31.最後の巡礼へ

 二日ぐらい経った頃、お城の中が一層賑やかになっていた。どうやら街に待機していたギルドの人たちが王からの要請でやってきたらしい。街の守りは大丈夫なのかなとは思ったけれど、攻めてくるサブノック国の騎士はお城の中で拘束されている。それに街の周辺の碑石はちゃんと修復してあるし、「腕に覚えのある者は来い」というお触れにこぞって来たらしい。ちなみに、畑などの手助けをしていた人たちはそのまま残ったそうだ。

 パタパタと廊下を走っていけば、複数ギルドの人たちの姿の中で目的の人物が見えた。

「カミラ、ハルバ!」

「サヤ!」

 二人共やってきたようで、数日前に会ったというのに嬉しくて思わず二人の元に駆け寄った。二人共この城で何があったのかそれとなく聞いていたらしい。心配そうな顔をされたけれど笑顔で返す。今は物思いに耽る場合じゃない。

「二人共来たんだね」

「おう! いや危険だってのは聞いたんだけどさぁ、その分報酬もかなりいいわけよ」

 親指を人差し指の先を付けて、クルッとひっくり返す。見事なまでのお金マークに思わず吹き出してしまった。ハルバは故郷に仕送りをしていると前に言っていたから、その資金だろう。

「今回騎士と同行って聞いたから、これを期に色々と学ばせてもらおうと思って」

「カミラは真面目だなぁ」

「だってこんなチャンス滅多にないもの」

 剣術をやりたくて家を飛び出してきたカミラらしい。仲の良い二人が目の前にいることにホッとする。やっぱりどこか気負っていたところがあって、知らず知らずに身体の力が入っていたみたい。身体の力が抜けたところで二人と楽しくお喋りをしている時だった。城の入り口付近でザワッとする声が聞こえて三人で目を合わせる。

「行ってみようぜ」

 やや野次馬っぽいハルバに、少し悩んだ後首を縦に振った。今城の中にいる人たちがあれだけざわめくということはきっと何かがあったんだろうし、やっぱりちょっと気になる。人混みをかき分けながら進んでくれるハルバの後ろをカミラと付いて行って、たどり着いた先は入り口がよく見えるエントランスだった。エントランスにも、下の入り口にも人集りができている。

 見える位置にグイグイ進んでいくハルバに、周りの人に謝りつつ私も前に行ってみる。すると更にざわめきが大きくなって周りの人たちの視線が一箇所に集まった。つられるように視線を辿ってみると、そこにはキャロラインさんと共に歩いてきているカイゼルベルク王の姿。「王自ら……」という声が聞こえてきて、自然と王の視線の先を追いかけた。

「えぇ?! あれってクロセル国の民じゃん?!」

「……クロセル国?」

「ああ、サヤは知らないのね」

 何やら興奮しているハルバだけれど、その興奮する理由がわからない。クロセル国というのも初めて聞いて、首を傾げるばかりの私にカミラは説明してくれる。

「クロセル国はね、他の国と違って霧に対して碑石を置くことなくその身一つで魔物と対峙していた民なの。腕利きばかりの粒ぞろい、周辺国にそう言わしめるほどだった。ただ……クロセル国は数年前に、滅ぼされているの」

「えっ……?!」

「クロセル国の近隣にあった国がね、魔法石を武器に付属して戦う国だったのよ。『兵器』と呼ばれる武器は威力が高く、あっという間にクロセル国を蹂躙していったわ。クロセル国の人々は魔物と戦うすべはあったけれど、魔法を使う『兵器』相手には経験が浅かった。王は倒され、残った人たちは逃げおおせ一つの集落としてひっそりと身を潜めていたらしいの」

「カミラ結構詳しいんだな」

「色々と剣術の資料を読んでいると出てきたのよ。ちなみに『兵器』はあまりにも危険なものだからその後どの国も使用禁止。中には所持も禁止されている国もあるわ」

「でも!」

 ズイッとハルバの顔が迫ってきた。目をキラキラさせて鼻息がちょっと荒い。

「戦うことを生業としている人間にとって、憧れであることには変わりない! その人たちが今目の前にいる! カ~ッ! マジでやべぇ!」

「落ち着いてハルバ。唾飛ばさないで」

 興奮しているハルバにカミラはすっかり引いてしまってて、私も思わず苦笑をもらす。この世界に喚ばれて毎日生きていくのに必死だったから周辺国の歴史なんてまったくわからない。今度時間がある時に勉強しよう、と思いつつ再び視線を下に向ける。カイゼルベルク王の前には、白髪を後ろに流し痩せ型だけれど長身で眼光の鋭い男性。恐らくカイゼルベルク王より年上だ。厳かな雰囲気に自然と辺りの空気もひりつく。

 その男性がカイゼルベルク王を前に胸に手を当ててスッと頭を小さく下げる。洗礼された佇まいにとても魔物を前に戦う人には見えず、どちらかと言うと貴族のようにみ見えた。

「魔を滅ぼすべく、馳せ参じた次第でございます」

「協力に感謝する、フェデルタ・ホークスアイ」

「いいえ、要請に応えただけに過ぎません」

 一触即発かと思ったけれどそんなことは一切なく、見守っていた周りの人たちのも身体の力が抜けるようにホッと息を吐いていた。クロセル国の人々はフェデルタ・ホークスアイさんを先頭に十数人後ろに控えている。彼らは今のところ武器を所持しているようには見えないけれどそれは城内に入るための配慮なのかもしれない。

「クロセル国に要請するって、リクは一体何者よ」

 カイゼルベルク王とフェデルタさんを見守るような立ち位置にいるリクに視線を向ける。その位置にいるから要請したのがリクだってことにカミラは気付いたみたい。思わずと言った様子で苦笑しているカミラの隣でジッと視線を向ける。

 片や一国の王、片や腕利きの人たちをまとめる人。その人たちと同じ場に立っていても、あまり違和感はなかった。


 あらゆる準備が進んでいく。神官、騎士、ギルドの人間、クルセル国の人、その人たちで一つの部隊が作られていく。セシルさんは最初私と共に行こうとしていたけれど神官の人たちの中で一番力が強いらしく、中央にある碑石の次に重要な碑石を任された。

「碑石への道順はこちらです。霧は一番濃いと思いますので、どうかお気を付けて」

「ありがとうございます、セシルさん。セシルさんの方も気を付けてくださいね」

「緊張しますが、やりきってみせましょう」

 碑石の詳しい場所を聞いて、道順が書かれている紙を手渡される。普段であれば迷うようなところではないけれど霧で見通しが悪くなっている。念の為にということだった。

 他にもハルバとカミラもそれぞれの部隊に配置された。二人とも長くサブノック国の街に滞在していたおかげで、ある程度地理を把握していたためそれが重宝されたとのこと。ハルバが俄然やる気を出していたし、カミラも自分が割り当てられた部隊の中で女性の騎士がいたため本人隠しているつもりだったけれどちょっと興奮していた。そして私は、カイゼルベルク王に呼ばれていた。

「おう、来たかサヤ。お前の護衛についてだがこの者たちに任せようと思う」

 そう言ったカイゼルベルクの傍らにいるのはついこの間エントランスで見たクロセル国の代表のフェデルタさんと、その傍に私よりも少し身長の小さな、まだ高校生か中学生ぐらいの年齢の男の子。そしてリクだ。

「ぶっちゃけクロセル国の人間一人でこっちの騎士の三人分以上の働きをするからな。この人数だが心配はするな。道中もサブノック国に詳しいリクがいるから大丈夫だろ」

「サヤ様でございますね。フェデルタ・ホークスアイと申します。こちらが一番下の倅」

「ウェスコット・ホークスアイと申します!」

「貴女様の御身は必ずお守り致しましょう」

 丁寧に深々と頭を下げられて思わず焦ってしまう。そんな風に頭を下げられるような立場ではないし、『聖女』を抜かせばこの世界に召喚されたただの人間だ。頭を上げてくださいと急いで言えば、フェデルタさんはスッと頭を上げた。常に真顔で表情を崩さないからちょっと怖い雰囲気だ。所作は綺麗でただ怖い人じゃないってことはわかるんだけれど。

 例えると、昔ながらの家に住んでいる厳しくも優しいちょっと強面のおじいちゃん、みたいな感じ。

「出立は各々準備が終わり次第ってことになっている。急かしているようで悪いがサヤも準備が終わったら出立してほしい」

「わかりました」

「では俺たちも急ぎ準備をしましょう」

 リクがそう言い二人共コクリと頷く。等々この日が来たと小さく息を吐きだして、そして飲み込む。多分だけれど、私が『聖女』として役目を果たすのはきっとこれで最後だ。最後の最後に失敗はできないし、私の護衛として付いてきてくれる人たちに大怪我を負わせるわけにもいかない。

 グッと手に力を入れていると、柔らかく肩に添えられる手。誰かだなんて、見なくてもわかってしまう自分自身に少し恥ずかしさも覚える。視線を向ければ私の予想通り、添えられている手と同じように柔らかな笑みが向けられた。

「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ」

「う、うん、わかっているんだけど……やっぱりちょっと、緊張しちゃって」

「安心してください。俺たちがいますので」

 事あるごとにそう言ってくれるリクに、困ったことにそう言われると本当に安心してしまう。ああ、リクが傍にいるなら大丈夫だって。緊張で強張っていた身体も解れてしまうから大事な場面で集中できなかったらどうしようとすら思ってしまう。でもやっぱり。

「ありがとう、リク」

 この笑顔があるから私は頑張れる。いつだってありがとう、という気持ちを込めて感謝の言葉を口にすればやっぱり「いいえ」と優しい笑顔で返された。

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