9.思い出の旅行記

 色んな人の助けでここでの生活もだいぶ慣れてきたけれど。だからこそ思う……何一つ、恩返しができていないと!

 服は流石にお店での稼ぎで買えているけれど、衣食住の食と住はほぼメリーさんに頼りっぱなしだ。流石にお家賃は出させてくださいと言ってみたけれど「金が欲しくて助けてるんじゃないよ!」と一喝されてしまった。でも、確かに、メリーさんのお店の方が私のところに比べてずっと、それはずっと稼げてはいるけれど。

 でも貰いっぱなしは本当に気が引けてしまう。何か少しでもできることがあれば……そう考え続けて一週間、もうこれしかないとメリーさんの時間が空いたのを見計らって突撃した。

「メリーさん、何か大切なものを修復させてください!」

「突然なんだい?」

「私メリーさんにお世話になりっぱなしです! そんなメリーさんに何か一つでもお礼をしたいんです。お願いします、メリーさんは優しい人だからそんなこと気にするなっていつも言ってくれるけど、私だってメリーさんのために何かしたいんです!」

「……サヤ、あんたがね、この世界に着の身着のまま勝手に喚ばれてそれでも頑張ってきたことをあたしはリクから聞いてるんだ。あんたは散々苦労をしてきたんだよ? いいじゃないかい、人に頼ったって。頑張ったあんたに対するご褒美だろう?」

「それでも私はメリーさんから貰い過ぎです! 気にするなと言われても気にしてしまうんです。私を助けると思ってお願いします、どうか私の我が儘を聞いてください!」

「あっはっは! 随分と可愛らしい我が儘だこと!」

 笑い事じゃないんだけど?! と思いつつもまるで縋り付くようにメリーさんにお願いしてみれば、メリーさんは「やれやれ」と小さく笑ってようやく折れてくれた。

 厨房より奥、メリーさん個人の居住の部屋に消えていったかと思うと、すぐに何か手に持って戻ってきた。はい、と手渡されたものを落とさないように大切に受け取る。

「これは……本、ですか?」

「そう。あたしの亡き旦那の旅行記。あたしたちこの国に住む前にあらゆる国を巡っていたんだ」

「わぁ……! そうなんですね、素敵です」

「大変なこともあったけどね! でもその分楽しいこともいっぱいあったさ。ここにはそれが目一杯詰まっていてね。でもあちこち行っていたせいで朽ちるのも早くて……ほら、ここなんて紙がボロボロだろう?」

 メリーさんが指差したページは確かに丁寧にめくらないとすぐに紙が破けてしまいそうだった。そこだけでなく他のページも、少しめくればパラパラと砂のように落ちてくる。書かれている文字も読めるところもあれば、紙がよれてしまって読めない部分もあった。

 でもそれでもページが一枚も欠けることなく存在しているのは、メリーさんが大切に保管していたからだ。

「任せてください、メリーさん。大切な思い出しっかりと直しますから」

「ああ、頼んだよサヤ」

「はい!」

 意気揚々と返事をして近くにあったテーブルを少しお借りする。その上にこれ以上大切な本をボロボロにしないためにも丁寧に置いて、手をかざした。

 そういえばメリーさんの前で聖女としての力を見せるのは初めてだ。まぁ、『聖女』なんて神々しい名前を付けられてたけれど実際神官の人たちよりも早く物の修理ができるだけだけれど。凄い凄いと手を叩かれるものでもないなぁと苦笑しつつ、ほわっと指先から徐々に光りだす。

 その光は本全体を包み込むと、端の方から徐々にその光が吸い込まれていく。しばらくそのままの状態で待っていれば本の変化が見てわかるようになる。ふっと息を吐きだし手を離せば、そこにあったのはボロボロになっていて読めなかった表紙ではなく、しっかりと持ち主の字が浮き出されていた。

 置いたときと同様に丁寧に本を拾い上げ、メリーさんへ向ける。

「修復終わりましたよ、メリーさん」

 目をまん丸にしていたメリーさんはそのまま無言で受け取り、まじまじと拍子に書かれている字に視線を落としている。次にぱらり、とさっきまで少し摘めば崩れそうになる紙ではなくしっかりと張りのある紙がめくられていく。

 ぱらり、ぱらり、ページが進むにつれメリーさんの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「っ……そういえばあんたの字って、こんなだったねぇ」

 旅行記、って言っていたからきっとページめくられていく度に二人の思い出が思い出されているのだろう。懐かしい、と小さくこぼしながらずっと旦那さんの大切な本に視線を落としていたメリーさんは、そっと顔を上げた。

「ありがとう、サヤ。あんたのその力は色んな人を守ってくれる力なんだね」

 それは思い出なのか、気持ちなのか、メリーさんははっきりとは言わなかったけれど。でもなんとなくメリーさんの気持ちが伝わったような気がした。

 私も思わず鼻の奥がツンと痛くなって小さく鼻をすする。もう二度と会えることはないけれど、こうして思い出があるとまた一緒にいれる。一緒に会える。この世界に来て突然手にした力だけれど、こうして誰かのためになれる力だから私も別に嫌いではなかった。

「あっ……でもメリーさん、私の力は『新たにつくる』というのではなくて『最もいい状態に戻す』と言った力なので、物はまた劣化を始めます。なので……」

「ああ、今まで通り大切に持っておくよ」

「はい! お願いします」

 メリーさんの笑顔を見て、よかったこれで少しは恩返しできたはずだとホッとしたのも束の間。本を置きに行って戻ってきたメリーさんは腕を組んで「ふむ」なんて言っていた。なんだか嫌な予感がする。

「ここまでしてもらったら、あたしも何かお礼をしなくちゃいけないね!」

「……えっ?! い、いいです! これは私から、メリーさんへの! 普段お世話になっていたお礼ですから!」

「でもあそこまで綺麗にするなんて職人技だろう? それなりに代金も掛かるんじゃないのかい?」

「それを言うと私への食と住を提供するにもお金掛かりますよね?!」

「それはそれ、これはこれだ!」

「一緒です!!」

 やっぱりだ、メリーさんお礼のお礼を言い出すと思ってた。ああでもないこうでもないと言い出したメリーさんにあれも駄目これも駄目と私も断る。お願いだから私の気持ちを受け取ってほしい、と最後はちょっとした泣き落としだ。メリーさんが私によくしてくれているように私もメリーさんのことが大好きですし、大好きな人に何かしたいと思うのは当たり前のことですよね?! 矢継ぎ早に告げるとようやくメリーさんは受け取ってくれた。

「押しが強いところもあるじゃないか、サヤ」

「はぁ、はぁ、メリーさんには負けます……」

「あっはっは! 年の功というやつさ!」

 まさにそうですね、と息切れ状態の私は賛同した。今後メリーさんに口で勝とうとするのは無理かもしれない。

「押しが強いついでに」

「はい?」

「リクとのデートはどうだったんだい?」

「はいぃっ?!」

 なぜ、突然、ここでリクの話が出てくるのだろう。一体なんのついでだ。声は裏返ってしまったし、メリーさんの言う「デート」は先日街を案内してくれたものを指しているに違いない。わ、私だって一瞬だけその言葉が少しだけちょっぴりと頭を過ぎったけれど。

「デ、デートじゃないです! 街の案内だって、メリーさんも知ってるじゃないですか!」

「いやぁ、ここいらの者は気になって仕方がないんだよ。ほぼ既婚者ばかりっていうのもあるけど、サヤもリクも歳が近いだろう? その実どうなってるんだろうねぇってついつい話しちゃって」

「面白がってますよね?!」

「いやいや面白がってるんじゃない、見守ってるんだ!」

 そう言うわりには顔がニヤついてますけど?! というかここいらの者って、お店周りの人たちってことよね? 鍛冶屋のおじさんとかお店に来てくれるお客さんとか宿屋に泊まっている人たちとか。きっとその人たちのことを指しているんだよね?

 まるで近所のおじさんおばさんが夏休みに帰ってきた若い人たちを見てヒューヒュー言っているもんじゃない?!

「メリーさん!」

「顔真っ赤にしちゃって~」

「からかわないでくださいよ!」

 確かに言っている側は楽しいかもしれないけれど、当事者にされた私の方はとても恥ずかしい。確かにリクは優しくて所作も綺麗で紳士的で戦うと強いけど、そう考えたら所謂「スパダリ」っていうもののような気もしたけれど!

「突然見知らぬ世界に放り込まれて、ひとりぼっちになってたサヤを放っておくことなんてあの子はできなかったんだろうけれど」

 そう、リクはきっと誰でも優しい。私が見知らぬ土地に来て混乱していたから、そっと手を貸してくれたに違いない。それはきっと私じゃなくて誰にでもそうする。そんな考えをしていたら、首元からチャリっと小さな音が聞こえた。さっきまでのからかうような顔じゃなくすっと穏やかな眼差しになったメリーさんは、「でも、ほら」と私の首元に指を差す。

「そのペンダントをあげたっていうことは、あの子にとってもサヤは大切な人なんだよ。きっとね」

「え……?」

 そういえばメリーさんと初めて会ったとき、このネックレスを見て何やら意味深な様子だった。メリーさんもリクもこれを「お守り」と言っていた。でもリクはあのとき自分に付けていたものをそのまま私に手渡してくれたから、だから私に渡る前にリクがずっと自分に付けていたということになる。

 本当にこれはリクに返さなくてもいい物なんだろうか。二人の様子を見ていると、リクにとっても大切なものだったんじゃないかと不安が過る。きっと優しいリクだから、自分の大切な物でも私に「返してほしい」と言わないかもしれない。

「こんな奥で何をやっているんですか?」

 突如聞こえてきた声に慌てて振り返ると厨房の方からリクが顔を覗き込んでいた。時間を見てみるともう少しでメリーさんがお客さんのために夕食の支度をする頃だ。その時間になってもメリーさんが厨房に立っていないのを不思議に思って様子を見に来たのかもしれない。

「ああ、サヤの可愛い可愛い我が儘を聞いてたとこなんだ」

「そうなんですか、よかったじゃないですかメリーさん。サヤがいい子過ぎるって不満漏らしていましたもんね」

「えっ? そ、そんなこと言ってたんですか?!」

「だって頼ってもらいたいだろう?」

 パチンッとウインクを決めたメリーさんに口をポカンと上げつつ、なんだか恥ずかしくなってきた。私はメリーさんに頼りっぱなしだと思っていたけれど、メリーさんの「頼られたい」は物理的なものじゃなくて精神的なものだったのかも。確かに色々とお世話になっているからこれ以上甘えるわけにはいかないと思っていたけれど。

 そしたら私は今回メリーさんのために何かをしたいと思いつつ、メリーさんに甘やかされることになってしまっていたということ? ああ、なんだか思い通りにいかない。私はやっぱりメリーさんにお世話になってしまって頼ってしまって、甘やかされてしまっている。

「さっ、あたしは下ごしらえを始めるから二人は席に座っておきな!」

 そう言って厨房を追い出されて、言われたとおりいつもの席に向かう。座ったところでリクからチョイチョイと小さく手招きをされて、少しだけ耳を傾けた。

「実はメリーさんにはお子さんがいないんです。だからきっとサヤのことも我が子のように甘やかしたいんですよ」

 そんなことを言われてしまったら、メリーさんの心遣いを無碍にすることなんてできない。なんだかお母さんみたい、ってそのうち言ってしまいそうだし、もし言ってしまったらメリーさんは喜んでくれるのかな。

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