22.純粋無垢

 美咲さんが強引に引っ張ってしまったものだから、結局私とリク、美咲さんの三人で街の外に出ることになった。街があんなにも大変な状況の中勝手な行動をしたくなかった私たちは固い表情をするしかないのに、美咲さんだけがにこにことしている。

「ねぇねぇ! わたしあなたみたいな綺麗な髪の人初めて見た!」

「そうですか」

 そんな中美咲さんは積極的にリクに話しかけているけれど、リクは塩対応だ。腕を引っ張ろうとしている美咲さんの手を避けてずっと私の傍にいてくれている。

「……森までもう少しだよね?」

「ええ、そうですね。みなさんのおかげで霧が晴れているので見つけやすいです」

 この辺りの霧を晴らしたのは私だけれど、美咲さんに余計な情報を与えたくないのかもしれない。ここの霧を晴らしたのは神官の人、そして「貴女が巡礼していなかったので」と遠回しに言っている。けれど、それは多分美咲さんには伝わらない。それを証明するかのように彼女はただ「すっごい見やすいね!」と言うだけだった。

 そしてしばらく歩いていると森が現れて、美咲さんは「この中だよ!」と得意気に指を差す。リクと視線を合わせて、尚更ここに碑石があったかなと疑問を持つ。そんな辺りの霧を一気に晴らすことができる碑石ならばセシルさんが知らないのはおかしい。例え王族しか知らないとしても、聖女に伝えていてもいいのにと思ったけれどそっと息を吐きだした。あの王は、きっと人を選り好みする。情報を持っていても私には伝えなかっただけかもしれない。

「あ! そういえば確か聖女しか入れない? とか言ってたような」

「え……? そうなの?」

「うん、聖なる力の持ち主しか入れないんだって」

 森の入り口で唐突にそんなこと言われても。リクが私に視線を向けた後、黙って森に近付いた。手を伸ばしたところ、バチッと痛そうな音が響き渡る。リクの手が何かしらに弾かれたように見えた。

「……なるほど」

「ごめんね~。わたしと紗綾ちゃんで行ってくるから!」

「わっ」

 どうして美咲ちゃんは人の腕を引っ張るんだろう。少し強引のように感じて引っ張られた腕が痛い。しかもさっきリクを弾いた森の入り口は、私たちをすんなりと招き入れた。薄い膜のようなものがあったように感じて慌てて後ろを振り返る。リクがすぐそこにいるのに、そのリクは私に手が伸ばせない。

「気を付けて」

 ただ切なそうな表情でそう言われて、私の心臓もギュッと苦しくなった。


「ねぇねぇ、紗綾ちゃんとさっきのイケメンの人と付き合ってるの?」

 森の中に入ればなぜか霧が発生していて、薄暗い中足を進める。いつ碑石にたどり着くんだろうと考えている隣で急にそんなことを言われて、目を丸くして美咲さんに視線を向けた。

「べ、別に付き合っては……」

「ほんとっ? やった! そしたらわたしがアタックしてもいいよね?」

「……美咲さんは、サブノック国の王が好きだったんじゃないの?」

「王様ももちろん好きだけど、でもあんなイケメンがいたなんてわたし知らなかったし~」

 そんな、格好いい人だったら誰でもいいみたいな言い方。名乗ったわけじゃないから未だにリクの名前すら知らないはずなのに、見た目だけでリクがどういう人なのか決めつけてる。イケメンで優しそうで、と指折りでリクの見た目を褒めていく彼女に嫌な感情が湧き上がってくる。

 リクは確かに誰にでも優しい。いつも穏やかだし頭の回転も行動に移すのも早い。率先して大変なことをしようとしてくれる。そんなことも知らない彼女にリクのことを語ってほしくはなかった。

 別に私はリクの彼女でもなんでもないのに。

「あ! 見て見て紗綾ちゃん! あれじゃない?」

 ぽかりと空いた場所を美咲さんは指差した。確かに碑石のようなものが見える。他の碑石に比べて一回り、いや二回りぐらい大きい。大きさから見たら他の碑石と比べて修復したら効果があるのかもしれない――けれど。

「……どこも欠けてない?」

 目の前にある碑石は別に魔物によって壊された形跡があるわけでもなく、また他の碑石のように風化している様子でもない。至って通常の碑石だ。

「美咲さん、これって本当に碑石――っ?!」

 突然目の前に現れたのは黒いローブを羽織っている複数の人。頭まで覆い隠しているため顔も見れない。驚いて、一歩下がった瞬間強い衝撃に襲われて目の前が真っ暗になった。


「う……」

 呻き声を上げてまぶたを持ち上げる。一度じゃ目が開かなくて二、三度瞬きを繰り返してようやく視界がクリアになる。

 見覚えのない天井、床は冷たい。横たわっている身体を起こそうとしたときにズキッと鈍い痛みが頭に走って、頭を抱えながら上体を起こした。辺りはさっきまでいた森の中じゃない。石畳の壁に、鉄格子。上に視線を向けると光が僅かに入ってきていたけれどそこにも鉄格子がはめられていて、人一人通れる大きさでもない。

 これって、完璧に牢屋って言うやつだ。

「な、んで……こんなところに……」

 私は美咲さんと一緒に森の中にある碑石のところに行っていたはず。もしかしてあれは罠だったんだろうか。あの幼気な彼女が人を罠にはめるとは考えられない。確かに少し元気過ぎるところはあったけれど、でも碑石を直そうとしていた気持ちは本物だったと思うから。

 それより、ここがどこかの牢屋だということはわかったけれど。一体どこの牢屋なのか全然わからない。囚われたのも私だけなのか、美咲さんもなのか。鉄格子に寄って周りを見渡してみたけれど他に人のいる気配がない。ひんやりとしていて肌寒さを感じた。

「痛っ……」

 痛みが走ってよくよく見てみれば、足の方も怪我を負わされていた。簡単に逃げないようにするためにかもしれない。もう一度周りに人がいないのを確認して、微弱ではあるけれど癒やしの魔法を使う。少しだけ痛みと腫れが引いた。

「どうしよう……」

 人もいないし牢屋の扉にはやっぱり鍵が掛かっていて出れそうにない。ここがどこかわからないし、こうしている間にあの街はどうなっているのか心配になってくる。ハルバにカミラは怪我してないだろうか、セシルさんたちは無事に碑石を守れているだろうか。それに……リクは、まだ森の入り口で私を待っているかもしれない。

 どうにかしてここから出られないかあちこち見ていると、ギィと扉が開いたような音が聞こえて次にパタパタと走る足音が耳に届いた。入ってきた人が怖い人だったらどうしようかと思ったけれど、この足音は男の人のものじゃない。誰だろう、と鉄格子から少し離れて様子を見ていたら、目の前に人影がピタリと止まる。

「紗綾ちゃん!」

「え……美咲、さん? 無事だったの……?!」

 目の前に現れたのは、意識を手放す前に私の傍にいた美咲さん。パッと視線を走らせたけれど彼女に怪我はないようで、一先ずそっと息を吐きだした。

「ごめんねー紗綾ちゃん。魔導師の人たちがわたしの傍にいた紗綾ちゃんのこと敵だと思っちゃったみたいでさ。この城の牢屋に紗綾ちゃん入れちゃったの」

「魔導師……?」

 あの黒いローブを羽織っていた人たちは魔導師だったのか。私は神官さんたちとよく行動を共にしていたけれど、魔導師の人たちとはほぼ接点がなかった。だから彼らがどういう人たちでどういう働きをしているのか知っているわけじゃない。

 しかも美咲さんは今さっきなんて言った……? 城の牢屋、ここは城だっていうの?

「でも安心して! 王様に頼んで紗綾ちゃんをここから出してあげるから! 王様わたしが連れてきた人助けてくれるって言ってたし!」

「王……私のことをサブノック国の王に言ったの?!」

「うん! 言ってなんか困ることあった?」

 あれだけ、あれだけリクがカミラがサブノック国の王に見つからないようにってしてくれてたのに、まさかこんな形でバレてしまうなんて。美咲さんには悪気はないようだけれどショックを受けた。

 あの王が簡単に私を助けるなんて思えない。使えないからって簡単に人を国外に通報した王にそんな慈悲があるとでも?

「王様なんか忙しいみたいなの。もうちょっと待っててね? ご飯はわたしが持ってきてあげるから!」

「……そう」

 彼女は何が楽しいのか、ずっとにこにこして声も明るい。パタパタと子どものように可愛らしく走り去っていく背中に私は顔を俯けた。

 このままじゃ駄目だ。早くここから脱出しないと。街がどうなったかはわからないけれど、フェネクス国の方が勝っていたら私は取り引きの材料にされるかもしれない。もし逆だったとしても霧の問題が残っている。聖女である美咲さんがいるにも関わらず未だにサブノック国の霧は黒く濃い。『聖女』だからと言って無理難題を押しつけられるかもしれない。この場に残っていていいことがあるようには思えなかった。

 どうにかして、幸いにも美咲さんがご飯を持ってきてくれるのならば何か頼めるかもしれない。ただ彼女は純粋だから何でも王に報告してしまう可能性もあるけれど。彼女を騙してしまうようなことをやらなきゃいけないかもしれない、でもどんなことをしても私はみんなのところに戻りたいとグッと拳に力を入れた。

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