17.故郷
「なーんかこうやってると故郷思い出すわ」
鍬を片手に少し土に汚れているハルバがのんびりとそう言っていた。ギルドの人たちの手伝いもあって畑の範囲が広がって育てられる作物も増えた。魔物に怯える心配もなく、村の人々は今日も元気に働いている。私も私で今日は野菜の収穫のお手伝いをしていた。
「ハルバの故郷ってどんなところなんですか?」
「フェネクス国の西の方の田舎だよ。まぁ昔はそれなりに賑わってたらしいんだけどな」
「昔は……?」
「今は羊飼いやってて立派な生地作って村は成り立ってんだけどさ。あ、結構有名な生地なんだぜよろしくな! んでまぁ俺が生まれる前に戦火に巻き込まれたらしくて、ほぼ焼け野原」
よいしょ、と鍬を下ろし村の人が持ってきてくれた水の入った桶で汚れを洗い落としている。なんてことのないように言っているけれど、それは恐ろしく私には想像できないものだった。
「壊すのは一瞬でも作るのはすっげぇ時間掛かるよな」
「そう、ですね……」
「『聖女』の力ってそういうもんも直せんの?」
「……いいえ、直せないと思います。聖女ができるのはせいぜい壊れたものを最もいい状態に戻すことだけ。物にだけしか発揮されないんです」
「そっか。ま、そんな都合のいい力はねぇよな」
都合のいい力。私にとってこの世界はファンタジーの世界だったけれど、確かにそういう都合のいい力に未だに出会っていない。魔法があるかどうか、他にも違いはあるけれど実質的なものはこの世界も元いた世界もあまり変わらないのかもしれない。
採れたての野菜を受け取って泥を水で洗い流していく。野菜の育て方だって一緒、こうして洗い流すのも一緒、料理して食べるのも一緒。
「……ハルバはどうしてギルドに所属しているんですか?」
フェネクス国がどれほど広いのか把握しているわけじゃないから、西の方の田舎と言われても正確な位置がわからない。でも多分私がお世話になっている街は王都からやや東寄り、となるとハルバの故郷から遠いような気がする。そんな故郷から離れた場所になぜハルバは身を置いているのだろう。
「俺は村の中でもまぁそこそこ腕が立つ方でな、出稼ぎってやつ? たまに故郷に帰って手伝いしてるぜ?」
「王都ではなくて、ですか?」
「あ~、田舎もんだったせいで人混みが苦手なんだよ。今いる街が丁度いいぐらい」
「そうだったんですね。立派ですね、ハルバは」
「サヤの故郷は? どういうとこ?」
不意に尋ねられた言葉に一度動きを止めて顔を上げる。私のそんな反応にハルバは「ああ」とパッと顔を上げて、すぐににっこりと笑みを浮かべた。
「サブノック国じゃなくて、元いたとこ。やっぱここと全然違ぇの?」
この世界に初めて、元いた世界のことを聞かれた。サブノック国にいた時はきっとあの人たちは私の世界のことなんて興味なかったんだろうし、リクやメリーさんは私に気を遣って聞くことはなかった。それをこうして何気なく聞いてくるハルバはいい意味でも悪い意味でも気さくな人だ。
でも今の私にとっては、その気さくさにふっと心が軽くなった。喋っていいんだ、私のこと。そう思えることができたから。
「そうですね、私の国では争いはなくて……あ、私が生まれる前にはあったんですけど……あと、魔物もいないんです」
「戦も魔物もねぇの?! へぇ、いいじゃん!」
「でも魔法もないですし、怪我をしたら癒やしの魔法で治してもらうなんてことできませんよ?」
「あー……魔法ねぇんだ。そこは不便だなぁ」
「ただその代わり『科学』というものが進歩していて。えっと、この世界で言うと『カラクリ』になるのかな。魔法がなくてもその科学の力で火を起こしたり水を出したり、あとは自動で動く乗り物なんてものもあります」
「いやぁ……未知数な世界だわ。カラクリでそんだけのことできんのか」
私が魔法に驚いたんだから、その逆も十分にありえる。色んな話をする度にハルバは目を丸くして驚いてくれて、その反応が面白くてつい笑ってしまった。こうして元の世界のこと喋れるなんて。話しているうちに少し恋しくなってきたけれど、でも以前に比べてその気持がそう強くはない。ちょっとずつ、この世界に馴染み始めたのかも。
楽しそうに話を聞いていたハルバがふと寂しそうな顔をする。どうしたんだろうと首を傾げると彼は一言「寂しいだろ」と問いかけてきた。
「寂しくない? 勝手にこの世界に喚ばれてさ、故郷のこと思うと帰りたくなるじゃん」
「……そうですね、寂しいと言ったら、寂しいですけど。でも、この世界で素敵な人たちに出会えましたし」
「俺もその中の一人?」
「そうですね」
「そっか! そしたらもっと気軽に喋ろうぜ? 俺にそんな丁寧な言葉で喋らなくていいって。俺たち友達じゃん?」
「友達なんですか?」
「え?! サヤはそう思ってたんじゃねぇの? 俺ショック……」
「あははっ、友達。私たち友達だよ、ハルバ」
しゅんと落ち込んだかと思えば、すぐにパッと表情が輝く。ハルバは本当に感情がよく表情に出てわかりやすい。きっと小さい頃から伸び伸びと育ってきたんだろう。嬉しそうにしているハルバを見ているとこっちも笑顔になってくる。
和気あいあいとしているとカミラも戻ってきて三人で色んな話をする。カミラも元は別の街の出身らしくて、文献を広げるために故郷を出て今の街に落ち着いているらしい。
「と、周りには言ってるけどぶっちゃけ父と意見が合わなくて飛び出してきたの」
「意見?」
「そう。『女が剣を握るな!』ってね。私が兄よりも剣の腕が優っていたのが気に入らなかったみたい。女だって剣を握ってもいいじゃない。腹が立って父を思いきり殴って出てやったわ」
「親父さんしばらく起き上がれなかっただろうなぁ」
「ふん、いい気味よ」
理由はそれぞれだけれど、でも父親と意見が合わなくて家を出るなんてまるで私の元の世界の友達の話を聞いているみたいだった。その子も父親が早く結婚しろ、いつまで独身でいるつもりだって散々言われてムカついたから出てやった! もう連絡もしない! という愚痴を聞いていた。
どの世界でも悩みを持っている人はいるし、故郷のためにと頑張ってる人もいる。そこの違いなんてない。
そうした日々を過ごして、そして今日も私は村の入り口に足を運ぶ。リクが様子を見に行ってくると言って一週間ぐらい経ったと思う。未だにリクは戻ってきていない。ハルバはリクの腕も確かだから心配するなって笑ってたけど、でも確かにリクは強いかもしれないけどだからと言って心配しない理由にはならない。怪我してないかな、無事でいるかな、そう思わずにはいられなかった。
だからリクが今日は戻ってくるかもしれない、って薄っすら広がっている霧の向こうの目を向ける。ずっと見続けて、今日も姿は見えないかってそっと息を吐きだした。
「サヤ?」
聞こえてきた声に勢いよく振り返った。確かに声が聞こえた、そう思っていると霧の中から人影が見えてそれが段々はっきりとしてくる。
「こんなところでどうしたんですか?」
「リク! 無事だった? 怪我はない?!」
急いで駆け寄ってリクに怪我がないかのチェックをする。出発したときと同じ格好、どこにも怪我は見当たらない。
「俺は大丈夫ですよ。あと……」
笑顔でそう言ってくれたリクが身体を半身横にずらす。霧のせいではっきり見えていなかったけれど、重なるようにそこにはもう一人いた。その人と目が合った瞬間、お互い目を丸くしたのはほぼ同時だった。
「……セシルさん?」
「っ、サヤ様! ご無事でございましたか!」
「え、セシルさん? どうしてここに?」
「詳しい話は落ち着いた場所でしましょう。セシルさんも疲れていると思いますし」
「あっ、そうだね。セシルさんすみません、お怪我はありませんか?」
「はい、リクさんのおかげで」
戻ってきたリクに村の人も気付いてまるで伝言ゲームのように他の人に伝わっていく。すれ違う人たちが「お疲れ様」や「無事でよかった」を次々に口にしていた。リクはそれにすべて丁寧に返して、取りあえず仮設ではあるけれど出来上がっている宿屋にセシルさんを案内した。
臨時で宿屋の店主をしている人がセシルさんに温かい飲み物と食事を出してくれて、セシルさんは申し訳なさそうに頭を下げてまずは飲み物に口を付けた。ホッと息を吐いた彼はようやく安心できる場所に来れた、という様子で道中どれだけ大変だったのかが垣間見える。だってこの村の周辺はいいけれど、他のところはまだ黒い霧のままだろうから。
「では先に俺から報告しますね。城周辺はそうではありませんでしたが道中霧の状態は悪いままでした。あれだとしばらくは大丈夫でしょう」
「だ、大丈夫……?」
「城にこっちの状態がバレないってこと。霧が濃いのは困るけど、この村が今見つかるのも困るしな」
後から入ってきたハルバがそう説明してくれて、カミラもそれに頷く。それと、とリクは落ち着いたセシルさんに視線を向け、そのセシルさんは慌てて佇まいを正した。
「道中セシルさんと会ったので、本人も希望もあって連れてきました」
「実は……上手く行かない巡礼の責任を負わされて、城を追い出されてしまいまして」
「えっ……?! それって、私が……」
「いいえいいえ! 決してサヤ様の責任ではございません! 責任を負わされたとは言いましたが、その実私が邪魔になったのでしょう。幸いにも周辺の村に知人がいたのでそこに身を置かせて頂いておりました」
その村にいたところ周辺の様子を見に来たリクと再会して、いくらか情報交換をしたのだとセシルさんは続けた。
「サヤ様、ご無事で何よりです……貴女様に何も出来なかったことが非常に歯痒くて堪りませんでした……」
「そんな、セシルさんは悪くありません。とっても私に親身になってくれたじゃないですか」
「恐縮です……ですが、王が一体何を考えているのか、私にはまったくわかりません」
私がいなくなってから新しい聖女は何かを学ぶことはなく、聖女が使っていた部屋は今や物置状態。その聖女も中々巡礼に行かず歯痒い思いから王に進言したところ、責任を問われ追い出されてしまったそうだ。しかし聖女はきちんと役割を果たしてくれると信じていたそうだけれど、いつまで経っても霧は晴れない。寧ろどんどん悪化するばかり。身を置いていた村が城に近かったため、ほんの少し様子見に行ったら城周辺だけは霧が晴れていて不審に思ったのだと言う。
「いやもうそれあれじゃん、ずっと思ってたけど王は自分のことしか考えてねぇじゃん。僻地のことなんてどうでもいいんだろ」
「ハルバ、はっきり言い過ぎ。とはいえ、私も同じ考えだけど。とても国の民のことを想って行動しているとは思えない――他所の国の民である私たちには口出しされたくないだろうけど」
隣国の二人の言葉に、自然とこの国の人たちの肩が下がる。きっとみんななんとなく思っていたことで、でもそれでもまだどこかこの国の王のことを信じていた――自分たちを助けてくれるはずだ、と。
「切り替えましょう。この村はもうフェネクス国です。今はこの村を立て直すこと、また臨機応変に動ける状態にすることを考えた方がいいでしょう」
「そういえばここはすでにフェネクス国の領地だと言ってましたね……リクさんの仰る通り、今はこの国の王を当てにすることなく自分たちの出来ることをやった方が有意義かもしれません」
二人の言葉にこの場にいる人たち全員が迷いながらも首を縦に振る。いくら待っても救いの手を差し伸べてくれない人を当てにはしていられない。
この話を村長さんの前でもう一度やって、村全体の意向が決まった。その瞬間村の人たちはサブノック国を見限ったと言ってもいいかもしれない。
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