30.それぞれの役割
今王座の間にはカイゼルベルク王を中心として、あらゆる人が集まっている。それぞれが王に呼ばれて今までのことについての報告をしている最中だ。
「城の蓄えは何一つありませんでした。霧の薄い周辺の村々にも訪ねたところ、物資はすべて城に奪い取られどこも村の存続が危ぶまれる状況です」
「指定した貴族たちは王の命令通りに城から追放しました。護衛なども雇えないためこの霧の中生きていくのも困難でしょう」
「騎士の方ですが、すべての者に手当てを施しております。忠義のある者は城に残るようにと伝えておきました」
「あの、よろしいでしょうか」
「おう。どうした」
「碑石についてですが」
あの後セシルさんたちと一緒に聖女の部屋に向かった。物置にされていて埃も凄くてとても資料を下げる状態ではなかったため、先に掃除をしなければならないという手間があったものの。無事に掃除を済ませた私たちは一斉に資料を漁った。あの頃は時間がなかったから中々隅から隅まで目を通すことが難しかった。だから、見逃していたものもあるんじゃないかととにかく資料に目を走らせる。そして、たった一冊だけ。私たちを示してくれる本が、まるでひと目に入らないようにひっそりと保管されていたのを見つけた。
「その聖女の資料によりますと、国全体の霧を大きく晴らす可能性のある碑石が一つあるようなのです」
「場所は?」
「……この城の、南西。国の中心部です」
「今そこが一番霧が濃いな」
「はい……なので、そこの碑石に問題が起こったために、より一層霧が濃くなったのではないかと推測致します」
「なるほど」
カイゼルベルク王が腕を組んで「ふむ」と思案している。けれど王は頭の回転が早い人で、答えをはじき出すのも早い。
「ってことは、そこの碑石を直せば状況はよくなるってことか。問題は、そこに到達するまでに魔物がうじゃうじゃ出るってことだ」
霧が黒く濃ければ濃いほど魔物の出現も高くなる。中心部にある碑石を直せば霧を晴らすことができるけど、そこにたどり着くまでが一番難しい。まさにハイリスクハイリターン。
「手っ取り早くそこを何とかしたいが、人手が足りねぇ。そこだけじゃなく他の碑石の修復だって必要だろ?」
「……仰るとおりです」
加勢でやってきた部隊と街の護衛のために来てくれた部隊、私にとってはそれでも多いと思うけれどそれ以上にきっと濃い霧の中から発生する魔物が多いのだろう。神官の人たちの調べによると美咲さんは本当に城の周辺のみ巡礼をやっていたようで、私が以前に向かった先も霧に覆われてしまっているとのこと。とにかく範囲が広い。フェネクス国から神官さんの増援を頼むらしいのだけれど、恐らく一人の神官に護衛としてついていく騎士が三人はいる。霧が濃いところはもっとだ。
そんな中、一番可能性のある中心部にある碑石にだけに戦力を集中させることは難しいんだろう。これ以上部隊の増援をしてしまうと今度はフェネクス国の守りが手薄になってしまう。
時間をかければ、今の人数でもできないことじゃないと思う。城から少しずつ碑石の修復をやっていけば、恐らく霧は晴れていく。でも、それだと村々が耐えられない。今でも精一杯のところがほとんどで、黒い霧に覆われているところはどうなっているのかさえもわからない。
何かいい案はないのか、この場にいる人たち全員が腕を組んだり頭を捻ったりと色々と考え込んでいる。唸り声が所々聞こえてくる中、スッと手が上がるのがすごく間近で見えた。
「王、一ついいですか」
「何だ?」
「人手なら、俺に伝手があります。任せてくださいませんか」
隣にいたリクがはっきりとそう口にして、その場にいた全員の視線を集める。リクはその視線に臆することなく真っ直ぐにカイゼルベルク王を見据え、そして王は視線が交じり合った後に勝ち気に口角を上げた。
「……そうだな。お前に任せよう」
「ありがとうございます」
「それと、サヤ」
スッとカイゼルベルク王の視線がリクから私に移る。ここで名前を呼ばれるとは思っておらず、そして王から名を呼ばれたことによって自然と背筋が伸びた。
「悪いがお前には『聖女』として働いてもらいたい。中心部にある碑石を直してほしい」
今までのお願いや私がやりたいからやらせてもらっていた時とは違う、これはカイゼルベルク王からの正式な『命令』。確かにここで神官に向かってもらうよりも、神官よりも力がある聖女に向かってもらった方が確実だ――そこが一番危険な場所であったとしても。
カイゼルベルク王のことだから断ったとしても斬り捨てたりはしない。だからこうして言葉の端々に私自身が決められるように選択肢を与えてくれる。でもカイゼルベルク王のことだから私がどう答えるなんて、きっとわかってる。しっかりと前を向いてカイゼルベルク王を真っ直ぐに見つめた。
「もちろんです。『聖女』として、しっかりと役目を果たします!」
「おう、いい返事だ。任せたぜ」
護衛の心配はしなくていい、と笑ってみせ私も思わず笑顔を返す。本当にカイゼルベルク王の笑顔は不思議だ、自然と周りの人の顔も笑顔にさせてくれる。
そうして更に作戦を練り、各々が自分たちがやるべきことをやるべく動き出した。リクも「少し出かけてきます」とだけ言って、私に微笑むとすぐさまこの場から去っていく。リクの言う伝手ってなんだろう、と思いながら私もとある場所に行くためにリクを見送って歩き出した。
コンコン、とノックを二回鳴らせばすぐに中から返事が来る。ドアを開けそっと中を覗いてみれば、相変わらず美咲さんはベッドの上に横たわりその傍らに解術師の二人が座っていた。女性の方に手招きをされて、ベッドの横まで足を進める。美咲さんの顔を見てみると数日前に比べて顔色がよくなっていて、生気が戻っていた。
「顔色、いいですね」
「そうね。でも中にある『呪』を取り除くにはまだまだ時間がかかるわ。先生も頑張ってくれてるんだけどね」
女性の隣で「先生」と呼ばれている人が美咲さんの手を握りつつ、ひたすら解術をしている。あの禍々しい黒いオーラが『呪い』だったのだと知り、美咲さんはずっと呪われていた状態だったということでグッと唇を噛み締める。本当にあの王はろくでもないことばかりする。
解術するところも初めて見るけれど、繋がれている手から何か文字のようなものが浮き出ていてそれが随時動いている。方程式のようなものなのかな、と思いつつ何やら視線を感じたものだから女性に向き直った。
「あの……?」
「この子の名前、『美咲』って言うの?」
「……? はい、そうです」
「あなたは?」
「私ですか? 私は……『紗綾』です」
「そう、美咲と紗綾ね」
「あの……?」
私たちの名前を聞いて、何やらウンウンと頷いている。確かにこの世界にとってはめずらしい名前かもしれないけれど、一体どうしたんだろうと首を傾げれば女性の顔がパッと上がった。
「懐かしい響きだと思ってね」
「え?」
「エリーさん」
「ああ、そうね」
男性が美咲さんから手を離し立ち上がる。休憩なのかな、と思いつつ二人の様子を黙って見つめる。女性が男性に飲み物と軽食を手渡し、男性が食べている間に女性がバッグの中をゴソゴソと探っている。
「あなたも大変な役目を担ったと聞いたわ」
凛と聞こえた声に反射的に「はい!」と言葉を返した。いつの間にか軽食を食べ終わった男性が私の前に立ち、何かを差し出してくる。なんだろうかと視線を手のひらに向ければ、綺麗なブレスレットがそこに置かれていた。
「これは力を増幅させる魔道具です」
「先生は解術もだけれど、魔道具を作るのも得意なの」
「他の神官の方々にも配りましたので、貴女にも」
ただ人数に合わせて大量生産になってしまったため、効力がかなりあるというわけではありません。と申し訳なさそうな顔をされてしまい慌てて首を横に振る。そんな、美咲さんの解術だけでも大変なのにこんなとてもいい物まで作ってもらっただなんて。
この国の人じゃないのに、わざわざ。とつい出そうになった言葉よりも先に「お金はカイゼルベルク王に請求するわ」と女性の方がニヒルに笑ってみせ、なんだかこう、その笑顔がちょっと前の世界のゲームで見た悪役令嬢のように様になっていた。
「私からはこれ」
そう言って差し出さてのは、小型のダガーナイフ。きらびやかな装飾というわけではなく、実戦重視の作りのように見えた。
「それ、魔物の爪で作ったナイフ」
「……魔物っ?!」
「ふふっ。私の本業、狩人なのよ。魔物って丈夫じゃない? 牙や爪、皮を剥ぎ取って加工できる鍛冶屋に売ってるのよ」
「ま、魔物って、武器になっちゃうんですね……」
「とても丈夫で便利な素材よ」
魔物イコール素材と言える人がすごい。でもこれって、本当に受け取ってもいいのだろうか。狩人と言うのであればこれも彼女にとって大切な武器だ。
受け取るかどうか迷っている私に、グッとダガーナイフをやや強めに押し付けられる。おずおずと顔を上げてみれば予想以上に力強い瞳がそこにあった。
「自分の身を自分で守るものが、必要でしょ」
今回私は『聖女』として動き、そして『聖女』を何が何でも守ろうとしてくれる人が付いてきてくれるはず。その人たちが魔物の対応に追われて、その時もし私が別の魔物に襲われそうになったりしたら。誰かが、身を挺してでも私を守るかもしれない。彼女の言う通り、私が自分で動けるかどうかで絶対大きく変わってくるはず。
一度ゴクリと喉を鳴らし、そして手を伸ばす。手のひらに置かれたダガーナイフは意外にも軽い。でも武器を今まで一度も持ったことのない私にとっては、ずしりと重みを感じるぐらいだった。
「あなたが頑張っている間に、私たちもやるべきことをやるわ」
力強い言葉に二人と視線を合わせ、そして頷く。この人たちならきっと美咲さんを治してくれるはず、そして私はこの国の霧を晴らすために力を尽くそう。
笑顔になる「エリーさん」と呼ばれた女性を見て、はたと気付いた。そういえば彼女は私と美咲さんの名前を呼ぶ時に、滞りなく綺麗に発音していたなと。
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