと首を傾げる。
ちなみにカミラとは前の世界にいた友達と同じように、一緒にご飯を食べたり買い物に行ったりとしている仲になっていた。少し離れた場所への修復の依頼も来る時があって、その時はカミラにお願いして護衛として付いてきてもらっている。
「ど、どうしたの? カミラ」
「っ……手紙っ……!」
「え? 手紙?」
「そう! 兄から手紙が来たの!」
ずっと疎遠になっていて、まさか手紙が来るとは思っておらずびっくりして私のところに来てしまったとのこと。そんなにびっくりするカミラなんてめずらしい、と思いつつ手紙を読んでみた? と聞いてみたら何度もコクコクと頭を縦に振っていた。
「もしかして、嫌なことで書かれてた……?」
「違……えぇっと、兄から、家に戻ってこないかっていう、そんな内容……」
「なんだかちょっと嫌そうなんだけど……」
「嫌っていうか、確かにあの馬鹿親父と会うのは嫌なんだけど」
前にカミラの剣の腕がお兄さんよりも上だから父親と喧嘩して家を飛び出してきたって教えてくれたけど、もしかしてお兄さんとも気まずいのかもしれない。でもそう思っていた私に反してカミラは「別に兄とは仲が悪いわけではないの」と教えてくれた。
「兄さんが家督を継いだらしくって、私にも直接会って祝ってほしいって。あの馬鹿親父は俺が追い出すから気にしないでほしいって」
「え、優しいお兄さんなんだね」
「そうなのよ。でも兄さんが馬鹿親父を抑え込めれるとは思えなくて」
まず力業で負ける、迫力でも負ける、悪どさにも負ける、そう指折りで数えられていくお兄さんがだんだん気の毒になっていく。ただ優しくて真っ直ぐな人だから、そういうところが周囲の人に好かれるところではあるし私も好きなんだけど、と付け加えたカミラの表情はお兄さん思いの妹の顔だった。
ということは、カミラが本当に嫌なのはお兄さんに会うことじゃなくてもしかしたら父親に会ってしまうかもしれないということなんだろう。うーん、確かに嫌な上司に会うかもしれない飲み会には行きたくないかもしれない。
「ね、ねぇ、カミラ。もしお父さんに会っちゃったら……いっそ気絶させたら?」
「とっ……てもいい案。そうしよう。気絶させて遠くへ放り込めば兄さんに気を遣わせることもないわ」
「ほ、放り込むんだね……」
悩みが解決したようで、駆け込んできた時とは違ってものすごくにこにこしているカミラは私の肩をポンと叩いて、これまたものすごくいい顔で「報告を楽しみにしておいて」と言ってきた。楽しみというか、ちょっと恐ろしいような気もするけれど。
それから一緒にご飯を食べて、メリーさんの自信作チーズタルトを二人でひたすら美味しい美味しいって言いながら完食。私たちの食べっぷりがよかったのか別のお客さんも注文していたりして、「売上貢献ありがとね!」とメリーさんからの満面の笑みを頂いた。
「そういえばサヤ、この間告白されたって?」
「ゴフッ?!」
食後のお茶を飲んでいる最中にそう言われたものだから、もう少しでお茶を吹き出すところだった。ゲホゲホと咽ている私の背中を擦ってくれる手は優しいけれど、カミラの顔はその優しさから若干遠い。
「なっ、なんで知ってっ……?!」
「情報提供してくれるお姉さまがいるの」
そう言いながらカミラの視線はメリーさんに向かう。もう、まさかメリーさんがもらすなんて。確かに告白されたしその告白された場所も私のお店で、丁度メリーさんが夕食の時間だよって呼びに来た時間だった。
「で? どうしたの?」
「どうしたのって……断ったよ」
「あら。顔も結構よくて好青年だって聞いたけど、断ったんだ」
「そうだよ、だって……私ずっと待ってるから」
「……ふーん?」
「……カミラ」
「なーに?」
「ニヤニヤするのやめてくれる?!」
もう、私が告白にどう返事したのかわかっていて聞いてきたに決まってる。自分の顔が赤くなっているのもわかるし、居た堪れなくなって思わず大きな声を出してしまったら隣から聞こえてきたのはクスクスとした笑い声だった。完璧にからかわれた。
「あっははっ、ごめんごめん。可愛くてつい」
「可愛くないしついって何?! もう、やめてよ恥ずかしい!」
「ふふふふっ、でも、今もちゃんと手紙貰ってるんでしょう?」
勢いで立ち上がろうとしたところその言葉でストンと椅子に戻る。そう、カミラが言う通り手紙はいつも私宛に送られてきてる。書かれている内容は本当に些細なことで、少し肌寒くなってきたとか花が咲き始めたとか。私はメリーさんが作ってくれる料理が美味しいとかハルバやカミラのことも書いて手紙を送り返している。
でも、その手紙のやり取りが止まることはなかった。言っていた通り私にしっかりと送られてくる手紙に、もうすぐ離れて二年ぐらい経つけれど気持ちが離れることはなかった。寧ろいつも送られてくる手紙に愛しさが積もっていく。
「寂しくない?」
「うん、不思議なことに全然寂しくないの。手紙が来る度に、ああ元気でいてくれてよかったって思えるぐらい」
「そっか」
手紙のことを思い出して無意識に顔が緩く私に、カミラもからかいの色をなくして優しく微笑んでくれた。貰った手紙はしっかりと鍵のかかる引き出しに綺麗に入れてある。汚れないように、破けないように。
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