29.王の終焉

 真っ先に乗り込んだのは、カイゼルベルク王だ。もう誰も立ち塞がることのない扉を開け放った瞬間、目に飛び込んできたのは真っ青な顔をしながら王座に座っているサブノック国の王、アルフレッド・ヴァン・パイロープ。

「き、貴様こんなところにまで乗り込んでくるとはッ、何て野蛮な奴なんだッ!」

「おうおう好きに言え。王の器じゃねぇお前はそうやって王座に縋り付くことしかできねぇもんな」

「何ッ?!」

 民を思い自らこうして動いた王と、あらゆるものを盾にして自分だけは助かろうとしていた王。どちらが王としての器があるのか一目瞭然だ。

 もうアルフレッド王を守ってくれる人なんて誰一人いない。王座にぽつんとひとりぼっちでいるしかない姿は哀れだ。フェネクス国の騎士と、本来自分の味方であったはずのサブノック国の神官に囲まれているアルフレッド王は剣を構えることすらしない。

「お、俺はこの国の王だぞ?! 王である俺に剣を向けるなぞッ……!」

「先代のアレキサンドル・ウィス・パイロープは本当に息子に恵まれなかったな。ま、それを言や俺の父親も似たようなものか」

「俺と父を比べるな!!」

「馬鹿か、親と子なら幾らでも比べられる。先代が名君なら尚更だ。お前は確かに賢い男だ、平時であればその手腕を思う存分振るえただろうよ」

 カタカタと鳴らしながら剣を抜き、距離を縮めてくるカイゼルベルク王に剣を向ける。けれどそれも呆気なく、カンと軽い音を立てて遠くへ弾き飛ばされた。剣先がアルフレッドの鼻先に突きつけられる。

「俺は、俺はこの国の王だ! この国があるのは俺の力のおかげだッ……!」

「この国があるのは先代が基盤を作ってくれたことと、民たちがそれに応えてくれていたおかげだ。お前はただ貴族に唆されるままにいただけに過ぎない」

「何だとッ……?!」

「私腹を肥やすことだけを考えていた貴族の入れ知恵のおかげで、ただただ王座に座っていただけの男だ。周りを見てみろ、その甲斐あってお前の周りにはお前を守ろうと立ち塞がる人間はいねぇぞ。騎士だって自分の矜持のためだけに戦っていただけだ」

 腰を抜かしずりずりと後ろに退くアルフレッド王に、カイゼルベルク王は剣を構えたままそのままアルフレッド王を追尾する。

「哀れな男だ、アレキサンドル・ウィス・パイロープ。お前は王ではなくていのいいただの操り人形だ」

 カイゼルベルク王の剣が振り下ろされる。目の前で魔物が斬られた時とは違って、リクがその手で私の視界を遮ることはなかった。そして、私も目の前の出来事から目を背けることはなかった。音もなく転がるアルフレッド王の最期の言葉は。

「たすけてくれ、たのむ……っ」

 とても王のものとは思えないほど、弱々しいものだった。


「まずは城内の確認! サブノック国の神官は出来る範囲で構わない、国内の霧の状況を確かめてくれ!」

 普通のゲームならば、ここで終わって画面展開しみんなが笑顔でいるエンディングが始まるんだろうけれど。ここはゲームとは違う。王を討ち取ったからと言って終わり、というわけにはいかない。

 カイゼルベルク王の声が響き渡り辺りが忙しなく動いている。アルフレッド王の身体は騎士の人たちに運び込まれ、神官の人たちは指示通りに霧を確かめるためにすでにこの場にはいない。私は邪魔にならないように、と隅の方に立っているつもりがいつの間にかカイゼルベルク王の隣に立っていた。

「カイゼルベルク王、捉えていた貴族たちはどうしますか」

「取りあえず部屋に閉じ込めておけ」

「え、貴族の人たち、ですか?」

 騎士の人と王の会話に思わず目を丸くする。確かにこの城にはよく貴族の人が出入りしているのは何度か見たけれど、でも城が攻め込まれるとなったら外に避難しているとばかりに思っていた。

「城に避難していたものの追っ手がかかりそうになったものだから、アルフレッド王を盾にして自分たちは逃げようとした魂胆だ。私腹を肥やした貴族の考えることだな」

「そんな……酷い……」

「俺は今からそんな貴族たちの選別をしないといけないわけだけどな。ま、案外早く終わりそうだ」

「どうしてですか?」

「言っただろう? 情報収集はお手の物ってな」

 王は確かに以前そんなことを言っていたけれど……とそこまで考えてハッとする。普通なら城に誰かを忍び込ませたのか、と思うけれどまさか――城内をよく知るものから情報をリークさせた?

「コロッと態度を変えて擦り寄ってくる奴は元から信用ならん。だが賢い奴は早々に身の安全を考えたんだよ。中には純粋に国の行く末を憂いた者もいたがな。その者たちは今後とも国の政を任せようと思っている」

 でもそれは、自分の身の安全のために自国の情報を相手側に漏らしたということになる。果たしてそんなことをする人に国のことを任せていいのだろうか。思わず表情を歪める私に王は一度短く笑い、堂々とした佇まいで目まぐるしく動いている騎士の人たちに視線を向ける。

「優秀な奴は残しておきたい。例え性格に多少難があったとしてもだ。好き嫌いで人選していたんじゃろくなものになりゃしねぇ」

 それは会社の運営でも大切なことだ。やっぱりこの人は王としてとても優秀の人で、反してアルフレッド王は自分の周りにはイエスと答える人しか置いていなかった。自分の意にそぐわない人は直ぐ様遠ざけていた。私やセシルさんたちが城から追い出されたように。

 それから黙って騎士の人たちを見ていると、開け放たれている扉の向こうからセシルさんの姿が見えた。美咲さんの姿が見当たらす何かあったのだろうかとドッドッと早く脈打つ心臓を押さえる。

「『聖女』の様子はどうだ」

「未だ気を失ったままです。ですがあまりにも症状が重い。正直我々の手に余ります」

「そうか。取りあえず城内で横たわらせる場所があるならそこに運んでもらいてぇんだが。それはできるか?」

「はい。では彼女に自室に運びます。場所は後でご案内します」

「おう、頼んだ。そろそろ着く頃だとは思うんだがな」

 どうやら誰かを待っていたようで、王の視線が扉の方に向かう。自然とその視線を辿るように私も視線を向ける。今は騎士の人たちの出入りが早くて他の誰かが来るような気配じゃない。

 しばらくして疲れただろうから休んできたらどうだ、という王の言葉に首を横に振りつつもう一度扉に視線を向けた時だった。明らかに騎士の装いではない人たちが向かってきているのが見えた。

「うわ、何よこの慌ただしさ」

「邪魔にならないように通りましょう」

「そうね」

 ミディアムボブの女性と、眼鏡を掛けた長い髪を一括りにまとめている男性が真っ直ぐに王に向かって歩いてくる。彼女たちは目の前に立ち止まると軽く一礼して王と向き合った。女性の方はその一礼にどことなく洗礼さを感じさせるものだった。

「ご機嫌ようカイゼルベルク王。突然のご招待に感謝するわ」

「ハッハッハ! 会って早々に嫌味とは流石だな」

「すみません、カイゼルベルク王……」

「あの、この方々は……」

 女性の方は軽く武装していて、男性の方はローブ姿。二人共髪の色からフェネクス国の人ではないような気がする。どうしてこの場に呼んだんだろうと戸惑いながら王に尋ねてみると「ああ」と相槌が返ってきた。

「この二人は『解術師』だ。魔導師がいたからな、念の為にと呼んでおいたんだ」

「それで? 『呪』を受けた人はいるの?」

「あの!」

 さっきセシルさんは自分たちの手に余ると言っていた。『呪い』がどれほどのものなのかわからない、でも王はその為にこの人たちを呼んだとすれば。

「彼女の『呪い』を、治してくれないでしょうか?!」

 美咲さんの身体を侵食していたあの禍々しいものを取り払ってくれるかもしれない。

 女性の方が真っ直ぐに私に視線を向ける。目元が少し吊り上がっているためか真っ直ぐ見られただけなぜか迫力を感じる。少し圧されつつも、私も目を逸らすことなく真っ直ぐに見返す。

「『呪』を受けた人がいるのね。案内してもらえる?」

「あっ……」

 そういえば私、美咲さんの自室を知らない。戸惑っていると「案内します」と隣から声が降ってきた。視線を向けると戻ってきていたセシルさんが「こちらです」と二人を案内しようとしている。

「あの、付いて行ってもいいでしょうか?」

「その様子だと気になるんでしょ? いいわよ。先生もいるし危険なことにはならないわ」

「危険なことになったら真っ先に身を挺するのは貴女じゃないですか……」

「あら、私が身を挺するのが一番いい方法でしょ?」

 二人の間にポンポンとやり取りされる会話に、そこに信頼があるような気がした。少し勝ち気な女性に、肩を落としながらも心配している男性。ちょっと力関係も見えたような気もしたけれど、女性のお言葉に甘えて私とそしてリクも付いて行くことにした。

 美咲さんの自室はアルフレッド王の自室からわりと近い距離にあった。それだけアルフレッド王が大切にしていた、というわけじゃなくてきっと手元に置いておきたかっただけだろう。目を離した隙に勝手に動かれないために。セシルさんが扉を開け、私たちを中に促す。部屋は聖女の部屋と比べて広く、きらびやかな内装だった。

 歩を進ませれば天蓋付きのベッドに横たわる美咲さんの姿が見える。「触らないよに」と女性の忠告をしっかりと受け、そっと彼女の顔を覗き込んでみる。

「美咲さん……」

 あんなに元気だったのに。目の下には隈が出ていて頬は痩けてしまっている。女子高生ぐらいの年齢だろうにその若々しさがまったく感じられない。これも『呪い』のせいだろうか。

 後ろに下がり、空いたスペースに女性が腰を下ろす。美咲さんの顔をジッと見た後、徐ろに彼女の手を掴んだ。『呪い』は触った人に伝染る、と聞いたから急いで止めようとしたのだけれど傍にいた男性からやんわりと「大丈夫ですよ」という声が掛けられた。女性の手を見てみると、その禍々しさが伝染ることなく綺麗な手のままだった。

「……なるほど。これは随分と長々と侵食され続けていたようね。どこもかしこも真っ黒だわ」

「そんな……美咲さん、もしかして治らないんですか……?」

 そんな深刻な状況なら、『解術師』の彼らにも無理かもしれない。そんなの、あんまりだと思わず口元を手で押さえる。そんな、私たちは普通に暮らしていて、そして勝手にこの国の都合で召喚されただけなのに。あの王のせいでどうして彼女がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。

 怒りや悲しみ、色んな感情が込み上がってきて肩が震える。哀れだと思っていた王だけれど、それでもやっぱり怒りを感じざるをえない。あの王でなかったら、きっと美咲さんも今頃普通に女子高生として過ごしていたはずなのに。

 震える肩にぬくもりを感じ顔を上げてみれば、リクが私の肩を支えてくれていた。そして女性は、私に振り返りその口角を上げた。

「大丈夫よ、先生はすごいんだから。この『呪』だって解術するわ」

「そ、そうなんですか?!」

「ハードルを上げましたね……でも、そうですね。私も伊達に解術を研究していたわけではありません」

「だから安心して」

 力強い二人の眼差しに、思わず頭を下げて感謝する。『呪い』と『解術』がどのようなものなのか、私にはわからない。わからないけれど今の私が美咲さんに出来ることは二人の言葉を信じることだけだ。

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