21.邂逅
人々のざわめき、でもそれはこの間みたいにサブノック国の騎士が来た時とは違っていた。どちらかと言うと、期待の声と言ってもいいかもしれない。
自然と街の入り口に人集りができている。私もカミラと一緒に少しだけ顔を出してみる。ここから見える、戦う人のものとは思えないほどの綺麗な西洋甲冑。馬も乗っている人の言うことをよく聞いていて微動だにしない。その中心にいるのは、なんとも綺麗なプラチナブロンドの髪をなびかせている女性。
「怯えることはない。我々が必ず貴方方を守るとここに誓おう」
「カ、カミラカミラっ、あの人って……?」
「ああ、彼女? 彼女はキャロライン・クリスタル。フェネクス国第二騎士団の団長よ」
「ふあぁ……!」
声にならない声が思わず漏れてしまった。あんな綺麗な人が騎士団の団長だなんて。というよりフェネクス国は美人が多いような気がする。ちなみにその隣にいる少しご年配の筋肉隆々の男性が副団長さんらしい。サブノック国でも見ていたはずなのに、初めて騎士の人たちに対して「格好いい」という感情を持った。
馬から降りた団長さんは村長さんと顔を合わせて今後のことについて色々と込み入った話をしている。私もただ野次馬をしている場合じゃないと急いで手伝いの方に戻る。この街がサブノック国の騎士に襲われるかもしれない、ということで他の人たちも着々と準備を進めていた。
街全体を覆う緊張感、争いが起きる前ってこんな感じなのかとゴクリと喉を鳴らす。私が今までに経験したことのないことが今から起きる。そう思うと知らず知らずのうちに緊張してしまう。しかも私は、向こうの騎士の人たちに見つかってはならない。
みんなの迷惑にならないためにも、できることはやって大人しくしておかなければ。素人が出しゃばっていい問題じゃない。
「これ、ここに置いておきます!」
「ありがとう!」
持っていた食材を置いて、次のを取りに行く。老若男女、自分たちの住む場所を守るために必死に動いている。子どもたちだってお母さんの手伝いを一生懸命やっていた。
バタバタと誰もが慌ただしく動いている中、村の入り口とは違う方向からまた何やら騒がしい音が聞こえて近くにいた人と目を合わせた。まだサブノック国の騎士がやってきたっていう知らせは聞いていないけど、でも何かあったに違いない。騒ぎがあっている方向は畑がある場所で、頑張れば外から入ってこれる場所でもあった。
「様子を見に行ってきます」
「私も……!」
やってきたリクがそう言って畑の方に走って行って、私もそれに付いて行く。何かあったら少しでも早く街の人たちの教えなきゃ、そう思って。
「お願い入れて! 知り合いがいるかもしれないの!」
「女一人で濃い霧を越えて来たっていうのか?!」
「だからそれはっ」
「密偵じゃないのか。騎士の人らに知らせた方がよさそうだ」
街の人たちが誰かを足止めしている。声からして女性、しかもまだ若い。女性一人がなんでこんな時に、こんな場所からと顔を歪めたけれどチラチラと見えた髪にまさかを息を呑んだ。
急いで駆けつけてみれば、やっぱり。向こうの私に気付いてさっきまで泣きそうだった顔が、途端にパッと輝いた。
「お姉さん!」
「勝手に入るなッ!」
「あ、あの! その子私の知り合いです!」
そのままだと力尽くで押さえつけられそうになっていたから、慌ててそう口にした。隣にいたリクが私を止めるような素振りを見せていたから心の中で謝りつつ、急いでその子の元へ駆けつける。街の人たちから解放されたその子も私に手を伸ばしてしがみついてきた。
「お、お姉さん! 生きてたんだ! お願い助けて! わ、わたしどうしればいいのかわからなくてっ……」
わんわんと泣き始めたその子に戸惑いつつ、取りあえず落ち着いた場所に移動した方がよさそうだ。リクが「こっちです」とギルドの人たちのための宿に案内する。その間その子は私の腰に巻き付いてグスグスとずっと泣いていた。こんなに泣くほど辛いことがあったのだろうか。
宿にたどり着いて、個室に移動する。他の人たちは戦いの準備のため外で慌ただしく動いている。それはハルバとカミラもそうだった。二人ともいてくれた方が安心するけれど我が儘を言ってられない。それに目の前にいる、この子は。
「……取りあえず、名前聞いてもいいかな?」
「あ、そっか! お姉さんに自己紹介してなかったね。わたし白萩美咲! ミサキって呼んでもらってるの」
この子は私の後に召喚された、サブノック国の聖女だ。
「そう……私は榊原紗綾。ここではサヤって名乗ってるの」
「紗綾ちゃん! かわいい名前!」
ほぼ初対面の人間、そして年上の人に敬語を使うことなく「紗綾ちゃん」。最近の子ってこういう感じなのかなって思わず苦笑してしまう。さっきまであんなにグスグス泣いていたのに今ではもうすっかり元気になっていて、しかもなぜか部屋の隅で黙って様子を見ているリクの方をチラチラ見ている。
注意力散漫なのかな、と思いつつ一つ咳払いをして意識をこっちに向けてもらう。可愛らしいまん丸な目がこっちを向いたのを確認して私も口を開いた。
「ところで美咲さん、どうしてここに? 城にいたんでしょう?」
「騎士の人が霧の晴れた田舎に行くっていうから聖女として付いてきちゃった。ここには神官の人もいるって聞いたから」
「……どうして?」
「どうしてって、聖女のお手伝いしてもらうためだよ? だって一人で無理だもん。でもまさか紗綾ちゃん生きてたなんて! ねぇ紗綾ちゃんお願い、一緒に碑石直してくれない? 紗綾ちゃんも聖女なんだからできるよね!」
開いた口が塞がらない。この子は現状をわかっていないのだろうか。さっきまでただ様子を探っていただけのリクの表情も段々と厳しいものに変わっていっている。
「……美咲さん、どうして騎士の人がここに来たか知らないの?」
「えーっと、確かこの田舎を取り戻しに来たって言ってたっけ? でも悪いのは隣の国の人でしょ? 勝手に領地取ったんだから。あっ! 紗綾ちゃんも怖い思いしたんだよね? そしたら尚更一緒に行こうよ!」
深く息を吐きたいところを何とか堪える。一方的な、しかも不確かな情報しか得ていないから彼女の考えも偏ってしまっている。それもそうか、自国の聖女に向かって自分たちの不手際だったなんて説明するわけがない。しかもあの王ならば。美咲さんも美咲さんできっと心は純粋なのだろう、言われたことを素直に信じてそして私のことを心配してくれている。
でも私はついさっきまで、この街に攻め込もうとしているサブノック国に抵抗するための準備をしていたのに。そんな私が美咲さんの言葉に簡単に頷くわけがない。一緒に行こうと言う彼女に、付いて行くわけがない。
どうすべきか、リクと視線を交わす。この子がここにいるという状況はあまりよろしくない。なんせサブノック国の聖女、そしてこの街には聖女が巡礼に来てくれなかったばかりに村を捨てるという選択をせざるを得なかった人たちばかりだ。彼女がここにいると知られれば、彼らの怒りの矛先がどこに行くかなんて想像しなくてもわかる。
争いが起こるというのに尚更混乱するようなことにはしたくない、と心配している私たちに対して彼女の声はどこまでも明るい。
「そうだ紗綾ちゃん知ってる? この田舎の近くにある森の奥におっきな碑石があるんだって」
「……この街の近くに?」
「そう! そこ直したら濃い霧も一気に綺麗になるって!」
そんな碑石があるなんて、私は知らない。確認したくてもセシルさんたちは碑石が破壊されないよう街から離れた場所に行ってしまってこの場にはいない。確認のために呼び戻すこともできない。
でも私もすべての碑石を把握しているわけじゃないから。美咲さんの言葉が嘘なのかもわからない。確かにこの街の近くに森はあるけれど、その中に碑石があるだなんて初めて聞いた。
「美咲さん、それ誰から聞いたの?」
「王様の近くにいるえらい人から。なんか王族しか知らない碑石? があるみたいでわたしにこっそり教えてくれたの」
「サヤ」
リクが小さく私を呼び寄せる。美咲さんと対面するように椅子に座っていた私は立ち上がってリクの元へ寄った。私が来たのを確認して美咲さんから口元を隠すように、くるりと壁の方に向きを変える。
「彼女の言葉は信じないほうがいいかと」
「うん……でもあの子の言ってる言葉が嘘かどうかもわからない……セシルさんがいてくれたら」
「呼び戻すには時間がかかります。その間にサブノック国が攻めて来るかと」
「そうだよね……」
「ねぇ!」
彼女の言葉を信じるならば、早く碑石の元に行って霧を晴らしたい。そうすれば周辺の碑石に行っている人たちを街に呼び戻すことができるかもしれない。もし怪我人が出たときは神官の人たちがいた方がずっといいから。
それに彼女の言葉を信じずにいたら、今度は彼女が何をしだすかわからない。状況がまだちゃんと読めていないせいで、自分のことを聖女と口走ってしまう可能性もある。いつの間に自分たちの街にサブノック国の人間が入り込んだのか、街の人たちは一気に気色ばんで街の中で争いが怒ってしまうかもしれない。
色んな可能性を考えて熟考している私たちの後ろで、彼女は明るい声で近付いて来た。なぜかリクの袖を引っ張って。
「なんか大変そうだしさ、この三人で行っちゃわない? すぐに霧を晴らせばここの人たちも安心するんだよね?」
「……だけど」
「そっちのお兄さん、剣持ってるし戦えるんでしょ? お願い、わたしのこと守って?」
初めて、リクがこんなに大きく表情を歪めているのを見た。私といるときはいつも穏やかな表情をしていたから。
彼は美咲さんの手を振り払って掴まれていた袖を軽く叩き落としていた。無意識の行動だったのかもしれない、視線を絶対に美咲さんに合わせない彼は無表情のまま口を開いた。
「サヤなら守りますよ」
「そしたら紗綾ちゃんも一緒に行こ! ね!」
嫌味が通じていないことに私も顔を引き攣らせる。美咲さんは私の手をグイグイと引っ張って勝手に宿から出ようとしているし、リクがちゃんと付いてきているのかチラチラと確認している。その眼差しに、嫌な予感がする。
あの一瞬しか見ていない。でもそれでもわかった。彼女はあんなにもサブノック国の王を慕っていたはずなのに。
そのまま街の外に出そうになったところで思いきり腕を後ろに引かれ、その勢いで自然と美咲さんの手が離れる。驚きながら後ろを振り返ろうとしたけれどバランスを崩してしまって、そのまま後ろに倒れそうになったところ両肩をそっと支えられた。支えたのは私の腕を引っ張ったリク当人だ。
「サヤ、絶対にペンダントを外さないでください――絶対に」
耳にダイレクトに伝わってきたリクの声にドキッとしたけれど、真剣な声色に私もコクリと頷いた。
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