24.首飾り
パキンッと甲高い音が響き渡った。驚いて咄嗟に目を開けてみると、私の胸元から眩い光が溢れているのが視界に入る。宝石のようなものがはめこまれているそのネックレスは、再び私が攻撃されそうになったとき同じようにその攻撃を弾き返した。
『サヤを守ってくれるはずです』
何度も何度も外さないようにと念を押すように言っていたリク。その言葉が今ようやくわかった。このネックレスは私を守ってくれようとしてくれている。
「チッ! 魔法石がはめこまれているだと?! 面倒だ、さっさとやれ!」
「はっ!」
攻撃が簡単に通じないとわかった王と魔導師たちは更にもっと強い力を放ってきた。その度にネックレスは音を立てて私を守ろうとしてくれているけれど、ピシッと聞こえた音に身体を強張らせた。急いで視線を胸元に向けてみるとはめこまれている石にヒビが入っている。これだけ強い力を連続的に向けられてこの石も耐えれないのかもしれない。
身を翻してこの場から逃げる選択を取った。ここまでくれば多少の抜け道は知っている。騎士たちが一斉に襲い掛かってくる前に逃げ出そうとしたけれど、魔導師の攻撃の手が止まらない。ピシピシ、ピシッとどんどんヒビの入る音が大きくなってくる。駆け出していた足がもつれて前に転ぼうとした瞬間、ゾッと背筋に悪寒が走った。
後ろを振り返れば一際大きな、それこそ歪みさえも生んでしまいそうな黒いオーラが覆いかぶさるように私に襲いかかっていた。こんなにも禍々しいもの、この小さなネックレスが耐えれるわけがない。
パキンッ! と言う音と共に、石が崩れ落ちた。ネックレスは最後の力を振り絞るようにあの禍々しいオーラを弾き返してくれたけれど、私の胸元はもう光らない。また目の前に、さっきほどではないけれど黒いオーラがすぐ目の前に迫ってきている。このままじゃ私も洗脳される、わかってるけれど身体が動かない。
ごめんなさい、と誰に向かっての言葉か自分でもわからない言葉をこぼして、身を守るように自分の身体を抱きしめた。
「うわぁぁあっ?!」
裏返る悲鳴に、いつまでも来ない衝撃に恐る恐るギュッと閉じていた目を開ける。あの黒いオーラは、私の前からなくなっている。
その代わり、一つの人影が私に背を向けて立っていた。見覚えのある銀色の髪をなびかせながら。
「――リクっ」
刀を引き抜いてサブノック国の王と騎士、魔導師に対峙しているのは間違いなくさっきまで脳裏に思い浮かべていたリクだ。刀の先から赤い液体が見えて、ハッとして視線を奥に向ければ失った腕を蹲りながら押さえている魔導師の姿。
「貴様一体どこからッ……ッ、ただの騎士が俺に向かって反旗を翻すつもりかッ!」
「先代は、今の貴方の姿を見てさぞかし幻滅するでしょうね」
「何だとッ?! 貴様に父上の何がわかるッ!」
「少なくとも、貴方よりは理解しています――貴方よりも多くのことを教わりましたから」
それに反旗を翻すと言っても俺はもうここの騎士ではありません、と気色ばむ王とは違って淡々と冷静にリクは言葉を返す。これほどの殺気、と言えばいいんだろうか。あちこちから鋭い目で睨まれて、私は勝手に身体が震えだしているというのにリクはいつも通りだった。ただ私を背に、相手に対峙している。
「そいつを殺せぇッ!」
一斉に騎士が襲いかかってきて、一人で相手するなんて無理って思っていたのにリクは次から次へと騎士を倒していく。詳しく知っているわけじゃない、でも魔物相手と人間相手じゃ戦い方も変わってくるだろうにリクの動きからは一切の淀みを感じない。
「きゃっ?!」
腰が抜けた状態で座ることしかできなかった私の身体が急に宙に浮いた。驚いて声を上げた私の顔のすぐ傍に、リクの顔がある。所謂『お姫様抱っこ』と言うやつだ。いつの間にかリクは私を抱えて走り出していて、咄嗟に落ちないようにその首にしがみついた。
あまりにも早く景色が流れていくものだから、酔いそうになってギュッと目を閉じる。視界を遮れば怒声や鎧が擦れる音、追ってくる足音がはっきりと聞こえてきた。でも、それでもリクの乱れる息遣いはまったく聞こえてこない。
どれほどそうしていただろう、音がだいぶ遠ざかったと思ったらふわりと身体がまた宙に浮く。そっと降ろされたのがわかって目を開けてみれば少し霧のかかった雑木林のような場所。私たちは丁度その木の陰に隠れるような形になっていた。
「サヤ、怪我はありませんか……?!」
両肩を支えられてマジマジとあちこち視線を走らせているリクに、びっくりしすぎてコクコクと頭を動かすことしかできなかった。私の返事と、そして自分で確かめて怪我がないとわかったのか、リクは心の底から安堵したというような表情で小さく微笑んだ。
「よかった……本当に、よかった」
脱力したかのようにコツン、とリクの頭が私の肩に当たる。こんなリク、初めて見る。でもだからこそどれほどリクが心配してくれていたのかがわかる。
どうしてリクが突然目の前に、どうやってあの場所に現れたのか聞きたいことはたくさんあるけれど。小さく聞こえた足音にリクは咄嗟に私の口を手で塞いで更に木の陰に隠れた。辺りの様子を探り、そして足音が遠ざかったのを確認してリクは私から手を離しもう一度対面する。
「取りあえず今は街に戻ることだけを考えましょう。みなさん心配していましたし」
「あ……」
「安心してください。俺、こう見えて逃げるのは得意なんです」
私を安心させるためにリクは明るい声でにこっと微笑んだ。逃げるのは得意とは言っていたけれど、でもきっとリクは私が想像するよりもずっと強い。多分私がいなければわざわざ逃げるという選択を選ぶ必要もなかった。リクの足を引っ張っているようで、落ち込みそうになる私の肩を綺麗だけれど男性特有の大きな手が包み込む。
「ごめんね、リク……」
「サヤが謝る必要なんてありません。帰りましょう、みなさんのところへ」
「うんっ……!」
零れそうになる涙をなんとか我慢して、何度も何度も首を縦に振る。そう、私がいたいのはサブノック国の城じゃない。みんなが待っている場所だ。
リクの手を借りて立ち上がって、これ以上足は引っ張らないように頑張ろうと思った瞬間だった。ぐらりと立ちくらみがして身体がよろける。倒れる前にたくましい腕が私を抱きとめてくれたけれど、何度瞬きを繰り返してもぐらぐらと動く視界が治らない。
「何度も強力な魔術に当てられたせいでしょう。サヤ、無理しなくてもいいですよ」
「でも、私……」
「大丈夫ですから」
必死で立とうとするけれど目眩がどんどん酷くなってまぶたが重くなってきた。どうして足を引っ張ることしかできないの、とグッと奥歯を噛み締める私にリクの声はとても穏やかに聞こえて――目の前が真っ暗になった。
一体何度意識を失えば気が済むんだろう、と自分でも呆れてしまう。森の中で意識を手放したのは魔導師のせいだったのかもしれないけれど、とそこまで考えてはたと気付く。今の私は意識は浮上してきたけれど、まぶたは重くて持ち上げられない状態。もし目を開けて、またあの冷たい牢屋の中にいたらどうしようとひやりと肝が冷える。リクが助けに来てくれたのは私の夢で、実はまだ囚われたままの状態なのかもしれない。
目を開けるのは難しいけれど、指先だけは少しは動かせそう。手探りで今どこに横たわっているのかを確認してみる。指先に、ひやりと伝わる冷たい感覚は……ない。寧ろふわりと温かいもので、手触りもとてもいい。
ここは牢屋じゃない、そう確証してようやくまぶたが持ち上がった。ぬくもりのある木でできた天井、あれは街の人たちとギルドの人たちで協力して頑張って作ったものだ。私の身体が横たわっている場所は石畳じゃなくて柔らかなベッドの上。
「サヤ! サヤ、大丈夫? 私がわかる?」
天井しか映していなかった私の視界に入ってきたのは、とても心配そうな顔をしているカミラ。数日しか会っていなかったのになんだか久しぶりに会ったような気がして、心の底からホッとした。
「カミラ……」
「ああ、よかった……もう、心配したんだからっ……!」
「ご、めんね、カミラ……」
身体はそこまで重く感じない。身体を起こそうと動けばカミラがサッと背中に手を回して支えてくれた。お礼を言いつつ起き上がって、カミラが敷いてくれたクッションに寄りかかる。はい、と手渡されたコップには温かいお茶が入っていて、コクリと喉に流し込んでホッと息を吐く。
「あ……カミラたちは大丈夫だったの……?!」
落ち着いたところ、今までのことを思い返して急いで彼女にそう問いかける。そうだ、私が美咲さんと森に行く前に街はサブノック国の騎士に攻め込まれようとしていた。カミラたちはその対応に追われていたし、もしかしたら交戦もしたかもしれない。カミラたちが強いことはわかっている、でも怪我をしないわけじゃない。慌ててカミラの頭から爪先まで視線を走らせた。
そんな慌てた私にカミラは穏やかに笑った。大丈夫、そう一言だけ告げて身体を起こした私を再びクッションに沈ませる。
「サブノック国の騎士たちは返り討ちにしてやったからこの街は大丈夫よ。向こうは大打撃を受けただろうからすぐにはまた攻め込むことはできないと思う」
「そう、なの……よかった……」
「それよりも私たちの方が驚いたんだからね? 突然サヤはいなくなるし。戻ってきたリクは怖い顔してたんだから。でも妙に落ち着いてたから大丈夫とは思ったんだけど」
「そうだ、リクは?!」
サヤを抱えて戻ってきた時はびっくりした、と笑うカミラについ勢いよく言い募ってしまった。私は途中で意識を手放してしまって、そしていつの間にか街に戻ってきている。つまり道中リクはずっと私を抱えて移動していたということになる。意識を手放している人間を運ぶなんて例え力のある男性でも大変なはずなのに。その上城から街の間には黒く濃い霧もかかっていて、魔物も出現していたはずだ。
私の勢いに目を丸くしたカミラだけれど、すぐに笑顔になって「隣の部屋よ」と指を差した。急いでベッドから降りて隣の部屋に向かう。いつもならちゃんとノックをして開けるのに、私はそのままドアを開けてしまった。
部屋の中にはいきなりドアが開いたことによってびっくりしているハルバと、そして……特に驚いていないリクの姿。でもそんなリクの腕には包帯が巻かれていて、左頬にも手当てをしたような跡がある。
「おうサヤ、起きたのか! よかったよかったうぉおっ?!」
そこにハルバもいるのに、私の視界には入っていなかった。
駆け寄って、いつもと同じように穏やかな笑みを浮かべて私の名前を呼ぼうとしているリクの首に腕を回して抱きついた。驚いているリクとハルバに気付くことなく、そのまま首筋に顔を埋める。「俺外に出てるな」という声も、パタンとドアが閉じる音も私の耳には届かなかった。
「言ったでしょう? 逃げるのは得意だって」
「リク、リクっ……! ごめんなさいっ……」
「サヤは何も悪くないですよ」
「ちが、違うのっ」
首に回していた手を解いて、リクの顔を見上げながら胸元に隠していたネックレスを取り出す。真ん中にあった宝石は粉々に砕け散っていて欠片の一つも残っていない。フレームだって綺麗な金色だったのにくすんでしまった。
リクの大切なものだと思ってた。だって私に手渡す前はずっと付けているようだったから。そんなリクの大切なものをこんなにも無残な姿にさせてしまって罪悪感で埋め尽くされそうだった。私に渡さなければ、このネックレスはきっと綺麗なままだった。
でもそんな私に対し、リクはネックレスの状態を見て酷く優しく微笑むだけだった。責められるかと思っていたのに彼は一言もそんな言葉を口から出すことをしない。
「よかった、ちゃんとサヤを守ってくれたんですね」
「っ……! で、でもこれ、リクの大切なものでしょう? 私、直すからっ……!」
「埋め込まれていた石は魔法石と言って、特別な力が宿っているんです。俺はそれにおまじないをかけてもらっていました。一度壊れてしまった魔法石は二度と元には戻りません」
「そんな……!」
「俺は、これを貴女に渡して心の底からよかったと思います――だから」
ネックレスを持っている私の手を一回り大きな手がぎゅっと包み込む。
「だから、泣かないでください」
どうして、なんでいつだってリクはこんなに優しいんだろう。私はこの優しさに何一つ返せていない。リクが泣かないでって言っているのに目からボロボロと涙が溢れてくるし、止めようとしても尚更流れ出るだけだった。
そんな私の肩を抱き寄せて、リクは私の身体を自分の腕の中に閉じ込めた。全身に広がるぬくもりにこんなにも安心感を覚える。ぐずぐずと泣き続ける私に、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる腕の力が更に強くなった。でも、強くなったからと言って痛くも苦しくもない。
「サヤが無事でよかった」
鼓膜を揺らす穏やかな声に、尚更涙腺が脆くなってしまった。
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