27.進軍①

 目が覚めて身支度を整える。寝癖を整えて「よし」としっかり身なりが整っているのを確認して、最後にネックレスを首から下げた。

 ちゃり、と音を立てて揺れるネックレスには魔法石のついていないフレームのみのものと、リクがくれた耳飾りが並んでいる。昨日の夜メリーさんにアドバイスをもらいつつ四苦八苦しながら付けたものだ。

 リクのお母さんのネックレスと、リクのピアス。せめてこれだけでも一緒にいられたら、と願わずにはいられなかった。

 階段を降りれば少し賑わいを見せ始めている店内。いつもの席に視線を向ければすでにリクの姿がそこにあって、私に気付いたリクは笑顔を浮かべ「おはようございます」と先に声をかけてきてくれた。その右耳には、綺麗な藍が揺れている。本当に大切にしてくれているんだ、とちょっと恥ずかしくなりながらも「おはよう」と返していつもの席に着いた。目の前にはすぐに朝食が置かれて、リクと一緒に手を合わせて早速ご飯を口にする。

「今日はどうしますか?」

「うーん、あんまりゆっくりするのもなぁって思って。カミラたちも気になるし……」

「向こうに戻る準備でもしますか」

「そうだね」

「マジかよ?!」

 タイミングよすぎる声に、びっくりして視線を向けた。別に私たちの会話に割って入ったわけじゃない、お客さんの会話がただお店の中に響いただけ。そのお客さんは興奮しているのか自分が大声を出したことに気付いていない。

「マジマジ! 俺は確かにこの目で見た!」

「おーいアンタたち、声が大きすぎ。そんなに騒いで一体何があったんだよ」

「コイツがさぁ、カイゼルベルク王が騎士を率いてサブノック国方面に行くのを見たって言うんだよ」

 その一言で一気に宿内がざわめく。びっくりして思わずリクの方に視線を向ければ、そこには穏やかな表情はまったくなかった。真剣な表情で会話をしていた人たちの方へ視線を向けている。その人たちはどれくらいの騎士の数で、先頭にはカイゼルベルク王がいてすぐに見つけられたとか色んなことを言っていて周りもその会話に夢中になっていた。

「リク……」

 本当の話なのかな、と言葉にしなかったけれど十分に伝わっていたようで、リクは持っていたナイフをお皿の上に置いた。

「事実だと思います」

「それって……」

 フェネクス国がサブノック国に攻め入る、ってことだよね? それが何を示しているのかわからないほど無知じゃない。国と国が戦うなんて、そんなの争い以外の何ものでもない。

 私がサブノック国に囚えられている間に何かあったのか、それとも気を失っていた時に何かあったのか。私の知らないところで色んなことがあったのかもしれない。国同士の駆け引きや何がきっかけになるのかも私にはわからない。でも、カイゼルベルク王が直接動く何かがあったということだ。

「サヤ、どうしますか」

 名前を呼ばれて視線をリクに戻す。リクはいつだって私の意見を優先してくれる。さっきみたいに「どうしますか」って聞いてきてくれる。でも今は私よりも……リクが自分の意思に従って動きたようにも見えた。

「リクは、どうしたい?」

 聞き返すと軽く見開かれる目、聞き返されるとは思ってもみなかったというような反応。リクでもそんな反応するんだね、と内心小さく笑みをこぼしもう一度「どうしたい?」と問いかけてみる。

 いつも私を優先してくれたから。でも今回ばかりはリク自身の意思に従ってほしい。私に遠慮しないで動いてほしい。だってリクは言っていたよね、サブノック国の先代の王に恩があるって。それがあるから騎士として働いていたんだから。その国と今自分が身を置いている国が争うなんて、穏やかな感情ではいられないはずだから。

 リクは一度視線を下に落として、しばらくそうした後再び顔を上げる。真っ直ぐ見つめる目はいつだって綺麗で澄んでいる。

「戻りたいと思います、あの街へ」

「うん……私も行く。いいよね?」

 私にも思うところはあるから。いいよね? と言っておきながらその実リクに付いて行く気満々だったけれど。多分リクにもそれが伝わっている、緩く微笑んで「一緒に行きましょうか」と彼は言ってくれた。

「あんたたち相変わらずゆっくりしないねぇ! まったく、もう!」

「ごめんなさい、メリーさん」

「……いいんだよ、若いんだし思うがまま行動したっていいさ。あたしはここであんたたちの帰りを待っとくからね」

「……ありがとうございます。行ってきます」

「いってらっしゃい!」

 厨房に顔を出してメリーさんに出立するという挨拶をする。メリーさんの言う通り確かにゆっくりしたのは一日だけだった。指摘されたことに反省しつつ、すでに準備を終えている私たちにメリーさんは呆れながらも温かい眼差しで私たちを見送ってくれた。


 国境で門兵さんに「あれぇ?! お早いですね!」と言われつつ直ぐ様街に戻った。入った瞬間にわかったのは、街全体が何やらざわめいていて落ち着きがないこと。前にサブノック国の騎士が攻めてきた時に来ていたフェネクス国の騎士の人たちはもちろんいたけれど、明らかに待機している人たちの人数が増えている。

「もう戻ってきたの?!」

「うん、向こうで噂を聞いてきて……」

「あ~……宿屋ってそういう情報広がりやすいからな。そんでもってその噂通り、王様来てる」

 カミラとハルバと再会すれば、やっぱりカイゼルベルク王はサブノック国に移動していた。どうしてこの街なんだろうと一瞬思ったけれど「その為の街なので」とリクが手短に説明してくれる。少し考えてみればそれもそうだ、サブノック国の中でこの街だけがフェネクス国の領地だ。自分の領地に居を構えるのは当然のこと。

「村長さんなんてマジで腰抜かしてたもんなぁ」

「いきなり王が来れば誰だってそうよ」

 しかも村長さんはサブノック国の王とも会ったことがないらしく、『王様』という立場の人に出会ったのは人生初だったらしい。腰を抜かして立てなかったところを息子さんが支えてあげていたとハルバが笑いながら教えてくれた。

「カイゼルベルク王は村長の家にいるわ。今なら誰でも会えるけれど、会ってくる?」

「え? 誰でも会える?」

「そう。街の人たちの意見を聞くために開けているのよ。カイゼルベルク王らしいと言えばそうなんだけど」

 苦笑しているカミラの隣でリクと目を合わせる。お互い頷き合って早速村長さんの家に向かうことにした。近付くにつれて街の人たちがどことなく緊張しているのがわかるし、警護のためか騎士の人たちの姿も増えていく。でも見えてきた村長さんの家には街の人たちが出入りしている。カミラが言っていた通り本当に誰でも会えるんだ。

 家の前にたどり着き、騎士さんたちがいたものだから立ち止まる。私たちをジッと見つめた後笑顔で「どうぞ」と促してくれた。少し緊張しつつドアを開ける。

「ん? おう、久しぶりじゃねぇか」

 家の中心部にまるで家の主のように座っている、カイゼルベルク王。そしてその傍に立っているのは最初に街にやってきた騎士で団長のキャロラインさんだ。もう片方には村長さんが縮こまって座っている。

「こ、こんにちはカイゼルベルク王」

「おうおうそんな緊張すんな。知った仲だろ? サヤ、お勤めご苦労さん。街に来てみて驚いたぜ、まさかここまで栄えるたぁ」

「それはこの街とギルドの人たちのおかげです」

「それと、協力してくれたサブノック国の神官たちもな。報告に聞いていた以上に霧が晴れている。よくやってくれた」

 セシルさんを始めとする神官の人たちにもフェネクス国からの労りの言葉と共に報酬が出したという話を聞いて、今度は私の方が驚いた。きっとサブノック国では絶対にないことだ。それをやって当然、という考えがあるから労りの言葉なんて出てこないはず。

 ところで、少し気になったことがあっておずおずとカイゼルベルク王に向かって言葉を発する。

「あの、フェネクス国のお城は大丈夫なんでしょうか……?」

「ああ、俺がいないところで潰れるようなヤワな城じゃねぇよ。まぁイェルナーがお冠だったがな! ハッハッハ!」

 イェルナーさんが一体誰なのかわからないけれど、真っ先に頭に浮かんだのはカイゼルベルク王の隣にいたとても美人の人だった。多分あながち間違いじゃないと思う。怒っているのが簡単に想像できる。カイゼルベルク王も相変わらず豪快に笑う人だし、この人が笑うと自然と周りが明るくなるように感じるから不思議だ。

「カイゼルベルク王、ここに来たってことは……サブノック国の城に攻め入るんですか……?」

 噂に聞いていたけれど、本当に争いが起こってしまうのだろうか。素直に口に出してみるとさっきまで豪快に笑っていたカイゼルベルク王がピタリと笑い声を止め、腕を組んだ。

「サブノック国の王は尽く選択肢を間違えた」

「間違えた……?」

「ああ。最初にここを落とされた時に、交渉するべきだった。城の蓄えも減っているのならば尚更、士気を下げることなくまた民たちの不安を払拭するには剣なんざ手に取るべきじゃなかったんだ。ところが奴らは武力で物申そうとしてきた。それどころか、こっちの民を攫って幽閉、更には精神汚染をしようとする始末」

 この場にいなかったのになぜこんなにもカイゼルベルク王が事のあらましに詳しいのか。目を見張る私に王は「こっちは情報収集に長けている人間がいる」と勝ち気に笑ってみせた。

「民を害され踏みにじられるのを、この俺が黙って見ているわけがねぇのよ」

 低く響いた声に、この人はまさに王なのだと実感する。とても親しみのある人だけれどやっぱり上に立つ人だ。物事に対する責任の持ち方がとても強い。だからこそフェネクス国の人たちはこの王を慕う。この人ならば大丈夫、付いていこうという気持ちになる。

「サブノック国の民のためにも、おいたが過ぎる若造に引導を渡してやんねぇとな」

「……あの、カイゼルベルク王」

 これから私が口にすることは褒められることじゃないかもしれない。でもやっぱり、私は。

「城に攻め入る際、付いて行ったら駄目でしょうか。決して邪魔をしません、少しでも役に立てるように動きます。だから」

「……異世界から理不尽にも勝手に喚ばれたもんな。サヤ、お前にはこの国の行く末を見守る権利はある」

 カイゼルベルク王の視線が、一度も言葉を発していなかったリクへと向かう。

「そしてお前もな」

「……はい」

「よし、二人の同行を許可しよう。ただし自分の身は自分で守ってくれ。サヤはその力を頼りにさせてもらうかもしれねぇ」

「はい、頑張ります!」

「おういい返事だ! しかし、あれだな。サブノック国の先代は名君だったがただ一つ恵まれなかったことは、我が子が愚息だったということだな。片や賢いが王の器ではなく、片や王の器でありながら……ままならねぇもんよ」

 カイゼルベルク王の最後辺りの言葉の意味がわからず首を傾げていると、外から騎士の人が入ってきて他の街の人が来訪していることを王に告げた。王と話をしたいのは私たちだけじゃない。長居するのも悪いと思ってカイゼルベルク王と、村長さん。そしてキャロラインさんに頭を下げればキャロラインさんは微笑んで応えてくれた。美人は笑っても美人だ。

 けれど気になることが一つ。未だに一言も喋っていないリクにそっと視線を向ける。この街に来てから一度も穏やかな表情をしていない。

「リク……?」

「……ああ、すみません。前に、メリーさんが言っていたことを思い出して」

「メリーさんが?」

「はい……生まれ変わる国もあれば、そのまま滅ぶ国もあり再び立ち上がる国もある、と。まさにその通りだと思いまして」

「……そうだね」

 そのまま滅ぶ国、このサブノック国がそうなってしまうかもしれない。

 霧が発生した時に聖女を召喚するのではなく、フェネクス国のやり方を取り入れていたらこうはなっていなかったんじゃないかな。一つの選択で国の行く末が大きく変わる。

 もし、今のサブノック国の王ではなく先代の王だったら。リクが恩を感じていた人だったら。たらればを考えてもどうしようもないけれど、勝手に召喚された国だけれど。やっぱりそんなことを考えてしまう。

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