23.罠
美咲さんが言っていた通り、ご飯はいつも彼女が持ってきてくれた。ただしそのご飯はパサパサのパンに冷たいスープ。彼女は渡されたものを持ってきているだけと目を丸めながら言った。
「まっずそうなご飯だよね~」
それを私が食べているんだけれど。そんな彼女は一度「たまには一緒に食べよ!」と自分のご飯を持ってきた時があった。その時はふんわりとした香ばしいパン、ホカホカのスープ、肉厚なステーキ。鉄格子越しにパサパサのパンを食べている私の前で彼女はそれはとても美味しそうに食べていた。その中で何か一つ譲ることもなく。
ここに閉じ込められてから三日ぐらいは経ったと思う。相変わらずここから出れる気配は感じない。美咲さんが持ってきてくれる食器の中で使えるものはないかと思ったけれど、パンとスープのみだからあるとしたらスプーンだけ。このスプーンで何かできるわけでもないとそっと息を吐きだした。
彼女が色々とお喋りしている間に今度は牢屋の中を目を凝らして見てみる。新しめというわけではないけれど、鉄格子の鍵だけは新品だ。私の力で壊れそうにもない、と視線を向こう側にある鉄格子に向けた時だった。キラリと光る何かを見つけて、ジッと視線を向けてみる。
「……美咲さん、あれって何かな」
「え? どれ?」
「向こうの牢屋の近くに落ちてるもの」
「取ってあげようか?」
「お願い」
私のお願いを聞いて彼女はすんなりと言われた物を手に持って戻ってくる。ただ少し汚れていたせいか摘むような持ち方だったけれど。
「ん~? 何かの鉄?」
ただの鉄クズに見えるけれど、よくよく見てみると鍵の手持ち部分と先の部分が腐食して折れているようだった。
「ごめん、美咲さん。それ私に渡してくれる?」
「え? いいけど……これって鍵? でもこれ壊れちゃって使えないんじゃない?」
「大丈夫」
壊れた鍵を受け取って床の上に置く。これぐらいだったら『聖女』の力で直せると、両手をかざした。淡い光が生まれ鍵だったものを包み込む。それを見た美咲さんはただただポカンと口を開けているだけだった。同じ聖女ならば直せることは知っているはずなのに。
碑石に比べて小さい鍵の修復はあっという間に終わった。腐食している部分は一切なく、折れていた箇所もしっかりと付いている。
「えっ、えっ?! 聖女ってそんなこともできるの?!」
「物に対してはある程度できるって……神官の人に習わなかったの?」
「ぜんぜーん。わたしに力の使い方教えてくれたの魔導師だし……あっ! もしかして紗綾ちゃん出ちゃう気?! わたしこのまま出しちゃったら王様に怒られるんじゃっ……!」
「美咲さんは何もしてないよ。私が古い鍵を見つけてそれを直して、勝手に出ただけ」
元に戻った鍵を手に取って錠前を鉄格子越しに掴む。少しやりにくいけれどここで美咲さんの手を借りてしまったら、それこそ彼女は私に脱出するための手を貸してしまったことになってしまう。
何度がガチャガチャと音を鳴らして、ようやく鍵がシリンダーに綺麗に刺さった。四苦八苦しながら回せばガチャンと言う音と共に錠前が下に落ちる。
「……そんなことしなくても、わたしが王様にお願いして出してあげたのに」
「私はここに残るつもりはないの。みんなところに戻らなきゃ」
「みんな……?」
「そう――大切な人たちのところに」
きっと今頃ハルバもカミラもセシルさんも、そしてリクも。私のこと心配してくれている。その人たちのためにも早く戻らなきゃ。
「……外に出るお手伝いしてあげる」
「え?」
「ここが城のどこかわからないでしょ? わたしが案内してあげる」
「でもそしたら……美咲さんが後から何を言われるか……」
「ダイジョーブだよ! 早く行こ!」
彼女の手を借りないようにしたかったけれど、私の手はその彼女に取られて身体を引っ張られる。重厚な扉を開ければ螺旋階段が続いていて、引っ張られてるせいで駆け足になってしまうのだけれどそれでも彼女の後に続いた。階段を登った先で一度立ち止まり、美咲さんは周囲の様子を確かめた後「行けるよ!」と再び私の腕を引っ張る。
辺りを見渡してみれば、確かにサブノック国の城だった。私はほとんど城の外と聖女の部屋の行き来をしていただけで城の内部に詳しいわけじゃないけれど、この中庭を突っ切れば見慣れた場所に出れそうだった。辺りを見渡してみるとどうやら警備が薄かった場所のようで、簡単に移動することができる。
そして後もう少し、この門さえくぐってしまえば城の外に出られる。走っている間にこのまま美咲さんを連れて行くのはどうだろうという考えが頭を過ぎった。彼女は聖女の仕事を一人でするなんて無理だと言っていた。あの王にまた私の時と同じように無理難題を押し付けられていたのかもしれない。そしたら、彼女も一緒にここから出て、そして一緒に霧を晴らすための巡礼をすればいい。
「美咲さん、私と一緒にここから……――っ?!」
可愛らしい髪をなびかせながら走る彼女の背中を眺めながら、その提案を口にしようとした時だった。
「本当に抜け出してきたな」
聞き覚えのある声に足が止まる。そんな私に反して美咲さんはそのまま足を進め、そしてその声の主の傍に駆け寄った。
なぜ、という言葉が頭の中をぐるぐると回る。どうして、なぜ、美咲さんは私を助けようとしてくれたんじゃなかったの。なぜ……サブノック国の王が、騎士をバックに立ち塞がるように私の目の前に立っているの。
「まさかお前が生きているとはな。だが俺にとっては好都合、『聖女』が二人揃ってくれるとは」
「美咲さん、どうして……」
「どぉして? そんなの簡単だよ?」
サブノック国の王に縋り付くように、その腕に自分の腕を絡ませて彼女は薄っすらと笑った。
「紗綾ちゃんばっかりズルいから」
「ズルい……?」
「そう! 紗綾ちゃんばっかりいい思いしてズルいじゃんッ!! 少しはわたしと同じようにみじめな目に合ってよッ!!」
美咲さんが、一体どういう感情で叫んでいるのか私は彼女じゃないからわからない。でも、惨めな目に合ってだなんて。私はあなたが来た時、いいえそれよりもずっと前からそんな思いをしてきた。一方的に投げ付けられた無理難題、非協力的な王と騎士、そして役立たずと罵られて着の身着のまま城から追い出された。
惨めだった。どれだけ悔しかったか。
「サヤ、俺は温情のある王だ。お前がここから追い出してしまったことを詫びよう。だからもう一度、この国のために『聖女』として降臨してくれないだろうか」
「……聖女が二人いるのはあり得ないと言ったのはあなたじゃない」
「まさかここまで悪化するとは思っていなかったのだ。この国の民のことを、まさか見捨てるとは言うまいな?」
この王は、この期に及んで。グッと奥歯を噛みしめて拳に力を入れる。この期に及んでこの王は、また、ごもっともなことを言いながら人に押し付けようとしている。
「……それよりも、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何だ? 何でも言ってみろ」
「美咲さんに一体何をしたの」
王に対して睨みつけるけれど、彼は何を言われているのかわからないと言った様子で短く息を吐き出し肩を上げた。わざとらしい態度を取った王に沸々と怒りが湧いてくる。
「一体何だと言うのだ?」
「しらばっくれないで。何もしてないなんて言えるの? そしたら……美咲さんを取り巻いている、そのどす黒いオーラは一体なんなのよッ……!」
あれだけ元気いっぱいだった彼女は、今は光を宿していない虚ろな目で王にしがみついている。その顔に笑みを浮かべているのだから尚更違和感が際立っていて恐ろしくも見える。自分のことを言われているにも関わらず、何一つ言葉も発していない。王の隣にいればいるほどどす黒いオーラのようなものが美咲さんを締め付けているように見えた。
さっきまで笑顔を貼り付けていた王の顔からごっそり感情が抜け落ちる。その顔は私がここにいた時によく見ていたものだ。人を見下し蔑み、足蹴にするこのサブノックの王そのものだ。
「お前の方が力は強かったか」
「一体何をッ……!」
「何を? 行き場のないミサキにただただわからせてやっただけだ。俺にはお前が必要だと。そして、お前は俺がいなければ何もできないと。傍らでそう言い続けてやった。おかげでこんなにも順応になったぞ」
どこぞの誰かと違ってな、と付け足した王に唖然とする。それはもう『洗脳』だ。見知らぬ土地で頼る人もいなくて、不安で仕方のない子を自分の思うがまま動かすために洗脳したに過ぎない。それが、一国の王がやることなのか。
よくよく見てみれば王の後ろには騎士の他にも黒いローブを羽織っている人が数人いる。もしかして洗脳も魔導師の力なのだろうか。神官が傍におらず、魔導師しかいなかった彼女には尚更洗脳をしやすかったのだろう。
「さぁサヤ。お前の方が聖女として優れておるのだ。俺の元へ来い。聖女としての働きを今度こそ全うしろ」
「……相変わらずね、サブノック国の王。相変わらず、面倒事を人に押しつけるのが得意なのね」
「何……?」
王の表情が大きく歪む。ここで腹を立ててその腰に下げている剣で私に斬りかかろうとも、私は今この時、今まで溜めていたものを言わずにはいられなかった。
「フェネクス国は聖女を必要としていなかった。聖女がいなくても、人々は自分たちで国を守っていたから。それなのに、あなたはどうなの? あれをしろこれをしろ、口出しだけして周囲の人に責任を押し付けて自分では何一つやろうとはしない」
「チッ……相変わらず耳障りな口だ」
「言い返せない、そうでしょう? この国が成り立っているのはあなたのおかげじゃない――だってあなたは自分では何もできないから!」
この国が滅ばずにいられるのは、国を支えようとしてくれている人たちがいるから。その人たちを育てた先代の王が、王として素晴らしい人だったから。先代の王が築いた礎に胡座をかいているだけの王に、一体何ができるというの。ただ悪知恵ばかり働いて然も自分は出来る王だと勘違いしているだけだの人間に。
「あなたはただの裸の王様じゃない!」
「貴様ッ!!」
王の後ろに控えていた魔導師が一斉に前に出て手を私に向かってかざしている。その手のひらから禍々しいものが出ようとしているのが見えた。
「ミサキと同じように、最初から洗脳するべきだったな――やれ!!」
魔導師の手から一斉に美咲さんを覆っているどす黒いオーラと同じものが放出されて、咄嗟に私も自分の手をかざし防御の魔法を張った。なんとか弾くことはできたけれど私の魔法が簡単に壊されてしまった。すぐさま次のオーラが放出されて、咄嗟に目を閉じる。
こんなことになるぐらいなら、リクにちゃんと私の気持ち伝えておけばよかった。リクが私のことをどう想おうとも、私にとってリクは大切な人だって。
ちゃんと、伝えておけば。こんなに後悔することもなかったのかな。
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