16.暗雲
聖女に周辺を巡礼させているというのに、思った以上に霧が晴れない。寧ろどんどんと黒く濃くなっていく。
「おいどういうことだ。聖女が碑石を修復し霧が晴れるんだろう。なぜこうも濃くなっていく。聖女は役目を果たしているのか?」
「王のご指示通り城周辺の巡礼はやっているようです。が、聖女としての力がどうやら『普通』のようですね」
「魔導師の力を使ったというのにか?!」
神官がほぼ聖女の巡礼に行ったものだから残っていたのが魔導師たちで、そいつらの力を使って聖女を召喚するしかなかった。聖なる力も魔のちからも『力』であることには変わりない。方法は前回の聖女の時とは違ったが、それでも同じように聖女の召喚は成功した。
しかし魔導師の力を使ったのだからそれなりに力のある聖女を喚べたと思っていたのに、『普通』だと? あれだけのことをやっておいて『普通』など、あってはならない。
適当におだててお膳立てをしといてやれば、後はこっちが何もせずにやってくれるだろうと踏んでいたのにだ。周辺のみを行かせているとはいえ霧の状況が芳しくない。顔は悪くないため霧が晴れれば傍に置いておいてやろうと思っていたのにそうも言っていられない状態になっている。命令を遂行できないものを傍に置いておく必要などない。
だが聖女をもう一度喚ぶのは不可能だ。使えん神官共は追い出してしまったため魔導師しか残っていないが、もう一度あの方法で喚ぶには人手が足りない。だからと言って追い出した聖女はその辺りで野垂れ死んだだろうからこっちも使えない。今いる聖女でどうこうするしかない。
「俺の手を煩わせおって……」
それぞれがそれぞれの役割をしっかりと果たしていればこうなることはなかった。一度深く息を吐き出し、宰相に席を立つと声をかけた。
***
「なんで思い通りにならないの……?」
聖女だから、わたしが望めばなんだってできる。そう思っていたのにわたしの思った通りにならない。みんなのためにアルフレッド様に言われたとおりお城周辺の巡礼に行ってるのに、わたしの力はパーッと大きく碑石を直してはくれなかった。何回試してもちょこっとずつちょこっとずつしか直せなくて、一個直すのに時間がかかる。聖女ならもっと力があるんじゃなの? って思ってもやっぱり手元しか光らなかった。
大丈夫ですか、という声がいつもなら優しい人だって思うのに。今はなんだか吐き捨てるように言われている気がする。「アンタがそのままのペースでやっていて大丈夫ですか」、そう言われてるみたい。ううん、きっとそう思ってる。あれだけ優しくしてくれてたのに最近騎士たちの目が冷たい。
なんで? わたしちゃんと言われた通りにやってるよ? ちゃんと碑石直してるもん。お城周辺だけでいいって言うからそこだけちゃんとやってるのに。でも直した時霧はちゃんと晴れるのに、すぐに曇っちゃう。巡礼に行って疲れてるのに城に戻れば「まだいたんですか」とお城の人に言われた。さっき戻ってきたばかりなのに、なんでずっとここにいたっていう風に言うの。
「もうやだっ……わたし、ちゃんとやってるよ? 聖女として頑張ってるのにっ……!」
巡礼から戻ってきてすぐに部屋に閉じこもった。色んな人からの冷たい視線が怖い。お城で誰かと喋るどころか目を合わせるのも嫌になっていた。ベッドの上で体操座りして、グスグス泣くことも多くなった。少し前まではメイドさんが「大丈夫ですか?」って聞きに来てくれたのに最近じゃ全然来ない。
「家に帰りたい……」
こんなにもゲームみたいにキラキラしてて楽しい世界に来れて嬉しい、って思っていたのも最初だけ。今はただただ帰りたい。お母さんの作ってくれるカレーが食べたい。お米だってこの世界にないのか全然食べれてない。ここに運ばれてくるご飯はおいしいはずなのに、なんでかいつも冷たかった。冷たい料理を、一人でモゴモゴと食べてて虚しくなる。
帰りたい。みんなと一緒に学校に行ってどうでもいいこと喋って笑ってたい。巡礼に行くよりテスト受けるほうがずっといい。冷たい目で見られるより、先生に怒られたほうがまだマシ。テレビもスマホもないし、本しかないこの世界はつまらない。
「もうやだ……やだよぉ……」
まだ涙があふれてきてグスグスと音を鳴らす。なんだかとっても寂しい。
そう思ってるといきなりドアがノックされてびっくりして顔を上げた。この部屋に誰かが来るなんて久しぶりすぎる。誰だろう、メイドさんならいいけど騎士の人はちょっと嫌。また冷たい目で見てくるんだと思うと返事もしたくない。黙ってるともう一回ノックが鳴って、渋々「はい……」と返事した。
「ミサキ、少しいいか」
「……! アルフレッド様っ」
アルフレッド様だ。最近会いに行こうとしても偉い人から王様は忙しいって言われて会えなかった、アルフレッド様。急いで目をゴシゴシ拭いてベッドから降りて、アルフレッド様のところに走っていく。
「……泣いていたのか?」
「っ、ううん、そんなことないです! アルフレッド様、久しぶりです!」
「ああ、なかなか会えなくて悪かったな」
「謝らないでください! アルフレッド様も忙しいって、聞いてたから……」
アルフレッド様に背中を押されて一緒にソファに座る。アルフレッド様、元気でいたかな。最近お城の中もなんだか怖い雰囲気だったからそのせいで疲れてないかな。顔を覗き込んで様子を見てみようとしたら、思いきり顔を逸らされた。急に近くに寄っちゃったからびっくりしたのかな。
「ミサキ、聖女としてうまくやれてるか?」
「え……? あ、はい、ちゃんと、してます……」
また色んなお話ができるかと思っていたら突然『聖女』の話をされて、口ごもりながら肩を落とす。今はアルフレッド様と聖女の話をしたくない。
でもアルフレッド様の口からは楽しい言葉なんて、出てこなかった。
「そうか……最近霧が濃くなっているのが気になってな。何か困ったことがあるんじゃないか? 騎士に嫌がらせでもされているのか?」
「そ、そんなことない、です……ただ」
「ただ?」
「……最近、騎士の人たちが冷たくて。ちょっと、怖いかなって」
「そうか、それは困ったな。俺から言っておこう」
よかった、アルフレッド様が言ってくれたらあんな目で見られることはなくなるかも。やっぱりアルフレッド様は優しい。すごく近くにある肩に寄り添って、ギュッと腕を握った。今のわたしにはもう、アルフレッド様しかいない。
「アルフレッド様……」
「俺も実は困っているんだ。霧が晴れなくてな、聖女の力が弱まっている原因があるのではないかと危惧している」
聖女の力が、弱まってる? わたしがパーッと力を使うことができずにちょこちょことしか力が使えないのは、実は原因があったの?
アルフレッド様がわたしの肩に腕を回してグッと引き寄せてくれる。すごく距離が近くなってドキドキしてきた。アルフレッド様の唇がすぐそこにあって、呼吸するだけで息が当たって耳がくすぐったい。
「本当に困ったものだ……君を召喚するために、数人の魔導師が犠牲になったというのに」
「え?」
「神官で正式な召喚ではなかったのでな、禁術を使ったのだ。魔導師の命と引き換えに君をこの世界に喚んだ」
「そんなっ?!」
「ミサキ」
綺麗な指が、わたしの髪を撫でて耳を撫でて、最後に首筋をするりと横に撫でる。ぞわっとした感覚が走った。
「君のために命を落とした者たちのためにも、しっかりと聖女としての働きをしてくれ……わかったな?」
そんな、わたしがこの世界に来るために誰かが死んじゃったってこと? わたし、誰かの命でここにいるってこと?
アルフレッド様はパッとわたしから離れてすぐに部屋から出て行ってしまった。なんでかよくわかんない、勝手にボロボロと涙が出てきた。だってわたし知らなかった。
そしてとっても怖くなった。もしかしてわたし、ちゃんと王様に言われた通りもっと頑張らなきゃ……前の人みたいに追い出されるんじゃないの?
あのお姉さんがどうなったのか知らない、誰も何も言わないから。でもこんな知らない世界でいきなり放り出されたら、スマホもコンビニも乗り物もないこの世界で、普通に怖い魔物が出るこの世界で生きていけるなんて思えない。
わたし、この城から追い出されたら何もできない。
「ちゃんと……ちゃんと、しなきゃ……聖女として、ちゃんと……」
わたしにはもう、王様しかいないんだから。
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