33.浄化

「俺が主力で戦いましょう。二人は援護をお願いします」

「承知」

「了解しました! お任せください!」

 それぞれ武器を構えている中、リクは刀を抜きつつ私にも声をかけた。

「サヤは碑石を直すことだけに集中してください」

「……! わかった……!」

 今の私が出来ることは、少しでも早くこの銅像のような碑石の修復をすること。リクが地面を蹴ったのと同時に手のひらに集中した。途端まるで身体の奥からグワッと湧き出てくるような不思議な力に思わず目を丸める。右の手首を見てみたら貰っていたブレスレットが光り輝いていた。きっとこれが魔道具の力だ。あの女性が言っていた通りすごい、と思いつつ集中力を切らせないように目を閉じる。

 これだけの大きさでこれだけの風化、今まで直したことがない。魔道具を貰っていなかったら一体どれほど時間が掛かっていただろう。魔道具があっても時間が掛かりそうだとじわりと額に汗が浮く。

「足は千切ってやりましょう。ウェスコット、火の玉に注意しろ」

「はい!」

「首を落とした方が手っ取り早そうですね」

 穏やかではない言葉を聞きつつ、スッと目を開ける。まだ足首の少し上までしか進んでいない。リクたちがとても強いってことはわかってる、でもあんな巨大なドラゴン相手に怪我をしないわけがない。三人が重症を負う前に急がなきゃと更に祈りを込める。

 聖女の力は、主に『祈り』が力になるとセシルさんは最初に教えてくれた。祈れば祈るほど力は大きく発揮してくれる。神官もできないわけではないけれど、聖女の方がその効力が高いそうだ。その理由は未だに解明されておらず、神官の中ではその研究をしている人もいるとのこと。もし理由がわかれば、今後聖女ばかりに頼ることはなくなるのではないか。そんな考えたあったそうだ。

 雄叫びが聞こえて反射的に顔を上げる。ドラゴンには複数の矢が刺さっていて、尻尾……と言っていいのだろうか、その先が斬られている。そして、リクはドラゴンに合わせて高く飛び上がっていた。あれも魔法なのかリクの身体能力なのかはわからない。ドラゴンの攻撃を躱しながら刀で腕を斬り落としていた。身軽にヒラヒラと躱す様はまるで舞っているようで、場違いながら綺麗だなんていう感想も口から出てきそうだった。

 どこからともなく雄叫びが聞こえて身を強張らせる。そうだ、こんな濃い霧の中魔物が一体だけなんて限らない。声は後ろとそして右の方から聞こえてくる。リクは一番前で戦っているし、フェデルタさんもウェスコットさんもドラゴンを倒すことに集中していた。

「射落とします!」

 気付いたウェスコットさんが私の少し前方にいた状態でくるりと振り返り、私の後ろから現れた魔物を倒していた。でもまだ右にいる。私はこの場から逃げるべきなのかそれとも無駄に動かずに黙っていたままの方がいいのか、こういう状況に陥ったことがないから咄嗟に判断ができない。でもここはウェスコットさんを信じよう、と再び祈りを込めた。

 銅像の膝辺りが見えた頃にドスンと何かが倒れる音が聞こえた。ウェスコットさんを信じてよかった、とそう思った瞬間だった。

「ッ! サヤさん!」

 倒れたからもう大丈夫だと思ったのは早計だった。その倒れた魔物の後ろに隠れていたのかもう一体こっちに向かってきている。ウェスコットさんも前に向き直ってドラゴンを相手にしようとしていたから、私から目を離していた。その隙に一気に魔物が襲い掛かってくる。急いで弓を引こうとしているけれど矢が届く前に魔物の爪が先に私に届く。

 何度も怖い思いをしてきたけれど、魔物がこんなにすぐ目の前に襲いかかってくるのはこれが初めてだ。身体が震える。魔法で防御壁を作ればいいんだけれど修復に集中していたため、それも間に合いそうになかった――死というものが、すぐ目の前に迫ってきている。

『自分の身を自分で守るものが、必要でしょ』

 急いで腰に下げていたそれを手に取りギュッと目をつむって思いきり振り切った。すぐそこにまで迫ってきていた魔物の、目に、深々と突き刺さる。

 よろめいたところでウェスコットさんの矢が魔物の喉を貫き、次に頭、胴体と次々に刺さっていく。雄叫びを上げた魔物はそのまま横たわり動かなくなった。

 今まで、誰かを刃物で傷付けたことなどなかった。それはもちろん魔物に対してだ。深々と突き刺した生々しい感覚が手に残ってカタカタと手が震える。例え魔物だろうとなんだろうと、何かを傷付けることはこんなにも怖い。

「ウェスコット! 後衛に下がり援護及び護衛!」

「は、はい!」

「フェデルタ」

「御意。一気に終わらせてやりましょう」

 ウェスコットさんが私のところまで下がってきて、フェデルタさんが更に前に上がってリクと並ぶ。一度刀を収めたリクと薙刀を構えるフェデルタさんに、ウェスコットさんがどこか羨望のような眼差しを向けていた。

 突然二人の姿が見える。ウェスコットさんに「あそこです」と教えてもらうまでどこにいるのかわからなかった。二人はあっという間にドラゴンと距離を縮め、フェデルタさんは足をリクは翼を斬り落としていた。その間にも魔物は襲いかかってきてウェスコットさんが矢で射落として、あまりにも距離を縮められたときは懐から取り出した短刀を突き刺していた。

「サヤさん、続けてください!」

「……! はい!」

 そうだ、みんなが頑張って戦ってくれているっていうのに怖いからって震えてばかりでいられない。急いで両手をかざせばより一層強い光が銅像を包み込む。

「懐かしゅうございます。先代ともこうして肩を並べて戦っていたものです。恥ずかしながら、高揚すら覚えます」

「さぞ楽しかったんだな」

「はは、どう足掻いてもクロセルの血が騒ぎます故」

 二人はそんな会話をしながら次から次へとドラゴンに向かって攻撃を繰り出している。火の玉が飛んでこようと炎を吐かれようともそれを弾き返してひらりと躱してどんどん斬り刻んでいく。フェデルタさんは薙刀で薙ぎ払ったり振り下ろしたりと器用に扱っている。リクは、目で追えないほど素早く斬ったかと思うと刀を一度鞘に収め、そして再び攻撃している。確かあれは居合いとか、そう言ったものだったような気がする。

 二人の戦い方に関心してる場合じゃないと急いで銅像に視線を戻す。だいぶ進んで胸辺りまで来ている。どこか見覚えのある装いにまさかと思いながらも修復を止めない。色々と考えるのはこの銅像の修復が終わってからだ。

「今です!」

 修復が進めば辺りの霧も少しずつ薄まっていっているような気がする。そんな中聞こえてきたフェデルタさんの声に、とても綺麗で澄んだ抜刀の音が聞こえた。

 地面や、空気が震えるほどの禍々しい雄叫び。それは一瞬ですぐにドシンと重々しい何かが地面に打ち付けられるかのように落下した音が聞こえた。次いで何かが横たわるような音も。それと同時に、顔まで来ていた修復が一気に進んで碑石の修復も終えた。

 まばゆい光が辺りを包み込む。あまりのまぶしさに手で陰を作りながら咄嗟に目を閉じた。


「な、なに、これ……」

 光が収まったのを感じ取って恐る恐るとまぶたを上げる。目の前に飛び込んできたのは、朽ちていた広場じゃない。草木が生えていて道は綺麗に舗装されていて大きな広場らしく、椅子なども設置されていた。中心部にある噴水には止めどなく綺麗な水が流れている。ここは私がさっきまでいた場所なのか、あまりの変わりように混乱する。

「すまない、貴女にこのようなことを押し付けてしまって」

 突然聞こえてきた声にびっくりして振り返る。聞いたことのない声だ。私たち以外に人がいたんだと思ったけれど、その声の人物は私を見ていなかった。

「あ、あれ……?」

 そもそも他にも人がいる。そしてその人たちは誰一人私に視線を向けない。まるで私がこの場にいないかのような様子だ。これってもしかして夢、とか言うやつだろうか。それにしてもなんであのタイミングで、こんな不思議な夢を見ているのだろうかと首を捻る。

 誰かに謝っていた声の主は、噴水近くに立っている。言葉を向けていたのはその隣にいる女性にだった。そして、その女性の姿を見て唖然とする――まるで、平安の貴族のような着物姿だ。修復していた銅像も、ああいう格好でまさかととても驚いた。

「妾にその力があると言うのであれば致し方のないこと。やらねばなるまい」

「……感謝する」

「いつの世もままならぬものじゃ。あやかしなど出ぬ世にならば良いのだが」

 辺りに霧は見当たらなかったけれど、それは常にあの女性が聖女としての力を使っていたからなのだとわかった。手を合わせ、淡く光る身体が幻想的で神秘的だった。

「桜などあれば故郷を想うこともできるが……詮無きことよ」

 辺り一帯に光が広がり、再び目をギュッと閉じる。二人の会話がまだ小さく聞こえて、その中で「すまん、八重よ」という声が聞こえたような気がした。あの女性の名前はやっぱり八重さんだったんだと思った時、一瞬意識が遠ざかる。銅像と同じ名前、私が見たものはこの広場の過去の光景だったのだろうか。

「……、ヤ……」

 どこか遠くの方から声が聞こえる。また何かを見るなんてことがあるんだろうか。まばゆい光も落ち着いてもう開けてもいいのに、まぶたを持ち上げようとしても重くて中々持ち上がらない。また声が聞こえて、フワフワとする中どこか懐かしさも感じていた。

 桜、唐突にその単語を思い出す。そうだ、召喚された世界ではとてもファンタジーで色々と目新しく何を見ても楽しかった。でも桜という言葉だけで一気に元にいた世界が恋しくなった。別に米がないわけじゃないけれど、おにぎりなんてあんまり食べてない。梅干しとかたくわんとかは見たことないし、それに……日本を象徴するような植物が何一つない。

 一度前に軽くなったホームシックが今ここで強く出るの? とまぶたが持ち上がらない状態で小さく笑った。歴代の聖女もそうだったんだろうか。みんながみんな日本から召喚されたかは知らないけれど、でも元いた世界を恋しく想う瞬間もきっとあったはず。

「サヤ」

 でも私は、この声でまぶたが持ち上がってしまう。あれだけ故郷を恋しく思いながら、この声に拾い上げられてしまう。目を開けて、ぼやける視界を直す為に一、二度瞬きを繰り返す。徐々にクリアになっていく視界。真っ先に飛び込んできたのは、心配そうな顔をしているリクだった。

「大丈夫ですか?」

「リク……霧は……?」

「……青空が見えていますよ」

 碑石の修復が終わった瞬間に意識を失ったと聞かされ、ゆっくり周りを見渡してみれば横になっている私をリクが支えている状態だった。あんな大きなドラゴンと戦って、疲れているはずなのに。申し訳なく思いつつ身体を起こして見上げてみる。

 息苦しさなんてまったくない。周りから魔物の声も聞こえてこない。あれだけ悪かった視界は晴れやかになっていて、私たちの上には青空が広がっていた。

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