40.藍晶石の記憶⑤

「先日の情報は間違いないです。東に二千ほど、西は手薄になっているとのこと。あとこちらの国は霧が濃くなって厳しい状況だそうです」

「なるほどな。この情報である程度目処が立った。霧に関してはラッキーだったな、あとで対処できる」

「……飯を食いながら物騒なこと話すのはやめてくれないかい」

 お互いテーブルを挟んで飯を前に、スプーンだけを持って地図を凝視してる。飯を食ってる時ぐらい楽しく美味しく食べてもらいたいもんだよ。

 当時はどうなるものかと思っていたが、実際この二人の関係性はいい具合によくなっていた。リクは言われたとおりしっかりと必要な情報を渡し、カイはそれを聞き入れてその上で色々と計画をしているようだった。なんだかんだで二年の月日が経ち、不景気だった街の情勢もかなり改善されている。この街に関してカイが現フェネクス国の王から奪ったからだ。

 んで。その二人はあったかい飯を前に今度は王都を奪おうという計画を練っているところだ。この場にあたしとあんたたちしかいないとはいえ、こうも大っぴらに話す場所じゃないだろうともう心配を通り越して呆れだ。

「先に食べましょうか」

「おう、そうだな。いやぁ悪ぃなメリー。いつもうまい飯ありがとよ」

「食堂だっていうのに何も食べさせないわけにはいかないからね! あと水一杯にどれだけのお金を払っていくんだい! 払わせるだけ払わせるなんてあたしの矜持に反するからね!」

「相変わらず元気だなぁ、メリー」

 絶対あたしの言いたいこと伝わってないよ、この王子は。まったく、リクからも何か言ってくれないかいと視線を送ったけれどこっちはちゃんと料理に手を付けて黙々と食べていた。食べてくれたらそれでいい。それにリクは今成長期だ、もっとたくさん食べなと料理を一品追加すればカイから不満の声がもれた。

「あんたは太るから駄目だよ」

「おいおい俺の身体見せようか? 結構引き締まってて周りから人気だぞ?」

「はいはいそうだね」

 二年も経てばあしらい方も心得てくる。手でヒラヒラとあしらうと笑いながらもカイもやっと料理に手を付けた。

 厨房に戻りつつチラッと二人の方に視線を向けてみる。カイはまぁ、すでに成人してたってこともあって二年であんまり変わっちゃいない。ただオシャレのつもりか威厳を出すためなのか、髭を生やそうとはしてる。

 一方リクの方は成長が著しい。身長も伸びて丸みを帯びていた頬もシュッとしてきた。筋肉も程よく付いていて可愛らしい坊やから好青年のような印象に変わってきた。今は人を雇えるようになったから配膳は他の人に手伝ってもらってるけど、たまにリクが配膳の手伝いをした時はあちこちからそりゃお嬢ちゃんたちの熱い視線が注がれているもんだ。

「霧についてですが、王子はどういう手段を取るつもりなんですか? 隣国では浄化できる聖女を召喚する方法を持っていると聞いたことがありますが」

「あー隣のサブノック国な。残念ながらこっちはそんな伝承はねぇからその方法は無理だ。だがまぁ、考えがないわけじゃない。神官に頼んで神官の力を込めた碑石でも作ってもらおうと思ってな」

「碑石、ですか」

「ああ。ま、簡単に言えば結界を張るための道具みてぇなもんだな。霧を発生させない方法を今考えてもらってる。早い段階で実用化できるはずだ」

 飯を食ったかと思えばすぐに難しい話に戻る。カイがたまに自分でこの場所に情報収集をしに来る時は、こんな難しい話はまったくしない。本当に他愛のない話をして、その中で出てきた気になる情報に対して詳しく聞かせてくれと聞いてるぐらいだ。

 カイも嬉しいんだろう、例え多少周りが理解できない会話でもリクはしっかりと理解して自分なりの答えを返してくる。相手はまだ成人する前の子どもだけど物事の考え方はもう大人だ。だからこそ「それ話していいのかい?」っていう内容まで何事もないかのようにサラッとリクには口にする。

「ったく……人の争いってだけでも面倒なのに霧やら呪いやらも出てきてやらなきゃなんねぇことが増える。減らねぇ」

「呪いと言えば……解術の方程式は立証されたんですか?」

「いいやそっちはまだだ。どうやらかなり複雑らしくてな……頭のいい奴も必要だし、かなり強い癒やしの力を使える奴もいるみてぇなんだ。こっちは人材を探すことにまず苦戦を強いられている」

「そうですか……解術ができれば、アレクさんの容体もよくなるはずなんですが……」

「え?」

 まさかここで旦那の名前が出てくるなんて。二人に飲み物を運んでいる最中だったけどついテーブルに置く前に動きが止まってしまった。旦那はなんなのか詳しくはわからなかったけど、病気だったんじゃ。

「どういうことだい?」

「えっと、アレクさんは恐らく『呪い』に長年侵されていると思うんです」

「メリー、あんたの旦那は昔魔物の肉とか食ったことはなかったか?」

「魔物の肉……」

 あたしと結婚して一緒に旅行している時は、あたしが作った料理だけを口にしていた。あたしは魔物の肉なんて使ったことはないし旦那も食べていなかったはず。でも、あたしと出会う前のことはわからない。旦那はなんて言っていたっけ。あちこち争いが勃発して、ちゃんとした料理を口にすることが難しいこともあった、とか。その他にも確か……なんて言っていた。

『少数の民族のいた里だったんだけどね、土地が痩せていて食べるものも少なかったんだ。僕はそこで初めて――』

「……言った。言ってた! 確かに魔物の肉を食べたって!」

「……そうか。別に魔物の肉はちゃんと処理すれば食えねぇことはねぇんだ。俺も食ったことあるしな。ただ、魔物に埋め込まれてる『核』をちゃんと破壊してからバラさねぇと、魔物を侵していた『呪い』が付いてくる」

「そしたら、旦那は……」

 ちゃんと処理されてなかった魔物の肉を食べちまって、それで『呪い』がかかった。だから、あんなにも弱っちまったってことなのかい。

「『呪い』についてはまだ色々と解明されてなくてな。普通の医者じゃ見抜けない」

「そん、な……」

「でもメリーさん、メリーさんのおかげでアレクさんはまだ生きていられるんです。食事に『おまじない』をかけていますよね?」

 まさかリクが『まじない』に気付いていたとは思わなくて目を丸くしてると、「拾ってもらった時に頂いた食事です」とリクは微笑んだ。普通のご飯ならあそこまで早く回復しなかったと、それからあたしのご飯を食べていると身体の調子がいいため『まじない』なんだろうと察していたそうだ。

 でもまさか、リクが『まじない』自体のことを知っていただなんて。この子は本当に底が知れない。

「メリーさんの『おまじない』が『呪い』に対抗してくれているみたいなんです」

「……あんたはそういうのがわかるのかい?」

「えっと、ちゃんとわかるというわけではなくなんとなく感じ取る、程度ですが……」

「クロセル国の人間は気配を探知することに長けているからな」

 爪楊枝を口に加えてプラプラさせていたカイは椅子に凭れかけていた身体を起こし、テーブルに肘をつく。そんなカイの視線を受けつつも、リクは再びあたしに視線を向けた。

「解術が完成すれば話が早いんですが、今のところ頼みの綱がメリーさんの『おまじない』だけです」

「完成を急がせるが旦那のためにせっせと飯を作ってくれ、メリー」

 あたしは、あたしは旦那のために何ができるのかってずっと考えていた。起き上がれなくなった旦那の身体を拭いてあげて、部屋の換気をしてそして精のつくご飯をとせっせと作って。でも本当にそれしかできなくて毎日が歯がゆかった。身体が弱ってあたしに謝ってくる旦那、そんな旦那は何一つ悪くないのに「すまない」なんて言わなくてもいいのに。寧ろ謝らなきゃならないのああたし、こんなことしかできないあたしの方が「ごめん」と言わなきゃならない、そう思っていた。

 でもリクは、あたしの『まじない』のおかげで旦那は生きていると言ってくれた。「こんなことしか」と思っていたことが、本当は大事なことだった。

 グッと唇を噛み締めたあたしにカイは立ち上がり、肩をポンと叩いた後いつもと同じように少し多めの金額を置いて店から去っていく。空になった食器を重ねて運ぼうとしているリクが「いつも美味しいご飯をありがとうございます」と笑顔で告げて、厨房の方へ消えていく。

 旦那が美味しい美味しいと笑顔で食べてくれて、褒めてくれた料理が旦那を支えていた。その事実に折れかかっていた心にぐるぐると布を巻いて、もう少し踏ん張れそうだった。


 帳簿を書いていると名前を呼ばれて顔を上げる。この時間に起きているのは大体あたしかリクだけだ。予想通り少しだけ顔を出したリクは気遣わしそうな雰囲気を出しつつ、部屋に入るかどうか迷っている。帳簿を閉じて「おいで」と手招きすれば遠慮がちにその子は入ってきた。

「すみません夜分遅く。明日はちょっと忙しくなりそうだったので今のうちにと思いまして」

「どうしたんだい?」

「メリーさん、装飾品に『おまじない』をかけて頂くことって可能ですか?」

「もちろんだよ」

 どれだい? と続いて尋ねてみるとリクは徐ろに自分の首の後ろに手を回し、小さく動かしたなと思ったら何かを手のひらに乗せてこっちに差し出してきた。

「これにかけて欲しいんです。あ、この魔法石の方にはすでにかかっているそうなのでこっちのフレームの方に。フレームには魔法石を砕いた粉を練り混ぜてあるのでメリーさんならかけられるかなと」

 キラキラと光る藍晶の魔法石に驚きを隠せない。目の前に持ってこられたペンダントは前に一度見て手に取って、そして『まじない』をかけたものに間違いない。顔を上げてもう一度目の前にある顔をまじまじ見てみる。

「……リク、あんたは母親似かい?」

「え? どうでしょう……目元は母に似ていると、前に父が言っていたような……あ、これはその母親に頂いたものなんです」

「……母親は今どうしてるんだい?」

「俺がまだ小さい頃に亡くなりましたが……メリーさん?」

 縁というものが本当にあるんだなと、こうも実感したことはない。

 頭を下げて頼み込んできたあのべっぴんさんは、ひたすら我が子のことを想っていた。その姿が魂が綺麗だったから多少無理難題でも請け負って『まじない』をかけた。その母親の想いが、しっかりと子どもに伝わっている。

 リクは以前このペンダントにまじないをかけたのがあたしだと言うことを知っている、ってわけじゃなさそうだ。少し話を聞いてみたら、これには『おまじない』がかかっていると聞いて受け取ったとリクは告げた。肌身離さずつけているように、と。

「わかった、『まじない』だね。何を付加させるんだい?」

「元からかかっている『まじない』の効力を上げるだけでいいんです。転移魔法の方は難しいようなので、反射魔法の威力を上げてもらえると助かります」

「それならお安いご用だ。少し待ってな」

 落とさないようにしっかりと受け取り、左手に乗せたそれを右手で包み込んで一族に伝わる言葉を紡ぐ。リクが言っていた通りフレームの方にも魔法石の気配がある。こっちに付加させるんならそう難しいことじゃないと言葉を紡ぎ終われば、淡く光っていた光が吸い込まれるようにペンダントへと収まっていった。

「ほら、これで大丈夫だよ」

「ありがとうございます」

 しっかりと礼を言って再び自分の首に下げようとしているリクを思わずジッと見つめてしまう。そうか、あのべっぴんさんはそんなにも早く亡くなっちまったのか。リクが旦那の面倒を見るのに何やら手馴れているような気がしたけれど、もしかしてリクの母親も身体が弱かったのかもしれない。

「リク、そのペンダントしっかりと持っておくんだよ」

「もちろんです。母の形見なので」

 落とさないように服の内側に仕舞ったリクは、服の上からそっとペンダントを手で包み込んでいた。その様子だけであたしに言われなくても、今までずっと大切にしてきたのがよくわかった。

 よかった、あのべっぴんさんの心は今もこの子と一緒にある。でも、欲を言うのであれば。二人が揃って笑顔になっているところを見てみたかった。

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