28.進軍②*

 城に進軍するのはカイゼルベルク王とフェネクス国の騎士、そしてカイゼルベルク王が協力を要請したセシルさん神官さんたちだった。ギルドの人は街の護衛に残るとのこと。霧は薄く、サブノック国に攻められる可能性は低いけれど念の為ということらしい。

「気を付けてね、サヤ」

「うん、行ってくるねカミラ」

 カミラとハルバに見送られながら、私たちはその一軍の中に加わった。

 街を出ればまだそこまで霧は濃くなかったのだけれど、サブノック国の城に向かう間にどんどん霧が黒く濃くなっていく。あの美咲さんの様子なら巡礼に行けてないのかもしれない。カイゼルベルク王はこうなっているのを見越して神官の人たちに協力を要請したのだと気付き、道中近い場所に碑石がある時は修復しながら進むことになった。

 もちろん私もそれに協力する。寧ろこれもカイゼルベルク王の作戦のうちだったのかな、と近くにあった碑石の元へ行き修復に勤しんだ。私は一応聖女として神官の人たちよりも力が強い為、修復の時間もそう掛からない。顔を上げれば他の神官の人と周囲の警戒を怠っていないリクの姿。リクはフェネクス国の騎士ではないため、私たちの護衛という名目で加わっていることになっている。

 私たちが歩いてきた道は霧が晴れてきているけれど、進めば進むほど霧が濃くなって魔物の出現も多くなる。前の方では騎士の人たちが次から次へと襲い掛かってくる魔物を一網打尽にしているのが見えた。フェネクス国は霧の対策をしっかりしているため魔物と遭遇する確率も低いだろうに、それでも騎士の人たちは見事な連携を取っている。普段からそういう訓練を積んでいるのかもしれない。

「サヤ、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。お守りもあるし」

 気遣うリクにちょっと照れ笑いしつつ、胸元に閉まっていたものを取り出す。リクから貰ったネックレスとピアス、その両方が付いている首飾りにリクは一瞬だけ目を丸めてすぐに笑顔になる。この場にハルバたちがいたらちょっとからかわれていたかな、と思いつつ視線を上げる。霧を晴らしながら進んでいるから城に着くにはまだ時間がかかる。

「野宿とかになるかな」

「そうですね。けれどフェネクス国の騎士は訓練されているので大丈夫ですよ」

「なんだか、久しぶりだね。野宿」

「ああ、確かに」

 サブノック国の聖女として巡礼に行ってた時は私とリク、そしてセシルさんたちとで野宿するのが当たり前になっていた。周りを見渡してみればあの時と同じメンバー、だけれど今はあの時とは違って騎士の人たちと何よりフェネクス国の王がいる。

 私たちが予想していた通り、城に着くまでに数回の野宿があった。私は今どちらかと言うと神官の人たちと行動を共にしているから野宿の時も一緒だと思ったんだけれど、女性の騎士の人がやってきて声を掛けられた。「男の中に一人女性を置くわけにはいきません」という苦笑しながらの言葉付きで。

 私は別に慣れていたことだし大丈夫ですって言ったんだけれど、私の背中を押したのはリクやセシルさんたちだった。どうぞどうぞと物理的に背を押して私を女性の騎士の人に預けた。リクや騎士の人たちのご厚意に甘えてその人たちと同じ場所で寝泊まりをすることになり、ちょっとドキドキしたけれど。

 ここで一つ面白かったのは、意外にも彼女たちは気さくで恋バナで盛り上がったということ。私の周りにいた普通の女性と何一つ変わらなかった。盛り上がりすぎて話し合いから戻ってきたキャロラインさんからお叱りを受けたのは、ちょっと修学旅行のようで楽しかったと心の中に留めておく。

 そうやって進んでいって、ある境で霧が薄くなったのを感じた。城周辺は聖女が巡礼している、と言っていたから恐らくその場所に来たのだろう。ということは、城はもうすぐそこだということになる。騎士の人たちの警戒心は強まり、神官の人たちも身構える。

「……ねぇ、リク。私がいたところは争いがなかったからわからないんだけど……こういうのって、城から出て迎え撃つものじゃないの?」

 戦国時代とか城に入られたら終わりみたいな感じがしたけれど。だから出城というものがあるわけで。でも徐々に見えてきた城の輪郭に対し、その周辺には騎士がいる様子が見られない。

「迎え撃つ余裕もないぐらい兵糧が尽きているんでしょうね。最後は城の中で踏ん張るつもりなのかと」

「……それだけ追い詰められてたってこと?」

「そうです。そうならないための采配を振るうのが王のはず、なんですが……」

 複雑そうな表情をするリクに私も自然と口を閉じ、騎士の人たちに続く。驚くほど城の中にすんなりと入れた。本来なら騎士の人や使用人の人たち、他にも色んな人がいたはずなのにこの城の中は随分とシンと静まり返っている。もしかして避難したかもしれない、けれどそれにしてはあまりにも人の気配がなかった。

 カイゼルベルク王を筆頭に警戒しながら奥へ進む。戦わずに降伏するつもりなのかも、とも思うけれど相手はあのアルフレッド王だ。プライドの高いあの王がそう簡単に負けを認めるとは思えない。

 やがて一つの扉の前で立ち止まる。あと片手で足りる程度の扉をくぐればもう王座にたどり着いてしまう。相変わらず人の気配がなく、騎士の人が慎重に扉を開く。

 随分と広い廊下の真ん中にぽつんと人影が見えた。一斉に構える騎士の人と、そして神官の人たち――私は、息を呑んだ。

「……あっは、あはははぁ! お客さんだぁ」

 虚ろな目で真っ直ぐ立つことすらままならない。その人は半開きの口から呂律の回らない言葉をこぼす。

「美咲さん……!」

 あんなにも元気がよくて活発だった美咲さんの面影がどこにもない。禍々しいオーラはもう美咲さんの身体全体を包み込んでしまって、顔もやっと見えるかどうかというところだった。

「あはっ、お客さんのぉ、おもてなししなくっちゃぁ。王様からしろって言われた、からぁ。あははっアハハハッ」

 ガクンッと首が仰け反り連動するかのように右腕が前に出る。瞬間ゾッと背筋に悪寒が走った。

 それからはもう無意識で、止める言葉も聞かずに騎士の人たちの間をぬって前に躍り出る。あの時の比じゃない、禍々しいものが一気に大きくなってこっちに放たれようとしている。

「お願いやめて!」

 とても聖女の力とは思えないものの前に、両手を掲げた。どうなるかなんて考えるよりも先に身体が動いて、目の前に透明の盾が現れる。放たれた禍々しいものはそれに衝突してそして――美咲さんに、跳ね返された。

「あ、ぅ……」

 言葉にならない言葉をもらした美咲さんがぐるんと白目を剥きそのまま後ろに倒れる。そんな美咲さんを囲む騎士の人たちに、私を後ろに下げようとするカイゼルベルク王。「無茶をするな」という言葉を聞きながらも美咲さんが気になってしかたがなかった。もしかして、彼女にとんでもないことをしてしまったんじゃないかって。

 倒れてぴくりとも動かない美咲さんに、騎士の一人が確認のために傍に膝をついて手を伸ばそうとした時だった。

「触らないでッ!」

 セシルさんの声が響いて騎士の人の動きがピタッと止まる。後ろに待機していた神官の人たちが急いで駆け寄って騎士の人たちに美咲さんから離れるように促す。騎士の人の代わりに美咲さんの傍に膝をついたセシルさんは、しっかりとグローブをした手を美咲さんに伸ばしそして触れた。

「……やはり、これは『呪い』です。彼女の身体は呪いに侵食されてしまっています」

 そしてさっき私たちに放たれようとしていたものも『呪い』だったのだとセシルさんは説明してくれた。『呪い』は触った人に伝染る、念の為にと着けてきたセシルさんのグローブはその『呪い』の影響を受けない効果が付加されているらしい。

 ここで私はやっと自分の胸元が光っていたのを気付いた。私が魔法の盾を作った時に神官の人たちも咄嗟に同じように作ってくれたらしいけれど、反射の効果を高めてくれたのはリクのくれたピアスだったみたい。

「なるほどな。自分たちに害が及ばないよう、この嬢ちゃんを一人ここに置いといたってわけか……つくづく悪知恵だけは働く奴だ」

「セ、セシルさん、美咲さんは……」

「私が看ておきましょう。他の者たちは皆さんに付いて行ってください」

 他の神官さんたちにそう指示を出したセシルさんに、周りの人たちはみんな頷いていた。セシルさんとそしてもう一人の神官の人が美咲さんのところに残って、そして私たちは再び進むことになった。私はリクの隣に戻って扉をくぐる前にちらりと美咲さんに視線を向ける。結局純粋なあの子は最後の最後まで王に利用された。利用されていたことに気付くことなく。


 カイゼルベルク王が構うことなくどんどんと先に進んでしまうものだから、あっという間に王座近くになってしまった。流石にここまでくればサブノック国の騎士たちが出てくる。一気に人と人との交戦となり、私はリクに守られながらも神官の人たちと協力して騎士の人たちに防御の魔法をかける。

「ほう? 私の前に立ち塞がるか」

 こんな状況の中凛と響く声は私の耳にも届いた。視線を上げると見えたのは槍を構えているキャロラインさんとその前に立ち塞がっていた、いつもアルフレッド王の傍にいたサブノック国の騎士団長ティグランだった。

「愚かな王に忠誠を捧げるなど従者も愚かだと見た」

「随分と生意気な口だ。女如きが俺に槍先を向けてくるなど」

「ククッ……性別で判断するなど余程痛い目を見たいのだな」

 ティグランが一気に距離を縮めキャロラインさんに剣を振り下ろす。物凄い早さだったにも関わらずキャロラインさんは笑みを浮かべたままそれを槍で受け流し槍先をティグランの顎目掛けて繰り出す。ティグランはそれを仰け反って一度後ろに飛び退いたものの、すぐに距離を縮めていた。

 一進一退の攻防に素人の私の目には何が起こっているのかまったくわからない。ただ近くにいた人たちが誰も加勢に行かないところを見てみると、他の人が手を出せる状況じゃないということなのかもしれない。キャロラインさんならきっと勝つと信じて、怪我をしている人を見つけて急いで治癒の魔法をかけた。恐ろしいことに前で戦っているサブノック国の騎士の後ろから魔導師たちの姿が見えて、神官の人たちは一気にそっちの対応に追われた。繰り出される魔法に神官の人たちは騎士の人たちに被害が被らないように必死に弾き返している。

 やがてバキンッという音が妙に響いてみんなの視線が一斉にその音の方に集中する。真っ二つに割れた剣が宙を舞い、床に落ちた瞬間だった。跪いているティグランに、槍を構えているキャロラインさん。ティグランはサブノック国でも一、二を争う実力の持ち主だったため、向こうの騎士が一気に動揺の色を見せた。

「サヤをお願いします」

 近くにいたリクが近くにいた騎士の人に一言そう告げ、あっという間に姿を消した。勝負はもう付いたように見えたんだけれど、どうしたんだろうと消えた方向を見守る。

「口程にもない。どうだ、お前が侮っていた女に膝を折られた感想は」

「き、貴様ッ……!」

「侮るなよ。こちらの方がお前たちに比べて経験を積んでいるんだ。胡座をかいていた者が私に勝てるわけがない」

「クソッ……――やれッ!」

 魔導師が一斉にティグランに向かって手をかざした。ティグランの身体はあっという間に禍々しいオーラに飲み込まれ、折れた剣先から禍々しいものが剣の形をしていく。

 そこから繰り出される斬撃に、キャロラインさんの傍にいた副団長の人が身を挺して守ろうとその身体を包み込んで背を向けた。このままでは副団長さんの背中が斬り裂かれてしまう。神官の人たちも急いで防御の魔法で盾を作ろうとしたけれど、間に合いそうにない。

「ッガァアアアアッ!!」

 鈍い悲鳴が響き渡る。あまりの痛々しさに耳を塞ぐ人だっていた。

 剣を持っている腕ごと斬り落とされて叫んでいるティグランは、もう片方の腕で落ちている剣を拾い上げようとしていた。けれど伸ばされた時に、リクは構うことなくその腕も跳ね飛ばした。血飛沫がティグランの後ろにいた魔導師たちのところまで飛ぶ。いつも後ろで魔法を使っていたせいか、こんな間近で血なんて見たことがなかったのだろう。魔導師たちは悲鳴を上げて腰を抜かしていた。

「きさっ、貴様ッ……貴様ァアアアッ!」

 ティグランを包んでいたオーラが霧散する。顕になった両腕のないティグランに、私も思わず口元を手で押さえて目を逸らした。鉄の臭いが鼻を突く。

 前に間近で魔物が倒されているのを見たことがあったけれど、それが人となるととてもつらいものがあった。勝手に滲む視界に、それでも何とか耐えるように嗚咽を押し殺す。

「貴様ッ……俺はッ、俺は昔からお前が気に食わなかったんだッ!!」

「そうですか。俺は別に貴方に関心なんてありませんでしたが」

「ッ……!!」

 プライドを折られる、というのはこういうことなのだろうか。リクの言葉がトドメになったかのように、ティグランはそれから声を上げることなく蹲るだけだった。彼の両腕は、魔導師の力で出血は止まったものの神官の力を以ってしても治るようには思えない。彼はこれから騎士として生きていくことができない。

「流石、躊躇いがねぇな」

 小声だったけれどしっかりと響いたカイゼルベルク王の言葉に、これが戦いなんだと思い知らされた。リクは徹底的にティグランを叩きのめしたことによって相手の士気が下がり、私たちは王座へ辿り着けたのだから。

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