42.藍晶石の記憶⑦

 討たれたと報告を受けた時は謝った情報だと受け入れなかった。あれほどの強い男が、例え見知らぬ武器相手だったにせよそう簡単にやられるわけがないと。だが、調べてみればその武器とやらは恐ろしい代物だった。魔法石はあらゆる効力を付加させ、そして威力を増幅させることもできる。だが今までは己の身を守るために付けること常識としていたため、攻撃に転換するという発想がなかったのだ。

 否、あったとしても、誰も行動には移さなかったと言ったほうが正しいか。霧から出現する魔物のみならず、人と人との争いが止まぬ中それは踏み込んではならぬものだとまだ誰もが良心を持っていたのかもしれない。

 それを呆気なく踏み越えたのだ、あの国は。

 威力を増した武器は『兵器』と言われ、あっという間に周辺の国々を蹂躙した。圧倒的武力に抗う術もなく奪われ壊されていく。周辺国がその武力に対抗する術を模索していた時に、クロセル国は狙われた。クロセル国は魔物と真正面から対抗できる武の持ち主の集まりだったが、『兵器』との相性が最も悪かった。広範囲にまるで魔法のように使われる『兵器』に単騎を主にしていた彼らを一瞬で蹴散らされたのだろう。

 クロセル国の王、私の親友であるパトリック・アズライトは国の民を逃がすために、たった一人でその『兵器』に立ち向かったのだという。

 あまりにも無謀だが、あの男なら大切なものを守るためならばとその無謀を真っ先に選んだのだろう。己一人の命で、大切なものを守れるのならばそうするのだ。あの男のことなら私もよくわかっている。だが、せめて私からの増援を待っていてくれてもよかったのではないかと今でもそう思ってしまう。当時『兵器』に対する打開策を持っていなかったと言えど、あの男一人にすべてを背負わせることはなかっただろう。

 クロセル国が滅ぼされたという知らせを受けた私は、真っ先に『兵器』に対する対抗策に取りかかった。あれは魔法石であらゆる効力を上げている。つまり、魔法石さえどうにかすれば『兵器』は通常の武器に戻るのではと考えた。ならば次に考えることは魔法石の無力化だ。

 諸々を考え試行錯誤を繰り返しようやく完成した打開策は、向こうの国に大打撃を与えることに成功した。私念などなかった、と言えば嘘になる。寧ろほぼ私念に近い感情を持ち彼の国に報復という形を成した。己の国を潤わせるどころか、民を苦しめその挙句に他所の国も欲しがるなど笑止千万。そのような王がいる国など遅かれ早かれ必ず滅ぶ。それが少し早まっただけの話だ。

 パトリックの一つの命で、クロセル国の多くの民は助かったようだ。国は滅んだものの一つの小さな集落を作りそこで生き延びているのだとあの男の右腕であった男から知らせを受けた――ただ、たった一人のご子息は生き残っていただくためにも遠くへ逃がしたとも。

 私が次にしたことはその息子の捜索だった。あの男の忘れ形見だ、どうにかして助けてやりたいと思うのは必然だった。


 随分とあの場所を好んでいたようだったから、もしかしたら色よい返事は来ないかもしれない。だが魔法具で作られた手紙が送られてきて、そして中を見た時はつい短く喜びの声を上げてしまった。急いで宰相に秘密裏に迎え入れる準備を整えるように指示し、今か今かと待ちわびていた私にその宰相の呆れ顔はほんの少しの冷静さを取り戻させてくれた。

 小さい頃に幾度と会ったことがあったその男児は、まだ幼さが残るものの精悍な顔つきに成長していた。恐らく父親のことも、国のこともすでにその耳には挟んであったのだろう。それでも悲観などせず真っ直ぐ前を見据える瞳は、しっかりと父親譲りだった。

「よろしくお願い致します、アレキサンドル王」

「そんなに畏まることもない。もっと肩の力を抜いてもよいのだぞ?」

「ありがとうございます」

 少ない荷物でやってきたあ奴の息子を迎え入れ、思わず両腕を広げ成長途中であるその身体を包み込んだ。私からしてみたらまだまだ小さな子どもだ。こんな小さい子があのような熾烈な状況で生き残ったなどと、どれほどの苦労をしてきたことか。

 それからひと目のある場所では特別扱いなど決してすることなく、この国の騎士として置くこととなった。客人のままではあの子が気を遣うと思ったからだ。騎士ならば、クロセル国の血を十分に発揮できる。腕を鈍らせることなくそして自然と己の立場も確立していくだろう。

 そうして私の予想通り、あの子は騎士の中でもうんと力を付けていった。この国では見慣れない武器と、そして戦術にあの子を見る周りの目が変わってくる。その中には妬みや恨みなどもあるだろうが、今後あの子が祖国に戻った時のことを考えれば簡単に手を貸すわけにもいかない。上に立つ者は、あらゆる感情を受け止められる器が必要だ。

「あの子の様子はどうだ?」

「流石はパトリック様のご子息ですね。聡明で尚且つ人を思い遣れる心をお持ちです。まるで若かりしにパトリック様を見ているようでございます」

「あの年齢のパトリックなど、まだまだやんちゃであっただろう? 私がどれほど振り回されたことか」

「似た者同士でございましたね」

「ははっ、痛いとこを突いてくる」

 私の右腕であり宰相であるスクワイア・グロッシュラーは臆びれることなく、寧ろ口角を上げる様子に私もつい苦笑してしまう。振り回されたのは私たちの後ろを必死で付いてきていたスクワイアの方だろう。これは悪いことをした、と軽く詫びれは「心にもないお言葉ありがとうございます」と返ってくるものだから尚更苦笑をもらす。根に持っているな、これは。

 あの子の方は何も心配あるまい。寧ろこちらがあの子を憂い手を差し伸べたところであの子はそれを受け入れないだろう。一人で立てるあの子に、もし万が一の時があればその時にこそ手を差し伸べてあげればよい。

 そっと息を吐き出し、目の前にある書類に目を通す。あの子を探すために多少離れていたためスクワイアに仕事を任せていたが、私自身がやることは山程ある。それを片っ端から片付けずつ、もう一つの心配事が頭を過る。

「……アルフレッドはどうしている」

「あらゆることを日々学んでおられます。経済に関しては教育係が感嘆の声をもらしておりました――それこそ、貴族が大喜びするほどに」

「……そうか」

 目頭に指を持っていき軽く揉みほぐす。アルフレッドはたった一人の我が息子だ。一人のため王位継承権は自然とアルフレッドが持つことになる。そう思い今まで厳しく接してきた。一国の主となるのだ、生半可に甘やかすことなく教育も施してきた。その甲斐があって頭角を現すようになってきたようだが。

 一つ、誤算があった。アルフレッドの教育に多くの貴族が関わってしまったことだ。あらゆる意見を聞き入れそれをまとめ、結論を出すという王に必要なことを教えたかったのだがそれが裏目に出てしまったようだ。数多くある名家、彼らを信用はしていたが彼らがすべてを私の前に曝け出しているわけではない。野心があり、謀略もある。アルフレッドの教育を任せてしまったが故にそれが悪い意味で顕になってしまった。

 経済学に関しては本当に文句のつけようのない成長ぶりだ。平時であれば難なく国を動かすことができるだろう。他国との争いも問題ない。情けをかけない分常に冷静な判断ができその点私よりも優れているかもしれない。だが問題は、イレギュラーが発生した時だ。思考の柔軟性が求められた時、果たしてアルフレッドは動けるだろうか。

「……お言葉ですが、アルフレッド様は多少温情が欠けていらっしゃるような気もします」

 スクワイアの報告ではつい先日食事の際ナイフを落としたアルフレッドに代わりのナイフを差し出そうとしたメイドが、タイミングが少し遅れただけで叱責を受けたのだという。私からしたら失態というものほどでもない、大して気にもならぬことだ。だがアルフレッドはそうではなかった。

 多少のことで相手を責める、心に余裕のない証拠だ。相手を蔑み優位に立とうとしている態度のようにも見える。まるで、傲慢な貴族がか弱い民たちにやる態度のようではないか。

「アルフレッド……」

「言ってはならぬことだと重々承知でございますが、ですがこの頃思ってしまうのです。貴方様のご子息が彼であれば、どれほどよかったか、と」

「……それは本当に言ってはならぬことだよ、スクワイア」

 アルフレッドがああなった原因は私にある、その責任を誰かに押しつけるわけにもいくまい。それに、理想の息子が近くにいるからと言って決してその子に押しつけていいわけでもない。あの子はあの子の周りの人々と環境があってこそ、あそこまで聡明になったのだから。

 パトリック、お前が生きていたらアドバイスの一つも受けることができたのに、と今は亡き親友に弱音を吐いてしまいそうになる。一人の子を育てるということがこれほど難しいことだったとはな。


 ノックが鳴り顔を上げる。この時間帯誰も彼も自室に戻り日々の疲れを癒やしている頃だろう。その時間帯に尋ねてくる人間は一人しかいない。返事をすればキィ、と扉が開いた。

「お忙しいところすみません、お時間ありますか?」

「ああ、大丈夫だ。入ってくるといい。今お茶を淹れよう」

「俺がやります」

「そうか、ならば君の言葉に甘えようかな」

 両手いっぱいに資料を持ってきたその子はテーブルにそれを置くと、いそいそとティーカップが置かれている場所へと移動する。あの子が書斎を尋ねてくるようになって置くようになったものだ。手慣れた様子でお茶を淹れている姿を眺めつつ、今まで一度も我が子であるアルフレッドが淹れた茶など飲んだことはなかったとふと寂しさが過る。

「お待たせしました」

「ありがとう。さぁ、今日は何を知りたいのだ?」

 あの子は聡明で、そして勤勉であった。こうしてサブノック国に身を置くようになって、私の時間が空いている時に色々と聞きに来る。それは経済のことだったり、周辺国の状況についてだったり。今日は周辺国についてのようだ。テーブルの上に広げられた地図にそれぞれ視線を落とし、近状を口にする。

 だが私が教えなくとも、あの宿屋で収集していたのであろうこの子の頭にはかなりの量の情報が入っている。私が訂正するのは、少し古くなってしまった情報だけだ。

「……なぜクロセル国が狙われたのか、わかるか?」

 試すような物言いだ。だがこの子が一体どこまで把握しているのか、私はそれを知りたかった。

 突然の質問に目を丸くするわけでもなく、地図から顔を上げた子は真っ直ぐに私に視線を向ける。親友を思い起こさせる、彼の妻に似ているその瞳は恐れも怒りも淀みもない。なぜそうも綺麗なままでいられるのだろうか。

「クロセル国が魔法石の採れる山を所持していた、からでしょうか」

「……その通りだ。流石に知っておったか」

「彼の国があれほどの魔法石を所持していたので、大量に消費していたのでしょう。圧倒的武力で蹂躙したかったものの、それは短期間でしか行えなかった。そこで目をつけたのがクロセル国」

 前に一度、クロセル国から彼の国に魔物を逃してしまった時があった。かなりの大物で、しかも魔物が逃げる際に口に光る何かが見えた。人間を丸呑みにしようとしたところ、魔法石の混じっている岩を噛み砕いてしまったのだろう。その状態のまま彼の国に渡ってしまったため、魔法石の存在が知られてしまった。

 逃げる直前に父にそう教えられたのだと、淡々と告げるその子に胸が締め付けられる。父親の遺言がそのような形になってしまったとは。あ奴は賢い男であったが、我が子にはむず痒さもあり素直になれない一面もあった。そんな場面でそれを発揮せずともよいのにと思わず呆れてしまう――最期の最期ぐらい、「愛している」の一言でもあってもよかっただろうに。

 だがそういう場面であったこそ、より重要なことを託していったのかもしれない。どこまでも、不器用な男よ。

「アレキサンドル王。彼の国を滅ぼしてくださったこと、感謝しております」

「……私念で行ったことよ。おぬしに感謝されるほどでもない」

「いいえ。貴方がいなければ彼の国は他の国を容赦なく焼き尽くしていたかもしれません。俺では間に合わなかった……本当に、ありがとうございます」

「子どもがそう深々と頭を下げるものではない。さ、顔を上げなさい」

 ゆっくりと顔を上げた子どもにお茶を勧め、そしてスクワイアがこの子のためにと準備していた菓子もあげる。モゴモゴと口を動かし食べる姿はまるで小動物のようで微笑ましくなる。

「ところで私にも聞きたいことがある。ジルコンの末子である男はどのような男だ?」

「それはお答えしかねます」

「ははっ! そうかそうか」

 世話になった男の情報は何一つやらぬと、そういうことか。しっかりと情の深い男に成長しているようで、資料に目を走らせながらも差し出された菓子には丁寧に礼を言い食べている姿を口角を上げつつ黙って見つめていた。

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