19.前兆②

「随分と物資が揃っているな。国が大変な時にまさかここで独占しているわけではあるまいな?!」

「独占ではございません、自分たちが生きるために必要な物を自分たちで賄っているんです! 何が問題がありましょう?!」

「あるに決まっているだろう! この国の物は王の物だぞッ?!」

「随分めちゃくちゃな物の言いようね」

 大きな声で言い争っているせいで、やり取りが私たちのところまで聞こえてくる。騎士のあまりの言いようにカミラは隠すことなく表情を歪めた。

「サヤ、カミラと共に下がっていてください」

 騒ぎを聞きつけたのかリクとハルバもやってきて、私はそっと肩を後ろに押される。カミラはリクとアイコンタクトを交わした後私を自分の後ろに隠した。入り口の方では相変わらず怒鳴り声が響いている。

「貴様らッ……国が危機的状況に陥っているというのに、何だその態度はッ!」

「騎士様こそ今頃何用ですか?! あれだけ黒く恐ろしい霧に覆われていた時に、なぜ聖女様は来てくださらなかったのです?! 我々がどれだけ心細い思いでお待ちしていたことかっ……!」

「聖女とて忙しいのだぞ! 今も城周辺の碑石の修復を……」

「は……? 聖女様は城周辺しか守っていないってことかよ」

「城から離れている土地はどうだっていいっていうの?!」

「それがアルフレッド王の考えてることかよ!」

 今までの不満が爆発して街の人たちの声がどんどん大きくなっていく。その圧に押されて最初はたじろいていたけれど、癪に障ったのか騎士の一人が途端に剣を引き抜いた。戦うことができない、剣も持ったことがない街の人たちに対して。

 この街の人たちはほとんど畑などの仕事をしていたため、戦うスキルはまったく持っていない。だからこそフェネクス国のギルドの人たちがそんな力のない彼らを守るために未だにこの街に滞在している。

 剣を引き抜かれたのを見て、ギルドの人たちが街の人たちを守るように一斉に前に出た。相手が剣を持っているとは思わなかったのだろう、それぞれが剣の柄に手を当て構えている姿を見て騎士は慄き馬は怯んだ。

「な、何だ貴様らは……誰に向かって剣を抜こうとしている?!」

「誰にって、弱者に対して剣を向けている不埒な輩にだろうが」

「サブノック国の礼儀がよーくわかったよ」

「……ッ?! 貴様……フェネクス国の人間か! この領地を支配したな?!」

「支配したって、言い方悪いな」

「あなた方が見捨てた人たちを助けたまでなんですけどね?」

 サブノック国では騎士以外は剣を扱えない、そうなると騎士の格好をしているわけでもないのに剣を所持している人たちは自然と隣接しているフェネクス国の人だとわかってしまう。騎士は気色ばみ、二人共馬から降りてギルドの人たちに剣を振り上げた。

 けれど斬りつけられそうになっていたギルドの人は、いとも簡単にその剣を弾き飛ばした。鼻で笑いながら、今度は自分の剣を相手の胴に当てる。鎧を着ているためグロテスクなことにはならないけれど、その鎧が砕けてとても鈍い音が響いた。隣で同僚が倒れようとしているところを見てしまったもう一人の騎士は用心して攻撃しようとしていたけれど、剣を振ろうとした瞬間どこからか射られた弓で簡単に剣を落としてしまった。彼もまた、思いきり剣で殴られ白目を剥きながら地面に倒れる。

「おいおい動けるお前、ちゃんとコイツを連れて帰るんだぞ」

「ケンカを売るんなら相手をちゃんと見極めな」

「クソッ……!」

 お腹を押さえながら気絶した仲間を抱え、馬に跨った騎士はあっという間に走り去り濃い霧の中に姿を消した。騎士が見えなくなった途端、街の人たちから歓声が上がりギルドの人たちはそれに応えていた。本当に頼り甲斐があって頼もしい人たちだ、と私も拍手をしていたけれど……私の隣で、カミラは相変わらず怖い表情をしている。前の方に行って戻ってきたリクも同様だった。応戦していたハルバも戻ってきたけれど、そんな二人の表情を見てポリポリと頬を掻いていた。

「怖い顔すんなよ二人共。サヤが怯えちゃうだろ」

「ハルバみたいに気楽でいられないからね」

「等々、見つかってしまいましたね」

 二人の言葉でようやく私は思い出した――この領地がフェネクス国のものになったと知られてしまったら、この街が戦の最前線になるかもしれないという言葉を。


 場所を村長さんの家に移し、そしてギルドの人に頼んで急いでセシルさんたちにも戻って来るようにお願いした。少し待っていると慌ただしくバタバタと走ってくる音が聞こえて、戻ってくる最中にサブノック国の騎士を見たから急いで来たと息も絶え絶えに教えてくれたセシルさんに感謝した。

「サブノック国の騎士がここ現れたとの報告はすでに受けております。いよいよ、ということでしょうか……」

「フェネクス国にはすでに知らせています。すぐに動いてくれるとは思いますが」

 不安そうな顔をしている村長さんだけれど、でもどこか覚悟をしているような表情にも見えた。もしこれが数ヶ月前だったらこうもいかなかったかもしれない。カミラの言葉にそっと息を吐き出した村長さんは再び私たちに視線を向ける。

「このまま何もせずにいたら、やはりすべてを奪われますか……?」

「騎士の様子を見る限り、城も兵糧が尽きてきているんでしょう。あの黒い霧を越えてかなり離れたこの地まで来たということは相当切羽詰っているんでしょうね」

 淡々と状況を説明するリクの言葉に続くように、ハルバは肩を軽く上げた。

「んで、手当たり次第に探してたらあれまびっくり。人材も物資も溢れてる街ができている! しかも霧も薄い! 手を出さねぇわけがねぇよなぁ」

 しかも自分の領地であったはずの場所が別の国の領地になってしまっている。攻め入る理由はいくらでもあると付け加えた言葉に村長さんが息を呑む。それをわかっていながらフェネクス国の要望を受け入れフェネクス国の領地となったわけだけれど、いざそうなると怖くないわけがない。

「私は何をすればいいでしょうか」

 息が整ったセシルさんが顔を上げ真っ直ぐに見据えてくる。セシルさんもサブノック国の人だと言うのに、攻めてくるであろうサブノック国の騎士と対峙するつもりだ。

「周辺の碑石を壊されないよう管理していてください。碑石を破壊し、魔物に街を襲撃させるという手も使ってくるかもしれません」

「何という……それが王のやることでしょうか……」

「護衛に必ずギルドの人間を連れて行ってください」

「わかりました。他の神官たちにもそう言っておきます」

 セシルさんは頑張ってすぐに戻ってきたけれど、少し離れている場所の碑石の管理をしていた神官の人はまだ街に着いていない。休む暇もなく碑石の管理をしなきゃいけないことになって、彼らの負担が大きくなることにグッと手に力が入る。本来なら、こうなることがないように統治するのが王の役割なのに。その王が国をめちゃくちゃにしている。

 どうにかならないの、と思っても私には何もいい案が思い浮かばない。王を変えれば国の状況も変わる? でもそんな簡単に次の王になってくれる人が出てきてくれるだろうか。それにサブノック国はフェネクス国と違って貴族の人たちが内政を担っている。その中で、利己的な考えをしない人はいるだろうか。

 そんな人がいたら、そもそもこうはなっていないんじゃないんだろうか。

 それと、とリクの声が聞こえて床に向けていた視線を上げる。なんだかリクの声色がいつもより重く感じる。どうしたんだろう、そう思っているとほんの少しだけ視線が合って、そしてすぐに逸らされた。

「村長、サヤが見つからないようにしていてください」

「え……?」

「サブノック国の王はサヤが生きてこの場所にいることをまだ知りません。もし『聖女』がいると、知られてしまえば」

「……私は会ったことがないからなんとも言えないけど。でも話に聞いた感じだと、サヤを必ず利用するわよね」

「あ……」

 そうか、私にいるんだ。

 私がいくら嫌がっても、もし捕まってしまったらあの王のことだからきっと利用する。これだけ黒く濃い霧に覆われているのだから「聖女としての役目を果たせ」とそれっぽいことを口にして、また身勝手な責任を押し付けてくる。前はリクとセシルさんたちが傍にいてくれた、でも次は絶対に違う。それだけはわかる。

「サヤさん……」

 セシルさんが背中を擦ってくれる。ドクドクと心臓の音が鳴って少しだけ呼吸が乱れていたのにそこでやっと気付いた。そうだ、この世界は私にとってはファンタジーの世界に見えるけど現実、騎士が攻めてこようとしているのも、今目の前で起ころうとしている現実だ。決して夢の世界の話じゃない。

「……儂らも覚悟は決めました。この街のためにも、そしてここを最後の砦と助けを求めてきた他の村の者たちも。儂らも立ち向かいましょう」

「俺らもギルドの人らから多少なりとも戦い方を教わったんだ。それなりにやってやるよ」

 村長さんと、そして息子さんの力強い言葉にそれぞれが目を合わせ頷く。守るために戦うと決めた人たちの眼差しはとても力強かった。

 それからハルバとカミラは他のギルドの人たちと今後のことを話し合うために家を出て、村長さんたちも街の人たちに指示を出すために奔走している。セシルさんは他の神官さんたちが戻ってきたのを聞いて、すぐに碑石の元へ向かった。

 残された私はそっと背中を押されて、顔を上げてみればいつもの優しいリクの顔。まるで緊張している私をリラックスさせるように、手はゆっくりと小さく背中を上下して温めてくれる。

「怖いですよね」

「……うん、正直言って……私が元にいた世界では、国では人同士の争いなんてなかったから……」

「サヤ、それは決して外さないでください」

 リクの言う『それ』は、私の首に下がっているネックレス。彼は真剣な眼差しで私を見つめた。

「絶対に、貴女を守りますから」

 それはまるでリク自身が私のことを守るって言ってくれてるようで、大変な時だっていうのに少しだけ胸がドキドキ鳴った。本当はこのネックレスが私のことを守るってリクは言ってるのにね。

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