7.フェネクス国
「あ、お店……」
「たまにはお休みにしてもいいんじゃないんですか? もしかしたら急ぎの用でも?」
「ううん、特にはなかったけど」
「では今日はお休み、ということで」
メリーさんのお店を出て私のお店の前でそんな会話をリクと交わす。お店を開いて今まで一度も休んだことはなかったけれど、今思えば下手したら過重労働だ。仕事内容がそんな大変ものじゃなかったから「お休み」ということをまったく考えていなかった。
そういえばある日お客さんに「ちゃんと休んでる?」って心配されたことがあった。うん、今日一日はお休みさせて頂こう、としっかりと鍵がかかっているかチェックをして、クローズの看板はそのままにしておいた。
「行きましょうか」
「うん」
リクに促されて一緒に歩き出す。最初こそリクと二人きりと変なドキドキをしていたけれど、今はただ単純にこのフェネクス国のことを知ることができるというワクワクの方が勝っている。歩きながらあちこちに視線を向けてみると、店舗を構えている店もあるけれどわりと露店も多い。そういうところはファンタジーちっくだなと思いつつ、清潔だからこそ露店も出せるのだろう。近所にある鍛冶屋さんは知っていたけれど少し歩いたところにアクセサリー店もあったりして、こういうのもあったんだなと新たな発見もあったりした。
歩きながらふと空を見上げた。晴天が広がっていいい天気で、視界もとても広がっている。
「空ってこんなに綺麗なんだね」
「そうですね。フェネクス国は特にそうだと思います――サヤ」
「なに?」
「少し遠出になりますが、いいですか?」
「うん」
この国を説明しながらの観光、と言っていたから当然首を縦に振る。私も知りたいと思っていたし、そんな私を見てリクは穏やかに微笑むと「こちらです」と行き先に指先を向けて歩き出す。そんなリクに私も大人しくついていった。
少し遠出、とは言っていたけれどサブノック国の城からこの街までの距離ほど遠くはない。街の中を突き抜け見えた先は木々が覆い茂っていて、リクは迷うことなくそこへ足を進めた。森の中だけれど決して獣道というわけではなく綺麗に整えられている。歩きやすい、と思っているとやがて視界がひらけた。
リクの足が止まり、半身だけ振り返る。リクに隠れて見えなかったけれどそうしたことによって、そこある『ある物』が目に飛び込んできた。
「碑石……?!」
それはサブノック国にあった、霧を発生させないために設置されている碑石とそっくりだった。ただ唯一違うのは、サブノック国にあった碑石のように風化しているわけではないということ。
サブノック国ではないこの国になんで似たようなものがと目を丸くしたままリクに視線を向ける。
「魔物の出現は国によって違いますが、この周辺はどこの国も霧から魔物が出てきます」
「でも、フェネクス国には霧なんて……」
「ええ、ないんです。発生させないようにしているんです」
リクの視線が私から碑石に戻る。碑石が置いてある場所もサブノック国とは随分と違う。サブノック国では城から離れ、尚且つ街からも離れていた。魔物が出てもすぐに人に被害が及ばないようにと領土の端の方に置かれている。
でもこの碑石は街のすぐ側にある。もしこの碑石が風化してしまったら霧が発生して、すぐに街に魔物が入ってしまうというのに。
「聖女の伝承は、実はサブノック国にしか伝わっていません。つまり聖女を召喚する術を知っているのはサブノック国のみです」
「そういえば、メリーさんは私のことを聞いてもあまりピンと来てなかったような……」
「フェネクス国は聖女の存在があまり知られていないからですね」
でもそしたら、この碑石の管理はどうしているのだろうか。聖女の力だからこそ風化した碑石をすぐに直せるはず。そんな疑問をリクはすぐに教えてくれた。
「聖女の力に頼らない……いや、頼ることができないこの国は、碑石の管理も自分たちで行っています。常に異変がないか神官が目を光らせ、霧の発生がないかの確認をギルドの人間が国の依頼によって行っています」
「……もしかして碑石が風化する前に、神官の人が直しているということ?」
「そういうことです。少しでも風化の兆しが見えれば神官がすぐに直します。今のフェネクス国の王が碑石の管理を徹底的に行っているためフェネクス国は霧に覆われません。その手法は周囲の国の手本となっているぐらいです」
「すごい……」
森だというのになぜ歩きやすかったのか、その話を聞いて納得した。きっとこまめに神官の人が碑石のところまで来ているからだ。来た道を戻るリクの背中に続く。この場所に馴染みのない私でも簡単に来ることができた。街の側にあるのもきっとこうやって行き来しやすくするためなのだろう。
「この国の人たちの特徴は『調和』です。お互い困ったことがあったらすぐに助け合うという考えが根付いています」
確かにこの国に来てから、周囲の人たちは困っている私にすぐに救いの手を差し伸べてくれた。困ったときはお互い様、そうして支え合いながら生活している。たったひと月でもそれは肌身に感じていた。
「ただし、能力のある人間に負担がかかりやすいという一面もありますね」
「あ……」
「どこの国にも良いところと悪いところはある、ということです」
「そうだね……」
仕事が出来る人間に仕事を押しつけられがち、ということなのだろう。それを考えたらサブノック国のように自分の仕事は自分でしっかりとやる、という考えのほうが個々の負担が均等でいいのかもしれない。
でもサブノック国はそれ以外の仕事は本当にしないし、手を差し伸べてくれることもない。リクの言う通り、良いところも悪いところもある。
少し樹の幹でつまづきそうになった私にサッと素早く手が差し伸べられる。押し付けがましくなく自然にできるのは、きっとリクが優しい人だからだ。お礼を言いつつ手を重ねて今度はつまづかないように気を付ける。
「でも私、この国のこと好きかな。サブノック国よりもずっと息がしやすいもの」
「その言葉をフェネクス国の王が聞いたら喜びそうです」
「この国の王様は、どんな人?」
「凄いですよ」
どんな風に凄いのだろうと首を傾げると、リクは楽しげにクスクスと笑みをこぼす。
「フェネクス国の王はカイゼルベルク・ジルコンと言うのですが」
「……カ、カイゼル……?」
「少し発音しづらいですかね?」
「ちょ、ちょっと?」
きっとセシルさんが私の苗字が発音しづらい、と言っていたのと同じかもしれない。ちょっと名前が長くてすぐに覚えられないかもしれない。この国の王様の名前なのに。
「実はフェネクス国の先代の王は、今のサブノック国の王と似たような思考でした」
「えっ」
最悪、と言葉にしなかった自分を褒めてやりたい。でもとても想像できない。今フェネクス国はとても良い国だと思っていたのに、まさか先代の王が今のサブノック国の王と考えた似てるなんて。そしたらこんな素敵な国じゃなかったんじゃないかな、と少し失礼なことを思ってしまった。
そんな私の考えがわかってしまったのか、顔を引き攣らせている私にリクは小さく微笑んだ。
「今の王は先代の数多くいる子の中でも末子でして、後継者争いにはとてもではないけれど太刀打ちできませんでした。ですが、逆にそのおかげで彼は柔軟な考えの持ち主になることができたのです」
他の兄弟とは違い英才教育を施されることもなければ、家庭教師が就くこともなかった王は自由に街に出ることもできた。そこで彼は街の中で多くの人から声を聞き、様々な考えを知りより多くの知識を得ていった。そうした環境で生きてきた王がただ一つ思ったことが、王のやり方が間違っているとのことだったとリクは話を続けた。
「街の人たちによって知恵と力を得た彼は、自身の父親を王座から追い出しました」
「……追い出したの?!」
「はい。もちろん彼を支持していた街の人たちは大喜びです。彼らはずっとカイゼルベルク王子が王座に就くことを願っていたので。そうして自身の力で王座に就いた彼は貴族制度を真っ先に廃止しました」
「あっ……そういえばこの街で貴族の人たちに会ってない」
「先代の王で貴族もすっかり腐敗していたようなので」
「なんだか……物凄くアグレッシブな王様なんだね」
「民想いの慈悲深い王です。ただし敵には容赦しませんが」
「ふぇ……」
にこやかにリクは言ったけれど、結構恐ろしいかもしれない。話を聞いただけで頭の中じゃ勝手に筋肉隆々の王様を想像してしまった。
それにしても、リクはサブノック国にいたわりにはフェネクス国についても随分と詳しい。この国の出身だったりするのかな。でもこの国に来てから未だにリクのような髪の色を持っている人を見たことがない。
首を傾げる私に気付いてリクも釣られてるようになぜか首を傾げた。そういうところちょっと可愛い……だなんて、男の人に思ってしまうのは失礼かな。
「リク、凄く詳しいんだね」
「メリーさんにこれでもかと言うほど聞かされたので」
「な、なるほど」
リクがフェネクス国に詳しい理由があっさりわかってしまった。どうやら今の王様のその話は武勇伝としてフェネクス国中に伝わっているらしい。でもそうして伝えたくなるほど、今のフェネクス国の人たちにとっては誇らしい王様なのだろう。
凄く素敵な話、と思いながらその一方で聖女に頼らなくてもいい仕組みがあったことに軽くショックを受ける。そう、サブノック国にいたとき疑問に思っていたことはそれだった。風化する前になぜ修復しなかったのか、「それは聖女の仕事」という固定観念のせいで誰も修復しなかったということになる。
人々をまとめる人が違うとこうも違うものなのかな、と思ったけれどそれはきっと異世界も元いた世界も変わらないのかもしれない。上に立っている人の思考に人々がなっていくのか、人々の思考をまとめ上げることができる人が上に立っているのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。