8.ギルドについて

 森を抜けるまでは同じ道を通ったけれど、街の中に再び戻れば今度は違う道をリクは選んだ。一つ違う通りを通っただけで店もまたガラッと変わる。さっきまでは鍛冶屋やアクセサリー店、薬屋などあったけれどこっちは洋服などがディスプレイで飾られていた。

「そういえばリク、この街にはギルドがあるんだね」

 サブノック国では巡礼以外ほぼ城にいたけれど、ギルドの文字すら聞かなかった。サブノック国にはそういう存在はなかったのかもしれない。

 ところで、改めてギルドってなんだろうって首を傾げる。それこそまさにファンタジーっていう感じだけれど、漫画やアニメではそれぞれギルドの設定が違っていたような気がする。ここで聞いてもおかしなことはないよね、と素直に聞いてみることにした。

「ギルドは先程も言いましたが街の周辺の調査にも向かいますが、大体が街の人たちのお使いですね」

「え? そうなの?」

「薬草などは危険な場所に生えている場合もあるのでそれを取りに行ったり、少し危険なものはみなさんギルドに頼んでいます」

「なるほど~。街のよろず屋さんみたいなものなんだね」

「ヨロズヤ?」

「あっ、えっと……便利屋さん?」

「はは、なるほど。そうですね」

 よろず屋は通じないんだ、と思いつつ果たして便利屋という言葉を使ってもよかったんだろうかとは思ったけれど、リクは笑って納得したから多分大丈夫そう。

 でも一般の人が少し難しい、と思うものをギルドの人たちが代わりにやってあげるということだろうから、ある程度のスキルがないと難しいんじゃないんだろうか。誰でも簡単になれるのか聞いてみたらリクは「簡単にはなれませんね」と苦笑してみせた。

「一応審査があります。どのスキルが得意なのか人それぞれ違いますから」

 例えば腕に覚えがある人は、それこそ霧の調査に行ったり万が一魔物が現れたりしたらその仕事を受け持つ。一方薬草などに詳しい人は腕の立つ人と一緒に薬草を探しに行ったりするらしい。他にも物づくりが得意な人、癒やしの魔法が使える人、色んなスキルを持っている人が大勢いるのだと説明してくれた。

「逆に言うと、それなりに経験のある人がギルドに登録してますね」

「何かに特化した人が、依頼に合わせて仕事を受けてるってこと?」

「そういうことですね」

 そう考えたらある意味私もそうじゃないかハッと気付いてしまった。私も物の修復が得意で、それで店を持っているけれどギルドに登録とかしなくてよかったんだろうか。

 けれどリクが言うにはギルドに登録している人たちは別に店を構えているわけではなく、身軽でいられるからこそあらゆる仕事を受け持つことができる。一方店舗を持っている人は商会に登録しているとのこと。私のお店もメリーさんが登録しているから心配する必要はないと微笑まれた。メリーさん、いつの間に。そしてありがとうございますメリーさん。

「一方この国にも騎士がいますが、騎士の方は誰でもなれるわけではなくしっかりとした育成所があります。そこで訓練を積んだ人たちが試験を受け、合格できたらフェネクス国の騎士になれる。と言った形です」

「訓練の途中でやっぱり無理、っていう人とか出てこないのかな……?」

「騎士は誇りですので、よほど決意が固い人でない限り育成所には行きません。なので途中で辞める人もまずいない」

「す、凄い……」

「腕に覚えがあるけれど厳しい訓練はちょっと、と言う人がギルドに行くのも少なくはないんですよね」

 少し苦笑したリクになるほどと再び納得する。何と言うか、フェネクス国は選択に自由がある。そう思うのは私が勝手にこの世界に召喚されて、聖女になれと選択肢も何もなかったせいもあるかもしれないけれど。でも思えば、前にいた世界だって人がどの仕事を選ぶのかその人次第であった。まぁ、下手したらブラックを引き当てることもあるんだけど。

 フェネクス国が肌に合っていると思うのは、もしかしたらそういう仕組が前にいた世界とあまり変わらないかもしれない。

「何をするか選べるって、いいよね」

「そうですね。一方でサブノック国は決められていましたよね。騎士の家の子はそのまま騎士へ、貴族の子は政治や経済を学ばされる」

「……違うことをしたくなったら、家を追い出されたりするのかな」

「そもそも『そういうものだ』と思っているので、他のことをしようという発想にもならないのではないかと」

「なんだか可哀想……」

「……悪いことばかりではないと思いますよ。跡継ぎがしっかりといるわけですから、人手不足にはならないはずです」

「あ……」

「そう考えると……この街では、一度大変なことが起きたんですよね」

 前に鍛冶屋のおじさんはぎっくり腰で倒れてしまって、この街では鍛冶屋はそこしかないからみんな困ったそうで。しかも当時鍛冶屋のおじさんは弟子を取っていなかったらしい。刃が欠けてしまった商売道具である包丁を直してもらおうと思っていた料理屋のおじさん、鍋の底か抜けてしまったから新しいものを作ってもらおうとしていた主婦の人。たくさんの注文があったにも関わらず鍛冶屋のおじさんは相変わらず動けない。ギルドに頼んだところで鍛冶屋のノウハウを持っている人がそのときはいなかった。

「当時俺もたまたま居合わせたんですが、もうみなさん慌てに慌てて。鍋の構造は知っているからと別の人が試みたんですが失敗してしまって、ボヤ騒ぎまであって。人手不足から出てしまった問題ですね」

「た、大変だ……」

「そういうこともあって今ではしっかりお弟子さん取ってますよ」

 あの笑顔でベルを渡してくれた鍛冶屋のおじさんにそんなことがあったなんて。宿屋に戻るときにたまに鍛冶屋を見たことはあるけれど、リクが言っていた通り今では何人かで毎日トンテンと音を鳴らしていた。人手が多いから仕事も捗ってるんだなぁとか思ってたけど、そんな騒ぎがあったから今の形に落ち着いたんだ。

 でもギルドの仕組みを聞いいていると、自分の特技がわからない人とかはどうすればいいんだろう。どこかのお店に雇ってもらう、とかになるのかもしれないけれどどうしてもギルドに身を置きたい人もいるかもしれない。

「そういう人に対しての制度もありますよ」

「そうなの?」

「はい、『お試し期間』と言った感じで他のギルドさんの依頼に付いて行くことができるんです。そこで自分には何が向いているのかいないのかを知る機会が与えられます。中には依頼でお店に行ったもののそのまま店主の人に気に入られて雇われる、というケースも少なくはありません」

「そしたら何ができるかわからなくてどうすることもできない人があまりいない、ってことになるのかな?」

「そういうことですね」

 つまり研修期間もあるということか。しかもそこで続けてもいいし、自分に合っていないとわかったら別のところに行ってもいい。結構手厚い保証なのでは? と思いつつハッとする。リクがギルドについて教えてくれたのは物凄く助かったけれど。

「リクもギルドに登録しに行かなきゃなんだよね?」

 リクとメリーさんとの会話をふと思い出して慌てる。私に街の中を案内してくれるのは物凄く助かったけれど、リクもリクでやることがたくさんあると思う。サブノック国にいたときからリクに甘えてばかりだと急いで謝ろうとした私を、リクはやんわりと止めた。

「この後行くので大丈夫ですよ。審査もそう時間掛からないと思いますし」

「そ、そうなの?」

「ええ。それよりも住むところ、どうしようかな」

 独り言のようにぽつりとこぼされた声に心の中で思わず「あぁぁ」と唸り声を上げる。私はもうリクとメリーさんに色々とお世話になりすぎだ。この国に行ったほうがいいと行ってくれたのもリクで、その後の住む場所やお店はメリーさんが助けてくれた。今のリクのように住む場所に悩んでいない。

「あっ、えっと、えっと!」

「サヤが気にすることなんて何一つありませんよ?」

「でも私っ、してもらってばかりでっ……!」

 二人に何も恩返しできてない。流石にそれは面の皮が厚すぎる。せめて少しでも、自分にできることはそんな多くはないけれど少しでも恩返しをしたい。

「ついでにギルドに聞いてみようかな」

 もう色々とリクの中で決まっていきそうな中、いつの間にかメリーさんのお店の前に戻ってきていた。色々見れて楽しかったし、リクがこの街や国について色々と教えてくれたから知ることができてよかったと思ったけれど。あわあわしている私に気付くことなくリクはそのまま私のお店に送り届けようとしていて、何もできずに終わりそうで尚更焦ってしまう。

「どうしたんだい、サヤ」

 するとそこに休憩していたのか、隣からメリーさんが現れて私の困り顔に目を丸くしながら首を傾げている。頭が混乱したまま私の口は素直に言葉を滑らせた。

「えっと! リクがどこに住もうかなって言ってて……」

「え? リク、あんた前使ってた部屋空いてるよ?」

「そうなんですか?」

「サヤもいるんだしアンタもこっち使えばいいじゃないか」

 住むところがすぐに見つかりそう、という考えとまたもやメリーさんの世話になってしまっているという考えが喧嘩をする。でも私がどうこう言う前に、これはリクの話であってどう決めるのかもリクであって。

 取りあえず、口を閉じた。

「でもご迷惑になりませんか?」

「あんたがいれば護衛にもなるだろ。飲んだくれで暴れる客もたまにいるんだよ」

「あー……メリーさんの豪腕で落としていたやつですね」

「か弱い乙女に向かって何言ってんだい! ……今更遠慮するほど薄い関係じゃないだろう? あたしはあんたのこと息子のように可愛がってたつもりだよ、リク」

「……そうですね」

 少し顔を俯けて小さく笑ったリクに、メリーさんはお日様のように晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「それに、あんたがいたほうがサヤもずっと嬉しそうだ」

「……へっ?!」

 突然の変化球だ。私の方に来るとは思わずひっくり返った声が出てしまった。顔もきっと真っ赤になってるに違いない。でもメリーさんのあまりにも衣のついていない真っ直ぐな言葉に、一気に恥ずかしさに襲われた。

 さっきとは別の意味で慌ててる私にメリーさんは豪快に笑って、リクもさっきの笑みとは違って穏やかな笑顔でこっちに振り向く。

「そしたら、お言葉に甘えます。メリーさん」

「今更一人増えようが二人増えようが大差はないからね! さぁ、二人共やることが終わったらうちに帰ってきな! ちゃーんと夕食準備して待ってるからね!」

「わかりました。そしたら俺はギルドの登録に行ってきますね――サヤ」

「ひゃい?!」

「行ってきます」

「は、はい! いってらっ……しゃい」

 何このむず痒い感じ。べ、別にあれだよ、ルームシェア。そう、ただのルームシェア。それなのにリクに「行ってきます」なんて言われたらまるで……と、そこまで考えて急いで頭を左右に振る。妄想が過ぎる。

「サヤもお店に行かなくていいのかい?」

「あっ! い、行ってきます!」

「あっはは! 転ばないように気を付けるんだよ!」

 そうメリーさんに言われた瞬間、石ころにつまづいてしまった。

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