20.画策

 慌ただしく部屋をノックされ、億劫になりながらも声を出せば騎士が慌ただしく中に入ってきた。騎士団長のティグランかと思いきや名も知らない騎士で眉間に皺を寄せる。俺の仕事の邪魔をするとはいい度胸だと「なんだ」と言い放つとそいつは顔を真っ青にしながら口を開いた。

「王……僻地に、ま、街ができているとのこと……」

「なんだと……? 僻地はとうに霧に覆われ人などいないだろう」

「そ、それが……国境付近の村のあった場所で……フェネクス国の人間が、いるとのこと」

「……ハッ!」

 報告を聞き鼻で笑い飛ばす。国境付近で霧が黒く濃くなっているのは大体予想できたが、大方隣のフェネクス国まで流れていったのだろう。平時ならば国際問題だがこっちはそうは言っていられない。なんせ国が存続できるか危ぶまれる状態だからだ。そっちまで気が回らなかったといくらでも言い訳はできた、が。

 まさか領地を奪っていたとは。流石は抜目のないフェネクス国の王、浅ましくがめつい奴だ。実の父を追い出し王になっただけはある。プライドも義理もない男は何をするにも醜い。

「それで? その僻地を潰してきたか」

「い、いえ……フェネクス国の人間が、抵抗してきたのだと。それと……何やら物資が、充実していたようです」

「ほう……?」

 使えん僻地を奪われたところで、と思っていたが。その使えん僻地をわざわざ使えるものに変えてくれたか。これは随分とありがたいことをやってくれた。

 今や城以外の場所は黒い霧に覆われ、村から献上されるはずだった物資が届かない状態になっていた。このままでは城にある備蓄も底を尽く。そんな時にまるで湧いて出たように現れた物資がたんまりとある街。そしてそれは本来サブノック国の領地であった場所。

 攻め入る口実は、いくらでもある。

「ティグランを呼んでこい」

「は、はっ!」

 これは王としてもしても随分とやり甲斐のある役目だ。口角を上げ背凭れに深く体重を預ける。これで盗人を追い出し物資が手に入れば民も俺に感謝するだろう。この最悪の自体の中、流石は我らの王だと。

「ああそうだ、『聖女』にもしっかりと役目を果たしてもらわんとな」


***

 なんだかお城の中が騒がしい。バタバタしているし色んな人の声が聞こえてくる。割り当てられてる部屋からそっと、様子を伺うためにドアを開けてみた。すぐそこには騎士の人たちが立ち話をしていて、思わず聞き耳を立てる。

「いつの間に」

「だがこれで飢え死にすることはなくなった」

「ああそうだな。それに元はサブノック国の領地だったんだ、それを取り返すだけだ」

「あんな国境付近の僻地の霧が薄くなってるとは思わなかったが。逃げている民も多いそうだしな」

 慌ててドアを閉じて部屋の奥にあるベッドに飛び込んだ。今さっき言ってたのは本当? でもどこを見ても騎士の人たちは忙しそうで、今にでも城から出発する雰囲気がある。

 さっきの話からしたら、サブノック国の隅っこにある田舎に霧が晴れてるってこと? わたしそんなとこ行ったことないのに。あ、でも神官が聖女よりも力は弱いけど碑石の修復できるって言ってたような言ってなかったような。でももしかしたら、その人たちがそのちょこっとの力で頑張って頑張って霧を晴らしたってことなのかな。

 え、もしかして……その人たちにお願いすれば、わたしの代わりに霧を晴らしてくれるお仕事をしてくれる……?

 だって一人でやってても無理なんだもん。頑張ろうって、何度も頑張ろうと思ってやってきたけどちょこっとしか霧が晴れなくて全然やった感じがしない。周りの人はどんどんわたしにプレッシャー掛けてくるし、そんなの一人で耐えられない。だから、田舎にいる人たちにお願いしちゃ、ダメなのかな。

「い、いいじゃん……だって、わたし元はこの世界の人じゃないのに、こんなに頑張ってるんだよ? いいじゃん、少しぐらいは、誰かに変わってもらったって……」

 掃除当番だって、誰かに代わってもらうこともあるし。忙しい人がいたら誰かが手伝ってくれてたりしてたし。何もこんな、一人で頑張らなくてもいいんじゃない?

 そうなったらこっそりその田舎にわたしも行ってみよう。神官にお願いしたら手伝ってくれるかもしれないし、もしかしたら……わたしのこと助けてくれるかもしれない。そうだよ、神官は前の人のお手伝いだってよくしてたみたいだし。わたしの手伝いだけはしないなんてこときっとない。

 でも王様が許してくれるかな。城の周辺以外は行くなっていってるし、きっとわたしのこと心配してそう言ってくれてるのに田舎に行きたいって言ったら怒られるかな……ああでも、そうだ。わたし『聖女』なんだよ。みんなを助ける聖女。特別な力を持ってる人。

 巡礼以外で部屋の外に出るのはすごく嫌だったけど、勇気を振り絞って部屋から出てみた。さっきまでお喋りしていた騎士の人たちはもういない。廊下に誰もいないのを確認して、行き慣れた道を走る。大丈夫、きっとうまくいく。わたしは聖女だし、それに王様だって優しいんだから。

 目的の場所にたどり着いて、ちゃんとノックをして返事が来るまで待つ。前に怒られたことは二度としない。少し待ってみたけど中々返事がなくて、もしかしていないのかなって心配になってきた頃にやっと中から声が返ってきた。パッと顔を上げて、思いきり目の前のドアを開ける。

「どうした? ミサキ」

「あ、あの! 王様! わたし聞いちゃったんです……騎士の人たちが田舎の方に、行くみたいなこと……」

「ああ、聞いたのか? そうだ、僻地を隣国に取られてしまってな、それを取り戻しに行く」

 流石にそこまでのことは言ってなかったらからびっくりする。え、霧が晴れてたから行くんじゃなくて、隣の国に田舎の村を取られちゃったの? それってすごく大変なことなんじゃ。

 グッと手を握って顔を上げて、王様に視線を向ける。そうなれば尚更、必要になるよね。『聖女』が。

「王様! わたしも行っていいでしょうか?! みんな戦うんですよね? わたし、みんなが怪我するってわかってここで黙ってられません! わたし聖女だから、少しでも力になれると思うんです!」

「ミサキ……君は、心から『聖女』なんだな……こんなにも清い心を持っているとは、流石だ……」

 王様が優しく笑ってそう言ってくれる。ほんとは、田舎にいる人たちにお手伝いしてもらおうと思って行きたいとか、思ってるけど。でも黙っていればバレないし。

 きっと王様、行くこと許してくれる。ってドキドキしながら待ってみればあの偉そうな人が入ってきて、王様とボソボソ喋った後部屋を出て行った。なんだったんだろう、って思う前に王様がわたしの名前を呼ぶ。

「悪いが『聖女』として彼らに同行してくれないだろうか。君の力がきっと必要になる」

「……! はい!」

「それと――知った人間がいたら連れてくるといい。隣国に落ちて酷い目に合わされているだろうからな。俺が助けてやろう」

「あ、ありがとうございます! 王様!」

 やった、これで神官の人連れてきても王様に怒られることない。王様にペコっとお辞儀をして急いで自分の部屋に戻る。多分騎士の人たちすぐに出発するみたいだし、わたしも準備急がなきゃって部屋に置いてあったトランクケースを引っ張りだした。王様から特別に作ってもらった可愛いやつ。田舎に行くから長旅になるだろうし、必要なものいっぱい詰め込まなきゃ。

 そういえば城周辺以外行ったことはないけど、多分どこも田舎だよね。馬車移動が普通みたいだし。もしかして濃い霧のとこにも行かなきゃなのかな……そうなったら魔物とか出てくるみたいだし、騎士の人たちに守ってもらわなきゃ。

 領地を取られたとかわたしにはそんなことわかんない。そういうの騎士の人たちに任せればいいしもし騎士の人たちが怪我してもわたし治し方とかわかんない。多分そういうの魔導師の人たちがしてくれるんだと思うけど。

 わたしはとにかく、向こうにいる神官たちを見つけてそして助けてもらわなきゃ。みんなの力が必要なのってお願いすればきっと聞いてくれる。

「わたしばっかりつらい思いするなんて、おかしいもん」

 こういうゲームみたいな世界は、ヒロインがつらい思いをしたらカッコいい誰かが助けに来てくれるって決まってるんだから。

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